表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/83

第65話 戦後処理

 32体。


 棒人形化能力で掴まえた法王国、帝国内に潜んでいた『憑依者』の数だ。戦車戦、魔導師団戦、艦隊戦や巨大魔人騒ぎの影でフェンツー、ファンスリー、ラルシオーグ、バズカド、ウイーダが暗躍した結果である。意識を乗っ取って表面に出ていたのはチュネーマン教皇とダガード皇子に憑りついた2体だけだったが、意識下に隠れていたモノが30体もいたのだ。


 ラルシオーグ、バズカド、ウイーダが棒人形化能力を使えるのはヴュオルズを経由してフェンツー、フェンスリーの能力を共有しているからだ。同様にヴュオルズの『憑依者』探知機能も使える。そもそもラルシオーグには魔大陸住民の憑依対策で大魔王から直接付与されていたが。

 契約さえすれば誰でも使えるというものではない。ラルシオーグらに大魔王に準じる基礎能力値があった故可能になったことであった。

 フェンツー、フェンスリーはセシルとも繋がっているが、魔族の契約とは異なるためセシルのギフト自体が魔人側に流れることはなく、大魔王の能力がセシルに付与されることもない。通信手順(プロトコル)が違うネットワークのようなものだ。セシルがフェンツー、フェンスリーをあえてヴュオルズの眷属にしたのはその制限のためだった。この制限さえなければ大魔王の探知能力と棒人形アプリを組み込んだ自律型ドローンなどを創造して『憑依者』発見と無力化を全自動で行えたのだが、世の中そうはうまくいかないものである。


 32体もの『憑依者』が2国にいたのはセシルにとっても予想外だったが、2大国を扇動し大戦を勃発させ世界を滅ぼすのが大目標であるなら、この大量投入も納得だった。逆にいえば、『憑依者』のほとんどをもう無力化出来たのかも知れない。

 まだ捕まえていない『憑依者』は、少なくとも悦郎に憑いているのがいるが、それ以外にはもういないのだろうか。

 そうであってほしいとセシルは願った。


 早くハルド王国に出向きえっちゃんを正気に戻して、ほんとうに「神を名乗るモノ」との争いをおしまいにしなくちゃ!


 セシルは決意を新たにするが、とはいえまだまだここでの後始末が続く。


 エトアウル王国商業ギルドの仲介により、魔大陸とバッハアーガルム法王国、デガンド帝国の国交が樹立。同時に貿易協定が結ばれエルベット支店が窓口に指定された。

 これは小国の一つに過ぎなかったエトアウル王国の国際的な影響力が一気に増したということでもある。


 世界の在り方を大きく変えてしまうような枠組みがたった1日で調印にまで至ったのは、シュバルの手腕もさることながら、セシルが空間転移を使って各国の要人を引き合わせたからだ。

 そうでなければ、文書を届けるだけで数か月かかる。


 法王も皇帝も魔王城に転移で連れてこられた際は目をぱちくりとさせていたが、そこは大物。

 ほぼアドリブで大魔王とのスリーショット会見を無事にこなした。


 その裏ではピース・ワールド号の会議室の一室が国際オフィスに急遽模様替えされ、商業ギルドや鍛冶ギルド、各国の文官や役人たちが多数空間転移で集められ、各種の膨大な作業を処理していた。

 中心にいるのはシュバルとアントロをチーフとしたエルベット商業ギルドのメンバーたちだが、マークス、コレクトをはじめとする鍛冶ギルドのチームも指揮を執っている。魔大陸の原産物に精通しているのは彼らしかいないので、貿易関係の契約は主として彼らの担務だ。

 魔大陸貿易プロジェクトの企画会議の際、シュバルは数か月で世界貿易まで発展するかもしれないと予想していたが、数か月どころか数日でこの状態である。為替レート、関税、商業ギルドの交易手数料、セシル製作の転移門の設置場所、そもそもの販売商品の選定。どれ一つとっても膨大な作業と複雑な手続きが必要だった。大量の文書が作成され、押印され、ファイリングされていった。


 シュバルとアントロは主として政治的問題の整理と解決に当たっている。

 法王と皇帝、大魔王のトップ間の合意は得たが、具体化するためには条約の文言や保証の期限、効力の範囲など細かい課題は山済みだ。むしろこれからが事務方の本番といえる。


 シュバルは燃えていた。母国であるエトアウル王国からの全権大使のお墨付きも既に得ている。エトアウル王国にとっては法王国、帝国に並ぶ第三位国へ飛躍するチャンスであり、シュバルにとっては地区の担当長から世界経済の中心ポジションにジャンプアップする千載一遇の機会であった。


 この場にいる者はマークス、コレクトにしろ役人たちにしろ、多かれ少なかれ同じような思いを胸に秘めていた。自分たちが世界の歴史を変える。そしてそのことが莫大な利益を自分たちにもたらす。


 やる! 今やらずしていつやるのだ! やってやるぜ! 今でしょ!


 ピース・ワールド号の国際オフィスは大変な熱気に包まれていた。


「子らよ、大儀であったな。うむ、息災で何より」

「お父様!」

「父上!」


 ラーセン皇帝がふらりと皇子、皇女たちのいる大部屋に姿を見せた。

 ここはセシルが作戦を説明した戦闘指揮所(CIC)ではない。パステルカラーのクッションを床壁全面に貼った部屋だ。壁には絵本や積木なども備えられている。大きなホテルや公民館などにあるいわゆる子どもの遊び場(プレイルーム)である。

 皇子、皇女らはジャージ姿のままビーズクッションにもたれてタブレットで漫画を読んだり、ヨガマットで寝転がったり、思い思いにリラックス、というかぶっちゃけだらけていた。

 そこに皇帝がいきなり現れたので、慌てて跳び起きた。

 もっとも0歳のスティングレーと5歳のストロングは動物柄のブランケットにくるまってぐっすり眠ったままなのだが。


「そう畏まらなくていい。様子を見に来ただけだ」

「はい、ありがとうございます。お父様こそ大変でしたでしょう。法王陛下、ヴュオルズ様との会見の様子、モニターで拝見しておりました」


 フーシィがラーセンをねぎらう。フーシィは第11皇女。今この部屋にいる中では序列第一位である。王位継承権の順位では男子であるカルダスが上だが、王位に着くまでは皇子、皇女の間での序列が優先される。きょうだいたちの代表として皇帝に接するのはしごく当然であった。三本線の入ったジャージ姿では序列第一位の威厳はないが。


「う、うむ。そうか。そうであろうな。やはり()()()()しておった……、か……」


 ラーセンは語尾を濁した。

 勇猛果敢、豪放磊落、剛毅果断。(いわお)のように動じず刀のように切れ味鋭い竜人皇帝が。

 こんなことは初めて、とフーシィは驚いた。


 さすがのラーセンも実はまいっていたのである。

 魔王城のバルコニーに設置されていたカメラやマイク、照明やモニターをはじめ、帝国の科学技術の何十年も先を行く(と思われる)機器の数々。大魔王とその眷属たち。さらに嵐龍の化身。そしてこの空飛ぶ城こと宇宙戦艦ピース・ワールド号。


 突然現れた銀髪の魔人によって幽閉から解放されたことに驚く暇もなく魔大陸へ転移させられ、いきなり三国間講和宣言。聞けばウーティカ法王も似たような顛末で連れてこられていた。


 そしてなにより大魔王をはじめ全てを仕切っていた蒼髪の美少女、セシル。

 真に恐るべきはあの少女であった。そしてセシルが語った『憑依者』の存在。


 証拠として見せられた棒人形は正直何の冗談かと思ったが、冗談で大魔王や四天龍が従うはずはない。すべては事実であり、チュネーマン教皇、ダガード皇子らを乗っ取り世界大戦を勃発させるという恐るべき邪悪な計画。


 それを未然に阻止できたのはセシルが大魔王らを動かした結果だ。


 竜人皇帝などと呼ばれても、ラーセンは人の子である。

 本物の竜人であるアラデに会った時は滲み出る強者のオーラに打ちのめされた。仮に自分が『憑依者』の存在に気が付いたとして、その策謀を防げたかといえば、答えはノーだ。

 セシルには感謝しかない。

 ウーティカ法王も同じ気持ちだったに違いない。だからこそ魔大陸との和平が即座に成ったのだ。

 己は無知であり、無力である。


 ラーセンはつくづく思い知った。二大国などと思い上がりもいいところだ。この世界には人知の及ばぬ領域があるのだ。


 つい子どもたちの顔を見たくなったのは己の心の弱さのなせる業であった。そして却って子どもたちを緊張させてしまった。

 ラーセンは自身を恥じた。


 三者会見ではなんとか威厳を保っていたが、彼の精神はごりごりと削られていたのである。その様子をモニター越しとはいえ子どもたちに見られていた。言葉を濁すのも無理はない。

 本来なら、皇子や皇女にあるまじき格好で呆けていたフーシイらを叱る場面であるが、それよりも己のふがいなさに対する怒りの方が強かった。


「ここに保護されていたことはセシルに聞いておる。今しばらくはゆっくりするがいい。国では当分騒動が続くであろうからな」

「お父様、ダガード兄さまは……?」

「やや勇み足の部分はあったが、ダガードも世界平和のために動いたことだ。後始末を着けてもらわなければならぬしな」

「ではお許し下さるのですね! よかった!」

「本人たちはむしろ牢屋に入れられた方がましだと思っているかもしれん。当分は寝る間もないであろうからな」


 わはは、と力なく笑ってラーセン皇帝は去って行った。「そういうこと」にして皇子らを許しなさいとセシルに諭されていた。『憑依者』の存在は大衆に公開出来ない。セシルのシナリオに乗る以外の選択肢はなかった。

 フーシイらがセシルから真実を聞いていることをラーセンは知らなかった。そもそもフーシイらも「そういうこと」にしていたからでもある。


 『憑依者』の情報を新たに伝えられた者は、ラーセン皇帝とウーティカ法王。そして身体まで乗っ取られたダガード皇子とチュネーマン教皇の4人だ。他に憑依されていた者はおかしな高揚感と使命感があったことは記憶しているが、精神のうちに潜んでいた『憑依者』には気が付いていないのでセシルはスルーしたのである。


 ダガード皇子はピース・ワールド号の別室で休養兼保護観察状態である。『憑依者』の影響が完全に抜けたとセシルが判断したら城に送還される予定だ。


 皇帝自身もそろそろ城に戻るタイミングだ。既に友好条約への署名など国家元首としての役割はほぼ終えた。この空飛ぶ城の原理や異常に快適な構造のことなどをもっと知りたいと思うが、特に個室ごとにあるトイレと風呂は個人的にも欲しいぐらいなのだが、詳細はハンターの秘密として教えてもらえない。仲介のシュバルもどうやら本当に知らないようだ。

 すべてはセシルにある。


 やはり、ギフテッドか……。


 神子のギフトの伝説や、教会中興の祖ハイデ卿の逸話はラーセンも当然知っている。この尋常ではないセシルの能力こそギフトに違いないと彼は感じた。


 『憑依者』の襲来に呼応するようにセシルも現れた。ならば、偽神の使徒を打ち滅ぼすアルティメットギフトこそまさしく唯一神の御業であり、救いであろう。


 つまりこれは旧聖典に記された神々の戦いそのものなのか。

 我々はそれを目撃しているのか。

 ラーセンはめまいを禁じえなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ