第44話 ギフトスコップ
「大魔王!」
「おお、な、なんだセシル?」
セシルに突然呼ばれたヴュオルズがちょっと噛んだ。悦郎登場後の展開が早くてさすがの大魔王も状況が整理出来ていない。
「眠りを操る夢魔の姫騎士、魂を操る奈落の竜王の二人の力を借りたいの。お願い出来る? 魔王城に呼びだしてほしい」
「う、うむ。承知した。今すぐラルシオーグに念話する」
大魔王ももはやただのパシリである。
「アラデ、わたしはヴュオルズと魔王城に行くわ。えっちゃんをしばらく預ける! 空いている部屋のベッドに運んで」
「わかったっす!」
すぐさまセシルはヴュオルズと共に魔王城に瞬間移動した。四の五の言わせぬ勢いである。
アラデは軽々と悦郎を抱きかかえるが、直後顔をしかめた。
「セシル様には悪いけど、この人酷い臭い……」
「まかせとキー。清浄魔法だキー」
チョーキーが杖を振ると悦郎の汚れが消えた。
「サンキー、じゃないサンキュー、チョーキーさん!」
アラデが悦郎を空き部屋に運ぶ。ハンターたちもついて行った。悦郎の話は嘘ではないだろうが、ついさっきまでの敵である。念のためだ。
アラデが戦力としては圧倒的で、ハンターはその百分の一にも満たない全くのおまけなのではあるが。
イケメンと美少女だけで一つ部屋なんて許すまじ、とハンターたちが密かに思ったという理由もある。
嵐が過ぎたように静かになった食堂で、シュバルとアレー王女は深刻な表情を浮かべていた。
アレー王女は突然の悦郎の訪問に赤くなっていたが、今はむしろ青ざめている様子だ。
「……シュバルさん。撃滅のエツロウ様がおっしゃった、『憑依者』が蹂躙をはじめるとは、なんだと思われますか?」
「姫殿下。わたしもその意味を考えていました。素直に考えれば、『憑依者』の敵らしき『奴ら』を害するという意味でしょうが……」
「わたくしには、もっと大きな出来事のように感じられるのです」
「わたしもそう思います。『憑依者』には底知れない不気味さがあります。しかし、『憑依者』の誤算はエルフ姫が健在だということです。そして東方の魔人のギフトも復活すれば、『憑依者』の行動を止められるはずです。二人のギフトが『憑依者』がこれから行おうとしていることにとって障害であったのは間違いないのですから」
「そうですね。お姉さまと撃滅のエツロウ様がお揃いになれば、たとえ『憑依者』が何をたくらもうと、必ず打ち砕いてくださるでしょう!」
自らに言い聞かすようにアレー王女は強く語った。その言葉に頷きながらも、シュバルは少し違うことを考えていた。
『憑依者』はネイティブギフトはさしたる脅威ではないとも語った。これは大魔王のギフトのことだろう。では、エルフ姫と東方の魔人はこの世界生まれではないということか。
二人はニホンから来た。
ということは、ニホンはこの世にあらず。異なる世界に存在する国。
二人は異世界からの来訪者なのか。
シュバルはすでに正解を導いていた。さすがに慧眼である。
一方、魔王城では夢魔の姫騎士、奈落の竜王が揃っていた。例のバルコニーである。
専用転移門があるため自宅から魔王城へは一瞬だ。職住一致な環境である。
「セシル様。本日は直々のご指名、大変名誉に存じます。何なりとご命令くださいませ」
奈落の竜王は片膝をついた服従の姿勢を示す。初めて会った時はセシルを恐れていたが、先日の戦闘で命を救われたためか随分態度が変わっていた。
「セシル様。あたいもなんでもやるぜ。任せときな! 相手はどこのどいつだ!? 誰を殺せばいいんだ?」
ファイティングポーズを取る筋肉の塊のような巨躯の夢魔の姫騎士は、シルエットどおりの脳筋らしい。顔はちんまりとした幼い美少女フェイスなのでそこだけ見ていると全くセリフと合っていないが。
アラデを彷彿させる残念美少女の系列である。
「二人へのお願い。わたしにそれぞれの呪詛と睡魔を掛けて。全力で。本気全開で」
「は?」
「え?」
「セシル、お前何を言っている!?」
「大丈夫よ。大魔王。さあ、ドンと来て!」
セシルが自分の胸を叩く。
しかし、夢魔の姫騎士と奈落の竜王はさすがに及び腰だ。
「いやその、呪詛を反射するとか……」
「粉々に砕くとか……」
二人とも悦郎に痛い目に遭っている。セシルも東方の魔人と同等の強さなのは知っている。
「そんなことしないわよ。二人の力を受けることが必要なの。お願い、早くして」
夢魔の姫騎士と奈落の竜王は互いを見つめ合い、そして大魔王に救いを求めるように瞳を移した。
ヴュオルズが目をつむって横を向く。
あ、大魔王様が思考放棄した……。
二人はあきらめた。そもそもセシルの願いだ。やらないという選択肢は最初からないのだ。
「では参りますぞ! セシル様」
「目が覚めなくても怒らないでくれよ! セシル様!」
もうやけくそである。
「バッチコーイ!」
セシルは両手を大きく広げて大の字になる。
「狂憑の念、マキシマム!」
「悦楽の繭、最大出力!」
二人の全開術式が発動した。手心一切なしの全力である。
セシルの体を白い半透明な膜が包み、そして怒涛のような呪詛が侵食する。膜はそれ自体が燦然と輝き、呪詛はどす黒く視認出来るほどの濃度だ。そして5秒や10秒では収まらず、延々と呪力や魔力を流し続けている。
さすがは六大幹部のうちの二人の同時攻撃である。
1分ほどが過ぎただろうか。大魔王もこれ、ヤバいんじゃないかと思い始めた頃、ようやく夢魔の姫騎士、奈落の竜王が技を止めた。力を使い果たしたのだ。二人とも肩で息をしている。
「セシル様は……」
セシルのいた位置は光と闇の揺らめきに覆われ何も見えない。白と黒の混じった煙幕だ。
この濃密なエネルギーの中で本当に生きているのか?
魂が蒸発して、抜け殻になっているのではないのか?
「うん、出来た。ありがとー」
中から呑気な声がした。そして瞬時に光と闇の煙が消える。そこにセシルが立っていた。めっちゃフツーに。
「あれだけの呪詛が……」
「かすり傷一つないって、マジ!?」
がっくりと崩れる夢魔の姫騎士と奈落の竜王。
格が違うとか、そんな言葉では追い付かない。アリと象。いや、細菌と太陽ぐらいの差があったのではないか。
「うん、いい感じに錬成出来たわ。これでギフトをサルベージ出来る! ありがとう、夢魔の姫騎士。奈落の竜王。じゃあ用事は済んだので、わたしは艦に戻るわね。ヴュオルズもありがとう!」
軽く手を振ったかと思うとあっという間に瞬間移動で去っていくセシル。
呆然と見送る大魔王、魔王、魔将。
魔大陸最強クラスの魔人3人は、しばらく動けずにいた。
やがて三人ともがため息を漏らす。
「なあ、夢魔の姫騎士」
セシルの消えた空間を見つめながら、奈落の竜王がぼっそりつぶやく。
「お、おお?」
「……わしら、一から鍛え直しじゃな」
「うむ、なるほど、そうだな! 奈落の竜王! あたいもさっそくトレーニング開始だぜ!」
夢魔の姫騎士がガッツポーズをとる。
奈落の竜王もまだまだ若いもんには負けんよという目で返す。
「あっ、うーん、そうだな。頑張れよ、二人とも」
「「はい!」」
二人の心が折れないでよかったと思うヴュオルズであった。
武人肌の魔人は自分の力を絶対視しているため実は敗北に弱い。鍛錬を重ね研ぎ澄まされた技が折られた際、時に己の心をも傷つけるのだ。自信を失い、己を見失い、心まで折れてしまう。真面目な探求型の性格の者が多く、大きな壁にぶつかると本当に脆いのだ。
ヴュオルズもかつてそんな苦難を乗り越えてきたので、よくわかるのである。
それにしても恐るべきはセシルである。戦ったことはあるものの、あの時セシルは本気で争う気はなかった。
全力を出したセシルに勝てるのであろうか。
この壁は大きい。あまりにも大きい。大魔王は、戦慄した。
プリンセス・アレー号に戻ったセシルは直ちに悦郎が寝ている部屋に向かった。場所はタブレットで確認済みである。
「えっちゃん!」
悦郎はベッドで眠っていた。やや苦しげな表情である。急ぐ必要があった。部屋にはアラデとハンターたちもいたが、ホテルのダブルルーム程度の広さなので、7人が部屋にいるとちょっと狭い。
ので、ハンターたちを追い出す。
「あんたたちは外で待ってて。あれ? えっちゃん成分が薄くなってるような……」
「ベッドに寝かせる前にきれいにしておいたっすよ!」
「アラデあんたなんてもったいないことを! でも、まあいいわ。どうせ今からえっちゃんの中に入るから」
「中に入る?」
夢魔の姫騎士の夢の力で悦郎の意識の中に潜り、奈落の竜王の呪詛を固めて造ったエネルギー体でギフトを切り離し掘り出すのだ。二人から受けた魔力と呪力を錬成で合体させたスキル、というか目に見えないひみつ道具だ。
名付けて『ギフトスコップ』。
ギフトの正体は分からないが、意識や精神と繋がっているのは明らかである。魂に作用するギフトスコップで『創造』と『再生』を悦郎からサルベージするのだ。
アラデには、セシルの体がぶれて見え始めた。マクロな物体である肉体を量子化しているのだ。セシルは確率的に存在するようになり、はっきり見ようと思えば思うほど位置が分からなくなる。確かに存在しているのだが、輪郭がぼけてもやり始める。
量子脳理論。魂は微小管における量子的現象である。ギフトスコップを錬成した際、セシルは魂、精神、意識の神髄を得た。そしてセシルの精神が悦郎と量子的に繋がる。量子もつれだ。
一度相互作用した量子は、その後遠く離れても因果に囚われる。次から次に量子もつれが起き、やがてセシルの精神は具現化して悦郎の魂に潜っていく。
『これがえっちゃんの魂の中……』
漫画やアニメやゲームの画像が切り張りされたような魂世界。その中に、高校のスナップ写真や、ミサママの笑顔などが浮かんでは消える。テニスをしている男性は悦郎の父片山浩一郎だろう。
ネット小説のシノプシス。書いては消し、何度も変更している。感想は0。低い評価。どうすれば面白くなるのか悩んでいる様子だ。ゲーム実況。チャットのえぐい書き込み。悦郎のプレイを汚い言葉で批判しているようだ。
小源太とセシルが現れた。9歳の幼いセシル。セーラー服のセシル。高校で友達に囲まれているブレザー姿のセシル。バスケットボールの試合風景。興味ないとか言っていたが、見に来ていたようだ。お風呂場から裸で出てきた一瞬。胸のアップ。セシルの顔にかぶせるように急に始まるAV。女子高校生もの。興奮。充血。早く動く右手。
『あっこれ、見ちゃいけないやつ!』
慌てて意識を他に向ける。魔物の大群。ハルド王国の勇者パーティ。異世界に来てからの半年がパラパラ漫画のようなコマ落としで流れる。王様。第一王女と第二王女。海の魔王。山の魔王。
誰かの声。魔大陸に向かい大魔王を倒せ。『憑依者』のそそのかしは、ハルド王国にいたころから始まっていたようだ。
『あれがギフトね!』
赤く光る玉と青く光る玉がゆっくりと互いに回転している。今は脳が活動を休んでいるので速度はゆっくりだが、悦郎が覚醒すると高速で回転するのだろう。そして生命エネルギーをガンガン放出する。
赤い玉が『創造』と『再生』だ。セシル自身のギフトだから間違えようがない。
『ギフトスコップ、セット!』
セシルが言う(具現化した意識体なので口で言ってるのではなく正確には念じているだけだが)と、手にデカいスプーンのようなギフトスコップが出現した。見えないひみつ道具の概念を実体化させたのだ。
『ディバイディング!』
ザクッとスコップを光る玉の間に突き刺すと、ざざーっと裂け目が広がった。青と赤が魂空間的に分断される。
『ハンマーショック!』
スコップの柄を正拳突きし、赤い玉の裏まで裂け目を広げる。
『サルベージ!』
そのままスコップを持ち上げ、赤い玉を魂空間からえぐり出す。が。
『お、重い……』
質量はないが、ギフトと悦朗の魂の結合は予想以上に強かった。具現化したセシルにはそれは重さとして感じられるのだ。
『そう、ギフトは魂がなければ存在出来ないから、えっちゃんから離れたくないというのね。大丈夫よ。わたしに任せなさい。わたしの中にあなた自身がいるわ。わかるでしょう』
ギフトに人格があるかのように、諭すように語り掛ける。ここは魂の世界。ある意味、ギフトにも人格が具現化しているともいえる。セシルは力ずくではなく、ギフトとの対話と共存を望んだ。
『さあ、来るのよ。あなたの還る場所はここよ』
諭すように念じると、突然スコップが軽くなった。赤い玉がふわりとセシルに近づく。ギフト自身が意思を持つように動き始めたのだ。
そして、セシルの胸に赤い玉が寄り添い、潜り込んでいく。やがて玉はセシルの中に消えて見えなくなった。
『『創造』と『再生』が二つ……。わたしの中で二重に存在しているのがわかる……』
セシルはギフトスコップを消し分割された魂空間を元に戻す。
青い玉は回転をやめ、静かに輝いている。
『うん、これでサルベージ完了! ミッションコンプリート!』
アラデは、ぼやけたセシルが再びはっきりとした姿に戻るのを見た。この間、2、3秒ほどしか経っていない。
「セシル様、うまくいったっすか!? いったみたいっすね!」
「ええ、アラデ。もう大丈夫」
セシルは、安心したようにすやすやと眠っている悦郎を見下ろしながらそう答えた。




