第50話 セシルの失敗
「にしても、雑な敵ねえ。神を名乗るなんて、偽物バレバレなのに」
「うむ? エルフ姫、なぜ『憑依者』が神じゃないと思うんだ?」
「だって、唯一神なんでしょ? 俺たちが神様って、複数形で話してたじゃないですか」
「ああ、それか。新聖典はそのとおりだ。けれど、旧聖典には神々が登場するんだよ」
「え?」
セシルは全世界記憶を検索した。自信満々で偽神と断定したのに、なんか間違えたらしい。流石にシュバルに尋ねるのは恥ずかしい。顔を赤らめつつ、高次空間を参照すること0.03秒。
「旧聖典の神々の覇権争い……。その戦いにこの世界の神が勝ち、この世界が生き残ったということ……、でしたね」
「ふむ。創世以前には多くの神と多くの世界があった。神々は世界を掛けお互いに争ったのだ。敗れた神は世界を譲り、そして唯一神が創造されたこの世界だけが続いている。もしかしたら『憑依者』は唯一神に敗れた旧神なのかもしれない。とわたしは思ったが」
「ああ! なるほど! それならこの世界が目障りだというのも納得ですね!」
セシルは冷や汗を垂らし作り笑顔を浮かべこくこくと頷いた。これは『憑依者』モドキにもうちょい詳しく話を聞く必要があるわね、と考えを改めた。離散的領域の中から外には一切の干渉が出来ないが、外からの通話は出来るからだ。
神にしては言動が小物にすぎるような気がするが、敗残兵ならあり得るかもしれない。負けてやさぐれてしまったのだろう。枯れすすきかしら。昭和の人? そんなことを思い浮かべるセシルであった。
「震龍ちゃんも滄くんもなんともないそうっす!」
アラデが震龍アスディマンダー、滄龍カイディマンダーの無事を報告する。
「二人とも羨ましがってたっす! 人間の空飛ぶ船で魔大陸来てるって話したら!」
「え? そうなの?」
「だってあの二人、空飛べないっすから! それに美味しいものには目がないっす」
「アラデ、あんた緊急時に何のんびりしたおしゃべりしてんのよ……」
『チェックメイトキングツー、チェックメイトキングツー。こちらゴールデンクイーン。オーバー』
中年女性の声が天井スピーカーに割り込んだ。
「あれ。今度はおかみさんだ。こちらホワイトルーク。ゴールデンクイーン、用件をどうぞ。オーバー」
「ホワイトルークとレッドビショップとの通話はこっちでも傍受出来てたわ。雷が近づいてきた時は少し困ったけど、セシルちゃんが何とかしてくれるって安心してた。オーバー』
バララッド所長、間違ってオープン回線で通話していたらしい。あの慌てっぷりなら仕方がない。
『いざとなりゃ神姉ちゃんの空間転移でイチコロだもんな。オーバー』
おやっさんの声が横から聞こえた。食材や食器の移動のため、空間転移が黄金の止まり木亭ではもはや日常となっている。なのでおやっさんは気軽に言うが、本来転移魔法は超高級にして超機密レベルの術式である。だが、おやっさんの言うとおり雷龍を空間転移でどこかに移動させてしまうのが確かに面倒が少なかったろう。
しかし、せっかく生み出したフェザードラゴンである。活躍させたいと思うのが親心。ゆえにセシルはフェンに命じたのであった。
「おかみさんたちから連絡がなかったからあまり気にしてなかったけど、街では結構な騒ぎになってたの? ハンターギルドだけじゃなくて? オーバー」
『そりゃ凄い音と光だったからねえ。周りの人も逃げる準備してたよ。オーバー』
「えー。おかみさんたちは避難の用意しなかったの? オーバー」
『ミーシャがぐっすり寝ててねえ。それに』
『そろそろ神姉ちゃんに頼もうかと思ったら、レッドビショップが先にコールしたんだ。オーバー』
おかみさんの言葉をおやっさんが継いで話した。
そして町が大騒ぎの中でぐっすり眠るミーシャちゃん。大物である。
「ああ、そういうことだったのね。オーバー」
『外でハンターギルドの職員さんたちがみんなを安心させているよ。もう大丈夫だって。オーバー』
「そう、よかった」
でも、ギルドの人たち、どうやって解決したと説明してるんだろう? ハンターの秘密の技で? みたいな感じ? まあいいや。
「エルベット駐留軍がさっさと逃げたって聞いたけど? オーバー」
『街道沿いに魔物が増えたらしいのでこの辺りにも警備隊がいたんだが、大慌てで西に戻っていったそうだ。俺たちは直接見てないが。オーバー』
『軍隊が来てた時も、そもそも魔物が増えた感じはなかったけどねえ。オーバー』
それはそうだろう。魔物を追い立てていた原因の三魔王はセシルがとっくに処理していたからだ。
それはそれとして、アドセットの人々をあっさり切り捨てた軍にはちょっとお仕置きが必要ねと思うセシルであった。
(お母様)
フェンからの通信が脳に響いた。念話である。セシルアイを消したため、フェンとの通信も切れていた。壁のプロジェクターも何も映していない。
フェンとの連絡はこのように念話で出来るので特に問題はない。精神の糸が繋がっているからだ。ラルシオーグのように契約ではなく、創造時に付与した能力である。さっきはフェンとライディマンダーの戦いをライブ感覚で体験したかったのでVRモードを使っただけだった。
(ライディマンダーは急に破壊衝動に目覚めたようです。なぜかは本人にも全く分からないそうです)
(モドキを捕まえてるから間違いないけど『憑依者』の能力のせいよね。意識も記憶もあるのはえっちゃんの時と同じ。『憑依者』の精神汚染は操られている自覚がないのが厄介ね)
(それで、いかがいたしましょうか?)
(ライディマンダーはガルダの巣にいるのよね。傷とかは大丈夫なの?)
(再生で治しておきました)
(じゃあ、もうそれでいいわ。精神汚染に気を付けるようにだけ伝えて。フェン、あなたにはもう一つやってほしいことがある)
(何なりとお申し付けくださいませ。マイマザー)
(黄金の止まり木亭に行って。そこでわたしが帰るまで代わりにアドセットの街を護っていて。おかみさんたちには伝えておくから)
(承知いたしました)
『憑依者』モドキは複数いる。1匹捕まえたからといって危機が去ったわけではない。
「大魔王のところに行くわ」
セシルはトランシーバーで喋る鳥が来てみんなを護るとおかみさんに説明した後、シュバルとマークスにそう伝えた。
「そうだな、エルフ姫。直接会って話した方がいい」
「アラデ、一緒に来て。空間転移で跳ぶわ」
「了解っす!」
セシルとアラデは消えた。セシルは一瞬で、アラデは魔法陣を描いて。
◇◇◇◇
「東方の魔人を操っていた奴が、今度は雷龍に憑依したのか」
例によってシェゼン隊長、ラルシオーグからの伝言ゲームを経て城のバルコニーに現れたヴュオルズに一とおり状況を報告したセシルであった。プリンセス・アレー号に来るときはいきなり現れるのに、こっちからは面会の手続きがいるってなんだか差別じゃないと思うセシルであったが、今はひとまずそのことは横に置いておく。
というか、セシルだって朝は大魔王をパシリのように使ったのだからお互い様なのであるが。
「ええ、それも何匹もいるみたい。もう誰かに憑りついているかもしれないわ。気を付けてね、大魔王。自分自身も含めて」
「我に精神攻撃は効かぬ。絶対防御は魂も護るからな。しかし、確かに気をつけねばならぬな。ラルシオーグ!」
ラルシオーグが現れた。伝言の後はいったん奥に引っ込んでいた。魔人会社は役割分担がはっきりしているので逆に面倒である。ちなみに今日はバズガドとウイーダが大魔王の背後でボディガードとして傅いていた。緊急案件ではラルシオーグではなく二人が傍につく係ということなのであろう。
「大魔王様。セシル様のお話は聞いておりました。精神の糸で全魔物を走査しましたが、汚染されたものはおりません」
「早いな。流石だラルシオーグ。引き続き監視し、異常があればすぐに知らせよ」
「承知いたしました」
ラルシオーグはまた奥に下がっていった。
「セシル。『憑依者』モドキを1匹捕まえたと言っていたな。そやつと話がしたい。出せるか?」
「ええ」
そういうと、右手に棒人形を出現させた。離散的領域から引き出したのである。内部からは出られないが、外からは干渉出来る。
『くそー、なんなんだよてめー。無茶苦茶じゃねーか。なんだよあの空間! びくともしねえじゃねーかよ!』
「我は大魔王ヴュオルズである。貴様の名を問おう」
『はっ。たかがネイティブギフテッドが偉そうに。オレたちに名前なんてねーよ。神だからな』
「セシルよ、こやつの息の根を止めても良いか?」
「大魔王、気持ちはわかるけどまだ何も聞いてないわ。落ち着いて」
「そうであったな。神かっこ仮よ。貴様らは何人いるのか?」
『かっこ仮は余計だよ。はっ、神が何人いるだって? オレたちは全部で一つだ。神は唯一だからな』
「貴様は唯一神ではなかろう?」
『あったりめーだろ。おめえ馬鹿か? この世界とこの世界の神が目障りだから潰しに来たんだよ。けどよう。あいつが出鱈目な報告しやがって、転移者無事じゃねーかよ。全くこれじゃ無計画で準備不足もいいとこだ。ったくもう、こりゃ仕切り直しになるかもなあ』
「転移者?」
『そこの女だ。殺したはずなのにピンピンしてやがる』
「え、セシル様。なんすか転移者って?」
「それ、今聞く? 長くなるわよ」
「あ、いや、いいっす。またあらためてで……」
セシルのそれはスルーしておけオーラにビビったアラデであった。触れていけない話に触れたようだ。ヤバかった。
「セシルが転移者なら、きょうだいとやらの東方の魔人も転移者なのか? そういえば東方の魔人はもう良くなったのか? 夢魔の姫騎士と奈落の竜王の技は役に立ったか?」
そしてヴュオルズは空気を読まない。大魔王だからだ。しかしセシルも大魔王とその配下のおかげで悦郎を救えたことには感謝していたので、アラデに対してのように圧殺は出来なかった。
「ありがとう大魔王。とても役に立ったわ。おかげでえっちゃんはもう元気に……。あっ」
しまった。うっかり『憑依者』モドキの前でえっちゃんのギフト不良が治っていることを喋ってしまった。
『憑依者』が最も恐れているモノ。それはセシルと悦郎のギフトである。これが封印出来たと思ったから、『憑依者』はこの世界の蹂躙を開始したのだ。
セシルは大慌てで棒人形を離散的領域に戻した。が、確かに聞こえた。わずかな間に『憑依者』モドキがあのおぞましい声で笑うのを。
「アラデ、ごめん! 一旦船に戻る!」
「え、セシル様?」
「大魔王との情報交換、任せた!」
「ええええ!」
セシルが瞬間移動でプリンセス・アレー号に戻るのと、プリンセス・アレー号の客室が爆発したのは同時だった。




