表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/83

第52話 セシルの保険

 プリンセス・アレー号二世は音もなく飛び去った。慣性航法ならではの静粛性だ。実際、重力傾斜によりただ滑っているだけなのだから遷音速域に達するまでは無音だ。EVカー並みである。


 それを見届け、セシルはプリンセス・アレー号一世のそばに寄った。客室と舷側部が破壊されたままなので『再生』で補修する。近くに来たので上部展望食堂にアントロとコレクトがいるのがわかった。アントロがタブレットでこちらを撮っている。セシルは手を振った。その直後、タブレットに着信があった。


『エルフ姫!』


 シュバルだった。


『のんきに手を振ってる場合じゃないだろう? エツロウ君を行かせてよかったのか?』


 シュバルの姿はないが、アントロの配信でこっちを見ているのだとセシルは察した。


「アレー王女とガリウズも一緒ですから」

『しかし、エルフ姫も知っているのだろう? エツロウ君は『憑依者』に……』

「はい、分かっています」

『ならばどうして。しかも姫殿下も一緒にとは、危険すぎないか?』

「後で説明します」


 悦郎に憑りついた『憑依者』は二世号と共にいなくなったが、別のモドキがまだいるかもしれない。セシルはある()()を掛けていたのだが、モドキに知られるとマズイ。こんなオープンな所で話せることではなかった。


『何か考えがあるのだな。エルフ姫がそういうなら、承知した』


 そしてシュバルも勘がいい。セシルの意図を察しそれ以上尋ねない。


「一度ガデューラに戻ります。アラデを置いたままなので」

『わかった。帰って来たら情報の共有を頼む』

「了解です。シュバルさん」


 セシルは魔王城のバルコニーに転移した。もはや勝手知ったる他人の家である。面会手続きは省略する。というか、セシル的には面会が中断しただけだ。


「おかえりっす! セシル様」


 アラデがカップのアイスクリームを食べていた。ヴュオルズもバズガドもウイーダも椅子に座って食べている。なんとも呑気だ。


「早かったっすね!」

「アラデ、あんたそのアイスどうしたの?」

「亜空間収納っす! ストックっす!」


 以前からアラデはよく食べると思っていたが、一部は貯蔵していたようだ。時間を止めた亜空間なら劣化しないし温度もそのままだ。


「セシル様も食べるっすか!?」

「いや、いいわ。大魔王、えっちゃんがまた『憑依者』に乗っ取られたわ。本当に気を付けてね」

「そうか。あやつもふらふらで戻ってきたり乗っ取られたり忙しいことだな」

「わたしのせいよ。うっかりギフト異常が治ってることを口にしたから」

「ふむ。先ほどのか。全員で一人のようなことを言っていたが、情報が瞬時に共有されるということだな」


 大魔王は『憑依者』の特性を的確に理解している。鋭い。


「分裂したり合体したりもするのかもしれぬな。ならば奴らが何人なのかという問いは無意味か。この世界の全ての者に憑依出来るやもな」

「そうね。大魔王。だから、本当に気を付けてね。あなた達は強い。だからこそ、狙われやすいのだから」


 世界を破壊するのが『憑依者』の目的なら、この魔大陸の魔人たちは有効な戦力となる。


「それに、奴ら、普段は巧妙に隠れているわ。なかなか表に現れない」

「ふむ、精神の糸(パスライン)の走査だけでは探知しきれない恐れがあるというのだな」

「そうよ」

「セシル、さっきのモドキをもう一度出してくれ」

「いいけど、どうするの?」

「見ていれば分かる」


 よくわからないが、ヴュオルズにいわれたとおり棒人形を取り出す。


『うひゃひゃひゃひゃー、どうだい? あのギフテッド、また取り込んでやったぜ。水の泡って奴だな! ひゃひゃひゃひゃー!』


 出現と同時にけたたましく笑い、セシルを煽る。


「今知ったんでしょ? 離散的領域ではあんたたちの記憶共有も出来ないんだから」

『くっ。オミトオシかよ。まあオレたちには今も過去も意味がないんだがな』

「そういうのもういいから。神かっこ仮」

『馬鹿にしてんのかよてめえ!』

「そうよ。あんたたちなんてちっとも怖くはないわ」

『へっ、この世界が滅びて吠え面かくのも間もなくだ。それまでせいぜい強がってな』

模倣(イミテート)


 ヴュオルズが棒人形に手をかざした。


『はあっ? てめえ何を!』

「セシル、もう良い。また封じ込めておけ」

「わかったわ。大魔王」

『あー! このや』


 悪態を途中でぶつ切りにされ棒人形が消えた。離散的領域にセシルが戻したのである。

 そしてセシルは大魔王の意図が飲み込めた。


「ふむ。なるほど。奴らはもっと大きな何者かの末端器官のようだ」

「神そのものではないということ?」

「ああ。憑依以外に大した力は持っていない。それに分裂や合体もしない」

憑依者(モドキ)の複製体(モドキ)を得たから奴らとの情報共有が出来るわけね。数や場所もわかるの?」

「モドキモドキって良い名前ではないな」


 大魔王にもネーミングセンスをダメ出しされるセシルである。文学的才能は壊滅的だ。


「奴らの完全なコピーというわけではない。憑依能力は潰してあるし自我もない。だが、奴らが近くにいれば分かる。共鳴のようなものだな。今のところこの辺りに反応はない」

「遠くの奴らはわからないの?」

「活性化すれば反応するだろうが、精神の奥に潜んでいる場合は無理だな。現に、東方の魔人の反応はわからぬ」


 プリンセス・アレー号の速度なら、もうここから4、500キロは離れている。


「ガルリア大陸中央部にいくつか反応がある。意識の表で活動している奴らがおる」


 活性化状態なら1万キロ以上離れていてもわかるようだ。


「ライディマンダーみたいな強い魔物?」

「いや、どうやら人族に憑りついているようだ」

「?」


 人族なんて大した強さじゃないのになぜだろうとセシルは思う。ここでセシルに政治や歴史の素養があればピンと来たのだろうが、あいにくゴリゴリのリケジョである。

 セシルにとってのこの異世界の基準がアドセットの街なので、トカゲが剣を振りまわしている世界と、国家や戦争のイメージが重ならないのだ。軍人であるサムゾー軍師らにも会っているが、セシルにとっては牧歌的な村の駐在さん的な役にしか見えていない。剣と魔法のファンタジー世界で、現実世界の第二次世界大戦のような国家同士の大規模な殲滅戦争が起こりうるとは想像できなかったのである。


 セシル自身が強すぎて、本来戦略級兵力を総動員してようやく対抗しうる四天龍や魔王らと個人で勝負出来てしまうことも、想像力を曇らせていた。

 それ故、まあ人間なら後回しにしても大丈夫ね、と深く追及するのをやめてしまった。


「ラルシオーグ!」

「ここに」


 ラルシオーグが奥から現れた。手に食べかけのアイスを持っている。彼女もちゃっかりアラデに貰っていたのだ。


「契約により、汝に我の力の一部を委譲する。受け取るがよい」

「ありがたき幸せ」


 モドキモドキ(仮)の能力がラルシオーグに移植された。精神の糸(パスライン)と併用することにより『憑依者』を速やかに発見することが可能になった。精神の糸の繋がりは距離に関係がないので、ラルシオーグと契約している魔族が憑依されればどこにいても察知出来る。


「契約って、そんなことも出来るのね。便利かも」

「魔人同士だからな。人族は無理だ」

「そういうものなのね」


 といいながら、セシルもフェンにギフトを付与している。契約によるものではないが、似た能力は既に発揮している。


「ラルシオーグ、その力で契約した者(社員)たちをよく見張れ。奴らが憑りつけばお前にはわかるはずだ」

「御意」

「あっ、でも大魔王、奴らのことが分かるということは、奴らも大魔王やラルシオーグさんのことが分かるんじゃないの? 大丈夫なの?」

「我の絶対防御もまた直接契約しているラルシオーグに有効だ。もちろん、バズガド、ウイーダにもな」


 ラルシオーグら三人が頷く。


「絶対防御も絶対じゃないわ。えっちゃんやわたしに手ひどくやられたでしょ。バズガド、ウイーダは一度死んじゃったし」

「ふむ。そのとおりだ。気を付ける」


 大魔王がやけに素直なのは、朝、セシルの無茶苦茶な防御力を見たためである。二大魔人の同時全力攻撃でもケロッとしていた。スキル名がそうなので仕方がないのだが、アレに比べれば絶対防御は全く『絶対』ではない。


「そうよ。ほら、あなたが深淵を覗くとき深淵もまたあなたを覗いているのだっていうじゃない?」

「セシル、貴様のたとえはよくわからぬ」


 などとやり取りをしている間に全員アイスを完食した。


「おいしゅうございました」


 ラルシオーグも下がれとは言われなかったので、そのままちゃっかりと大魔王の隣で食べていた。


「じゃ、アラデ、帰るわよ。シュバルさんと打ち合わせがあるわ」

「そうっすね! 明日プレゼンっすもんね!」

「それだけじゃないけど……。大魔王、ラルシオーグさん、ではまた明日」

「10時でしたね。よろしくお願いします」

「ふむ、その前に朝ごはんを食べに行くとしよう」

「大魔王あんた今日も来たでしょ」

「よいではないか。貴様との仲だ」

「どういう仲よ!」


 と突っ込みつつも、明日が10日の期限である。おそらくは滞在延長になるだろうが、一応の区切りだ。


「ま、いいわ。最後かもしれないからね! じゃ、また明日!」

「うむ、また明日な、セシル」


 別れを告げセシルとアラデは瞬間移動で艦に戻った。



◇◇◇◇


「なるほど、タブレットに棒人形アプリを入れたのか」

「はい。あのタブレットにはゲームと漫画がインストールしてありますので、えっちゃんが手放すことは絶対にありません。そして、『憑依者(モドキ)』が精神を乗っ取って表に出てきた瞬間にアプリが捕まえます」


 思念溜りの検知と捕獲を行うプログラムを組み、悦郎のタブレットに仕込んだのだ。これがセシルの保険である。


 ここはプレゼンを行った会議室だ。今部屋にいるのはセシル、シュバル、マークス、アラデ。念のために部屋全体を集合的領域で覆っている。モドキを閉じ込めている離散的領域の逆で、外から一切干渉できない空間である。『憑依者』の盗聴防止だ。


「えっちゃんのだけじゃなくて、念のために皆さんの持っているタブレットにも仕込んであります」

「なるほど。だが、我々が万一憑依されたらこの保険は意味がなくなるな。奴らにばれてしまう」

「そうならないように願っています。この中で危ないのはアラデだけですけどね」

「え! なんでっすか! そんなに信用ないっすか!」

「違うよアラデ。エルフ姫は君が強いから心配してるんだ。君は天龍だからね。『憑依者』が狙うのは戦力として使えるものだ」


 シュバルが解説する。一瞬むくれたアラデの機嫌がすぐに戻った。


「魔王城においてるタブレットにも仕込んでおいたわ。大魔王は絶対防御に自信があるようだったけど、やっぱり危ない気がするから……。あっ、でも大魔王が言ってました! 人間に憑依してる奴らがいるって!」

「うむ? どういうことだ? エルフ姫」

「大陸中央辺りに活性化しているモドキが何人かいて、人間を操っているそうです。何やってるんでしょう? 何かの情報収集かなあ?」

「大陸中央部か。バッハアーガルム法王国、あるいはデガンド帝国辺りだろう。ううむ。まさかと思うが……」

「シュバルさん、何か心当たりが?」

「法王、あるいは皇帝が操られているとしたら? 国ごと乗っ取るつもりか。……いや、しかしそれは無理だな。どちらも大国だけあって統治機構が万全だ。仮に王が乗っ取られていたとしても、なにか事を始めようとすれば議会を通じ法改正するなどの政治的手続きが必要だ。だが、これまでと異なる政策には反対派も出るだろうし、それこそ政治にかかわる者全員を操りでもしない限り思い通りにするのは無理だろう。法王国は大聖会との関係もあるし、帝国は大小の同盟国から成る連合政府でもある。『憑依者』も人数は限られているんだったな」

「いや、シュバルさん。合法的に独裁制に持ち込むことは可能だよ」

「マークス? ああ、なるほど、非常事態宣言だな。しかし何を理由に発出する?」

「決まってる。戦争だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ