第55話 救出作戦
今話は新キャラ目線です。
「一体、お兄様はどうされたのでしょうか……」
月明りだけが届く暗く狭い部屋でフーシィ・オミュウスは目を伏せ、美しく長いまつげをふるふるとわななかせる。
彼女はデガンド帝国の第11皇女だ。弟の第12皇子カルダス・オミュウスと共に、この『離れの塔』に軟禁されていた。
第11皇子ダガード・オミュウスが別の皇子二人と共謀し、父ラーセン皇帝を捕らえ早や4日が経った。
皇帝ラーセン・オミュウス、皇后ベアリース・オミュウスが今どうしているのかフーシィにはわからない。皇帝の右腕だった宰相や、行政府である枢密院の評議員、吏官たちも不明だ。
武装した軍人が日に2度部屋まで食事を届けてくれるが、彼らは一言も話さない。ここに閉じ込められて以来、全く情報が遮断されている。
風呂も入れず、化粧も髪も整えられない。下着の着替えもなく、排泄物は便槽に溜まるに任せている。蓋があるのでまだましだが、臭いがしないわけではない。だんだん薄汚れていくのが辛い。
そして時間だけがただ過ぎていく。
不安で不安で仕方がないが、弟カルダスはまだ6歳だ。自分がしっかりしないといけない。
と思うものの、カルダスが眠った今、つい弱気な言葉を独り言ちてしまった。フーシィとてまだ13歳。皇女とはいえ、成人前の少女にすぎないのである。
ダガード皇子は、第31皇子ベイハム・グレッド・オミュウス、第51皇子カールマン・ビショッド・オミュウスと共に軍を動かし、竜人皇帝と呼ばれたラーセンを捕縛した。フーシィが知っているのはそこまでだ。たまたま謁見の間に居合わせたフーシィとカルダスもその場で兵に捕まりこの『離れの塔』に幽閉された。
ちなみに、デガンド帝国における皇子のナンバーは、正妻の一番目の男子が11皇子となる。第二夫人の一番目の女子は21皇女と呼ばれる。要するに1-1、2-1という意味である。この呼び方は、正妻の子が二桁になると111や112になるため、1-11なのか11-1なのかはっきりしなくなる欠点がある。が、さすがに一人の妃が男または女を10人以上産んだ記録は歴史にない。
帝国は血の系統を重んじるので、たとえ年下でも正妻の子に王位継承権が優先される。その順位をはっきりさせるためのナンバリングである。ラーセン皇帝には10人の妻がおり、子は19歳の第31皇子ベイハムから、まだ1歳にならない末子第101皇子スティングレーまで14人いる。ダガード、フーシィ、カルダスが血統の優先度が最も高い嫡子の3人だ。
反乱を起こしたダガード、ベイハム、カールマン以外の異母兄弟姉妹も自分たち同様に幽閉されているのだろうか。それすらもフーシィにはわからない。
窓の外は星空だ。窓は斜めの格子が嵌められただけだ。ガラスはもちろん、板戸もカーテンもない。月明りが入るため夜でも部屋はほの明るいが、それよりも風を止めたいところだ。肌寒い季節である。フーシィは堅いベッドで伏して寝ているカルダスの毛布を掛け直した。
ふと、再び窓に目を向けると、小さな鳥が格子に止まっていた。
夜中に鳥?
魔鳥だろうか?
しかし、魔鳥と呼ぶには羽毛がモフモフしていてとても可愛らしい。
「こんばんは。迷い鳥さん、かな?」
「第11皇女フーシィ殿下、並びに第12皇子カルダス殿下ですね。ようやく見つけました」
「鳥さんが喋った!」
「空間転移」
窓に止まった鳥、すなわちフェンツーがそういうと、フーシィとカルダスの姿が『離れの塔』からかき消えた。
「はあ! なにこれ!!」
皇女らしからぬ素の驚きの声を隠せないフーシィであった。
つい今まで真っ暗な『離れの塔』にいたのに、突然明るく広い場所にいた。王宮の広間のような場所だ。
目の調整が追いつかず、眩しい。が、すぐに慣れ見えてきたものは。
リキテンにバーラヴィにニアにストロングに。
異母兄弟姉妹たちがワイワイいながらテーブルに座って食事をしている。
ここはどこ?
わたしはだれ? ……いや、わたしはフーシィ。それは間違いない。
カルダスは……、すぐそばの長椅子で寝ていた。カウチといっても『離れの塔』のベッドよりもふかふかのようで、寝ているカルダスの体が少し沈んでいる。
一体何がどうしてどうなった?
「ああ、いらっしゃい。あなたたちで人質は最後ね」
気が付けば、すぐそばに蒼髪のとんでもない美少女が笑顔で立っていた。見たことのないデザインの服に身を包んでいるが、少女の美しさを更に際立たせていた。思わず、薄汚れた自分を恥じ入る。
「あっちとは時差があるからごめんなさいね。カルダス皇子も寝ているし、とりあえず休むのなら部屋に案内するけど?」
「え、ええと。ここは一体どこでしょうか? そして貴女は一体どなた?」
「ここは空飛ぶ艦『ピース・ワールド号』。私は艦長のセシルよ」
そう。フーシィ皇女が転移した先は、セシルがプリンセス・アレー号を改装した宇宙戦艦ピース・ワールド号の艦内食堂であった。
ピース・ワールド号のネーミングはセシルによるものである。相変わらず、文系的センスが壊滅している。
「あなたたち皇子、皇女で15歳以下の7人はこれで全員この艦にいるわ。赤ちゃんのスティングレー皇子は部屋でお休みさせているから、大丈夫」
「どうして私たちを?」
「ベイハム皇子があなた達を人質にしたからよ。ラーセン皇帝に退位を決意させるために」
「そんな! だってお父様が退位されてもダガード兄さまが皇位を継承されるわ。ベイハム兄さまにとって何の意味もないのに!」
しかしフーシィも皇子たちが軍部と組みクーデターを起こしたことは察知していた。だからこそダガード、ベイハム、カールマンという組み合わせが謎であった。王位継承権第1位のダガード、第2位のカルダスがいる限り第3位のベイハムに皇位は回ってこないというのに。ましてや第5位のカールマンなどには。
「そのダガード皇子がベイハム皇子をそそのかしたのよ。古き血統の時代は終わった。真に力ある者が統治者となるべきだって」
「ええっ!」
たしかにダガードは『竜人皇帝』の二つ名を持つ勇猛果敢な父に似ず、武よりも文に長けた皇子だ。ベイハムの方がラーセンに近い。それ故、いらぬ軋轢を避けるために王室から軍部に出されたのだ。
それはフーシィも知っている。
だが、帝国が安定成長期にある現在、いくさより学問に秀でた者が為政者となる方がよい。事実、ラーセン皇帝も技術革新や貿易振興、産業開発に舵を切っている。
国防は必要だが、他国を攻めて勢力を拡大する時代ではもはやない。だから、次代の皇帝はダガードこそふさわしい。
そうフーシィは思い、心から兄を尊敬していたのだ。
なのに。
「ま、ダガード皇子本人も操られてるんだけどね」
「え?」
「本当の敵はそいつ。わたしたちは『憑依者』と呼んでいるわ」
「ど、どういうことなんですか? 『憑依者』ってなんなんですか? 兄さまが操られてるって!?」
「うん、ここから先はみんなにまとめて話すわ。ほかの皇子皇女は早くに助けたんだけど、あなたたち二人は結構複雑な結界魔法で隠蔽されてたので、見つけるのが今になっちゃったの。で、その、あなたたち、ちょっと臭いが……」
「あっ!」
体を拭いてもいないし、着替えてもいないことを思い出すフーシィであった。
「ご、ごめんなさい! 食事を戴くところなのに、体を清めもしないで!」
「いや、ここに転移させたのはわたしだから。部屋を用意しているわ、お風呂も着替えも準備してあるから使って。カルダス皇子は……、しばらく寝かせておく?」
「いえ、連れていきます。お風呂があるのなら、カルダスも清めます」
「そう。アラデ! フーシィ皇女とカルダス皇子を案内して!」
虹色に輝く不思議な髪の、これまたとんでもない美少女が傍に寄って来る。フーシィはまずます自分が恥ずかしくなった。
「カルダス皇子、起きるっすよ」
虹髪の美少女はふわりとカルダス皇子を両手で抱え上げた。いや、確かに今カルダスはまるで重さがないように浮いて美少女の腕の中に納まった。風魔法だ。
「あ、カルダスも汚れていますから! 私が抱えます」
「大丈夫っすよ。微妙に浮かせてますから。それにもう起きたみたいっす」
神秘的な見た目に反して、美少女の話しぶりはざっくりだった。
「うん……? お姉さま……?」
「カルダス、目を覚ましたのね。助かったのよ」
「え、ここは? えっ、僕、浮いてる!? え?」
「皇子、ちわーす! あたしアラデっす。よろしく!」
「え。龍神……さま?」
「お、よくわかったっすねー! 四天龍が一体。嵐龍アラディマンダーっす!」
「四天龍!?」
フーシィの思考が追いつかない。この美少女は何を言っているのか? 確かに虹色の髪は普通ではないが、四天龍といえば不可侵の魔物、アンタッチャブルだ。目の前でニコニコしている美少女と、大陸をも破壊するともいわれる暴風の権化と、何がどう結び付くというのか。
「あー。アラデが嵐龍ってのはホントよ。それも後で説明するわ。にしても皇子、よくわかったわね」
「ぼ、僕、時々見えちゃうんです……」
「見える?」
「カルダスには、魔物の感知スキルがあります。そのせいで、死者の魂なども見えてしまうことが」
フーシィがフォローする。
現代日本ならサブカル系霊感少年というところだろう。
しかし、アンデッド系の魔物もいるこの世界では、霊能力も本物であった。
「ああ、それでアラデの実体が見えたのね。鑑定魔法の一種かな?」
「ま、とにかく部屋まで案内するっす! まずはさっぱりしてくださいっす!」




