第39話 ギフト復活
夕食後、セシルは明日に備え早めに切り上げ休むことにした。さっきまでも寝ていたが、それはそれ。
艦長室に戻る時にゴズデズの拘束を解いた。わざわざセンサーコントロールフロアまで行ったわけではない。タブレットの操作で拘束ネットを床に固定しているアンカーを解除しただけである。
やがて食堂にエレベータで上がってきたゴズデズは、ネットでぐるぐる巻きになったままだった。自分では解けないので、ダガルたちハンターに解いてもらっていた。実に情けない姿であった。
セシルは艦長室のバスに浸かってリラックスすると、窓のブラインドシャッターを降ろしパジャマでベッドに横たわった。
艦長室は三層になっており、エレベータから降りた最上階は展望窓と操舵装置、デスクや収納ベッドなどがあるが、床下に降りる階段が隅に設けられていて、直下階がトイレとドレッサールーム、そのさらに下がバスルームになっている。この階には艦外に出るハッチも用意されている。
(明日は大魔王を説得する本番。今夜のうちにラルシオーグがうまく大魔王に話を通していてくれればいいのだけど)
ラルシオーグの喰いつきはよかった。期待は出来る。
それに、セシルの最終目的は悦郎を取り戻すことだ。仮に大魔王との協力関係がうまくまとまらなくても、別の方法を考えればいい。
(うん。自然体でいこう)
やがてセシルは眠りに落ちた。
夜が明けた。ビュッフェスタイルの朝食を早めに取り、セシル、シュバル、アラデの3人は格納庫に向かった。
大魔王との直接面談である。
ドローンで魔王城のバルコニーに着いたのは7時55分だ。5分前集合は基本である。
はたして、ドローンの到着を待っていたように奥からラルシオーグが姿を現した。
「おはようございます。ラルシオーグさん」
「おはようございます。セシル様。昨日戴いた『しゃあべっと』は大層おいしゅうございましたわ」
「そうですか。大魔王も食べられたのかしら?」
「ええ、もちろん。一口めは少し頭が痛かったようですが、すぐ慣れられてパクパクと」
「それは良かった」
「あのようなおやつを作り出せる人族の文化に感心致しました」
魔族の食文化はかなり貧しいようだ。果物を凍らせただけのシャーベットにこの反応。次はチョコレートケーキでも作ってみようかとセシルは思った。
「ラルシオーグ様、ところで大魔王様のお加減はいかがですか?」
シュバルが尋ねた。いよいよ本題である。
「大事を取ってお休みいただきましたが、『しゃあべっと』も食せるぐらいに回復されました。今お呼びいたします」
そこで一旦喋るのをやめ、ラルシオーグは息を大きく吸った。
「だ・い・ま・お~・ヴュ・オ・ル・ズ・さ・ま~、お・な・り~」
大声が轟き、バルコニーが震えた。美女ラルシオーグの突然の奇声にセシルもシュバルも驚いた。アラデだけは平然としていた。下位の魔族が上位者を呼び出す時はこんな風、と知っていたのだろう。
「うむ」
奥からヴュオルズが現れた。回復したというのは確かなようで、体の周囲に揺らぎが立ち上っている。覇者のオーラだ。
「大魔王ヴュオルズ様。拝謁に賜り恐悦至極でございます」
シュバルが慇懃に立礼した。
「貴様はシュバルトリウスだな。ラルシオーグから聞いておる。それにセシル、嵐龍。よく来た」
おっ、なんか歓待ムードね。シャーベット効果かな? とセシルは思い、ヴュオルズに近寄った。
「体は大丈夫そうね。大魔王」
「うむ。貴様の回復はなかなか大したものだ。セシル」
「褒めてもらってありがとう」
「だが貴様は東方の魔人の係累。我の敵だ。敵を治すとは人間はどうにも甘い。まるで昨夜の『しゃあべっと』のようだ」
「シャーベット、気に入ったのね」
「ぐっ。まああれは、その、悪くない……」
ツンデレかよ! セシルは心で突っ込んだ。
「大魔王様。その東方の魔人に対抗する方法について、お話しさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
シュバルが挙手をする。何となく学校のホームルームみたいになってきたわねとセシルは感じた。
「うむ。ラルシオーグから聞いている。何やらいろいろ知っているそうだな、シュバルトリウス」
「あのー、シュバルさんでお願いします」
「シュバルサーン? 真名を変化させるにはなにかのまじないか、セシル? まあよい。で、シュバルサーン、話してみよ」
「まず今の東方の魔人は何者かに乗っ取られています。我々はその何者かを仮に『憑依者』と呼んでいます。心を乗っ取り操る者にご記憶はありませんか?」
「精神支配が得意な魔族は多い。だが、相手が強力であればあるほど支配は難しい。我を精神支配出来るような魔族はおらぬ。故に、東方の魔人を支配できるような者に心当たりはない」
「なるほど。承知しました。『憑依者』は魔族以外の何物かである。ということであれば魔人会社の社長であられる大魔王様もためらうことなく『憑依者』と戦うことが出来ますね」
「仮に魔族であっても我にためらいはない。東方の魔人が倒すべき敵であることはいささかも揺るがぬ」
「大魔王様のご決意に安心しました。続いてですが、大魔王様はギフテッドでいらっしゃいますね」
「うむ」
軽っ!
セシルはまた心の中で突っ込んだ。
そんなあっさり認めて良いものだったの!? ギフテッド!!
「実はセシルと東方の魔人もギフテッドでございます」
「やはりか。東方の魔人の『破壊』の力と、セシルの異常な治癒力。あれらはギフトではないかと我も感じていた」
「つまりこれは、3人のギフテッドの争いです。ギフトに勝てるのはギフトだけでございます」
「ふむ。面白いことを言うな。ギフテッドであれば、魔人と人族の差はないと申すか」
「それは大魔王様ご自身がよくご存じではないかと」
「くだらぬことを。シュバルサーンとやら、貴様は我を試しておるのか」
「滅相もございません。大魔王様もお認めではありませんか。先ほどの精神支配の件でも、東方の魔人が大魔王様に匹敵するからこその『故に』でございましょう。私はただ真実を述べておるだけでございます。そして東方の魔人のギフトは『破壊』のみではございません」
「なに?」
シュバルを胡乱気に見ていた大魔王が急に真顔になった。
喰いついてきた、とみたシュバルはすかさず言葉を紡ぐ。
「『簒奪』」
「破壊するのみではなく、ギフトを奪うというか」
「はい。証拠は今のセシルです」
「この女のギフトは東方の魔人に奪われたのだな」
「おっしゃるとおりです」
「ラルシオーグ!」
大魔王はラルシオーグをセシルの前に立たせた。
「大魔王様、あたくしは何をすればよいのでしょうか?」
「セシルと戦ってみせよ。ギフトに勝てるのはギフトだけだという。ラルシオーグが勝てば、ギフトがないことがそれではっきりするであろう」
「いや死ぬからマジで!」
セシルが叫んだ。
そしてラルシオーグは大魔王の命令を実行できずに固まった。もしセシルにギフトがあれば、ラルシオーグは昨日同様完全敗北。ギフトがなければセシルを殺してしまう。そうなると人族との共闘は決裂だ。なによりしゃあべっとが食べられなくなる。どっちにしてもいいことがない。
「わたしが今ただの人間になってるのは本当よ。伝えたいのはそれがうそかほんとかではなく、『簒奪』は大魔王のギフトも奪う。けれど、それに対抗できる手段があるってことなの!」
「なんだと」
「大魔王、あなた、わたしの『再生』をコピー出来ているわよね」
「なに? そういえば、そうだ。なるほど、昨日貴様から『再生』を受けた故か」
「ギフトを感じるでしょ? 大魔王」
「ラルシオーグ、やはりセシルと戦え」
「なんでそうなるのよ!」
「腕の1本ぐらいちぎらぬと我の中にある力が『再生』のギフトかどうかわからぬ」
「昨日に続き今日も腕壊したくないわよ! 対抗できる手段を言うから! 再生持ちが二人いれば仮に片方が『簒奪』されてもすぐ互いにギフトを再生できるでしょ!」
大魔王が目を見開いた。
彼の脳内では集中線にがーんという擬音がでかでかと躍っていた。
「おまけもあげるわ。わたしのもうひとつのギフトをコピーさせてあげる。それで東方の魔人に勝てるはずだから、四の五の言わずに私に再生を掛けて!」
「大魔王様、いかがいたしましょう?」
「セシル、貴様のもう一つのギフトとは『創造』か?」
ヴュオルズは、どうしたものかと未だもじもじしているラルシオーグを無視してセシルに語り掛けた。
「そうよ。でもなぜそれを知っているの?」
「『創造』と『再生』。それは神の『天地創造』と『不老不死』より生まれた小さな種だ。選ばれし神の子にのみ与えられる祝福である」
「魔族にも神の言葉が伝わっているのですか!?」
今度はシュバルが眼を剥いた。人族と同じ伝承が魔族にもあるとは完全に想定外である。
「当たり前だ。我々魔族も神に作られしものである。我も所詮は2万年程度の記憶しかない若輩者だが、魔族の中には神々の時代を覚えている者もおる」
「若輩者……。時間に関する概念が人族とはかなり異なるようですが、なるほど、魔族は死んでもまたいつか復活します。アラデに聞いたところでは魔族は脱皮などの節目で記憶がリセットされるそうですが、中には記憶を保持して復活することもあるということですね。もしかすると、我々人族よりも過去の時代を正確に伝えているのかもしれませんね」
「人族の伝承は我は知らぬ。比較は出来ぬ」
「ごもっともでございます」
これはもの凄い情報を得たと心の奥でほくそ笑むシュバルであった。過去を記憶している魔族の知識には大聖会や教典がひっくり返る新発見があるかもしれない。
「その『創造』と『再生』を、東方の魔人が奪ったということか」
「そうよ。そしてわたしを再生してくれれば、大魔王、貴方にも『再生』だけじゃなく、『創造』のギフトも与えるわ」
「東方の魔人が『破壊』と『簒奪』に加え『創造』と『再生』をも得たとすれば、恐るべきことである。その対抗手段として我に神の子の祝福を与えるというのか! セシル、貴様が!」
「神の子とかそんな大層な気持ちはないけど、結構有効だと思うわ」
「わかった。だが、一見健全な貴様に『再生』を掛けるのはなにかこう、やりにくい」
「え?」
「ラルシオーグ、やはりセシルの腕を折れ」
「えー!」
「御意」
「御意じゃないわよ! やめてよラルシオーグ! もーシャーベットあげないわよ! もっと美味しいものもあげない!」
「それは困ります。けれど、大魔王様のご命令ですので」
「ちょ! マジで痛いから! せめて指1本に!」
「では指1本で」
「えー!! やっぱやだー!」
「エルフ姫、ここは我慢だ」
「うん、指1本ですむなら仕方ないっすね」
「シュバルさん! アラデ! この裏切り者! 痛さを分散できないからマジ痛いんだから!」
「はい捕まえました。では」
「ぎゃあああああああ!!!!!」
ぼきり。
セシルの右中指がラルシオーグによって無残にもへし折られた。
数分後。
「あー痛かった」
セシルはバルコニーにあぐら座りして右中指を舐めながら不貞腐れていた。
そのそばにはぼこぼこに殴られたアラデとラルシオーグが転がっていた。
二人とも顔が腫れあがり、美少女、美女が台無しである。
大魔王ビュオルズとシュバルは引きつった笑みを顔に貼り付けて立っていた。
((マジ切れセシルマジ怖え―))
二人の思いは完全に一致していた。
中指を折られたセシルにヴュオルズが『再生』を施した。それはセシルから見れば不完全な高次空間操作であったが、しかしそれで十分であった。
0でさえなければ、たとえ万分の1、億分の1であっても可能性を手繰り寄せられる。
高次空間のアクセスに成功したセシルは、あらゆる平行世界にアクセスし、完全なギフトを蘇らせた。
『創造』と『再生』。
セシルのギフトは完全復活した。
それはそれでよかったのだが、痛いのはホントに痛かったのである。
さすがに大魔王やシュバルに怒りの矛先を向けるわけにはいかず、ラルシオーグとアラデが尊い犠牲になったのであった。
「大魔王!」
「はっ、ひゃい!」
ヴュオルズは噛んだ。しかしそれを笑えるものがこの場にいようか。いやいない。
「創造のギフトを与えるわ。貴方は今、何を作り出したい?」
「何を?」
ヴュオルズは一瞬悩み、そして顔面を腫れあがらせて床に倒れているラルシオーグに目をやった。
「ふむ。『しゃあべっと』」
「わかったわ。創造!」
ヴュオルズの思いを経由して創造を行った。
ラルシオーグの上の空間に大量のシャーベットが出現し当然ながら重力に引かれて落ちた。
「ふぎゃ!」
シャーベットに全身を押しつぶされたラルシオーグがくぐもった悲鳴を上げた。そして起き上がる。
顔の腫れが一瞬で引いていた。
「これは! しゃあべっとがもったいなく!」
「いや、それは問題ではない。貴様の顔が余りにも腫れていたのでな。許せラルシオーグ」
「これは大魔王様、勿体なきお言葉。セシル様とのお話はうまくいったのでございましょうか」
「うむ。まだ馴染んではいないが、出来そうである」
そうヴュオルズが言うと、ガラス皿に盛りつけたシャーベットがラルシオーグの前に現れた。
「これは!」
「セシルに与えられた『創造』の力である。その……、良き力であろう?」
「はい! さすがは大魔王様でございます!」
ガラス皿を手にして、満面の笑みを浮かべるラルシオーグにちょっと照れる大魔王であった。
え、ちょっと待って。なにを見せられているの、わたし?
若干引き気味のセシルであった。
これにて年内投稿は終了です。また来年お会いしましょう!
2021年が良い年になりますように。




