第43話 ギフトの反発
9日目。
プリンセス・アレー号にまたまた早朝からヴュオルズがやって来た。
「今日のお勧めはなんだ? セシル」
「ついに挨拶もなくなったのね! ラフ過ぎない? 大魔王」
「そんな他人行儀なこと、どうでもいいではないか」
「他人よ! 貴方とわたしはた・に・ん!!」
「おはようございます。ヴュオルズ大魔王様」
「おはようございます。アレー王女殿下。ご機嫌麗しゅう存じます」
「だーかーらー、態度違い過ぎ!」
「我と貴様の仲ではないか」
「ちょ! 誤解されるような言い方やめて!」
くすくすとアレー王女が小声で笑う。すっかり大魔王もセシルの愉快な友人の一人になっている。
「それで本日のお勧めはなんだ?」
「はいはい。今日はエスニック料理よ。ちょっと癖があるけど、はまる味よ」
胡椒、唐辛子、芥子、生姜、山葵、ウコン、パクチー、カルダモン、クミン、ナツメグ、クローブ等のハーブは魔大陸に自生しているものをプリンセス・アレー号内で試験的に精製し、黄金の止まり木亭に転送したものだ。実はデザートに使っているココナッツミルクやバニラビーンズも魔大陸原産である。
ナンプラーは内海で獲った魚を高次空間で時間を進め発酵させて作り出した。魚と醤油は概念が違うので錬成ではうまくいかなかったのだ。オイスターソースやシーユーダムも同様の方法で製造した。
ついでに各種の酒も生産している。日本酒、焼酎、ワイン、ウォッカ、ブランデー、ウイスキー、リキュール類……。
片っ端から黄金の止まり木亭に送り、品質試験を行っているのだ。酒はおやっさんが私物化しているようだが。もちろんプリンセス・アレー号内でも試飲している。試飲というにはハンターたちの飲む量が半端ではないのだが。
「ソムタム、トルティーヤ、トムヤムクン、グリーンカレー、ガイヤーン、バクテー、シュラスコ、カオマンガイ、タンドリーチキン、フォー、モモ、ガパオライス、パッタイ、ミーゴレン」
「なんの呪文だ……」
「食べてみればわかるわよ。でも、すごく辛いのもあるから気を付けてね。ラッシーやチャイをドリンクバーに用意してわ。辛いものの後で飲めば口がさっぱりするわよ」
「回復薬か。ふふふ、このヴュオルズ料理ごときに後れは取らぬ! 気遣い無用。では参る!」
その後かっらー!! という悲鳴を何度も上げ、ラッシーをがぶ飲みするヴュオルズがいた。
やがてハンターや商人たちも加わりビュッフェの皿がいくつか品切れになってきた頃。
エレベーターが開き、一人の人物が現れた。
全員箸を止め、その人物を凝視する。赤い髪の男である。
唖然。そして茫然。
一瞬、時間が停まったように誰もが動けなくなった。
その人物が口を開いた。
「セシル、何か食わせてくれ」
「えっちゃん!」
展望食堂に登場した人物は憔悴した表情の悦郎だった。
「東方の魔人! 貴様ここに現れるとは!」
ヴュオルズの怒気が一瞬で膨れ上がる。そして紫のオーラが立ち昇る。ガリウズがアレー王女をかばい、セシルが悦郎とヴュオルズの間に割って入る。
「おう、大魔王。話は飯の後にしてくれ。腹が減ってもう駄目だ」
そういう悦郎はたしかにふらふらと力なく歩いている。今にも倒れそうである。
演技というわけでもなさそうだ。
ヴュオルズはオーラを引っ込め、様子見の構えになった。ここで戦うともう旨い飯が食えなくなるかもしれない、ということに思い至ったからだ。
「えっちゃん! 一体どうしたの!」
「カレーにから揚げか。ちょっと貰うぞ」
「あ、それ激辛……」
「旨い! あっ、しかしなんか後から……。ぐわっ、かれええええ!!!!」
「えっちゃん! チャイかラッシー急いで呑んで! でもってこっちのフォーは辛くないから!」
「ぐびぐびぐび……。ふー、すきっ腹に爆弾が落ちたみたいだった。死ぬかと思った」
悦郎はもう涙目である。
「ふむ、東方の魔人よ。えすにっくりょうりに敗北するとはな。情けない」
「あんたもでしょ大魔王」
やがて、辛くないお粥やスープなどでようやく落ち着いた悦郎は、ここに至る事情を話し出した。
◇◇◇◇
悦郎は、正確には『憑依者』は困っていた。
彼はハルド王国にいた。瞬間移動するためには移動先を明確に意識する必要がある。セシルからギフトを奪った直後の瞬間移動の際、土地勘のあるハルド王国を選んだのは当然といえる。
今いる場所は街から離れた山奥の洞穴である。繭はプリンセス・アレー号に貼り付いたままだ。あの繭は簒奪した鍛冶スキルを駆使し一枚岩を削り出して作ったものだ。ここハルド王国にいた頃から愛用していたカプセル型の家だったが、今はやむを得ない。
あまり奥行きのない浅い窪みである。夜露をしのぐにはちょうど良かった。またそう数は多くないものの魔物や、熊などの猛獣から身を守る必要もある。
一旦はほぼ全魔物が駆逐されたハルド王国であったが、もう復活を始めていた。まだ雑魚しかいないが、そのうち中級以上も蘇るだろう。
普通の生物と違い、魔物が絶滅することはない。
けれど、悦郎にはセシルから奪ったアルティメットギフト『創造』がある。繭ぐらい簡単に再現出来そうなものだが、出来なかった。それで洞穴にいるのだ。
なぜか。
当然悦郎も『創造』で快適なマイルームを造ろうと考えた。
しかし、『創造』を使った途端、同時に『破壊』も発動してしまうのだ。造った尻から壊れるのである。
一方『簒奪』も困った事態になっていた。時折傍に来る魔物から『簒奪』でスキルや魔法を奪うことは出来た。しかし同時に『再生』が発動し、奪ったものが相手に復活してしまうのである。
『簒奪』で魔法やスキルを奪い弱体化させ倒すというこれまでの必勝パターンが使えなくなっていた。
さらに、『破壊』で何かを壊したり、殺したりしても『再生』が瞬時に発動し復活させてしまう。
これではギフトが封じられたも同然である。
『破壊と簒奪、創造と再生。それが互いに反発しあうように仕組んであったとはうかつ! 今頃奴らはオレさまを笑ってるんだろう! くそっ、くそっ!』
『超新星』をはじめ魔法やスキルのストックがあるし、ギフトから派生する高次空間操作、それによる瞬間移動などは使えるものの、大幅に弱体化したことは否めない。
ギフテッドである大魔王ヴュオルズにもはや悦郎がかなわないことは明らかだった。
さらに、急激に悦郎の体が衰えていることにも気が付いた。理由はわからないが、このままでは数日のうちに死に至るかもしれないほどの悪化ぶりだ。
『まったく、罠にはめたつもりで罠にかかってしまったということか。さすがに奴らのやり口だ。汚い、汚すぎる!』
『憑依者』とセシルらに呼ばれるその者は怒っていた。半分は奴らに、半分は己の浅はかさに。
『憑依者』はひとしきり『奴ら』に罵詈雑言を浴びせた。やがて。
『まあしかし、考えてみれば悦郎はもう終わりだ。セシルもギフトを奪い始末出来たのは間違いない。これでギフト持ち二人が盤上から消えたことになる。残ったこの世界のネイティブギフトはさほどの脅威ではない』
『憑依者』は何処か、いや何者かと会話する。
『いささかシナリオと異なるが、もう待っている必要はない。さあ、蹂躙を始めよう。ぎゃはははは! 今度は奴らが泣き叫ぶ番だ!』
そして、『憑依者』は悦郎から抜け出した。
◇◇◇◇
「その後、猛烈に力が抜けて、洞穴で倒れてた。多分数日は寝ていたんだと思う」
「えっちゃん……」
そういえば、結構臭う。セシルを除く全員があの時の毒ガス攻撃、もとい悪臭を思い出し納得した。
もちろんあの時ほどひどくはないが、概ね朝食が終わった後で良かったとほっと胸をなでおろす。
そしてセシルはスーハ―スーハ―している。
「ようやく目が覚めて、なんとかここまで瞬間移動した」
正確にはプリンセス・アレー号に貼り付いた繭をターゲットマーカーにしたのである。
「でも、やっぱり今も力が抜けていく。俺は一体どうしちまったんだろう? セシル」
暖かい食事で一旦は人心地が付いたが、脱力感が続いている。というより現在進行形で体内のエネルギーが抜けていく感じだ。
「セシルアーイ!」
突然セシルが叫び、VRグラスのような左右一体型のサイバーなゴーグルを瞬時に顔に装着した。
即席で造ったバイオエネルギースキャナーである。
「確かに生命エネルギーが漏れ出してる! 走査深度変更、チャクラモード!」
悦郎の体内のエネルギーの流れに切り替える。おおえっちゃんの中身丸見えぐへへ、と涎が垂れそうになるが、そんなことを喜んでいる場合ではない。
体内では生命エネルギーが渦のように高速で回転していた。まるでエンジンを猛烈に空ぶかししてガソリンを浪費しているように。
「『破壊』と『簒奪』。『創造』と『再生』。相反するギフトが短絡しているんだわ! 早く止めないと!」
「どうやって!? あ、ダメだ、また倒れそうになってきた……」
「とりあえずえっちゃんはがんがん食べてエネルギーを補充して! アラデ、えっちゃんをサポートして食事をどんどん渡して!」
「了解っす!」
しかし、食べる量には限界がある。料理そのものももう残り少ない。出ていくエネルギーの方がすぐに上回ってしまうだろう。
どうすればいい?
セシルから奪った『創造』と『再生』を消すか分離すればいいのだが、ギフトについては全世界記憶にもその原理や本質の記録は見当たらない。この世界では過去でも未来でも解析出来ないのか、それともギフトはこの世界に依るものでないということなのか。
とにかくギフトは実体が不明なのだ。対象とすべきものが何か特定出来ないので、消去、分離する方法もまたわからない。
……待って。
えっちゃんは数日寝ていたといった。その間に多少なりとも回復したのよね。瞬間移動出来る程度には。
ならば。
「オレキシン作動神経系遮断! 睡眠中枢抑制! 視索前野刺激!」
悦郎は食べながら白目を剥き、ふらつき始めた。慌ててアラデが支える。
「そのまま床に寝かせて」
「何したっす!?」
「強制的に眠らせたの。……やっぱりギフトは大脳皮質の活動量に影響を受けるのね。エネルギーの垂れ流しが停まったわ」
時間は稼げた。さて、どうしようか。




