第60話 機動艦隊対2大魔人
バッハアーガルム法王国西海岸沖。
デガンド帝国機動艦隊は作戦海域に到達しようとしていた。
朝焼けが差し始め遥か東にそびえるマルチ山脈のシルエットが浮かんでくるが、海上はまだ暗い。
第51皇子カールマン・ビショッド・オミュウスは、兄である第31皇子ベイハム・グレッド・オミュウスの命により第1機動艦隊旗艦『シードラゴン2世』に艦隊司令として乗艦していた。
『シードラゴン2世』は右舷側に巨砲を12門×2層、合計24門並べた全長37メートルの戦艦である。片舷にしか砲がないのは対地攻撃に特化しているからだ。基本的な役割は相手の攻撃が届かない洋上で、浮かぶ長距離砲台となることである。
他国には帆船や手漕ぎの船はあるが戦艦建造技術はないため、当然ながら戦艦同士の戦闘は想定していない。そのため、鉄板で出来た装甲は右舷にしか貼られていない。艦体自体は木造で、甲板には小型の旋回型自在火砲が左右10門ずつ設置されている。船で接近した敵が舷側をよじ登ってきたり、近距離から攻撃魔法を飛ばしてくる場合を想定した、上下左右に可動する対人兵装だ。
外見では右舷側がかなり重く見えるが、搭載している巨砲は後装式55口径120ミリ滑腔砲。7.5メートルの艦幅ぎりぎりの長さがある。基部がある左舷側の方が重くなるため、むしろ右舷の分厚い装甲でバランスを取っているのである。
エンジンは火の魔法石を応用したガスタービンエンジンを3基搭載し、巡航速度は約15ノット(時速30キロ)。せいぜい7、8ノットの他国の帆船とはまさに桁違いのスピードが出せる高速戦艦であった。
旗艦『シードラゴン2世』だけが突出した性能というわけではない。第2機動艦隊旗艦『シードラゴン1世』は2世のプロトタイプモデルでやや大きい42メートル級だが、4基のエンジンより巡航速度は15ノット。2世と同じ規格の巨砲を2層26門、自在火砲を左右12門搭載する。2世は1世の設計をブラッシュアップし量産にむけて小型化を達成しつつ同等の性能を確保したものである。
第1、第2機動艦隊の主力はそれぞれ20隻配備された『主力戦艦』である。37メートルのサイズは旗艦『シードラゴン2世』の設計と同じだが、エンジンを2基とし、巨砲1層10門、自在火砲左右10門としたコストダウングレードである。軽量化により巡航速度15ノットを確保している。
加えてそれぞれ10隻配備した『巡洋戦艦』は『シードラゴン1世』をベースに全長42メートル、エンジン3基、巨砲1層13門、自在火砲左右10門タイプとした戦艦で、軽量化により巡航速度17ノット、最高速度23ノットを誇るこの世界最速の艦だ。
更にそれぞれ2隻配備された『要塞戦艦』は全長60メートル、巨砲3層60門、自在火砲左右32門、ガスタービンエンジン8基搭載の超大型艦である。まさに浮かぶ砲撃拠点だ。巡航速度は14ノットとやや遅いが、その巨体と圧倒的な火力を考えればオーバースペックともいえる。
各艦に搭載された55口径滑腔砲の有効射程距離は20キロメートル。この巨砲自体には連射機能はないが、単艦においては並列操作により、また艦隊を組んで連携することにより広範囲に対し弾幕を切らさず面で制圧する。この世界において圧倒的な軍事展開能力、長距離攻撃能力、敵殲滅能力を有していた。
故に。
突如出現した魔物に艦隊が苦戦するなど、カールマン皇子には全く想像出来なかった。
差し始めた朝日を背にして、海岸と艦隊の間を割るように空中に現れたシルエットが2体。
奈落の竜王と嗜虐の元帥。
2体の魔人は空中を踏みしめるようにして堂々と立っていた。
「わが名は奈落の竜王。人間どもよ、我らは法都に用がある。この先に進むというのなら、容赦はせぬぞ」
奈落の竜王はそう言い、嗜虐の元帥は黙って宙に浮いていた。2体とも神官服のような身なりで、知恵者然とした落ち着いた雰囲気が似ている。
決して実態はそうではないのだが。
「魔物ごときの指図は受けぬ! 押し通れ!」
カールマン皇子は法都を射程圏に捉えるまであと一歩のところで邪魔をされ、腹を立てた。
相手を侮り、艦隊の力を過信していたこともあった。
旗艦からの指示により全艦平行陣形を組み、右舷を魔人に向けて総攻撃モードに移った。
だが、空に浮かぶ2体の魔人に対し、機動艦隊はその性能を生かせなかった。
というより圧倒的に不利であった。長銃身の巨砲はやや仰角で弾を撃ち出す設計であるが、地対空攻撃が出来るほどの角度はそもそも取れない。
空に浮かぶ敵などを想定していないのだから仕方がない。甲板の小型火砲で攻撃するのが関の山だった。
そして2体の魔人に対し、対人用の火力など有効射程も短く、豆鉄砲程度の威力もなかった。
「左舷に荷物を集め、全員ギリギリまで寄れ!」
艦長の中には艦を傾けてなんとか巨砲の仰角を得ようとする者もいるが、なまじ艦の設計が良く傾斜復元力が高いため効果がない。
「人間どもはさっきから何をやっているのだ?」
「どうやら、あの船の大砲は対空仕様ではないようだ」
「どうする? 嗜虐の元帥。もう終わりにするか?」
「いや、いくらなんでも早すぎる。もう少しこのまま様子を見よう、奈落の竜王」
奈落の竜王と嗜虐の元帥は、拍子抜けした。この次の段取りがある。時間を掛け過ぎるのはまずいが、早いのも良くないのだ。
「皇子、要塞戦艦を爆破しましょう!」
『シードラゴン2世』の艦橋で艦隊司令ジェファースがカールマン皇子に進言した。
「頭がおかしくなったか! 司令! 兄上より預かった大事な戦艦を自ら沈めるというのか!」
「違います! 要塞戦艦はその巨体ゆえに艦底部は縦4層の隔壁構造となっております。舷側部を爆砕しても沈没することはありません。左舷側に穴をあけ、わざと浸水させることで傾斜を得るのです!」
「むむっ! しかしそんな都合よく傾けることが出来るのか!?」
「傾きながら撃つのは可能です! わが機動艦隊の操手ならば仰角さえ取れれば狙いは外しません! 責任は私がっ!」
無茶な作戦だが、確かに火砲ではらちが明かない。55口径120ミリ滑腔砲の威力を持って魔人を倒さねば、帝国本土に危機が及びかねない。なにより、敗者の烙印を押されるのはカールマン皇子にとって決して認められないことであった。
戦車大隊を任されたバウンティは年下だが第41皇子で格上だ。
だがそれは所詮陽動。本当の主力である機動艦隊をベイハム皇子は自分に託してくれた。
それは、皇子としての威を示せということだ。
そうカールマン皇子は理解していた。
自分は役に立つ、強い武を体現する皇族の一員である。なんとしてもベイハム皇子に威を認めてもらわねばならないと感じていたのである。
「うむむ。やむを得んか! 承知した!」
ただちに手旗信号で『シードラゴン2世』から伝令が飛び、2体の魔人の前に要塞戦艦4隻が、その後方に主力戦艦4隻が並んだ。
「ふむ、人間ども、何か策を始めるようだな」
2体の魔人は艦列が変化していくのを目で追うものの、宣言どおり様子を見ている。
「主力戦艦、水平射撃3発。撃ち方はじめ!」
10門のうち1、5、9番砲が火を噴いた。
要塞戦艦の左舷喫水線付近に大穴が3つ開き、海水がなだれ込む。
「おや? 同士討ちか?」
「いや、どうやら船を傾けてわしらを大砲で狙おうとしているようだ」
奈落の竜王と嗜虐の元帥は人間たちの策を理解したが、やはりまだ動かない。
要塞戦艦が左に傾斜していく。
「敵2体、照準に乗りました!」
「全砲門、一斉射撃!」
傾きつつ要塞戦艦60門×4隻、240もの巨砲が同時に火を噴いた。
240個の紡錘形の弾が超高速で 奈落の竜王と嗜虐の元帥を襲う。
バランスを崩しながらの砲撃であったが、狙いは正確だった。司令の言うとおりであった。
魔人に直撃!
大爆発!
弾体には火の魔法石が充填されており、爆煙が一気に膨らみ周囲を覆う。
「全弾直撃!」
「やったか!」
「け、傾斜止まりません!」
「排水! 排水!」
撃った反動も加わって、要塞戦艦のうち2隻が限界を超えて転覆した。他の2隻も傾斜したまま復元しない。
「ああっ、要塞戦艦が!」
「大丈夫です皇子! 我らが艦船は横倒しになっても沈没はしません! 後方の各主力戦艦は速やかに接舷し、乗員を救助せよ!」
「魔人は、どうなったのだ?」
「バラバラに砕けて散ったと思われます!」
そんなことはなかった。
煙が薄くなると、皇子は、司令は、海兵たちは揃って驚愕した。
奈落の竜王も嗜虐の元帥も、その場にそのまま浮いていた。
巨砲の一斉射撃さえも、所詮豆鉄砲であった。
「これだけの火の魔法石を使うなら、ただ爆発させるのではなく圧縮するとか高速ガス化するとか、威力を上げる方法はいくらもあるだろうに。この程度では魔法障壁を展開する必要すらもない」
「人間どもはまだそこまで知恵がついておらぬのだ。セシル様とは違うのである」
「ふむ。そうだな、嗜虐の元帥。空中戦艦ピース・ワールド号とは比べ物にならぬ」
「わしは生身のセシル様のほうが怖いわ」
「さもあらん」
一方、『シードラゴン2世』ではカールマン皇子が新たな命令を発していた。
「我らの目的はバッハアーガルム法都への砲撃である! 全速で作戦地点に向かう! 魔人など捨て置け!」
皇子は頭を切り替えた。そもそも急に現れた魔物など本作戦とは関係がないのだ。つい頭に来て相手をしてしまったが、ベイハム皇子に託された法都攻撃を完遂すればそれでよい。
機動艦隊は魔人を相手にするためのものではない。
これ以上の無理をして、艦をさらに失うことになっては申し訳が立たない。目的を見失ってはいけない。
この辺りの立ち回りの良さは、皇族ならではのものだった。政治というモノはきれいごとや感情で動かせるものではない。周囲をよく見た上の計算と瞬発力が肝要だ。
カールマン皇子もそれらをきっちり身に着けていたのである。
「要塞戦艦の乗員の救助がまだです」
「うむ。主力戦艦4隻はその場に残り救助を優先せよ。他の艦は最大戦速でこの海域を離脱する!」
カールマン皇子は格好良く言うが、しっぽを巻いて逃げる図である。
そして奈落の竜王が見逃すはずはなかった。
「この先に進むというのなら、容赦はせぬぞと言ったはずだ。奈落の渦」
突如として海面が渦を巻きはじめ、それは機動艦隊すべてを呑み込む大渦巻となった。
帝国の誇る最新鋭戦艦が、小さな木の葉のように翻弄される。
「う、渦から脱出!」
「エンジン全開! 焼け切れても構わん! スーパーチャージャーを使え!」
「だ、ダメです! 操舵不能! 操舵不能!」
「ああっ、ぶつかる!」
渦の中心に引きずられ艦同士が接触しかかる。
「狂憑の念、ミニマム」
奈落の竜王がごく弱い呪詛を飛ばし、渦を止めた。
海面は直ちに凪ぎ、艦隊は衝突寸前で動きを止めた。そしてそのまま静かになる。
艦内の全員が一瞬で意識を刈られていた。超弱めの狂憑の念だったが、人間に対抗出来るものではなかった。
「ふむ。わしの出番はなかったな」
嗜虐の元帥がぼそりと呟いたが、別に不服というわけではない。
「無力化は任せる」
「わかった」
嗜虐の元帥は全艦艇から砲弾を回収し亜空間に送った。ガスタービンの魔法石も転移させたいところだったが、それでは船が動けない。
なお、要塞戦艦は転覆した2隻を含めて沈みそうにはなかったのでそのままにした。
「放っておいても、人間たちは死なんだろうか」
「一応は奴らも武人だろう。大魔王様からは直接手を下すなとは言われたが、勝手に弱って死ぬのは知らん。鍛えておらん者の世話までは焼けぬ」
「それもそうか」
そして2体の魔人は法都へと飛び去った。
放置されて一番危なそうなのは、カールマン皇子であった。




