第49話 死闘・ライディマンダー
「セシルアーイ!」
掛け声と共にセシルの顔にヘッドセットが装着された。悦郎の体内のエネルギーの流れを調べた時の物だ。しかし今回は見た目通りのVRゴーグルとして使用する。
ガルリア大陸北部、マルチ山脈付近の航空映像がぐるりと見える。フェンの視覚と聴覚と連動させているのだ。
そしてフェンは瞬間移動と同時に巨大になっていた。全長90メートル。プリンセス・アレー号より大きく、ライディマンダーよりは少し小さいサイズだ。未来の成長した自身の体に置き換えたのである。
VR画面にはガウゴーン渓谷周辺マップ情報に雷龍とフェンの位置や大きさ、距離や速度などの拡張情報もオーバーレイされる。
「見つけたわ。あれがライディマンダーね」
「セシル様、あたしにも見せてほしいっすー!」
アラデがセシルの肩を揺する。
「そうだな。アドセットの街の危機なら我々にも関係がある。一緒に見せてくれないか、エルフ姫」
「わかりましたシュバルさん。壁に映します」
セシルは会議室のプロジェクターにフェンからの映像と音声を繋いだ。3D-VRからパノラミック2Dに変換した映像で壁に投影される。
マップ情報その他もCG化されて小ウインドウに表示されているので、全体像がシュバルらにもわかるようになっている。
セシルはゴーグルをつけたままだ。
シュバルら3人が壁を見つめ、一人セシルがゴーグル姿で座っているのは第三者視点では何となく落ち着かない絵面である。が、セシルは気にしない。セシルアイは没入感が違うのだ。
「なんで雷龍のジジイ、ガルダから出てきてるんすかね?」
「そういえばライディマンダーのアジト、『霊峰ガルダ』っていってたわね。この魔大陸の山も『ガルダ山脈』だったわね? ガルダって山に関係ある言葉なのかしら?」
ゴーグルを被ったままセシルがつぶやく。
「ガルダは創世神話に登場する神の使徒だ。天を突く巨人で、海の中から陸を持ち上げたとされている」
全世界記憶を検索する前にシュバルが答えてくれた。
「霊峰ガルダはその巨人にちなんで名づけられた。魔大陸のガルダ山脈はどうなのかは知らないが」
「シュバルさん、魔大陸のガルダ山脈も巨人ガルダから来てるっすよ」
「そうか。やはり魔族も人族も創世神話の伝承は一致しているんだな。ますます神話の信憑性が高まった」
「高い山はガルダが陸を持ち上げるのに掴んだ先っちょといわれてるっすからね」
「ああ、なるほど。高天原伝説みたいなもんね」
セシルは納得した。そしてシュバルらと話しているうちに稲光に覆われていた龍の姿がはっきりしてくる。フェンがかなり近づいたようだ。
「これが雷龍か。初めて見たはずだが、見覚えがあるな」
「マークス、実物はわたしも初めて見たが、ふむ。アラデとよく似てるな」
「えー、シュバルさんそれひどくないっすかー? 全然似てないっすよー」
「いや、そっくりだと思うけど」
「セシル様まで! 全然違うじゃないっすかー! うら若き乙女とクソジジイのどこが似てるってんすか―!」
人の眼には色やサイズが多少違うかな? という程度でアラディマンダーとほとんど見分けがつかない。性別の違いすら分からない。四天龍同士なんだから似ていて当たり前だとセシルは思うが、逆に人間のセシルと悦郎が全然似てないといったアラデは本当に眼がいいのかもしれない、とも感じた。審美眼的な意味で。
ファッションセンスの良さもそれに関係しているのかもしれない。
「向こうもフェンに気が付いたみたいね。目標に入れたようだわ。迫って来る」
VR越しに雷龍の猛烈な怒りが伝わる。はっきり敵認定されたようだ。目が怖い。
しかしなぜ、雷龍は怒っているのだろうか? 憤怒というよりこの圧はもはや殺意だ。
見知らぬ大型の魔物が近づいてきたからといって、瞬間湯沸かし器じゃあるまいし。
そもそも居所から出てきた理由も不明だ。
ちょっとおかしいわね、とセシルは感じた。
「おいおい、ほんとに大丈夫なのか? このままだと真正面からぶつかるぞ」
「いや、誘っているんじゃないか? このコースは。ふむ、フェンは南に回りこもうとしているのだね。山脈へ戻そうという動きだね」
「取り急ぎアドセットの街から遠ざけないと、何をするにも危険ですからね、シュバルさん」
「そうだな。で、どうやるんだ? あのちみっこい、いや、今は大きくなってるようだが、セシルのドラゴンは雷龍に勝つ手段があるのか?」
「それは心配無用よ。マークス。すぐ終わるわ」
「え?」
画面がぶれ、直後ライディマンダーの頭が一瞬大写しになり、ドゴンという轟音とともに消える。
主画面では何が起きたのかわからなかったが、子画面CGが様子を伝えていた。
フェンが瞬間移動しライディマンダーの頭を上から殴ったのである。勢いでひゅーんと地上へ落ちていく雷龍。いつかのアラデそっくりなやられっぷりだ。
『拘束』
フェンが唱えると、落ちていくライディマンダーの周囲に金属で出来た格子がいくつも出現した。それらが組み合わさり、細長いトラスフレームの檻になって雷龍を閉じ込める。が、そのまま落下する。
『慣性制御』
落下がふわりと止まり、檻ごと空中で静止する。よく見ると、檻から1本の金属のチェーンが伸びて地面に垂れている。これが接地する高度で止めたのだ。アースだ。電撃封じである。
フェンが水平に移動すると、檻がその後をついていく。フェンと檻は眼に見えない力場のようなもので繋がっている様子だ。垂れた鎖ががしゃがしゃと地面を擦る。雷龍は声ひとつ上げずにおとなしくしている。フェンのパンチの一撃で気絶したようだ。
「はい終わり」
「フェン、今『創造』使ったっすよね!?」
「うん。フェンにギフトを付与しといたの。また奪われた時の保険も兼ねてね。『再生』も持たせているわ。ヴュオルズが模倣したのは不完全だし、念のため、ね」
「ギフトを付与出来る、だと……」
それではまるで神ではないか。シュバルはそう思ったが、さすがに口には出さなかった。
「このまま霊峰ガルダに連れ戻すわ。そこでフェンに事情を聴かせる」
「そうっすね! あのジジイがガルダから出てくること自体変っすからね! なにやってんのっ! って感じっす!」
「アラデなんでそんなにけんか腰なの?」
「え、そんなことないっすよ、セシル様。ただちょっと、あのジジイぶっ飛ばすならあたしがやりたかったなーって。そんだけっす!」
「あんたの本体出ていったら台風直撃でもっとダメでしょ! よけい大騒ぎになるわ!」
「ぶー」
「ふくれっ面してもダメ!」
セシルアイ・ヘッドセットは眼前の様子も背面カメラで拾っている。頬を膨らましたアラデがセシルには見えていた。
『チェックメイトキングツー! チェックメイトキングツー! こちらレッドビショップ!』
フェン対ライディマンダーの様子を鳴らしていた天井スピーカーに無線コールが割り込んだ。トランシーバーの外線をこの部屋に繋いだままだった。
「チャックメイトキングツー、ホワイトルーク。レッドビショップ、用件をどうぞ。オーバー」
『雷龍がどっか行ったんや! もう見えへん! セシル、貴様の仕業やな!? オーバー』
「ホワイトルークね。仕業って人聞きの悪い。そうよ。避難しなくて済んだでしょ。オーバー」
『一体どうやって!』
「ハンターの秘密よ。もう安心していいからね。オーバー」
『お、おお……(ギフトがらみなんだろうが、くー、聞きたいっ!)。了解した。オーバー』
「じゃ、そういうことで。通信終わり」
無線が切れ、ふたたび音声が映像とシンクロする。
「いや、ほんとに瞬殺だったな……」
「フェンも多次元の自分自身を重ね合わせられるから、天龍程度じゃ相手にならないわよ、マークス」
「ぶー!!!!!」
「またアラデ膨れてるわね」
「だって、程度って! ぶーっ!」
「アラデ、あんたもしかしてフェンにヤキモチ焼いてんの?」
「んんんなことないっすよ! ないっすよ!」
「それで、これからどうする? エルフ姫」
「尋問します。何となく、やな予感がするんですよね……」
「実は私もだよ、エルフ姫」
『憑依者』。
奴は蹂躙を開始すると言って悦郎の元から去った。
その10日後の雷龍の異常行動。
シュバルもセシルも当然『憑依者』が雷龍を操った可能性が高いと考えている。
蹂躙とは強力な魔物を使役し街や村を破壊するという意味なのかもしれない。
画面が積乱雲の中に突入した。霊峰ガルダである。ライディマンダー戦の時同様、雲はドーナツ状になっていて、目に抜けたら穏やかだ。周囲は分厚い雲が壁のように渦巻いているが。
「フェン、雷龍を起こして」
『承知しました、マイマザー。水出ろ!』
ばしゃーん。
『うわっ。ゲホゲホゲホ!』
滝のように宙から出現した大量の水を被った雷龍が咳き込む。そして檻で囲まれて動けないことに気が付く。
『なんじゃ、なんじゃこりゃ。おぬしは誰じゃ!』
「おお、ホントにおじいちゃんキャラだ。語尾が~じゃって、ドウラみたい」
実は言語自動変換機能がセシルに分かりやすくしてくれているだけなのであるが。農業組合のドウラしかり、ダガルの~ダガしかり。それはさておき。
『わたしはフェザードラゴンのフェン。お母様があなたに尋ねたいことがあるそうです』
『母? なんじゃそれは?』
『わたしを創り出したお方です』
「その話はややこしくなるから置いといて! ライディマンダー、聞こえる?」
『なんじゃ? 人間の声がおぬしから出とる? どうなっとるんじゃ!?』
「それもややこしいから置いといて。わたしはセシル。ライディマンダー、貴方なんでガルダから出てきたの? 何をしようとしてたの?」
セシルアイはフェンとの双方向通信になっている。セシルの声がフェンを通じて向こうにも届くのだ。
『何って、そりゃ、あれ? なんじゃったかのう? さっきまではわかっとったんじゃが……』
「それ、誰かに操られてたんじゃないの?」
『操られてた? いや、そんなことは。あれ? しかし、そういえば人間滅ぼせ、敵は倒せ、みたいな? なんでそんなことを思ったんじゃろうか? うん?』
「これ、もう『憑依者』は逃げたんじゃねえか? 今頃は別の誰かに乗り移ってる、とか」
マークスの言うとおりかもしれない。どこかで別の大物が暴れ出すかも。それこそヴュオルズとか、アラデとかが乗っ取られたらややこしくなるわね、とセシルは思った。
「フェン、拘束を解いて」
フェンとの1対1通話に切り替えて指示を出す。
『承知しました。マイマザー』
雷龍を閉じ込めている檻が一瞬で消える。
『きゃははは! 引っかかったなアホが!』
ライディマンダーが突如フェンに向かって何百という雷を撃ち込んだ。雷鳴と爆発音と閃光でVRもプロジェクターもホワイトアウトする。音も瞬時にミュートが掛かって無音になった。
「しまった罠か!」
マークスが焦る。シュバルも、アラデも白い画面を見つめる。
音が先に回復した。
『きゃはははは! ギフトが魔物に移っていたとはちょっと驚いたが、俺様の方が一枚上手だったな。ちょろいちょろい。きゃはははは!』
『誰が上手ですって?』
『な!?』
画面が回復した。フェンが浮いていた。無傷である。
「セシルアーイ・生体エネルギー探知モード!」
フェンの視覚と連動して雷龍の内部をスキャンする。おかしな思念溜まりがあった。間違いない。
「精神エネルギー、拘束!」
『お任せください、マイマザー』
フェンが頭が球体、手足が針金のような人型のものを創造した。棒人間の人形だ。
見えないなにかが雷龍から吸い出され、棒人形に飛び込む。いや、フェンにより人形の中に閉じ込められたのだ。
その途端、雷龍が山に落ちて倒れる。また気を失ったようだ。
「こっちに貰うわ。フェンは雷龍を介抱してやって」
『御意』
棒人形が会議室に転送された。セシルの瞬間移動である。机の上に文字通り大の字で転がる。
シュバルたちが驚いている間にセシルアイを消して棒人形を握る。
「あなた、『憑依者』ね?」
『うー、動けーん! なんじゃこりゃー!』
棒人形が甲高い声で喋る。だが四肢は大の字のまま動かない。
「人形の中にあなたを封印したの。五感はあるし話せるけど、もう動けないし他に乗り移ることも出来ないわよ」
『お、お前ギフテッド!? さっきのモンスターもギフテッドだったが、なんで? お前死んだはずじゃ。どうなってる!?』
「質問しているのはこっちよ。あなた、えっちゃんを操ってたでしょ」
『ひゃはははは! ちげーよ! あいつに憑いたのは俺らのボスだ。俺は適当なモンスターを操って世界を壊す係さ』
「俺ら? ボス? あんたたちいっぱいいるの?」
『そうさ。お前が生きていたのは予定外だが、もう蹂躙は始まった。この世界はぶっ壊す! ひゃはははは!』
「ふーん。なんでこの世界を壊すの?」
『俺たちが神様だからだよ! この世界は目障りなんだ』
出たよ神を名乗るモノ。気をつけろもなにも、もろ敵だし、チンピラ感が何とも言えない。
そして偽の神様だ。なぜなら、この世界は唯一神だ。俺たちという複数形の神はいない。
好意的に解釈しても、この世界を造った創造神とは別のなにかであろう。自分で創って目障りという道理はない。
そうセシルは理解した。
「大体わかった。情報ありがとう。じゃあね」
棒人形が消えた。
「お、おい、今のはなんだよ。なにがどうなってんだ」
「エルフ姫、『憑依者』モドキはどこにやった?」
「高次空間に離散的領域を造ってそこに送り込みました。時空を構成するスピンネットワークの飛び地のため内部からの脱出は不可能です」
「お、おお、そうか……」
シュバルにもセシルが何を言ってるのかわからない。が、『憑依者』(モドキ)でも逃げられない檻を造ったという結果は理解出来た。
「『憑依者』みたいなのが沢山攻めて来ていることが分かりました。強い魔族が狙われる恐れがあります」
「そうだな、至急大魔王やラルシオーグ殿に警告した方がいい」
「アラデ、あんた大丈夫?」
「おっ、あたしも強い魔族に入ってるっすか!」
「うん、大丈夫そうね。他の天龍に連絡出来る?」
「すぐ念話送ってみるっす!」
アラデの機嫌が直っていた。
えー、終始一方的な戦いでしたが、サブタイトルは例によって、ライディマンダー(憑依者もどき)目線では『死闘』ということです!(強引)




