第45話 種の成長
悦郎が目を覚ましたのは、正午すぎだった。
お腹がすいたのである。それも痛いくらい、猛烈に。
「うえっ!」
横を見て驚いた。虹色に光る髪の美少女がいる。見覚えのある子だが、なんで同じ部屋に!?
「おお、ようやく起きたっすか。がっつり寝れた感じっすね!」
神秘的な見た目とは裏腹に口を開けばえらくラフな喋りだ。悦郎は少し残念な気分になった。
「めっちゃ腹が減った……。あんたは?」
「覚えてないっすか? アラデっすよ。ここまでエツロウ様を運んだのあたしっすよ」
「そ、そうなのか。そういや飯食ってるときにもいたな……。けど、あんたが、俺を?」
悦郎は性格はインドアだが親譲りでガタイはいい。176センチ、68キロだ。
「余裕っすよ。あたし、魔物っすから」
「魔物!? そうか。魔人の類なのか」
「いや、天龍っす。雷龍アラディマンダーがほんとの名っすが、セシル様がアラデって呼ぶんで」
「セシル様!?」
「操られてセシル様を襲ったらぼこぼこに返り討ちにされたっす。様付けないとヤバいっす」
「お、おお……。そういえばセシルは? オレを治療してくれてたはずだよな」
「そうっす。で、エツロウ様を治したらちょっと疲れたとかで、艦長室で休むって言って出ていったっす」
「そうなのか。そういえば体の中のグルグルがなくなってる。簒奪したセシルのギフトを分離出来たんだな」
悦郎は自身の中に元のとおり『破壊』と『簒奪』だけがあることを感じ取った。『創造』と『再生』は見当たらず、異常なエネルギーの漏出もなくなり正常に待機状態にある。
「腹減ったんすよね! ちょうどそろそろ昼定食の時間っす。なら食堂へレッツらゴーっす! あたしもおなかすいたっす!」
「お、おお……」
悦郎はアラデと共に展望食堂に来た。既に黄金の止まり木亭昼定食(向こうはまだ夜だが)が始まっており、ハンターたちや商人職人たちが思い思いのテーブルに座り食事を始めていた。
「あれ? セシル様来てないっすね。ちょっと居場所の確認するっす」
アラデがタブレットでセシルの位置情報を調べる。
「あれ、艦長室にまだいるっす。寝てるんすかね」
飯時になっても降りてこないのは初めてだ。
「俺のせいだよな。ちょっと見てこよう」
「無理っすよ。セキュリティロックがあるっす」
「そんなの壊しゃいいだろ」
「んな乱暴な。親戚だからって女子の部屋に押し入っちゃダメに決まってるっす!」
そういや下部展望室の床も穴開けてたなとアラデは思い出す。
「親戚って、俺ら姉弟なんだけど」
「えー! マジっすか。でもきょうだいでもダメっすよ。無理やり良くないっす。ダメ、ゼッタイっす!」
残念美少女系なアラデだが、人の文化に造詣が深いせいか、案外常識人だ。そして悦郎を諭すアラデの頭には雷龍のことが浮かんでいた。四天龍同士という同族ではあるが、あの爺さんは距離感というものをわきまえないスケベでアホな奴だとアラデは感じている。
「そ、そうか。わかった、わかったよ。やめとく」
アラデに顔を至近距離まで詰め寄られ悦郎はたじろいだ。異世界に来たこの半年で王族やメイドやパーティーメンバーなどそれなりに人慣れはしたが、美少女とのタイマン勝負はまだまだ無理だ。そう簡単にはインドアで根暗な性格は治らない。
それに自分の部屋に断りなくセシルが入ってきたら悦郎はたちまち怒鳴る。逆もまた真であろう、と思い直す。
悦郎の場合、怒るというより本当は照れ隠しなのだが。そしてセシルの場合、嬉々として受け入れるだろうが。
そんなことは今の悦郎にはわからない。
「でもきょうだいすか。あんま似てないっすね!」
「よくいわれる」
血が繋がってないからだと言いかけたが、やめた。そんなことを教えればここに至る境遇の説明をしないといけなくなる。それは面倒なことだった。
エレベータの扉が開き、アレー王女とガリウズが出てきた。
「撃滅のエツロウ様」
「勘弁してください!」
「え?」
悦郎のリアクションに驚いたのはむしろアレー王女である。
「その名で呼ばないでください! めちゃ恥ずかしいから!」
今となってはわかる。二つ名を名乗ってたり、上から目線だったり。あれは『憑依者』が俺様ブーストしてたせいだ。憑依者はこの世界に来てからずっと悦郎の中にいて、彼の性格と精神を操っていたのであった。
操られていることに気付かないまま行動し、その記憶だけはしっかりある。羞恥というか、封印物の黒歴史である。
「そ、そうなのですか。わたくしは素晴らしい称号だと存じておりましたが……」
「勘弁してください! 普通に悦郎でいいです! で、誰さん、ですか?」
悦郎はプリンセス・アレー号に気配を破壊して乗り込んでいた時、乗員全員の顔は見ているが、それぞれが何者かは知らない。
というか、気にすらしていなかった。それは、アレー王女たちが『憑依者』にとってなんら注意を向ける対象ではなかったからだ。
「悦朗様、失礼いたしました。わたくしはハルド王国第三王女、アレーラス・オル・ウェゼムアズ・ハルドにございます。どうぞ、アレーとお呼びください」
「ハルド王国の第三王女のアレー様ですか。上のお姉さんたちとは随分雰囲気が違いますね」
「ええ、勿論でございますわ」
悦郎はグラマラス美女な姉たちに比べて随分幼くてちっちゃいな、という意味で言ったのだが、アレー王女はあのようなふしだらな二人と一緒にされなくて良かったと感じた。全く噛み合っていないが結果オーライである。
「お姉さま、いえ、セシル様は大丈夫ですよ。かの力を失われた時すら全然平気でした。当り前のように魔王城に向かい、余裕で力を取り戻したばかりか大魔王をお仲間にされてしまったり、いろいろと凄い御方ですから」
「ん……」
そうだ、と悦朗は思う。セシルは凄い。元の世界でもさすセシといわれてたぐらいだしな。
逆に俺は変な奴に操られていた。ゲームみたいな異世界でチート能力貰って無双して嬉しがってる間に。
実に情けない。撃滅のエツロウ? 東方の魔人? 実に恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「エツロウ様、そもそもこの旅はわたくしがセシル様にお願いしたのです。エツロウ様を探していただくのが目的でした。こうしてお会い出来、わたくしは大変喜んでおります」
「そうなんですか。でもなんで俺を?」
「まずは謝罪でございます。愚かな父と姉たちの行いをお詫びせねばとずっと思っておりました」
ん? 父って国王さんだよな。三食昼寝メイド付きでのんびりさせてもらってたけど? 時々クエスト受けて達成褒賞も貰ったし。裸で王女様たちと寝てた時はびっくりして慌てて逃げたけどさあ。あれは俺が怒られる側で、王国から詫びられる覚えはないんだけど。
と悦朗は思ったが、全ては小心なハルド国王の保身故に行われた卑劣な罠だった。そしてそのせいで今やハルド王国は荒れに荒れている。天罰覿面とはこのことだが、アレー王女としても国の安寧と国民の幸せは第一である。王家の一人として、何とか立て直さねばならない。
「その上で、ハルド王国にお戻りいただきたいのです。わが国は勇者であるエツロウ様を追放してしまった愚かな国王から人心が離れ、荒みつつあります。エツロウ様が戻られれば、国民は再びまとまるでしょう」
「俺が?」
「はい。勇者エツロウ様のご帰還。それがハルド王国全国民の願いでありますから」
悦郎には意味が分からない。魔王討伐後城の前で挨拶したら観客たちがやけに盛り上がっていたのは憶えているが、俺が帰るだけで荒れた国が元に戻るってどうんな理屈よ、そんなことあり得る?、ととまどうだけだった。
「アレー王女、エツロウ様はとてもおなかがすいているっす。そういう長くなりそうな話はまた今度にするっす。エツロウ様がびっくりしてるっすよ」
「あっ、そうですね! 申し訳ありませんエツロウ様。アラデもありがとう」
「いいっすよ。アレー王女のそういう謙虚なとこ、好きっす!」
繰り返すが、アラデは人と比較しても実に常識的である。ただ魔物故、王族相手でも立場は対等だ。それに、その気になれば一国の軍を相手にしても十分戦える。へりくだる理由がない。
そして正論であったため、従者のガリウズも何も言わなかった。というか悦郎とやけに親しげに話するアレー王女に若干気を揉んでいたぐらいなので、アラデが中断してくれたことにちょっと感謝した。
「んじゃ早く注文するっす。あっちはまだ深夜なんで、出来るだけまとまって食事しないと迷惑掛かるらしいっすからね」
「あっち?」
「料理してる場所はガルリア大陸の真ん中あたりらしいっす。コードネームはゴールデンクイーンっす!」
「は?」
◇◇◇◇
艦長室のベッドでセシルは呻いていた。
体が熱い。裸のうえエアコンをガンガンに効かせているが脂汗が止まらない。体の中に太陽があるような、猛烈な熱量を感じていた。
ギフトスコッパーで悦郎を助けた直後はなんということもなかったが、時間が経つにつれ体調がおかしくなってきた。
今は体調がすぐれないというレベルではない。起き上がることも出来ない。しかし悦郎の衰弱と真逆で、溢れるエネルギーに押し潰され身動きが取れない。息をするのもやっとだ。
二重になった『創造』と『再生』が、悦郎の時とは反対に猛烈なエネルギーをセシルの中に誘導しているのだ。それは余りにも莫大で、既にどのくらいのエネルギーが体内に溜まっているのかすらわからなくなっていた。限界水位を超えつつあるダムのようだ。このままではセシルは内的に決壊してしまうかもしれない。
セシルも何もしていないわけではない。ギフトがダブっているのがそもそもの原因なのはわかっているので、セシルはまず同じギフト同士を合体させてみようとした。だが、なぜか反発しあい近づけることすら出来ない。磁石の同極が反発するのと同じ現象なのだろう。
次に量子化して重ね合わせることを試してみた。が、そもそもギフトを量子化出来なかった。物質でもエネルギーでもないようだ。ギフトは概念や祈りのようなものであろうか。
ギフトスコッパーは使えない。試すまでもなく、セシル自身がセシル自身の中のギフトを掘り出すことは出来ない。自分の手で自分の体を持ち上げるようなものだ。不可能である。
現在はなんとかバイパスを造り、高次空間にエネルギーの一部を逃がしているが、放出量より誘導量の方がはるかに大きく正直焼け石に水だ。バイパスの数を増やしても追いつかない。急ぎエネルギー誘導そのものを止めなければならない。しかし、どうすればいいのか。
時間が経てば経つほど内圧が高まり肉体や精神を苛む。頭が割れるような痛みで考えがまとまらなくなる。朦朧とし意識を失いそうになる。
これはとてもマズい状況ね。さすがのセシルも焦り始めていた。
その時。
『創造』と『再生』は『天地創造』と『不老不死』から生まれた種。大魔王ヴュオルズがそういっていたことを思い出した。神子の力とシュバルが呼んだが、確かにそれは天啓のように思えた。
実はアドセットのギルマス、バララッド所長も同様のことをつぶやいたのだが、セシルは聞いていない。それはさておき。
種は生育し、葉や花をつける。
ならば、有り余るエネルギーを使ってギフトを錬成し、変容を促せば?
悦郎の場合は相反するギフトであったためエネルギーが大放出し、今回は全く同じギフトだから大流入を引き起こしている。似ているが非なるギフトであれば同居出来るのではないか? 事実、高次空間制御を基とする『創造』と『再生』は共存していた。というか今のところ必ずギフトが対になっているのは同じ力を別の側面から見たもののような気がする。『創造』と『再生』しかり。『破壊』と『簒奪』しかり。『模倣』と『進化』しかり。
片方の『創造』と『再生』に手を加え、成長させる。
ギフトの系統進化。
これだ。セシルは直ちに実行に移した。
(元々あった『創造』と『再生』、革新せよ!)
莫大なエネルギーの渦がセシルを取り巻き、眩い閃光で何も見えなくなった。




