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第58話 戦車対姫騎士

 デガンド帝国時間午前5時。


 薄明りの中でベルン街道脇の簡易野営地に戦車が並んでいた。日の出前、最後の休息である。

 兵たちがスープと乾パン配布のテントに列を作っている。兵糧の配給ポイントは2、3小隊ごとに作られているがとにかく数が多い。千両の戦車に乗車する約3千人の戦車兵に加え、補給部隊自身が約千人。

 4千人分の食事を用意するだけでも大変だが、燃料補給や車両整備など行軍維持には多岐にわたる作業がある。そもそもこの野営地を展開するだけでも大変な労力だ。


 十両から百両程度の行軍演習はこれまでもあったが、大きな戦争がなくなって以来、大隊単位で移動すること自体がまれだ。ましてや戦車は近年登場した兵器カテゴリーだ。


 戦車大隊の行軍は歴史上これが初めてである。


 野営地の奥、最も街道から離れた場所に大きな陣が設けられていた。陣の周囲には戦車8両が水平にした火砲を周囲に向け、その間に弓兵が立っていた。厳戒体制である。


「結局ベイハム皇子とは連絡がつかぬままここまで来てしまった。本当に進めて良いのだな? バウンティ皇子」

「ガハド将軍。国境を全力で守るのが我らが役目。兄上らには強い信念がおありです。そうでなければ、陛下に成り代わり軍を動かすなど、反乱と思われても仕方がない。単なる暴挙に過ぎないことになってしまいます」

「いや、当初からそう申し上げておりますが……」

「エイトガ司令。そんなわけはない。そんなわけはないのだ。兄上らは帝国に迫る危機を察知されたが余りにも時間がなかったのだ。現にここまでわずか7日だ。ベイハム兄様があの時速やかに行動されなかったら、この倍は掛かっていただろう」

「バウンティ皇子。しかし、その後こちらからの連絡に一切の返答がないのはなぜだ? 機動艦隊が出港したという噂も耳にしている。しかし海軍からも何も通達がない。陛下や枢密院は何をされているのか?」

「急な出兵故、混乱しておるのだ。だからこそ兄上らは僕をこの大隊に付けたのだ。僕の判断が帝都の判断である」

「しかし、バウンティ皇子も機動艦隊の出航についてはご存じないのであろう?」

「そんなものはそもそも噂でしかない。仮に事実であっても、それはこの戦車大隊とは無関係である。だから僕の判断は揺るがない」

「はあ……」


 陣の中では戦車大隊総本部統括であるガハド将軍、大隊指揮官であるエイトガ司令が、第41皇子バウンティ・ガドルフ・オミュウスと噛み合わない会話を繰り返していた。

 出撃命令こそ全軍総監であるベイハム皇子から直接下知を受けたが、その後は同行するバウンティ皇子の命に従えとされただけであった。

 だが軍属でもないただの王族、はっきり言えば素人のバウンティ皇子に行軍指揮などが出来るはずもなく、エイトガ司令が立案した行軍計画をそのまま採用するだけだった。


 国境線にて法王国と対峙するのが現実となった際、当然にまずは政治的駆け引き、そして軍事的手続きがある。宣戦布告もなしにいきなり開戦とはならない。

 そんなことをすれば条約違反、国際法違反の悪の国家とのそしりを受けることになる。

 果たしてバウンティ皇子に高度な駆け引きや手続きが出来るのか。


 そもそも将軍たちにはこの出兵の意図が理解出来ない。

 国境線に脅威あり。要約すればただそれだけだ。法王国に何らかの軍事的な動きがあるということなのだろうが、だからといって性急に武力鎮圧など、逆にまんまと法王国に乗せられている感しかない。普通は外交筋から入るのが最初の一手だろう。帝国として遺憾の意を表し国際世論に諮るのが妥当だ。何事も段取りが必要なのだ。それを全部すっ飛ばしていきなり戦車大隊の派遣など、幼稚で大雑把に過ぎる。英雄(ヒーロー)ごっこに興じる子どもの発想だ。


 義を感じられていないのは将軍たち軍上層部だけでなく現場の兵たちも同じだ。最新鋭の戦車大隊だが、その威風に反し決して現場の士気は高くない。更に機動艦隊がひそかに動いているという噂。我が大隊はただの囮ではないのか、という疑念を多くの者が抱いていた。


 とはいえ軍は国のためにあるものだ。出撃命令は本物である。軍人たるもの、国家への反逆は許されない。しかし何かの間違いではないのかという疑念は拭えない。


 故に陣を張るたびにガハド将軍とエイトガ司令はバウンティ皇子と対話を重ねてきたのだが、毎回徒労に終わる。そして遂にまもなく国境というこの阻止限界点にまで来てしまった。


 一方、バウンティ皇子も実は何が何だかわからないのであった。しかし、ベイハム皇子は武勇に優れ、聡明で国民思いである自慢の兄だ。そのベイハム皇子が戦車大隊を任せると自分に言ったのだ。その期待には必ず応えねばならないし、そもそもベイハム皇子には深い考えがあるはずなのだ、と信じていた。

 将軍や司令に何をどう言われても、国境線に進軍しなければならない。

 バウンティ皇子はベイハム皇子を尊敬していた。いささか盲目的に。


 やがて空が黄金に染まり、大隊は最後の休憩を終え動き出した。砲身に朝日が煌めく。まもなく国境だ。


 遂に戦端を開く時が来た。戦車大隊の全員が覚悟を決めたその時。

 街道前方に人影が現れた。国境警備隊ではない。第一、人間とはサイズが異なる。距離を考えれば、そのシルエットは大きすぎた。


 朝日を受けてはっきりと見えてきたそれは、大きな斧を持った威風堂々たる巨人だった。褐色の肌が光輝いている。


「デガンド帝国戦車大隊の諸君! あたいは大魔王ヴュオルズ様が三魔将の一人、夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)! 大魔王様の命により、ここは通さない! 命が惜しくないものだけ、掛かってくるがいい!」


 戦車大隊の全員にその声は届いた。単に声が大きいのではなく、念話の応用である。そして見た目に反して妙にかわいらしい女の子の声であった。

 よーく見れば、筋肉隆々の肉体の上にちょこんと乗ってる顔は美少女だ。

 なんだこりゃ。

 戦車兵たちは意表を突かれ、対応に戸惑った。


 夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)はゼーゲルガンブ城にいた時よりも体を大きくしている。ざっと身長13メートル程度だ。このクラスの魔人になると、魔のエネルギーの供給源である亜空間操作に長けている。身体サイズを変えるくらい自在である。


「大魔王の部下の三魔将! ……とは、一体なんだ!?」


 ガハド将軍は目を剥いた。戦車群の後方に位置する指揮車からだと姿は小さく見えるだけだが、声ははっきり届いた。しかし『大魔王ヴュオルズ』もその配下の『三魔将』も、『夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)』という名前も将軍は初耳だ。


 不思議に響く声といい、人間の言葉を話すことといい、大きさといい、魔人なのは間違いなさそうである。

 強い魔族で思い至るのは四天龍、ハルド王国の海の魔王・山の魔王、そしてかつてデガンド帝国海軍が調査に向かった『魔大陸』に強力な魔人がいるという噂ぐらいだ。ハルド王国に東方の魔人という二つ名の男がいたようだが、アレは人間のはずだった。


 しかし、ここを通さぬとはどういうことだ? この先は法王国だが、そこに何かあるのか?

 ガハド将軍は夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)の意図を掴みかねた。


「あれだ! 間違いない!」


 突如、指揮車に同乗しているバウンティ皇子が叫んだ。


「皇子? 何が間違いないと?」

「あれこそが法王国の邪悪な兵器なのだ! なるほど魔人が相手では時間がないのも当然だ! 将軍、直ちにあの魔人を討て! 今こそ、神の使徒でありながら魔人と手を組む法王国に正義を示す時だ! このことを兄上らは察知されていたのだ!」

「う、うむ!?」


 そういえば聞いたことがある。法王国に魔族を操る者のみで編成した新部隊が出来たとの話。魔獣を召喚したり、調教したり出来る者は帝国にもいるが、術者の魔力によって操る魔獣の強さに制限がある。同じ魔力量なら、いちいち魔獣を操るなどせず普通に攻撃魔法として使った方が効率がいいはずだ。

 法王国は何を考えているのかと思っていたが、まさか()()を操るとは。


 確かにこれは、邪悪である。

 正義は我にあり。


 ガハド将軍は得心した。


「承知仕った! 全軍に通達! 国境線上の魔人『夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)』を法王国の新型魔人兵器と認定! 先ほどの念話を開戦告知と受理! ただちに応戦せよ! これは聖戦である!」

「了解! 全軍全火器制限解除! 敵新型魔人兵器を殲滅せよ! 撃ち方はじめ!」


 ガハド将軍の応戦指示にエイトガ司令も呼応する。

 新型魔人兵器。なんという恐るべきものを法王国は生み出したのか。

 これは決して許されるものではない。悪魔の発明だ。ここで叩かねば世界の危機である。


 ちなみに帝国には無線も拡声器もないので、命令は大隊内に複数配置された伝令係が逆トーナメント形式の伝言ゲームのごとく広がりながら伝えていく。従ってタイムラグがある。


 少し経って、最前衛の戦車横一列が一斉に火砲を発射した。夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)に着弾、爆炎が巻き起こる。距離およそ800メートル。狙いは正確だ。

 だが、夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)は避けることもせず、顔や体に爆発弾が当たるに任せている。


「ふむ。これは火の魔法石を応用しているのだな。だが、この程度の火力ではあたいの肌は焼けないよ」


 発射した最前列戦車は後退し、二列目の戦車が前進してまた同時に火を噴く。火砲は連射が出来ないので車列を入れ替えながら撃つのだ。


 第二射が着弾し、また爆炎が立ち昇る。そして第三射、第四射と続く。


 巨体がもうもうたる煙に包まれる。


「けほっ、けほっ! もう、目と喉が痛いじゃないか!」


 首狩り(ヘッドハンター)の斧(アックス)をぶんぶんと振り回し、煙を消そうとするが、続々と着弾するので逆にますます濃くなってくる。

 夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)の足元は既に穴だらけだ。美しく整地されていた石畳の街道が見る影もなくえぐられていく。

 だが、夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)自体には傷一つついていない。


「もうちょっと遊んでやってもいいんだけど、煙いのやだから、寝てもらうよ。『悦楽の繭』めちゃ弱いバージョン!」


 薄い、ほとんど透明な膜が夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)からひゅんと伸び、あっという間に戦車大隊を覆った。中にいる4千人の兵は、一瞬で眠りに落ちた。


 バウンティ皇子、ガハド将軍、エイトガ司令も含めて。


「はい終わり! めちゃ(よわ)バージョンだから半日もしたら目が覚めるからね!」


 そういう夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)の肩にどこからか飛んできたフェンスリーが乗った。


「ということですが、いかがでしょうかセシル様」

『うん、いいんじゃない? 念のため燃料と砲弾の火の魔法石抜いといてくれる? みんなが寝ている間に暴発してもいやだし』

「承知いたしました」


 フェンスリーは空間転移で戦車と補給資材から全ての魔法石を亜空間に収納した。帝国の最新鋭戦車はただの鉄の塊に、爆発砲弾もただの鉄の棒になった。


「では、法王国の魔導師団に向かいます」

『うん、不死の王(イモータルキング)によろしく』


 フェンスリーは夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)の肩から翼をはためかせ浮き上がると、瞬間移動で消えた。


 この情報はセシルだけではなく、ヴュオルズにも伝わっている。セシルとヴュオルズの両方に直接繋がっているフェンツー、フェンスリーは戦況把握にとても便利である。


 夢魔の(ドリマーズ)姫騎士(プリナイト)は自身のスケールを元の人間サイズに戻した。


「うふふ。ヴュオルズ様には殺しちゃダメといわれてるからめちゃ弱バージョンだけど、4千人分の情欲、ありがたくいただきまーす」


 一人1パーセントずつでも掛ける4千人分なら40人の精を吸い尽くすのと同じである。美味しいごちそうであった。

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