第4話 初期装備はイージーモード
ハンターギルドについても教えてもらった。
ギルドの支部は各国にあり、たいがいの街には出張所がある。このアドセットの街にあるのは出張所だ。
支部には支部長が、出張所には所長がいる。大きな街だと副所長も数人いたりするが、ここアドセットは所長と数名の職員だけだ。
ハンターギルドの『本部』というものはないそうだ。
それは、ハンターギルドが国家に属さない組織だからだ。どこかの国に本部を置くと、その国の影響を強く受けることになる。もちろん、ギルドの収入に基づいて各支部は所在地の国に税を納めている。だが、各ハンターは国民ではないので、どこで活動しても国に税を納めることはない。
その代わり、ギルド所属であることを示すギルドカードと、ランクを示すギルドプレートの携行が義務づけられている。ギルドカードがあれば、どの国にも自由に入出国ができる。プレートはランクごとに色が違い、特に護衛任務の時は目立つ場所につけなければならない。そうすることで高レベルハンターなら山賊等に対して抑止力が働く。魔物には意味がないが。
ダガルとゴズデズは黒、チョーキーとジックは青だ。テレスピンはカードもプレートも返却していた。ハンターをやめた際この街の住民として登録したので畑を買えたということだった。
ハンター登録は支部か主張所で満15歳以上であれば誰でも出来る。ただし国籍がなくなり、自由市民たるハンターという身分になるが。
では、ハンターギルドの運営はどうしているかというと、支部長の集まる支部長連合会があり、そこで様々なことを決めているそうだ。連合会が具体的にどこにあり、どういう組織で、何を決めているか、その辺のことは4人も詳しくは知らなかったが。
貨幣価値についても教えてもらった。というのは、セシルの腰にある布袋の中に何種類かの硬貨が入っていたからだ。
「セシルの姉さん、金持ちっすか?」
「え? どうして?」
「いや、バッハアーガルム金貨をそのまま袋に入れてる人初めて見たっす!」
「まあ姉さんならスられるようなことはないんでしょうが……」
袋に入っていた硬貨それぞれについて、ダガルたちが教えてくれた交換レートなどの情報から、セシルが目星をつけた日本円換算の貨幣価値は次のとおり。
最も金の含有量が多く厚みがあるバッハアーガルム金貨。100万円。
厚みは同等だが、金の含有量が低いデガンド金貨。75万円。
厚みの薄いエトアウル金貨。25万円。
薄く小さいエトアウル小金貨。3万円。
ちなみにエトアウル大金貨もあるが、薄くて大きいので持ち運びには不便であまり使われていない。セシルの袋にも入っていなかった。
エトアウル銀貨。5千円。
エトアウル銅貨。5百円。
セシルの腰袋には、バッハアーガルム金貨5枚。デガンド金貨4枚。エトアウル金貨4枚。エトアウル小金貨4枚。エトアウル銀貨4枚。エトアウル銅貨8枚が入っていた。
実に914万4千円。
武器、防具も一応持っているし、これはあれよね。いわゆる初期装備ね。
でもスタート直後の所持金としては900万円以上は破格の待遇じゃない?
イージーモード?
なお、硬貨は一種類一枚しか取り出していない。
だからダガルたちはセシルが総額いくら持っているかは知らない。が、203万5千5百円は確実だし、袋の中でまだチャリチャリいっているので見た以上の現金があるのもわかっている。
この4人がセシルの現金を狙うとは思えないが、一応用心。
ちなみに貨幣価値はこっそりミーシャちゃんに聞いた宿の宿泊代や料理の代金からも類推した。奢ってもらってる身であるので、おおっぴらに聞くにはためらわれたからだ。ちなみにこの『黄金の止まり木亭』の標準的な部屋が銀貨1枚である。田舎宿の素泊まりで一泊5千円。そんなものだろう。
ハンターは剣士や魔法使いなど様々な職種が登録している。剣士も得意武器によって細分化されている。
「俺はこのとおり、大剣使いでやす。武器はこの粉砕剣」と背中の大剣を指さすダガル。
「俺は今はこれでさあ」そういうと、ゴズデズは腰にぶら下げた日本の鎧の草摺のようなものを外して両手にはめた。籠手だった。
「拳闘士ゴズデズ!」
立ち上がってファイティングポーズをとる。巨体と相まって金属製のガントレットがかっこいい。
「いや、前の依頼で剣が折れただけなんでさあ」
「るせえよダガル。俺はリーチがあるからこの辺の雑魚モンスターはこれで十分なの!」
「俺は魔法使いっす」チョーキーは木で出来た短い杖を腰から出して見せた。
「へえ、チョーキーさんは魔法が得意なんだ」
「でへへへ」
「いや、みんな多かれ少なかれ魔法使えるんですぜ! 実用になるかどうかは別にして!」
チョーキーだけが褒められて周りが慌てる。
この世界はそうなんだ。魔法が特別じゃないんだ。
じゃあ、さっき壁を直したのがわたしの魔法? なんか魔法ってもっとエフェクトキラキラーとか、魔法陣バーンとか、ファンタジーな感じのものだと思ってたけど。ただのフィルムの逆回しみたいだったし、ちょっと残念。
「俺はナイフ遣いだ。そっと忍び寄り、音もなく倒す」
「ジックさん、忍者!」
「ニンジャって、何!?」
「いや、なんでもない……です」
ニンジャ・ウォーリアはいないのね。
「セシル姉さんはライトソードですかい?」
ダガルがセシルの腰の剣を見ながら尋ねる。
そういえば、帯剣してたんだった。
鞘から引き抜いてみる。初期装備なら、ひのきのぼうとか、たびびとのけんとか?
しゃらん。
思いのほか高い鞘抜きの音がして、現れたのは黒光りする真っ直ぐな刀身の剣だった。
両側に刃がついている。
「これは、鋼鉄ですかい?」
「いやあ、鉄じゃない。見たことのない材質の剣じゃなあ」
「持ってみる?」
「いいんかい? 嬢ちゃん。じゃあちょっと良く見せてもら……うぉっ!」
セシルから剣を受け取ったテレスピンが思わずよろめいた。床に剣をつく。持ち上げられないようだ。
「おいおい、テレスピン、耄碌したのか? 剣が持てないとは。そんな歳でもなかろうに。ほれ貸してみ……うぉっ!」
剣を持ち上げようとして同じくよろめくダガル。
「なんじゃこりゃあ!」
「なんだなんだお前ら! 力なら俺に任せろ! うぉっ!」
ゴズデズが同じ驚きの声を上げた三人目になった。それでもなんとか剣を床から持ち上げた。
「こ、こりゃああ、なんつー重さだ。セシル姉さん、よくこんなのぶら下げて普通に歩いてましたね!」
「重い? これが?」
ゴズデズから剣を取り上げ、ひゅんひゅんと片手で軽く振り、しゃりんと鞘に納めた。
「「「……」」」
実際に黒い剣を持った三人が固まった。
若干おびえた表情になっている。
正体不明だが、普通の剣ではないようだ。やっぱりイージーモードなのかなあと思うセシルであった。
と、セシルの腹部にあの感触が訪れた。
そりゃまあ、これだけ食べて飲んだら、ねえ。
セシルは「ちょっとごめんね」と言って席を立ち、ほかのお客さんに配膳しているミーシャちゃんを捕まえてこそこそ尋ねた。そして教えられた方に向かう。
残されたテーブルの5人はセシルの姿が見えなくなるや否やパニックになったように話し始めた。
「しっかしなんだあの黒い剣! あのサイズであの重さ。めちゃくちゃ硬いんじゃないか?」
「俺のバスターソードの倍以上は重かったよな……。よくあんなもんホイホイと振れるもんだぜ」
「エルフかと思っておったが、もしかして人化したエンシャントドラゴンか!」
「うわさの東方の魔人とかかもっす!」
「転移するわ無生物の修復はするわ常識が全然ないわだから、天界の御使いとか?」
「なんにしても、敵にしてはいかんぞ! ダガルもゴズデズも、無事であったのは奇跡じゃ。あの嬢ちゃんが本気になったらドえらいことになりかねん」
「マジだぜ。激ヤバだぜ」
「おお、俺舎弟で良かった……」
「嬢ちゃんは認めてないようじゃが?」
「あっ、そうだった。でも姉さん呼びは許してくれてるんで、一の子分ってポジションで」
「なんかダガルの旦那、卑屈になってませんかい? そんなキャラでしたっけ?」
「圧倒的強者を前にして、卑屈もくそもあるかよ!」
と、セシルの評価が爆上げなのか爆下げなのかよくわからなくなっていた頃、当のセシルは絶望していた。
トイレである。
『黄金の止まり木亭』にひとつしかない、全室共用の便所。もちろん食堂のトイレもここを使う。
それは、かろうじてレンガに覆われた個室であったが、扉はなかった。通路から丸見え。
床には穴があけられているだけだ。その左右に踏板が敷かれているのは、穴との距離を多少稼ぐためか。
いわゆるぽっとんトイレである。汲み取り式トイレなど見たことのないセシルにとっては気を失いそうなくらい原始的なトイレだ。
しかも、どこを見てもトイレットペーパーやちり紙の類がない。手を洗う場所もない。
この世界、拭かないし洗わないの!?
恐る恐る下をのぞくと、どうやら浄化槽などはないようだ。そのままブツを穴に落として貯めるだけ。
大量の汚物の中で何やら指くらいの大きさの白いものが多数蠢いている。
蛆だ。かなりでかい。
これは、バイオだエコだなどという高尚なものでは決してない。
糞にたかる蛆虫。夏が来ればデカいハエになって飛び回るんだろう。してみると今は季節は春か? そういえば、暑くもなく寒くもない。ってそんなことを考えている場合じゃない。
おなかは急激に熱くなってきている。出さないわけにはいかないが、ここで下半身をすっぽんぽんにして用を足すなんて、ンなこと出来るか~!
くっそう(シャレじゃない)! こうなりゃ!
さっきも出来た。ここで出来ないはずがない!
(きれいな洋式温水洗浄便座! 出ろ! ついでに個室も抗菌防臭素材で! そんでもってドア付きで! トイレットペーパーとタオルも! トイレットペーパーはエンボスのダブルロール、タオルはホテルクオリティで!)
めきめきめきとレンガの個室が変形し、みるみる素材が変換され、落ち着いたブラウンの室内に見慣れた洋式便座が出現した。ちゃんと扉もある。内側から鍵も掛かる。
(よし!)
さっそく便座に座ると、セシルはおなかの中のものを解放した。描写は割愛。
お尻マークのボタンを押すが、何も起こらない。ノズルが出てくる気配もない。
(あ、電気と水!)
便座だけあっても、電気もなければ水道も繋がっていないのだから、動かないのは当たり前だった。
(うーん、取り急ぎ蓄電池繋いで、タンク一杯に水溜まれ!)
ウィーンというファンの駆動音がして、LEDガイドランプがついた。
ちゅー。しゅしゅしゅしゅ。
ムーブモードでノズルが動く。これよこれ。お尻だって洗ってほしいもんね。
すっきりして水を流して手を洗おうとするが、水はタンクの中にしかないので蛇口からは出てこない。
(ええい、水どっかから直接持ってこい!)
すると、水が出るようになった。安直な指示でも何とかなるようだ。謎パワーである。
(じゃあ、電気もどっかから供給する! 溜まったブツも人の邪魔にならないところへ捨てる!)
これでトイレ問題は解決である。と、この時セシルは思っていた。タオルで手を拭いて鼻歌交じりに出てくる。
もちろん電気も水も汚水も、無から生まれるわけではなく、無に戻るわけでもなく。
別の場所に大きな影響を与えているのだが、それをセシルが知るのはまだ先のことである。
その後で用足しに行ったミーシャちゃんが「ぎゃーっ!」と絶叫し、大騒ぎになったが、使い方をセシルが説明すると、今度はトイレに長い列が出来た。
トイレットペーパーがあっという間になくなり、タオルがぐしょぬれになったので、セシルは予備ロールを3ダースほどと、替えのタオルを6枚ほど生み出す羽目になった。
(いつの間に宿泊客まで並んでいるのよ! え、ふかふかタオル個人的に欲しい? あ、これ商売になるかも!)