第62話 シナリオVSシナリオ
すみません。9月全く更新できませんでした。なんとか生きていますのでご安心を。
不死の王の頭部分に三つあるどくろ面のうち、正面を向いたどくろが口を開いた。これがメインの顔らしい。
「法王国の人間どもよ、喜びに打ち震えよ。我らは大魔王の配下、三魔王と三魔将である。この程度の国ひとつ滅ぼすのは我らのうち一人で造作もない。事実、貴様らの主たる戦力であった魔導師団は既にこの不死の王一人で壊滅させた。であるが、わざわざ6人揃って貴様らの国に出向いてやったのだ。我らの偉大な姿を最後に目撃出来たことに感謝を捧げながら死んでゆくがよい」
この不死の王のなかなか堂に入ったセリフはすべてアドリブである。王を名乗るだけのことはある。
拡声器を使っているわけではないが、ガタイがデカいだけあって地声でも遠くまで響く。法都中に無慈悲な死の宣告が轟いた。
「それもこれも、大魔王様を怒らせちゃったからよー。唯一神の威を借りた教会ごっこは見逃してあげてたのに。ほんと、調子に乗っちゃったわねえ。お・ば・か・さ・ん。今日で法王国は地上から消えてなくなるのよ。こ・れ・で・お・し・ま・い」
いつの間にか不死の王の隣に追いついていた夢魔の姫騎士が体をくねらせながら煽る。表情も淫靡だ。巨大化すると容姿の変化に合わせ性格もやや変わるようだ。
「だが我らが社ちょ……、盟主ヴュオルズ大魔王閣下はおっしゃった。逃げるものは捨て置いてやろう、と。法王国は滅ぼす。これは決定事項である。が、武器を捨て逃げるものまで追わぬ。最後の慈悲である」
燃え盛る炎を全身から放ちながら海岸を歩く紅蓮大将軍が重く低い声で話す。足元から炎に焙られた海の水が水蒸気となって立ち昇っている。社長と言いかけたのは華麗にスルーだ。
「いうまでもないが、帝国からの援軍は来ない。帝国の皇子たちが我らにいち早く気付き、英雄的、自己犠牲的精神を持って行動を起こしたことには敬意を表する。が、帝国の誇る新型戦車大隊も、機動艦隊も既に我らが撃ち滅ぼした。救いを待つのは時間の無駄である。んはははは。んははははあっ!」
スーパーロボットのような外見の嗜虐の元帥が、これは打ち合わせどおりのセリフを特に大声で喋る。
ここがセシルのシナリオのポイントである。
帝国の出兵はあくまで法王国の救援のため。
侵略行為ではない。
あまりに時間がなかったため、手続きをいろいろすっ飛ばしてしまったが、その真意は友好国を救いたいという英雄的行為の発露だった。
ということにしてしまうのだ。
今回の騒動が収まった後、『憑依者』に操られ、扇動されていただけの皇子らが反逆者として処刑されたりしたら大変である。可哀そうだし、帝国内の混乱は必至だ。それこそ跡目争いから内戦状態になりかねない。
いささか強引な脚本だが、敵役である大魔王側の証言である。相応の重みと信ぴょう性がある。
「きしゃー!!」
西に浮かぶ黒龍が高音の奇声と共に熱線を吐いた。
大聖会のタワー上空をかすめ、マルチ山脈方向へ一直線に空を貫く。
朝日に輝く雲々に次々と大穴を開けて。
「寛大なる大魔王様の意を汲み、武器を捨て逃げる者のために1時間の猶予をやろう! きっかり1時間後に法都を灰燼に帰す! 脅しではない! この都市の全てを燃やし尽くし、蒸発させ消し去る!」
黒龍・奈落の竜王が最後通告を行った。
◇◇◇◇
早朝の法都はパニックに陥った。
朝食を採っていた者、出勤準備を整えていた者、辻馬車を待っていた者。
そんな普段どおりの朝の風景が、突然終わりを迎えた。
『聞け! 人間どもよ! 我はヴュオルズ。大魔王ヴュオルズである!』
魔王と呼ばれる魔族は少なくない。ハルド王国の山の魔王、海の魔王はつとに有名である。だがその呼称は強力な魔族に対し、『四天龍』等と同様に人族側がつけた呼称であった。畏れを含めて魔『王』と呼んだのである。
自ら魔王、しかも『大魔王』と名乗る魔族が出現したのは人族の歴史上、少なくとも公式には初めてのことであった。
勿論各国政府上層部では『魔大陸』の存在は周知の事実であったし、そこに強力な魔族が多数いることもわかっていた。極秘事項として一般大衆には伏せられていたが。
だが、突如として大魔王の実在が明らかとなった。空に浮かぶ巨大な姿と、辺り一帯に轟く大音量での出現という派手な演出を伴い。
その上。
『故に、我は無関心をやめた! 同胞である魔獣を救うため、バッハアーガルム法王国を殲滅する! これは魔族の聖戦である! 今日この日を法王国の最後と知れ!』
空からの一方的な宣戦布告にして殲滅宣言。大魔王の姿と入れ替わり、法都を取り囲むように出現した6体の巨大魔族。
黒龍が放った空を焼く光芒は、法都焼失を現実のものと認識させた。
しかも残された時間は1時間しかない。
これでパニックになるなという方が無理である。
馬車に荷物を詰めるだけ積んで逃げ出そうとする富裕層。子どもを抱えて走る一般層。救いを求めて教会に殺到する信徒たち。
道路は避難民で埋まり、団子状になって動けない人々の怒号が渦巻く。警備隊が整理誘導を始めようと動き出すものの、市民の数の方が圧倒的に多い。都市機能はあっという間に麻痺した。
法都中央府。その広い中庭。
大聖会と法王宮があるこの一帯は城壁に囲まれており外の騒乱とは隔絶されている。
「キシャー!!」
「! いかん、戻れミルバーン!」
魔獣部隊第1軍、召喚士長エドワルズ・ヴュヴューンが上空の魔獣・ミルバーンに緊急帰還を叫んだ。
ミルバーンは飛竜系統の魔獣だ。ガウゴーン渓谷のサイバーンに似ているが、目と耳が大きく、見た目通り視力と聴力に優れている。飛行能力と併せ、偵察や監視に便利な魔獣だ。
ミルバーンがエドワルズの収納空間に戻った直後、頭上の大聖会の尖塔をかすめるように閃光が走った。
黒龍・奈落の竜王の熱線だ。
光芒が雲に大穴を開け、一瞬で蒸発させる。
「大魔王の配下一人で今の威力ですか! あんなのにどう対抗するんですか? 士長!?」
同第一軍高次召喚士アルベルト・ズオムが声を荒げる。普段は冷静な性格の彼だが、この危機的状況にあってさすがに焦りが表に出ている。
そもそも魔獣部隊がここ中央府に集められたのはもう10日前だ。魔導師団の大半が帝国との国境線に展開する一方、魔獣部隊だけはここに留められた。
法王よりの勅命だった。法都防衛の要となれといわれ、それはそれで名誉なことであったが、10日も待機状態が続くのには辟易していた。軍領地と違って歴史的建造物に囲まれたこの場所では訓練すら行えない。元々荒くれものの集まりである魔導師団の中でも特に戦争バカな傾向の高い者が揃っているのが魔獣部隊だ。じっと大人しくしているのは大の苦手である。
そこに突然の大魔王の襲来である。
この中庭からは音は聞こえても外が直接見えないので、エドワルズがミルバーンを上空に飛ばし様子を確認していたのであった。
ミルバーンが捉えた画像や音声は、アルベルトの魔獣ポーンストライカーが中継して部隊全員に送信している。ポーンストライカーは念話が得意な四つ足の魔獣だ。
通常の魔法では膨大な術式の構築が必要な広範囲伝送だ。魔物の特性を利用する魔獣部隊ならではの戦術運用である。
人族には直接扱えない魔のエネルギーを有効に技術利用する軍隊ともいえる。
「ああ、確かにものすげえ魔物だ。俺たちのバディモンスターとは桁が違う。けどな、あれだけ悪し様にいわれて黙ってられるか!」
魔獣部隊第2軍調教師長キュエル・ゾーグが気色ばむ。
その怒りは正しい。セシルが書いたシナリオ上、魔獣部隊は手ごろな悪者にされただけである。名誉棄損レベルの完全なる言いがかりだ。
召喚士にしろ、調教師にしろ魔獣とは魔法契約で結ばれている。信頼関係であり、共益関係である。決して迫害などしていない。何しろ友達なのだ。
先ほど奈落の竜王が口を開き熱線発射態勢になったのを見て慌ててエドワルズがアイバーンを収容したのもバディの身を案じたからだ。
「確かにふざけた話だ。しかし出撃命令が出ていない」
魔獣部隊長アレゴ・ドーガンが抑揚なく答える。彼は大きな仮面をつけており表情は全くわからない。過去の戦いで受けた傷を隠しているという噂だ。
法都の危機が目の前に迫っているにもかかわらず軍から何の指示も命令も来ない。
それは『憑依者』たちのシナリオが狂い、対応出来なくなったせいであるのだが、エドワルズ達にはわからない。
そもそも教皇が法王に命じて魔獣部隊をここに留め置いたのは、中央府を防衛させるためだ。
国境線で法王国魔導師団対帝国新型戦車大隊の大規模戦を開始した後、沖から帝国機動艦隊の艦砲射撃で法都を攻撃する計画だった。
だが、その際中央府まで破壊されると戦争の維持が出来ない。世界戦争に拡大するまで首都機能を保たせるのが魔獣部隊の役割だった。
宇宙際にいる上位存在の分体である『憑依者』にとって、いわば敵である唯一神への信仰の中心たるバッハアーガルム法王国破壊は当然のことだ。また組織で動く帝国軍はダガード皇子をはじめ要職についている者を押さえてしまえば操るのはたやすいが、個人プレーが中心の法王国軍はコントロールが面倒という事情もある。法王国関係者は全員抹殺してしまうのが手っ取り早い。
艦砲射撃であらかた皆殺しにし、最後は魔獣部隊ともども教皇自身も始末する。法王国崩壊後は皇子らを使って世界中に帝国軍を出兵させる。法王国との戦いの後でも帝国の国力なら全世界相手にそこそこ戦うだろうが、いつまでも戦線を維持出来ない。消耗戦となりいずれ瓦解する。
そして戦勝国も敗戦国も全てが疲弊し、荒み、死に絶え、この世界は終焉となる。
それが『憑依者』の描いたシナリオだったのだ。
「寛大なる大魔王様の意を汲み、武器を捨て逃げる者のために1時間の猶予をやろう! きっかり1時間後に法都を灰燼に帰す! 脅しではない! この都市の全てを燃やし尽くし、蒸発させ消し去る!」
奈落の竜王の最後通告に、アレゴが反応した。
「魔獣部隊はこれより市民の救助活動を開始する。これは1時間後の法都消滅を事実と認定した災害出動である。故に軍令は不要だ。第1軍、第2軍、直ちに総員出動!」
「了解!」
「そうこなくちゃ!」
「さっすがキャプテン!」
正門を開き、魔獣部隊全員が脱兎のごとく法都居住区へ駆け出した。




