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第51話 笑う王女

 舷側の強化ガラス窓数枚が爆発で吹き飛び、中から黒煙が上がった。

 衝撃でプリンセス・アレー号が傾く。

 艦体内部には艦自体を座標軸とした鉛直方向の重力場が常に働いているので、プリンセス・アレー号の姿勢がどうなっても中の人には傾く感覚はないが、爆発の振動までは打ち消せない。

 客室直上の会議室にいたシュバルとマークスは足元を突き上げられ、一瞬軽く浮いた後に床に投げ出された。


「なんだなんだ!? 爆発?」

「攻撃を受けたのか? 魔族ではないはずだな? とすれば『憑依者(やつ)』か?」


 急ぎ立ち上がりながら、辺りを見回し様子を確かめる。シュバルは転んだ際に手を怪我したことに気が付いたが、大した傷ではない。が、痺れてタブレットが持てない。


「振動は下からだった。客室かもしれん。マークス、タブレットで確認してくれないか?」

「お、おう、そうだな。こういう時のための艦内掲示板とマップだな。ええと……」


『警告・客室フロアにて火災発生。警告・エレベーター使用不可。警告・乗客乗員は当該フロアより緊急退避。指示あるまで立入禁止。警告・25秒後にハロンガス注入開始』


「……だってさ。ハロンガスって何だ? シュバルさん」

取扱説明書(マニュアル)にあったぞ。火を消すガスらしい。わたしも詳しくはないが、毒というわけではないが吸うと気分が悪くなるらしい」


 ハロン1301はこの世界では知られていない。現代の地球では少量で消火能力が高く、ガスなので周囲を汚損しないため、精密機器室や博物館、航空機の消火装置として使用される。毒性は低く、大量に吸うと眠気や頭痛を感じることがある程度だ。が、オゾン層を破壊するため、新規に製造出来なくなった物質である。


「客室か。今いるのは……」

「姫殿下たちと東方の魔人、のはずだな」

「マークス、タブレットに位置情報は出ているか?」

「姫殿下とガリウズ氏は部屋だ。東方の魔人エツロウのマーカーはないな。あっ! というか、出火元が姫殿下の部屋だ!」

「なに!? その状況で姫殿下たちが部屋にいるのか!?」

「タブレットを置いて避難したんじゃないか?」

「ならいいのだが……」


 位置情報はタブレットから発信されている。だからセシルはタブレットをいつも携帯するように指示していた。緊急避難で部屋に置いたままになっているだけならよいが。


「シュバルさん、下部展望室のハンターたちが非常階段で登ってきてる。姫殿下を救出するつもりだろう。彼らもタブレットで状況把握出来てるはずだからな」


 ハンターたちも乗艦10日余りが経ち、さすがに端末の使い方に慣れていた。


「ハンターよりエルフ姫だ。すぐタブレット電話で連絡を……」


 そのタイミングでシュバルのタブレットがバイブレーションを始めた。着信である。


「エルフ姫か!?」

「違う、アントロ氏だ。どうする?」

「すまない、マークス、受話してくれ(とってくれ)

「スピーカーモードに切り替えるよ」

『シュバルさん、アントロです』

「シュバルだ。今どうしている?」


 画面が通話モードになっているのでマップが見えない。タブレットはマルチウインドウ対応ではなかった。


『上部展望室から外を見ています。左舷側で爆発が起こったすぐ後、東方の魔人が艦外に出てきました。しかも姫殿下を抱いています』

「な!?」


 シュバルは唇を噛んだ。薄々そうではないかと思っていたが、やはり悦郎が『憑依者』に再度精神汚染されたのだ。アレー王女は人質のつもりなのか。


『あっ、エルフ姫です! 空の上に急に現れました! 瞬間移動です!』

「誰かが連絡したのか? 何にしても助かったな。アントロ、タブレットをビデオ電話に切り替えてくれ。こっちでも見たい」

『ええと、こうですかね?』


 一瞬、アントロの顔が大写しになった。ビデオ通話はインカメラがデフォルトだからだ。すぐに背面カメラに切り替わる。手振れで見えにくいが、上部展望室の窓越しに、空中に浮かぶセシルを確認出来た。その先にはアレー王女を抱き空中で仁王立ちになっている悦郎がいた。



◇◇◇◇


「えっちゃん!」


 セシルも悦郎もプリンセス・アレー号の左舷上部の空中に浮かんでいる。

 アレー王女は悦郎が抱いている。本物のお姫様抱っこだが、気を失っているようだ。目を閉じじっと抱かれたままだ。


 その様子を見て、セシルは即セシルアイとダッシュなスクランブルバックパック改め『セシルウイング』を瞬間装着した。文系力皆無なセシルであった。ネーミングセンスが致命的だが、名前がないといろいろ不便だ。


「セシルか。その格好はVRゲームでも始めるのか? 俺は王女を連れてハルド王国に行く。邪魔をするな」

「いや、邪魔はしないけど。それが目的でえっちゃん探してたんだし」

「ならばよし。ではな」

「ちょっと待って! ここからハルド王国まで飛んでいく気なの!?」


 悦郎はセシルのギフトがなくなっているので瞬間移動能力を喪失している。


「ふむ。そういえばそうか。(コクーン)!」


 プリンセス・アレー号の艦尾に貼り付いていたラグビーボール状の物体がべりっとはがれ、悦郎の足元まで飛んできた。


「これがあれば大丈夫だ。ではな」

「いや待ってよ! ハルド王国まで何日掛かるのよ!」

「7日もあれば着く」

「ご飯やお風呂はどうするの?」

「飯は鳥や魚を捕まえればいい。風呂は入らなくても大丈夫だ」

「えっちゃんはそれでよくてもアレー王女はダメでしょ! 王女様の着替えもいるでしょ? 第一そのカプセル一人用でしょ。二人じゃ狭いわよ!」

「平気だ。俺は気にしない」

「わたしが気にする!」


 そんな濃厚接触状態で7日間なんて!

 しかもえっちゃん成分7日も煮詰めるなんて!

 うらやまくやしい!


「俺はハルド王国を平定しなければならんのだ。行くぞ」

「平定って国盗りみたいで物騒な。ねえ、ちょっと待ってよ。このプリンセス・アレー号なら半日でハルド王国に着くわ」

「ふむそうか。なら送ってくれ」

「今すぐは無理よ。明日大魔王へのプレゼンがあるし。その後シュバルさんに依頼された貿易関係の施設も造らないといけないし。第一客室(キャビン)ぶっ壊れてるじゃない。なんで爆破なんてするのよ!」

「外に出るのに面倒だったからだ。セシルが忙しいなら、このまま行く」

「ああもう! えっちゃんの俺様モード嫌いじゃないけど、精神汚染されたまま行かせるわけにはいかないわ!」

「精神汚染? 何を言ってるセシル。俺は俺だ。撃滅のエツロウである。何人たりとも俺を止めることは出来ない」

「だからそれが精神汚染だって言ってるのよ! 『憑依者』! いい加減にしなさい!」


 セシルアイでエネルギーだまりを探しているが、悦郎の中に見当たらない。ライディマンダーの時もそうだったが、『憑依者モドキ』が表の人格に出てこないとセシルアイでも探知出来ないようだ。そのためセシルは『憑依者』に呼びかけてみたのだが、そう簡単には乗ってこない。


「『憑依者』って誰だ? 俺は東方の魔人こと撃滅のエツロウだ。他の誰でもない」

「もう忘れたのえっちゃん。つい今朝の話じゃない! ギフトが暴走して、憑依者が逃げ出して、衰弱してたの!」

「忘れるはずがなかろう。セシル、俺を何だと思っている」

「覚えてるんなら、今また同じように操られてるの、わかるでしょ!?」

「アレは黒歴史だった。実に恥ずかしい。しかし今はもう大丈夫。俺は俺だ」

「全然大丈夫じゃない!」


 ダメだ、精神汚染は本当に自覚出来ないんだ。そもそも悦郎が乗っ取られたのはうっかり自分が口を滑らせたせいだ、とセシルは悔いている。悦郎に申し訳ないとも思っている。

 だから悦郎を穏便に足止めし、その間に『憑依者』を排除しようと思っていた。

 が、どうにも悦郎に伝わらない。『憑依者』も表に出てこない。


 もー、えっちゃん。頑固過ぎ!


「どうしてもハルド王国に行くというなら、腕ずくで止めるわよ」

「俺は撃滅のエツロウ。セシルには無理だ。俺は行く」

「行かせない!」


 実力行使しかないとセシルアイを消し悦郎に飛びかかろうとしたその瞬間。


「おやめください。セシル様」


 アレー王女が目を開けた。


「アレー王女!」


 セシルは空中で()()()を踏んだ。空中を駆け足で走ったシェゼンら魔都防衛隊並みの器用さである。


「お話は聞いておりました……。撃滅のエツロウ様が今すぐにハルドに来ていただけるならば、それ以上の喜びはありません」

「いやだからプリンセス・アレー号で行く方が結局早く着くって」

「いえ、シュバル様の事業は7日程度では片付かないでしょう。わたくしにもご相談いただきました」


 シュバルはアレー王女にも事業計画の概要を伝えていた。王女の依頼したクエストのついでなのだから、仁義を通したのである。いずれハルド王国とも貿易を行うことを見越してのことだ。


「セシル様、ここはわたくしにお任せください。国民が期待しているのは()()撃滅のエツロウ様です。尊大にふるまわれるエツロウ様こそが、今ハルドに必要な求心力なのです」


 確かに。

 悦郎は王国にいた頃から憑依されていた。ハルド王国が知っている悦郎は、俺様ムーブな撃滅のエツロウである。そして『憑依者』は王国に決して悪意を持っているわけではない。ハルドにいた時もただ魔物を駆除しただけだ。正確には悪意がないというより興味がないのであるが『憑依者』の目的を知らないセシルにはそこまでは分からない。


 ただ、事実として今もアレー王女に危害を加えていないし、セシルと戦うつもりもないように見える。

 そしてセシルも東方の魔人モードの悦郎がかなりお好みであった。まあセシルはどのバージョンの悦郎もスキなのではあるが。


 しかし、『憑依者』は蹂躙を始めると言った。

 アラディマンダーは破壊衝動に突き動かされていた。悦郎もそうならないとは限らない。いや、むしろ『憑依者』は悦郎のギフトを使い世界を破壊するつもりのはずだ。


 繭の上に仁王立ちになっている悦郎は、両手でアレー王女を抱いているが、セシルの渡したタブレットもしっかり持っている。王女は素手だ。気を失って悦郎に抱えられて出てきたのだから、なにかを持ち出すことは出来なかったと思われる。

 それを確認し、セシルはため息をついた。


「わかったわ。アレー王女様。あなたにえっちゃんを任せる。でも、さすがにそのままでは困るでしょ?」


 次の瞬間、悦郎の背後にプリンセス・アレー号が出現した。もともとのプリンセス・アレー号は舷側から煙を上げたままセシルの背後にある。二隻目のプリンセス・アレー号だ。


 創造である。オリジナルはマルチ山脈の岩石を錬成して作成したが、この複製は高次空間からのエネルギー誘導のみで一瞬で実体化した。『奇蹟』により『創造』が進化したから成しえたことである。

 同型同色だが、舷側部にプリンセス・アレー号二世と艦名が書かれているのが初代との違いだ。マルチリンガル対応なので、悦郎には日本語で、アレー王女にはハルド語でそう書いてあるように見える。


「この空中船(エアシップ)を使って。中は前と同じになってるわ。操作権限は王女様とえっちゃんの両方を管理者モードにしてる。アレー王女様の着替えや荷物も再生してあるわ。ハルドまでの航路はわたしにはわからないけれど、えっちゃんがナビ出来るわよね?」

「もちろんだ」


 全世界記憶(アカシックレコード)も万能ではない。過去に起きたこと、未来に起きることという()()の重ね合わせでしかないからだ。故に、世界地図のような俯瞰した情報を扱うのは苦手なのだ。もちろん、現象を繋ぎ合わせれば結果として地図を得ることは出来るが、それは現実世界でその場まで一歩一歩進むことと同じだ。膨大な時間と手間が掛かる。

 それゆえ、知らない場所で起きた、あるいはこれから起こる出来事はセシルには認識出来ない。全世界記憶(アカシックレコード)の中にあっても読み込めないのだ。事象を検索するためのキーがないからである。


「ガリウズが気を失ってたから、二世(こっち)の従者部屋で寝かせている。再生も掛けておいたから、すぐ目を覚ますでしょ。食事は一世(あっち)同様黄金の止まり木亭と繋がっているから問題ないわ」


 さすがにアレー王女と悦郎の二人旅は許せないセシルである。


「なにからなにまでありがとうございます。セシル様」


 セシルの気持ちを知ってか知らずか、アレー王女は普通に感謝を述べた。王女としても従者抜きはまずいと思ったのかもしれない。ガリウズの話は今までなかったが。


「ハルド王都に近づいたらステルスモードにしてね。騒ぎになるのは困るでしょ」

「そうですね。国王()がこの艦でよからぬことを考えそうですし」

「じゃ、頼んだわよ。えっちゃんも、こっちが片付いたらすぐハルド王国に行くから」

「おお、セシル、俺もさっさと問題を片付ける」

「では一足早く戻っております」

「うん、クエスト報酬用意しててね!」

「もちろんでございます」


 そして繭に乗ったまま二人は下部着艦口からプリンセス・アレー号二世に入っていった。


 姿が見えなくなる瞬間、アレー王女が口元を歪めた。彼女にはふさわしからぬ下品な笑みだったが、一瞬のことでもありセシルアイを外しているセシルが知ることはなかった。

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