第64話 幕引き
「間もなく猶予の1時間が経つ! 予告したとおり法都内に残っているものは全て焼き尽くす! 人も建物も、なにもかもな!」
法都上空を旋回する黒龍、奈落の竜王がタイムアウトを警告する。ある意味優しい対応である。
「ふっ。我らのうちの一人でも動けば、この程度の都、更地に戻すのに何分も掛からぬ」
不死の王がうそぶけば、
「更地などぬるい。大地を割って国ごと海に沈めてやるわい」
と紅蓮大将軍が返す。
「それじゃ逃げ場がなくない? とりあえずこの法都だけでいいんじゃない?」
夢魔の姫騎士が街道に殺到し右往左往している人々を眺めながら言う。語尾を上げたあざけるような口ぶりだが、そもそもたった1時間で都の外まで逃げろというのが無茶な話だ。大半がまだ法都区域内で足止めされている。大渋滞だ。
しかしこのまま法都に残れば抹殺される。われ先にと必死であった。余計に渋滞が増すばかりである。
「そうさなあ。大魔王様は法王国の殲滅を宣言されたが、武器を捨てて逃げるものまでは殺さぬと慈悲を掛けられた。しかし都が破壊されてしまえばいずれ国自体も滅ぶだろうがのう。くふふふふ」
嗜虐の大元帥が冷たく笑う。
都だ国だなどと仲間うちで揉めることに意味はない。法国民を煽っているだけだ。ただの茶番である。
「それにしてもこの国の王はなぜ姿を見せぬのだ? かなわぬとしても民のためにその身を盾にするのが王であろうに」
始祖の獣王がたてがみを震わせながら獅子の顔で吠える。法王や教皇が一向に姿を見せない理由はもちろんわかっているが、知らないふりだ。
「……さて、約束の時間だ。法王国の終わりを告げる鐘を鳴らす」
奈落の竜王がそう言うと空中で一度ロールし、法都に口を向けた。
「人よ滅びよ! きしゃー!!!」
今度は空に向かってではなく、地上の法都中央府そのものへ熱線が放射された。死の鉄槌だ。市民たちは思わず目をつむった。走馬灯のように思い出が一瞬で巡る。
『超電磁バリアダガ!』
「なにっ!」
中央府を中心に丸い光の壁が覆い、熱線は壁に当たって弾かれ空へ伸び消滅した。
「何者っ!」
奈落の竜王が巻き舌気味に怒鳴る。もちろん演技だ。
空に、雲を裂く巨大な物体が浮かんでいた。大きな影が法都に落ちる。
三魔王も、三魔将も、バッハアーガルム法王国の人々も思わず見上げる。こんな大きさにもかかわらず、今の今までその存在に気付かなかった。
当然である。
この物体は、たった今空間転移してきたのだから。
慣性制御によって重力から、そして転移を使った移動によって空力から解放された故の異形の姿。
それは、まさに空飛ぶ城であった。
全長333メートルを誇る『宇宙戦艦』ピース・ワールド号である。
セシルの進化したアルティメットギフト『奇蹟』と『守護』は、これだけの大質量を瞬時に移動させることを可能としていた。
『何者だって? そんなの決まってるダガ』
『問われて名乗るもおこがましいがキー』
『俺たちは弱きを助け強きをくじック』
『ギルド所属のハンターゴズ!』
ピース・ワールド号からスピーカーで音声が轟く。ダガル、チョーキー、ジック、ゴズデズのアドセットのハンター4人組だ。もちろん周囲の市民たちは彼らをまったく知らないが。
「なんだと! ハンターだと!」
「法都を護った光の壁! なるほどその宇宙戦艦の仕業か。さすがハンターの秘密兵器。納得だ!」
「おおお、やはり真に恐るべきはハンターよの!」
奈落の竜王、紅蓮大将軍、嗜虐の大元帥があからさまにひるんだ。ちょっとあからさまに過ぎるくらいだった。役者としては大根である。
は?
なに?
なんで?
そして法都脱出に団子状態の市民たちは突然の状況変化についていけない。
なぜこの巨大魔人たちはたかがハンターにこうもビビるのか?
『うちゅーせんかん』とはあの空飛ぶ城のことか?
なぜハンターたちが『うちゅーせんかん』なるモノを持っているのか?
そしてなぜ巨大魔人たちはあっさり受け入れるのか?
つい今しがた熱線が発射された時は、全滅を覚悟したばかりなのに。
ナニコレ状態である。
「しかし、大魔王様の命は絶対である。いかなハンターの宇宙戦艦とて、我ら6人が力を合わせれば!」
「うむ、この巨大な敵を必ず打ち倒し、法王国殲滅を成し遂げるのだ!」
「ハンター相手じゃこっちがお・ば・か・さ・んになっちゃうかもしれないけど、ここで逃げたら魔将、魔王の名折れ。逃げる選択肢などないわ! いいわね、いくわよ!」
不死の王、始祖の獣王、夢魔の姫騎士が檄を飛ばす。
睨み合う6人の巨大魔人と空中の巨大城。
まるでラスボスに立ち向かう勇者パーティーの構図である。どっちが悪役なのかわからない。
そして何気に魔人たちは『協力すること』を体現していた。そもそもこの茶番そのものが共同作業だ。
『愚かダガ。大人しく魔大陸に帰れば見逃してやるというのにダガ』
『掛かってくるというなら容赦しないキー。戦闘開始キー』
『全砲門開けック。マルチターゲット照準セットック』
『ピース・ワールド号の超電磁砲の威力を見せるゴズ』
ピース・ワールド号各部に内蔵された砲塔がせり出し、ぐるりと旋回して6つの魔人を個別に狙う。どの砲塔もユニバーサルジョイントでフリー可動なので対空だろうが対地だろうが自由自在だ。しかも全自動照準全自動射撃である。
ちなみにピース・ワールド号の主兵装である超電磁砲は質量弾を撃ち出すレールガンではなく荷電粒子のビーム砲である。念のため。
『待つのだ!』
突如、魔人たちとピース・ワールド号の間を割るように空中に大魔王ビュオルズの姿が映し出された。
「大魔王様!」
魔人たちが一斉に跪く。魔人城では大魔王が現れても彼らはいつも立ったままだが、これはセシルの演出である。
『双方それまで! 今回のこと、我の誤解であった。不明を詫びる』
「誤解?」
「大魔王様が、詫びる?」
「間違い!?」
ヴュオルズの声に魔人たちが首をかしげる。
『うむ、魔獣部隊は魔族を虐待しているわけではなかったのだ。見よ』
カメラがパンすると、床に座って魔獣アイバーンの背中を撫でている男の姿が映った。第1軍召喚士長エドワルズ・ヴュヴューンである。やや顔がこわばっている。
カメラからは見えないが、セシルがアシスタントディレクターよろしくボードで指示を出しているのだ。
エドワルズは法都で必死に市民を避難誘導していたところ、ひょいと転移で魔人城に連れてこられたのである。彼の座標の特定は法都にいるフェンスリー経由だ。
魔王城では、バズカド、ウイーダ、ラルシオーグまで駆り出されているのでヴュオルズの護衛は現在魔都直衛隊が担っている。セシルの隣には強面のシェゼン隊長が二刀を握ってすっくと立ちにらみを利かせている。何も知らないエドワルズは逆らえば殺されると勝手に思い込んで、セシルに指示されるままアイバーンの背中をひきつった笑顔でひたすら擦っている。
『このように、実に仲が良い! 微笑ましいぐらいである』
再びカメラがパンしてビュオルズの姿を映す。するとヴュオルズの横に人間の男性が立っていた。
『大魔王閣下の魔獣部隊、そして法王国に対する疑念はこのように晴れました。私はエトアウル王国商業ギルド、エルベット地区担当長のシュバルトリウスと申します。危ういところでしたが、説得が間に合ってよかった。バッハアーガルム法王国の皆さん、デガンド帝国の皆さん、もう心配はありません。すべては既に解決致しました。ええ』
シュバルがにこやかな笑顔を作る。帝国民に対しても呼び掛けたのは帝都のフェンツーがまだ絶賛実況中だからである。
そして自身の名や身分を明かしたのは、もちろんわざとだ。
『なお、法王国魔導師団、帝国機動艦隊及び戦車大隊にも人的被害はありません。全員われわれが救出いたしました。軍関係者の方々、ご家族の方々どうぞご安心ください』
『シュバルさんが仲介してくれたのなら安心ダガ。魔人を倒すのはやめるダガ』
「おおわかった。ありがたい。不幸なすれ違いであったが、すんでのところで理解しあえて実によかった。では我らはこれにて去ろう」
ピース・ワールド号からダガルの声がし、不死の王が6魔人を代表して応えた。
そして即座に巨大魔人たちは光の粒に覆われ消えた。
正確には本体を亜空間に収納し人間サイズに戻った。
法国民も帝国民も突然の幕引きに呆然とする。
が、助かったということだけははっきりわかった。
空に城が浮かんでいるが、アレはハンターの『うちゅーせんかん』らしいし、魔人に比べたら危険度はずっと低い。少なくとも人族の範囲だ。
市民たちはようやく緊張を緩めはじめた。
ピース・ワールド号が魔族などより桁違いにヤバいという事実は知らぬが仏である。そもそも宇宙戦艦という概念すら理解が及ばない。
『しかし、誤解とはいえ宣戦布告は事実。どうされるおつもりですか、大魔王閣下』
空中の映像の中でシュバルがヴュオルズに尋ねる。
おいおい終わったんだろ今更大魔王を煽るなまた怒り出したらどうすんだと誰もが焦り映像に向かってツッコミそうになる。
『両国との和平を。取り持ってくれるか? シュバルサーン』
『もちろんでございます。私共は商人。あらゆる国と手と手を携えて豊かな明日を目指すのが生業でございますゆえ』
『うむ、手数をかけるがよろしく頼む。では諸君、また会おう』
なんじゃそりゃ!
市民たちはどんどん進む超展開にひっくり返りそうになった。
魔人との和平、だと!?
と困惑しているうちに映像がぷつんと消えた。いつの間にかピース・ワールド号もいない。出現時同様転移で消えたのだ。
尚、三魔王、三魔将全員ピース・ワールド号に回収済みである。
何も映らなくなった青い空を、法都、帝都の人々たちはぽかんと見上げていた。
それから数時間後。
法王国魔導師団や帝国戦車大隊、第1機動艦隊、第2機動艦隊の兵らがようやく目を覚まし、気が付けばなぜか港や基地に戻っており、全員無事であることを確認、軍本部に連絡を取るべく動き始めた。
法都の人々は戻るのも大渋滞であったが、なんとか自分の家や職場に帰りつくことが出来た。
そして、やや遅くなったお昼を食べるなどしてなんとなく落ち着きを取り戻し始めたちょうどその頃。
再び法都、帝都の空に映像が大きく投影された。
「あれは!」
「ええっ!」
「一体どういうこと!?」
市民たちは驚いた。
そこに映っていたのは、大魔王ヴュオルズを真ん中にし左右に挟むようにして立つデガンド帝国のラーセン皇帝とバッハアーガルム法王国のウーティカ法王。
魔族と人族のトップ三人の姿だった。




