第6話 エルフ姫、ギルドに現る
アドセットの街は宿場町だけあって、中央の大通りの両側にずらりと宿屋が並んでいた。
大体は食堂との複合業態だが、宿だけ、というのもいくつかある。値段も『黄金の止まり木亭』同様大体銀貨1枚だ。競争原理で価格が一定標準に収れんするのだろう。
が、大通りの一番奥にある大きな宿屋だけは外に値段の表示がなかった。
(時価? ああ、そうか。貴族用の高級ホテルなんだろうな)
大きさだけじゃなくて、柱や屋根が装飾で覆われており、豪華だ。よく見たら門番も立っている。平民は近寄るだけで追い返されそうだ。
(まあ、今は用はないか。お金が稼げて贅沢ができるようになったら、話のタネに泊まってみようかな)
学校の友達の顔を思い浮かべるセシルだが、彼女らがいる日本にそもそも帰ることが出来るのかどうか。
外国に物見遊山に来たような気持ちがまだ完全には抜けていないセシルであった。
実のところ、今は夢を見ているだけだというかすかな望みをセシルは捨てきれていない。
そんな微レ存は、現実逃避でしかないのだが。
その大きな宿が、宿場街の終点だったようで、そこから先には多様な店が並んでいた。
よろず屋的に保存食品や雑貨を混ぜて並べているところが一番多いが、薬屋、干物屋、果物屋、服屋、武器防具屋などの専門店もポツポツある。この街を出れば野営だし、装備や旅行用品を整えておく必要があるからだろう。
店の看板は絵が多く、文字が入っているのは少ない。識字率が低いと思われた。
ただ、その絵も店の人が自分で描いているのか、うまいのもあれば、一見ではなんだかわからない看板もあった。
〇描いて〆が果物屋!
多分リンゴか何かのつもりなんだろうけど、適当すぎるだろ!
しばらくウィンドウショッピング(ガラスのない、ただ開いた窓ごしに)していると、スキンヘッドの親父が店番をしている武器屋を見つけた。
買取査定無料と看板に書いてある。ということは中古品の売買をしているのだ。この重い(セシル自身はちっとも重いとは感じないのだが)黒剣を見てもらおうと思い、入ることにした。テレスピンが見たことない材質と言っていたのが気になっていたのだ。
かららん。
ウエスタンな感じの木のスイング扉を開けるとベルが鳴った。
「こんにちはー。武器の査定をお願いしたいんですけど」
「らっしゃい。うぇ! って、まさかあんたセシル!」
「え、なんでわたしの名前を?」
「いや、もうあんたこの街じゃ有名だよ! ダガルやゴズデズを一蹴したエルフ姫!」
(えええ。誰かが昨日の騒ぎを吹聴して回ったのね……)
そういえば、ここに来るまでいろんな人がわたしを見ては何かひそひそ言ってたっけ。またダガルみたいなのにナンパされたら面倒だなあと思っていたけど、声一つ掛けられなかったのはそのせいか。
「いや、わたしエルフじゃないよ! タダの人間だよ!」
「またまたあ。いくら人間が鍛えても、トカゲ族やオーガ族に素手では勝てんよ。しかし噂に聞いたとおり、とんでもない美人だな。セシル」
(いきなり名前呼びとはなれなれしい人だなあ。まあ文化の違いかも。それに美人なのは自覚してるけどね! えへへ……。いやいや、そんなことより頼むことが)
「ありがと。で、ちょっと見て欲しいんだけど」
と言いながら腰の剣をしゃらんと抜く。
「黒い剣……?」
禿頭の親父が眉をひそめた。この人で大丈夫かな? テレスピンみたく、こんなの見たことないとか言うんじゃ?
まあしかし、なにはともあれ。
柄を反対にして親父に手渡す。
「うぉっ!」
例によってずんと重みがかかって危うく取り落としそうになるが、さすがは武器屋、何とか踏みとどまった。
両腕の筋肉がむりっと膨らむ。
この親父、ボディビルでもやっているかのように筋肉隆々だ。
重い武器も多いだろうから、体を鍛えないとこの商売は難しいのだろう。
「こりゃ、マジで驚いた……。丸ごとガザルドナイトで出来た剣とはな!」
「ガザルドナイト?」
「デガンド帝国のとある鉱山で、ごく僅かしか採掘出来ないといわれている希少金属だ。普通は、……ってそれでも普通じゃなくて超貴重品なんだが、鉄に混ぜて合金にする。魔法を通しやすく、切れ味抜群。王宮騎士でもトップクラスしか装備してないって素材だ。彼らは魔法にも秀でた『魔法剣士』だから、ガザルドナイト合金の剣は相性がいい。しかしこいつは、ガザルドナイトだけで出来ている。重いはずだ。てかあんたよくこんなの持ってこれたな!」
「まあね。でも、見て持っただけでよくそこまでわかるね!」
「ああ、俺は鑑定持ちだからな。登録されていれば製作年や製作者も読めるが、この剣のは見えねえな」
(あー、写真のExif情報みたいなメタデータがあるのか……。でも気になるワードが)
「鑑定って?」
「そのままの意味の魔法スキルだ。中古品の売買には必須だよ。鑑定のおかげで盗品かどうかもわかるし、もちろん真贋も判定できる」
「それはすごいね! チートじゃん!」
「チートってなんだ? いやまあ、まだ2級なんだがな。もしかしたらこの剣は登録がないんじゃなくて、1級クラスじゃないと隠蔽されていて読めないのかもしれないな。これだけの剣だから、製作者が書き込まないはずはない。なんか深い事情があるんだろうな。うん」
なんか勝手にこの剣の出自を想像しているようだ。目が覚めたらぶら下げてましたとは言えないな。
「やっぱり凄い剣なんだ!」
「で、査定しろってことは、売ってくれるんだな? これなら8千万は出すぜ」
「武器屋さん金持ちなのね!」
「いや、さすがにそんな手持ちはないから、預かり証を出して、売れたら8千万渡すってのでどうだ?」
「いくらで売る気なの?」
「これだけの剣だから貴族のオークションに出せば3億は固い……って、しまった!」
「正直な査定ありがとう。じゃ、返してもらうね」
「え? なんで俺今? え? え?」
賢明な読者の皆さんはお分かりのとおり、武器屋が口を滑らせたのは、いくらで売る気なの? とセシルが尋ねたからである。
セシル自身すら気が付いていないが、これも彼女の能力の一つだ。
ちなみにセシルは現時点では『この親父、ぺらぺらと本音が漏れるお調子者のおバカさん』という認識である。実際には、2級とはいえ鑑定持ちのこの武器屋はかなり優秀な商売人なのだが。
それと、武器屋自身は『エトアウル金貨1200枚』と言っているのだが、度量衡換算機能が自動的に働いてセシルには3億円と認知されている。念のため。
すいと取り返した黒剣を軽く振ってしゃりんと鞘に納めると武器屋が目を剥いた。その怪力に。
「あ、わたしの鑑定出来る?」
「……出来る」
「じゃあ、見て。それで教えて」
「あ、ああ。え? ……嘘だろ?」
「何が見えるの?」
「何も見えねえ! いくら魔法で隠蔽されていても、基礎ステータスぐらいはわかるはずなのに、何も見えねえ! セシル、あんたマジで一体何者だ!」
「そうなんだ。ええと、わたしを鑑定したことは忘れて。見えなかったことは他言無用。商売にも響くでしょ? 鑑定出来なかったなんて話が広まったら」
「わかった……」
この後武器屋は本当に忘れるのだが、セシルは口の堅い人だなあと思うだけであった。
「じゃ、これで」
「おい、セシル! 俺はグローブスだ。売りたくなったらグローブスの武器屋をよろしくな!」
「3億で買い取ってくれるなら考えとく」
かららん。
扉にベルがついているので出ていくときも同じ音が鳴った。
3億円の剣か。初期装備にしては凄すぎない?
やっぱイージーモード?
あるいは強くてニューゲーム?
そのあと服屋に寄ったが、そこも同じようにかららんとベルが鳴った。あちこちでベルが鳴って自分とこの客がわかるのかと不思議に思ったが、よく聴けばベルの音が店によって若干違う。
ベル自体が手作りのようだから、高い音や低い音、鳴り方がそれぞれ異なるのだ。なるほど。
服は……地味だった。まあ昨日のハンターたちや宿のおかみさん、ミーシャちゃんの格好を見てある程度諦めていたが、まだセシルの着ている冒険者風スタイルの方がましなくらいだった。
実用本位って感じの服ばかりである。
「もうちょっといい感じの服はない?」
「いい感じって? 貴族様が着るようなのか? そんなの王都でも行かなきゃ。少なくともこの街で取り扱ってる店はないぞ。どこともこういう手合いの服ばかりだ」
服屋の親父に断言されてしまった。ちえ。
その後屋台で何の肉だかわからない串焼きを銅貨1枚で買って(これで500円は高いんじゃない? とセシルは思ったが、どうやら銅貨が最小単位のようなので仕方がない。夕食はタダだからいいが、昼間の食事は結構金がかかりそうだ)もぐもぐ頬張りながらハンターギルドに向かった。
ハンターギルド・アドセット出張所は、店が並んだ通りから一筋裏手にあった。石造りの重厚な建物だが、割と小さい。普通の民家並みだ。一応2階建てだが。
ここの扉もかららんと鳴った。
「こんにちはー」
セシルが挨拶すると、ギルド内にいた数名が振り向いてあからさまにあたふた慌てだした。
「え?」
「例のエルフ姫だ! 所長を呼べ! 早く!」
「俺が行く」
「やばいやばいやばい! 僕まだ死にたくないよ!」
なにこれ?
呼びに行った男と共にどたばたと階段を降りてきた人物は、テレスピンよりもまだ歳を喰っていそうなおっさんだった。
しかし、年齢にかかわらず精悍な印象を受ける。
これが所長か。
「君はセシル、だね?」
「ええ、そうですが……」
「わしはここの所長だ。監督責任者としてハンターギルドを代表しダガルとゴズデズの無礼をお詫び申し上げる! 奴らこの辺では数少ない鉄ハンターなのを鼻に掛け、誰彼構わずちょっかい掛けるんだ。それを我々もなかなか諫められなくてな。本当にすまなかった」
「あ、いえ、その件は昨日ご飯奢ってもらったので、もうチャラにしました」
「なんと! それは寛大な! ということはハンターギルドを潰しに来たわけではないのだな!」
(えええ……。どんだけ尾ひれがついてんの!?)
「なんでそんなことを。わたしはハンターに登録してもらおうと思って来たんですが」
「ななななんと! エルフ姫がハンターに! マジか!」
「いや、そのエルフ姫って、凄い誤解よ。わたしただの人間ですよ」
「またまたあ、冗談を。人間がトカゲ族やオーガ族に力でかなうはずがない」
(またこのやりとりか……。もう、全力でスルー!)
「まあそれはどうでもいいです。ハンター登録してもらえますか? 身分証が欲しいんですけど」
「そりゃもちろん大歓迎だ! 鉄ハンターを軽くひねるんだから、飛び級で銀ハンターからの登録も出来るんじゃないかな?」
「え、そんなの可能なんですか?」
「ただ、鑑定機に掛ける必要があるがね。紙ハンターの登録には必要ないんだが、飛び級の場合はその実力があるかどうか調べる決まりなんだ」
「鑑定かあ……」
武器屋のグローブスは鑑定に失敗したが、ギルドの公的な鑑定機ならわたしのステータスが分かるかも!?
「じゃ、お願いします」
「承知した。おい、ハウゼン、リューリュー、鑑定機を用意しろ」
「分かりました! 所長!」
さっき1階で慌てていた二人が2階に上がっていく。上がギルドのオフィスのようだ。1階はホールになっていて、カウンターが何か所かあり、奥には掲示板がある。大小の紙が貼ってあるが、あれがギルドへの依頼書なんだろう。
しばらく待っていると、よく病院にある血圧計みたいな小さな機械を二人が持って降りてきた。
「ここに腕を通して、そうそう。軽く手を握って。そうそう。では鑑定開始!」
カウンターに置かれた機械に通した腕が少し暖かくなってくる。スキャン時に遠赤外線でも出ているのだろうか?
装置にはいくつかのアナログメーターがついていた。それぞれの針がゆっくりと動き出し、しばらくするとぶるぶると震え、そしてぎゅんと振り切れた。
え?
「なんじゃこりゃ!」
「測定限界値を超えました!」
「なんでや! 金剛ハンターでも測れるんちゃうんかい! これ!」
ギルドマスターが興奮して関西弁になっている。思うに、出身地の方言が出ているのだろう。関西弁でわざわざ変換するのは昨日亜人たちの訛りに気がつかなかったセシルの反省が含まれている。
なお、特に訛りのニュアンスが必要でない場合は標準語で変換する。便利な機能だ。
「測定限界を超えたのは間違いないですから、ランクは金剛になると思いますが……」
「アホウ! 金剛ハンターなんぞ何十年に一度しか現れないんやぞ! 俺一人で決められへんわ! 連合会案件や!」
「では、どうされますか?」
「俺が単独で決裁出来るのは金ハンターまでや! 暫定金で、……どうかな?」
最後はセシルに向かって言った。
「わたしは登録さえ出来れば何でもいいんですけど?」
「じ、じゃあ、すまんが暫定的に金とする。鑑定機のデータは王都の支部にも送られるから、いずれ支部長と相談してランクを正式決定する。それでいいな?」
自分の裁量の範囲で決められそうで、多少なりと落ち着いたのか、標準語に戻っていた。関西弁変換をカットしたわけではない。
「わたしは構わないです」
「助かる」
そしてセシルはハンターカードと、金色に輝くハンタープレートを受け取った。
「すげえ、うちにも金プレートあったんだ」職員の一人、ハウゼンが驚いたように言った。
「当たり前だろ! 金剛プレートまでちゃんとあるわ! もっとも使う機会はないと思っていたが……」
「あっ、剣士とか、魔法使いとか、そういうの登録しとかなくてもいいのかな?」
セシルは思い出した。こういう世界観のゲームって、結構職種が大事なんじゃなかったっけ?
昨夜もそんな話で盛り上がっていたような。
「いや、それは任意だ。登録しておくと、魔法使い求むとか、薬師求むとか、職種限定依頼が受けやすくなるが、それだけのことだ。一人で何役も出来る器用な奴もいるし、職種を変更するのに試験があるわけでもない。セシルは何か得意なことがあるのか?」
「いえ、特にないけど……」
そもそもまだ魔族や悪党と戦っていないので、どういうスタイルが適正なのかセシル自身にもわかっていない。
しかし、初期装備が剣ということは、それなりの理由があるのだろう。
「でも、一応剣士で登録しておいてくれる?」
「承知した。金ハンター、職種剣士。セシル」
「うん、それでいいわ!」
鉄ハンターすら希少なこの街に、いきなり金ハンターが爆誕した瞬間であった。