第53話 大量破壊兵器
「戦争って、この世界に大量破壊兵器があるんですか? 核とかICBMとか」
「カク? あいしーびーえむ? なんだそりゃ?」
マークスが目を丸くする。飛行船造船に失敗する技術水準である。この世界に戦略核は存在しない。
「広範囲を殲滅する武器はあるよ。戦略級魔法だ」
「ああ! 魔法! 聖魔反転みたいなのですね、シュバルさん」
「うむ。あれは効果範囲を絞って火力を最大限に上げた対人魔法の一種だったが、広範囲を一度に破壊する魔法もいくつかある」
「あたしの嵐やライディマンダーのイカズチ、滄くんの津波や震龍ちゃんの地震も広範囲破壊型魔法っす!」
「四天龍と比較するのもどうかと思うが、人族は魔族ほど魔法量が高くない。が、集団詠唱で威力を高めることが出来る。魔法起動のコアとなる高位魔術師と、それに追随出来る一定レベル以上の魔術師が揃わないと無理だがね。だから優秀な魔術師は国のお抱えになるんだよ。ハルド王国魔法軍も有名だが、バッハアーガルム法王国の魔導大隊が質、量ともに世界一だ」
「チョーキーやアレー王女も魔法が使えましたが、もっとすごい魔法使いが軍にはいるんですね」
「何言ってるエルフ姫。君の空間転移や完全治癒なんて最高ランクの魔法じゃないか」
「いや、あれは魔法とはちょっと違う……」
「そうっすよ! セシル様は魔術師としてもすごいっす! あたしもですけど!」
「魔族は基準が違うだろう」
「あー、シュバルさん! 魔族差別-っ! 偏見反対!」
「差別じゃなくて合理的な区分でしょ、アラデ。それはそれとして、魔法使いと魔術師って違うんですか?」
「それはそれとしてって……。ええ……」
「魔術師は職業名だ。正式に国などに任用された者をいう」
アラデは不満たらたらだが、シュバルは無視する。人族と魔族は根本的に異なる存在なので、比較にならないのは事実だ。
「ああ、市井の人で魔法が得意だと魔法使いなんですね。アマチュアとプロの違い、みたいな?」
「まあ、用語としてはあまりきちんと区別して使われてはいないがね。アレー王女は王族だから魔術師として登録されているだろう」
「まあとにかく、大規模破壊兵器はあるということですね」
「魔法だけじゃない。巨砲もある」
「マークス、大砲があるの?」
そういえばプリンセス・アレー号が武装してないと驚かれてたっけ、とセシルは思い出す。
逆に言えば、武装船……戦艦の概念があるということだ。大鑑巨砲主義の時代なのかも。まだ航空機が存在してないし。
「ああ、デガンド帝国が大砲や巨砲を載せた戦車や戦艦を開発している」
「戦車や戦艦! ということは動力や火薬もあるのね」
「デガンド帝国は主に火の魔法石を燃料にした蒸気タービンエンジンだな。砲は魔法石で弾を飛ばすんだ。弾自体に魔法石を用いた爆発弾もあるぞ。あそこは褐色オイデン鉱などのレアメタルをほぼ独占している」
魔法石か。魔法由来の鉱物が石油や火薬に代わっているのね。この世界の戦車や戦艦もある意味魔法兵器なわけか。魔法、なかなかに侮れないわね、とセシルは改めて思う。
そもそも呪詛や憑依などの精神攻撃系の兵器は現代社会にもない。鎮静化させたり逆に興奮させたりする薬物はあるが、それを精神攻撃兵器とは呼ばない。
「魔法師団がバッハアーガルム法王国、機甲師団がデガンド帝国ってことね。両国ともどのくらいの兵力があるのかしら?」
「法王国軍、帝国軍共に100万人規模の国軍だよ」
「さすがに大国ですね、シュバルさん」
と相槌を打つが、どのくらい強いのかいまいちピンと来ない。政治経済方面には疎いセシルである。異世界なので単純な武力の比較は出来ないが、兵員の数でいえばアメリカが約200万人、ロシアが約350万人、中国が約270万人である。日本の自衛隊は約30万人だ。
「最大火力兵器はどのくらいの威力なの?」
これはマークスに尋ねる。なんとなく、職人なら武器に精通しているような気がしたからだ。
「そら極秘だよ。軍だからな。でも、アドセットの街一つくらいは消せる魔法や爆発弾はある。けど、最大といわれると、そうだろうなあ、その2倍か3倍ぐらいの威力はあるんじゃないか?」
「現代戦は単純な火力勝負というわけではないからね。情報と機動力、そして制圧力。相手を破壊すればいいというわけじゃないからね」
「現代戦……」
中世ヨーロッパ風世界で現代戦といわれても、と思うセシルだが、この世界の人々にとってはまさに今が現代である。そしてそういう概念があるということは、この世界の社会は結構な速度で進化しているということだ。歴史自体には詳しくないセシルだが、社会の発達は理解出来る。100年、200年にわたり変化のない社会なら、そもそも近代とか現代という区分自体がないはずだ。
数学や理論科学がかなりの水準であることはシュバルらとのやり取りで既に把握している。高等数学に関しては魔族の方が進んでいるくらいだが。その一方、魔法があるせいで工学技術の発展が遅れている。逆に言えば、中世風にみえるのはただそれだけなのだ。
魔法石が石油の代用になるから、あえて油田開発をする必要はないし、ゆえにプラスティックが作られることもない。2000年前に転生者がプラスティックを持ち込んだのに、聖遺物としてあがめられているだけだ。
ああ、そうか。
社会の変化や革新が結構身近なんだ。だから、ミーシャちゃんも街の人も温水洗浄トイレやふかふかタオルがどこかで発明されたもの、と思って抵抗なく受け入れた。ドローンやエアシップも、驚きはするけれどあり得ないものではないという認識なのね。
セシルは納得した。この世界は変革期、パラダイムシフトの時代にある。その点では地球の現代社会と全く同じなんだ、と。
「マークス、蒸気タービンエンジンって言ったわね? 魔石をシリンダー内で爆発させてピストンを回すレシプロエンジンはないの?」
「よく知ってるな、セシル。デガンド帝国がそのタイプのエンジンを開発中だ。バルブ制御に難儀してることは聞いてる。デガンド帝国の鍛冶ギルドがギヤやカムシャフトの精度を上げるのに必死になってるからな」
「やっぱりそうなのね。発明と革新の時代なんだ……」
「もしかして、ニホンじゃレシプロエンジンが完成してるのか?」
「魔石じゃなくてガソリンで動くけどね」
「がそりん?」
「燃える液体」
「ぷらすてぃっくの原料になると言ってたあれか」
「精製した後だからガソリンからプラにはしないけど、元は一緒」
実はガソリンからプラスティックを造ることは出来る。一種の再生プラスティックだが、ガソリンの需要があるのでわざわざ行わないだけだ。
「でも、今の話から推察すると、気を付けるべきはデガンド帝国ね。開発力が凄いわね。技術水準が一気に進む可能性があるわ」
「デガンド帝国だけではないよ。バッハアーガルム法王国の魔導大隊も最近新たな部隊が編成されている」
「え? 魔法も新しく開発されちゃうんですか?」
「魔法自体の威力は年々上がっている。魔法陣や詠唱の改良は日進月歩だ。それとは別に、これまでとは全く違う部隊が生まれた」
「そうなんですか? シュバルさん」
マークスも初耳のようだ。
「まだ発表はされていないが、商人ギルドは早耳だからね。召喚士と調教師による魔獣部隊だよ」
「モンスターズ!?」
「魔獣を使って戦う部隊だ。使役する魔獣によって組織が細分化されているようだ。具体的な魔獣の種類はまだわからないが、軍が用いるのだ。それなりに強力な魔獣を揃えているのは間違いない」
「なるほどねえ。バッハアーガルム法王国もデガンド帝国が兵力増強するのをただ黙って見ているわけじゃないよな」
「なんかそれ、ちょっと嫌な感じっすね」
アラデがむくれる。魔物である彼女は、魔物が人間に使われるのが気に入らないようだ。
「エルフ姫もフェンを使役してるじゃないか。アラデ」
「アレはいいっす。ちなみにあたしもセシル様に使われるのは全然オッケーっす! むしろ使ってほしいっす!」
「十分あてにしているわよ、アラデ」
「えっそうっすか! そうっすよね! えへへ!」
ちょろい。
「でも、その二大国が戦争をはじめたら、確かに大変なことになりそうね」
「まずヤバいのはベルン街道だな。法王国と帝国を繋いでいるし、国境付近には両国の駐留軍がある」
「友好通商条約を締結しており貿易も盛んだ。だから両国とも睨み合いをしているというわけではないが、相手に戦争の意思ありとなれば話は別だ。まずベルン街道が緒戦となるだろう」
「ふつー全面戦争なんて経済的負担がでかすぎてやらないが、両方のトップが操られているならいきなり殲滅戦もあるんじゃないか?」
「『憑依者』は蹂躙だといった。二大国だけじゃなくて、周辺国家も巻き込み世界戦争を起こすつもりかもしれん」
「まずいですね。どうしたら止められますか? シュバルさん」
「トップが操られているのなら、『憑依者』を捕まえるしかあるまい。奴ら、表に出て来てるんだろう?」
「大魔王が言うにはその通りです」
「おそらく、精神汚染程度では戦争を始めることは出来なかったんだろう。デガンド帝国のラーセン皇帝も、バッハアーガルム法王国のウーティカ法王も良き指導者だ。完全に人格を乗っ取って開戦に持ち込もうとしているはずだ」
「『憑依者』はかなり無理をしてるってことですね」
「両国とも閣僚には民主派、戦争反対派が多い。強引な手段をとっているのは間違いないだろう」
「粛清されるかも……。いずれにせよあまり時間はないですね」
「行くのか? エルフ姫」
「いえ、場所が特定できないので瞬間移動で直接乗り込むことは出来ません。政治のことも良くわからないし、皇帝や法王の顔も居場所もわかりません」
「ではどうする?」
「方法はあります。まずはまた大魔王のところに行ってきます」
「魔王城ならあたしも行きましょうか?」
「アラデはここにいて。集合的領域を解除するから、念のため『憑依者』の攻撃に備えていて。すぐに戻るわ」
「そうっすか? セシル様がそういうならここにいます」
「頼んだわよ」
そういうとセシルは消えた。集合的領域は既に解除されていた。




