第47話 フェザードラゴン
「無線じゃないの。実はこれ、糸電話なのよ。空間に穴開けて繋いでるだけ」
「王女様とは色違いの服は龍の毛を織った布製なの。ちょっと制服っぽいでしょ。アラデの趣味なのかな」
「アラデといえば台風を食べちゃうのよ。災害から世界を守っているの。魔物SDGSね。ちょっとびっくり」
「ガザルドナイトって詳しく調べてみたら多孔性配位高分子構造だったのよ。そりゃ魔法をめっちゃ吸収出来るわよね。えっちゃんもそう思うでしょ?」
「高次空間制御による空間転移のキモは射影の特異点だったの。多重ベルヌーイ数を用いて対称性を保存するのよ。ゼロ化したら生命パルスが初期化されてダメになっちゃうの」
食事の後もセシルは悦郎にずっと話しかけている。たわいもない話である。しかも本人は無意識なのだが、話題が大幅に理系に偏っている。迷惑をかけた謝罪もあってじっと付き合っていた悦郎であるが、何を言っているのか全然理解出来ない。
さすがに我慢出来なくなってきたところを見計らったように、シュバルがセシルに声を掛けた。
「エルフ姫、悦郎君の件で後回しにしたが、魔大陸との貿易についてのプレゼン資料が出来ている。確認してほしいんだが」
「あっ、はい。シュバルさん。明日が期限でしたよね。わかりました」
プレゼンテーションという概念はこの世界にもあるようだ。ちゃんとビジネス用語に変換されてセシルに伝わる。
「マークスと、魔族相手でもあるのでアラデも同席する。下部展望室に行こうか?」
「いえ、会議室にしましょう。今まで使ったことがないですが」
「そういえば、あったな。展望食堂か下部展望室が使いやすいのでついどっちかだったが」
「窓があって開放的ですからね。でもたまには会議室も使わないと」
もったいない精神である。
「では資料を揃える。10分後に会議室で」
「あ、アレー王女はいいんですか?」
「わたしはエルベット地区の商業ギルド担当長だからね。今回の貿易の第一国はエトアウル王国で、ハルド王国ではない。この件での姫殿下の許可は戴いているよ。そもそもこの貿易交渉は今回のクエストの目的外なのだし」
「そういうことなら了解です」
「じゃ、俺は部屋に戻ってゆっくりさせてもらうわ。おなか一杯になって眠くなってきたし」
悦郎がいそいそと立ち去ろうとする。
「……そうね。えっちゃんにも話を聞いてほしいところだけど、まだプレゼン段階だから、まっいいか。事業が始まったら手伝ってくれる?」
「ん……。そうだな。手伝うくらいなら」
「うわあ。えっちゃんありがとう!」
満面の笑みを浮かべるセシルに、ちょっと心苦しくなる悦郎であった。そうなんだよな、こういうところで後ろ向きになるから俺はダメなんだろうなあ。でも積極的になんかするなんて、やっぱ苦手だ。
乗り移られて俺様ムーブしていたのがもはや懐かしい。操られていたことは癪に障るが、あの上から目線で無敵な感覚、多少なりとも残しておいてくれればまだマシになったんじゃないか、と思う。
自己嫌悪である。
「あっ、えっちゃん。このタブレットあげる」
セシルがどこからともなくタブレットを取り出した。というより今クリエイトしたのだ。
「は? それ部屋にあるよ。同じだろ?」
「ノンノン。コミックとゲームをインストールしてあるの。えっちゃんスペシャルよ」
「マジ? そんなんありなのか!?」
「ちょっとギフトが新しくなってね。流石にネトゲは無理だけど」
「うお、まじだ。『少年王レッド』に『少年ワープ』『ヤングワープ』……、『月刊イケイケ』『ベテルギウス』『コミック新型』も入ってるのか。おほー。どれどれゲームは……『格闘戦術ファイナル』『グラディエートファイター最後の野望』『キャンディーアタック』『GTレッドゾーン』。たしかに一人プレイばかりだな。ほほう。8ビット版の『超土管きょうだい』に『竜退治の旅3』もあるのか。また懐かしいな」
「時には原点回帰もいいでしょ!」
「わかってるじゃないかセシル。うん、部屋で楽しませてもらうわ。ありがとな!」
「おい、セシル。『こみっく』とか『げーむ』とかはなんだ?」
マークスが割り込む。
「まだ秘密。今はえっちゃん専用よ」
「ええー」
地球のコミックやゲームを安易に異世界に持ち込むと危険だとセシルは本能的に感じた。刺激が強すぎて廃人を量産してしまいそうだ。しかもそもそもこの世界がゲーム的なのだ。思想的宗教的な意味においてもまずいかもしれない。
なにより著作権的にアレであった。違法コピーは犯罪です。
ちなみに本もゲームも悦郎研究のためにセシルが購入したものだ。ゲームがオンゲじゃないのは万一にもオンライン上で悦郎に身バレすることを恐れたためである。
「いや、それより気になることを言ったなエルフ姫。ギフトが新しくなった、だと?」
シュバルは的確にポイントを突いてくる。
「そのことは後ほど会議室で話します。シュバルさん」
「わかった。では10分後に」
◇◇◇◇
シュバルのプレゼンが終わり、質疑応答時間になった。
会議室は客室フロアの直上にある。このフロアには大小の部屋があるが、今は100平米ほどの中規模室を使っている。窓はない。白い壁にプロジェクターで資料を映している。
紙資料にも対応できるように古いOHPも用意してあるのだが、シュバルはタブレットにほとんどの資料をまとめていたのでケーブルで繋いで投影した。
現代日本のプレゼンと全く変わりがない。ここだけ見れば異世界だとは思えない光景であった。
室内にいるのはシュバル、マークス、セシル、アラデの4人だけだ。アントロとコレクトはいない。
「輸送は空間転移前提だが、運賃は取るんだな。シュバルさん」
「他に方法がない。このプリンセス・アレー号は目立ちすぎて使えない。外洋船で壁まで来てそこから熱気球を上げるという手も考えたが、鉱物資源などは重くて気球では大して運べないし船便だと食品は腐る。ゆえにセシルのギフト頼みだが、空間転移の隠蔽には金が掛かる。それに運賃を取らないと本当に魔大陸産なのかと疑われるだろ、マークス」
「そりゃそうだな」
「熱気球があるんですね。飛行船はどうなんですか?」
「デガンド帝国に実験船があったが、10年ほど前に水素爆発を起こして以来開発禁止になった。ニホンでは輸送に飛行船を使っているのかい?」
「いえ、イベントに使われるくらいですね」
「ふむ、そうだろうな。このような空飛ぶ船があるなら足の遅い飛行船は不要だろう」
慣性制御の空中船などは日本にもない。が、貨物飛行機はあるのでセシルは黙って頷いた。ある意味空飛ぶ貨物船である。
「精錬工場や加工場はこっちに作って製品にしてから送る、従業員は魔人を雇う。それはわかりますが併設のエトアウル王国輸出品の市場も魔人を使うんですか? 人族の商品を扱うのに?」
「最初はそのつもりだ、エルフ姫。いずれは商業ギルドの魔大陸支部を立ち上げ、人間がここで暮らすようにしたいが、すぐには難しいだろう。当面は空間転移を使い監督や指導をギルド員が出張して行うイメージだよ。日帰り出来るのは瞬間移動サマサマだ」
「転移門は最低でも二つ要りますね。殺菌する物質移送専用と、人間の移動用と」
「ああ、死んじゃう転移と死なない転移を使い分けるんっすね」
「そうよ。アラデ。防疫は大事だからね。うっかりパンデミックとか、ごめんだわ。クリーンルームも必要ね。人の移動用に」
セシルは数年前に世界で猛威を振るったレトロウイルス感染禍を思い出す。あの時は年中マスクだったし、式典やイベントが軒並み中止になったっけ。オリンピックも……。
「それ、間違うと大変だな!」
「殺菌する方にはうっかり入れないように安全装置をつけとくわ。マークスみたいなおっちょこちょいさんでも大丈夫なように」
「ひでえ言われようだな。そんなミスやってねえよ!」
「お金もないのにアラデと商談してたのは誰かしら」
「ぐっ」
二重扉にして中に人がいると内側の扉が開かないような仕組みにすればいいかしらね、と機構を考えるセシル。フェイルセーフも必要よね……。
「それらを含め、この貿易に携わる関係者は相当の人数になる。情報漏洩対策に金が掛かる。ゆえにこの運賃ということだ」
「なるほどね。暴利ってわけじゃないか」
「適正な利益設定だよマークス」
「加工場までの原料の移動はドローンを使うとのことですが、それも魔人に操縦させるんですか?」
「マップ情報を使って無人で飛ばせるだろう。万一の時も自動で出発点に戻るようになっているのは確認済みだ。取扱説明書を読んだよ」
「シュバルさんいつの間に……」
「ドローン144機による魔大陸物流ネットワークを構築する。頼むぞエルフ姫」
「数は大丈夫ですが、問題は大型充電池による航続距離の延長と、充電時間の短縮ですね。採掘現場とセンターの両方で必要ですし。そもそも発電施設や送電施設が各地に必要です。それに維持管理要員も」
「それも無人でメンテフリーなものが出来ないか?」
「じゃあ整備や組み立て含めて丸ごとロボット化しましょう。転移ゲートは有人だからそこで運行状況をモニターして、緊急時には瞬間移動出来るように施設間に転移門を設置しておけばなんとかなるでしょう」
「関与するものは少ないほど良い。その線で設計を考えてくれ」
「わかりました」
「シュバルさん、これってプロジェクトのゴールだよな。最初はサンプル貿易から始めることになってたはずだが」
「そうだが、一旦始まればあっという間だと思うぞ、マークス。予想どおり魔大陸には鉱物資源、生物資源が豊富だ。まさに手つかずの宝の山だ。数年、いや、数か月で本格的な多国間貿易に発展するかもしれない。いや、そうなるだろう。そうさせるのだ。ゆえに最初からゴールを見据えて施設やルートは用意しておく方がいい」
いつになくシュバルが熱い。プレゼンの時もそうだった。
「わたしも作るならいっぺんにやる方が面倒がなくていいです」
同じような設備ならコピペするから早いとセシルは思う。
「セシルがいいなら、問題はないか。大魔王の許可を得るにも、最終形態を前提に説明した方が確かに良いだろうしな」
「他に質問はないか? 異論がないならこれで明日ラルシオーグ殿に提案するが」
「このプロジェクトの件ではないですが、一ついいですか?」
「かまわないよ、エルフ姫。なにかな?」
「アラデもいるので確認したいんですが、以前魔物は魔物として生まれる。親子という概念はないって聞きました。けど、魔大陸を見て回って気が付いたのですが、魔族の幼生体……子どもが結構いました。育てている魔族もいましたし、あれは親子ではないんですか?」
そもそもエルベット街道でのデスストライカーの親子との戦いがセシルの第一戦であった。その後の怒涛の展開で失念していたが、魔大陸でデスストライカーの亜種を見て思い出したのだ。
その眼で見てみると、結構魔獣の親子や群れが多いことに気が付いた。
「ああ、魔獣は魔のエネルギーが低いので、幼生として出現するんです。成長するまで親役の魔獣が保護してるんですが、人族や獣でいう実際の親子とは違うっすよ。群れも役割分担っす。魔人会社と同じようなものと考えたらいいっすよ」
「それよ。そうなのよ、アラデ。魔族は成長するわよね。アラデも脱皮して大きくなってるし」
「そりゃそうっす。スキルや魔法も成長するにつれだんだん強くなっていきますよ」
「だとしたら、何万年も生きられる魔族は無限に強く大きくなるのかしら?」
「いや、そうはならないっす。あたしらも脱皮の時にリセット掛かるんで、成長限界があるっす」
「それはどうして?」
「いや……? それはわからないっす。ある程度より大きくなると重くて動けないとか、魔のエネルギーも消費が半端ないから腹減って死んじゃうとか……。っすかね? 何ごとも過ぎたるは及ばざるがごとしっていいますし」
繰り返すが、アラデは常識人である。魔族だが。
「セシル、それはギフトが新しくなったことに関連した質問じゃないかね?」
シュバルが指摘した。
「はい。わたしのギフトは進化しました。ギフトが進化するってどういうことなんだろうと思って。魔族のスキルが成長して強くなることはあっても、限界があるとアラデは言います。わたしのギフトはその限界を超えたように思えます」
「一体どうなったんだ? エルフ姫、自分でわかるのか?」
「ギフトの名は、『奇蹟』と『守護』。先ほど『奇蹟』を『創造』と併用したら、今までは造り出せなかったものが出来るようになりました」
「さっき悦郎君に渡していた『こみっく』や『げーむ』のことだね」
シュバルもちゃっかり盗み見していたようだ。そして、『奇蹟』と『守護』というギフトには心当たりがなかった。
「それだけではありません」
セシルは空間からあるものを取り出した。
「鳥? 見たことがない種類だな」
「私が造った生き物です」
それは翼を持ち羽毛に覆われた空想上の西洋風の龍。
手乗りサイズのフェザードラゴンだった。




