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第54話 フェンツー、フェンスリー

「大魔王!」


 魔王城のバルコニーでセシルは大声で呼んだ。面会手続きガン無視である。


「セシル、我と会う手順は教えたろう……」


 しばらくしてヴュオルズが姿を現した。一人である。


「大魔王とわたしの仲じゃない」

「そう返すか。まあよい。何用だ」

「いつもの側近さんたちはいないのね。ラルシオーグさんも」

「いきなり城にやって来る者は魔都防衛隊に排除される。貴様なので我の判断で面会に応じたのだ。ゆえに我一人で応対する」


 定例でも予約でも緊急でもない面会はマニュアルにない。当然この場に同席する係も想定されていないので、ヴュオルズの他は誰もいないのである。


「それ、危機管理体制としては失格よ。こういう場合の対処方法もちゃんと決めといたほうがいいわよ」

「善処する。で、何用だ」

「この子たちを契約で眷属にしてほしいの」


 そういうと、手のひらに2体のフェザードラゴンを出現させた。幼生体モードである。


「なんだそれは。知らぬ魔物だな」

「私が造ったフェザードラゴンよ。フェンツーとフェンスリー」


 ご存じのとおり、セシルのネーミングセンスは壊滅的である。


「そ、そうか。貴様が造った……、か」


 若干心にダメージを負ったヴュオルズである。大魔王といえど、生命創造など不可能だ。セシルはもはや人外、いや()外の存在であった。神かあるいは化け物か。


「で、眷属にするとはどういうことだ?」

「『憑依者』を検知する能力が欲しいのよ。ガルリア大陸で戦争を起こそうとしてるみたいなの。それを止めるわ」

「なるほど。しかし、こやつらが我の眷属になると、貴様の命令を聞かなくなるのではないか?」

「それは大丈夫。創造主である私が最優先。大魔王は二番目ね」

「セシルよ、それは我の能力(ちから)を便利使いしているだけではないか?」

「あ、ばれた? 明日の朝ごはん豪華にするから許してよ」

「仕方があるまい。それで手を打とう。貴様と我との仲だからな」

「ありがとう! ヴュオルズ!」


 大魔王はもはや胃袋を支配されていた。安請け合いしたヴュオルズはさっそく空中に魔法陣を描く。


「陣の中心へ」


 フェンツー、フェンスリーがセシルの掌からふわりと浮き上がった。自分で飛びあがったのではなく、魔法陣に吸い寄せられている。


「むむ。見た目どおりではないな。これは強大な……」


 今は小さな鳥のような姿だが、ヴュオルズには魔法陣を介してフェザードラゴンの猛烈な魔のエネルギーが感じられた。まだ契約を発動させていない段階にもかかわらず。

 2体同時に契約して、大丈夫だろうか?

 自身の魔力をごっそり持っていかれそうな予感がする。しかし、セシルにやるといった手前もあるし、魔法陣は始動してしまった。

 食事に目がくらんだことを後悔したが、もう止められない。


「……フェンツー、フェンスリーよ。汝らに大魔王ヴュオルズが告げる。我をあがめよ。我に尽くせよ。我の血肉となり、我と共にあれ。……」


 2体なのに魔法陣は一つでいいのかしら? とセシルが些末な疑問を感じている間に、魔法陣の輝きが強く激しくなってきた。


眷属契約(ファミリア)!」


 その瞬間、ファンツー、フェンスリーに大魔王の魔力が注がれたことをセシルも感じた。セシルもフェンツー、フェンスリーと繋がっているからだ。


「ぬう」


 大魔王が汗をぬぐった。実際、魔力の大半が2体に吸収された。立っているのが精一杯なくらいに疲弊していたのだが、無様に失神することなくふんばれた。かろうじて威厳が保ててヴュオルズはホッとした。


「繋がったみたいね。さすがは大魔王ね!」

「う、うむ。我に掛かればこのくらいどうということはない」

「じゃ、さっそく『憑依者』探知能力をよろしくね!」


 ええ……。


 大魔王の目が死んだ。

 眷属になれば自動的に大魔王の能力が使えるわけではない。そんなことだったらみんな大魔王になってしまう。眷属化と能力付与は別物なのである。

 強がりを言うものではなかったが、もう遅い。


「おお、任せておけ」


 フェンツー、フェンスリーに検知能力を付与する。大魔王のライフはゼロギリギリになった。


「これで……、よいか……」

「あれ? 大魔王お疲れ? ちょっと無理させた?」

「いや、ちょっと魔力が減っただけだ。気にすることはない」

「そう? ならいいけど。じゃ、フェンツー、フェンスリー、手はずどおりに!」

「「了解です」」


 2体は即座に瞬間移動していなくなった。


「むう。我に挨拶もなく飛んでいったか……」

「あっ、ごめーん。眷属化してもらったのに。帰って来たらちゃんと大魔王に挨拶するよう言っておくわ」

「我の眷属とは、一体何なのであろうな……」

「でも助かったわ。これで戦争騒ぎを止められる」

「ふむ。あの2体で国を落とすのか?」

「そんなことしないわよ。『憑依者』モドキを捕まえに行かせたの。それで収まるでしょ」

「ふむ。元凶を叩くか。だが、それで本当に解決するかな」

「どういう意味?」

「人間の会社……いや、奴らは社会というか、人間の社会は複雑だ。一度始めてしまったことをそう簡単になかったことには出来ないのではないか」


 ヴュオルズは長く放浪していた時期があり、人族にも詳しい。


「んー、確かに。そういうとこあるかも。でも今回は操られてたんだから、それがはっきりすればそれでおしまいだと思うけど」

「そうであればよいがな」

「人間同士なんだし、きっとなんとかなるわ」


 セシルに政治は分からない。というか、セシルにとっての社会はせいぜい学校だ。あえて言えばそれと町内会ぐらいである。

 多少の争いがあっても話し合えば解決する。誤解も解ける。仲良きことは美しきかな。まだ純粋に人を信じている、ただの高校生だ。

 権謀術策蠢く大人の社会。ましてやここは身分制のある封建社会である。執政に血縁が入り乱れ、宗教や利権が堂々と政治に幅を利かせている。魑魅魍魎、百鬼夜行だ。

 クラスのホームルームが基準のセシルは、国家という得体のしれない存在を相手にするという場面においても、どこまでも能天気だった。


「んじゃ帰るわ。明日朝ごはん食べに来るのよね。またその時に!」

「お、おう」


 セシルが消えた瞬間、大魔王は地面にへたり込んだ。

 体力気力の限界であった。


「ラルシオーグ……!」

「ここに」


 ラルシオーグがただちに姿を現した。


「すまないが、肩を貸してくれ。寝室までひとりで行けそうもない」

「御意」


 頷きつつ、密かに頬を染めるラルシオーグであった。セシルグッジョブ! と心の奥で叫んでいた。



◇◇◇◇


「え? アラデが襲われた!?」


 プリンセス・アレー号に戻るなり、シュバルから報告を受けた。だがその隣には当のアラデがちょこんと座っている。

 場所は先ほどと同じ会議室だ。集合的領域で覆い、外部との接触を断っている。


「エルフ姫がいなくなった直後、『憑依者』が憑りついた。が、操ろうとして表に出たとたん……」

「ああ、アプリに引っかかったのね」


 セシルがアラデのタブレットの棒人形アプリを立ち上げる。


『コノヤロー! なんだよこれー! 動けねえし出られねえ!』


 『憑依者』モドキが叫んでいた。ライディマンダーに憑りついたモドキが捉えられたことは既に奴らも知っているはずだが、こちらにその能力があることを知っていて自ら罠に飛び込んできたのはなぜなのか。


「わたしがあんたたちを捕まえることが出来るって知ってるよね? なんでわざわざわたしの仲間を狙ってきたの?」

『けっ。狙ったわけじゃねえ。使えそうなやつに無差別に憑りついているだけだ。それにたまたま1つや2つが捕まえられても、それ以上に操る奴を増やしゃオレたちの勝ちだろ! うひゃひゃひゃー!』


 棒人形アプリがいくらでも複製出来ることは知られていないようだ。それ故の総当たり攻撃か。なるほど、精神汚染し操る以外の攻撃手段がないというのは本当のようだ、とセシルは思う。

 頭の悪い作戦だが、確かに捕まえたのはわずか2体。『憑依者』の数は増えないと大魔王は言ったが、そもそも全部で何体いるのかはまだ不明だ。

 悦郎と人間の王らを操ってるのは間違いないし、それ以外にも既に憑りつかれた人や魔物が大勢いるのだろう。


 まだ分かっていないことが多いが、まずは。


「離散的領域に」

『あー、なんだよ! こ』


 『憑依者』の声がブツンと切れた。脱出不能な領域に隔離されたのだ。前の『憑依者』を隔離した空間とは座標系が異なるので、共謀することなどは出来ない。というか、別の『憑依者』が新たに捕われたこと自体知るすべはない。


「棒人形アプリの有効性が期せずして確かめられたわね……」

「アプリサマサマっす! 危うくシュバルさんたちを襲うとこだったっす!」

「そんなことしたら二度と復活出来ないようにするからね」

「ひいっ! セシル様目がマジっす! 怖いっす!!」

「まあ、前も奈落の(ドラゴンキング)竜王(オブアビス)に操られてたから、危ないのはアラデだとは思ってたわ。だから注意しておいたのに、あっさり憑りつかれるなんて」

「面目ないっす……」


 萎れるアラデであった。


「タブレット、いつも持っててよ! 忘れずに!」

「はいっす、セシル様!」


 女性陣のタブレットは携帯しやすさ優先で小型だ。通話も出来るのでほぼスマホなのだが、仕組みは例によって一見無線に見える有線接続なので、電話(フォン)と呼ぶのにセシル自身が抵抗があるだけであった。


「で、ガルリア大陸の方はどうなんだ? エルフ姫」

「大魔王の『憑依者』探知スキルを得たフェザードラゴン2体を送りました。とりあえず、情報を収集します」

「フェン以外に2体ということかね?」

「はい」


 シュバルは努めて平静な振りをしていたが、その実大きな衝撃を受けていた。

 天龍クラスの魔物を3体も生み出し、そのことをセシルは当り前のように平気で話している。

 彼女の能力は底知れない。

 比喩じゃなく、神に匹敵する力があるのかもしれない。ニホンとは神の国であったか。


「瞬間移動で法王国と帝国に向かったということだね?」

「いえ、わたしが場所を知らないので、とりあえずエルベットの街上空まで瞬間移動し、そこからベルン街道沿いに飛行して南下させてます。成龍状態なら亜音速で飛べるので、半日程度で着くと思います」

「そうか……」

「すごいな!」


 通常エルベットからバッハアーガルム法王国国境まで馬で20日は掛かる。プリンセス・アレー号の速度も大したものだったが、フェザードラゴンの飛行性能も大したものだとマークスは単純に感心した。


「ついでにマッピングもさせてます。大陸の北部のマッピングはしましたけど、そこから南は手付かずですからね」

「そんな機能もあるのか……」

「プリンセス・アレー号のデータベースに直接送り込んでマージしてますから、精度の高い地図が出来ますよ。出来たら世界全部の地図を作りたいんですけどね」

「そ、そうだな……」


 さらっととんでもないことを言っているような気がするが、セシルなら出来てしまうんだろうなと思うシュバルであった。


「で、着いたらどうする?」

「フェンたちを幼生モードで国を調べさせます。小鳥にしか見えないのでスパイ活動にはばっちりでしょ?」

「で、誰が操られているか判明したら、どうする?」

「その時は相談させてください」


 お、とシュバルは思った。『憑依者』を捕まえて終わり、という考えではないらしい。


「大魔王に言われました。国が一度始めたことはそう簡単には終わらないかもって。わたしは政治のことはよくわかりません。詳細を調べたうえで、それからどうすればいいか、教えてください。シュバルさん」

「ふむ、わからないことをわからないと言えるのは良いことだ。まずは徹底した情報収集、そして分析し対応策を練る。商売と同じだ。任せておきたまえ」

「え、俺は?」

「マークスは当てにしてない」

「え! ひどっ!」

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