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第37話 謎の声

「ご飯食べたら眠くなっちゃった。ちょっと仮眠してくるね」


 時差ボケがまだ続いているのか、それともギフトを失って疲れやすくなったのか、我慢できないほどの眠気に襲われたセシルはアレー王女にそう言うと屋上展望室の奥にあるエレベーターに向かった。

 アレー王女に断ったのは、もちろん依頼主であるからである。


「お姉さま。その、お体大丈夫ですか?」

「眠いだけだから。心配ないわ」


 能力を奪われたセシルを案じているのはアレー王女だけではないが、王女は殊更気に病んでいた。無敵に思えたセシルがヴュオルズに片手を砕かれ、東方の魔人には能力(ちから)を盗まれた。

 しかも今や『ただの人』なのに、魔王との交渉の矢面に立たざるを得ない。

 自分の依頼のせいでセシルを窮地に追いやっている。

 王女はその負い目を感じていた。


 お姉さま……。


 エレベーターの扉が閉まっても、王女はしばらくその扉を見つめたままじっとしていた。


 エレベーターの最上階は艦長室に直結している。許可なしでは入れない区画で、セシルはセキュリティロックをパターンで解除して扉を開けた。

 艦長室は短いピラーの上にある涙滴型のドームになっており、ガラス窓がぐるりとラウンドし視界が大きく開けている。前方下はプリンセス・アレー号の艦体前半部が視認出来、すぐ真下に展望食堂の天窓が見える。

 セシルは扉横の壁の一部を前に倒した。壁面収納式のベッドになっているのだ。90度横になるのと連動して前足が起き上がり、床の固定具と噛み合う。ブランケット類はベッドの跳ね上げ時に隠れていたボックス収納に入っているので、それも引っ張り出す。

 そしてタブレットを操作し窓全体を暗くする。ガラスにサンドイッチされた液晶を変化させ、透過する光量を調節出来るのだ。液晶テレビの遮光と同じ仕組みである。


 薄暗くなったところで、龍布の服を脱ぎ、下着姿でベッドに潜り込む。とにかく眠い。脳に酸素が足りない。


 そもそも異世界転移してから今まで、ハイテンションで突っ走り過ぎね、とセシルは反省する。

 いきなりトカゲだったし、鬼と力比べやらトイレやらホテルライクに改造やら。そしてハンターになってモンスター討伐。ギフテッドだと教えられドローン飛ばして発電所造ったと思えば王女様の依頼で目指せ魔大陸。空中艦プリンセス・アレー号造って嵐龍アラデと戦って大魔王と戦ってようやくえっちゃんと再会したと思ったら肝心のえっちゃんは『憑依者』に操られてておまけにギフト奪われて、イマココ。


 そりゃ疲れるよねえ。


 ギフトにより、平行世界の何人ものわたしで負担を分担してたから維持出来ていただけよね。

 素だとこんなものよね、わたし。


 そもそも、パパとミサママが死んで、まだ10日。

 ようやく、学校に行かなきゃって気になったところだったわ。

 そういえば、あの時……。


(わたしも、逃げたいな……)


 あんなことを考えたから、こんな異世界に来ちゃったのかしら?

 いやいやいや、そんなことないでしょ。それだけで異世界転移出来たら誰も苦労しないよね。


 いけない。ネガティブになってるわ、わたし。


 とりあえず、寝よう。

 睡眠不足はお肌の大敵! それにいざという時動けない!


 目をつむって丸くなる。


 やがてセシルは小さな寝息を立て始めた。



◇◇◇◇


 そこは、灰色の厚い靄が充満した部屋だった。


 セシルは自分が眠っていることを自覚していたが、同時にその部屋もはっきり見ていた。


(明晰夢?)


 靄の濃淡が揺らめき、何かのおぼろな影が浮かんだ。


(誰かいる?)


 影は、水面に浮かんだ墨のように形を微妙に変え、ちぎれ、またくっつき、はっきりとした形を取らないものの、全体として人の姿に見えた。


 どうやら、髪の長い女性のシルエットのようだ。


(あなたは、誰?)


 セシル自身はこの部屋にはいない。外から部屋を覗いているような感じだが、このような第三者視点の夢はよく見る。だから、その女性の影に近寄ることは出来なかった。目を凝らしても姿がなぜかぼやける。


(……セシル……)


 影がつぶやいた。

 水中での会話のような、ひどくこもって響く女性の声だ。けれど、聞き覚えがある。ように思える。


(誰? あなたは誰?)

(……セシル、『神』に気を付けなさい……)

(『神』!?)

(……『神』を名乗るモノに……)

(何? どういうこと? あなたは誰?)


 その声は、なぜかとても懐かしく思えて。


 しかし、それっきり声は聞こえなくなり、人の影も靄に溶けるように消えて形がなくなった。

 やがて部屋自体もフェードアウトして視界から消えた。



◇◇◇◇


 目が覚めた。

 タブレットの時計を確認する。午後4時32分。

 結構寝ていた。頭はもうすっきりしていた。


 またコスプレ風の龍布の服を着て、窓を明るくする。まだ随分明るい。高緯度地帯なので、あと1時間足らずですとんと真っ暗になるだろうが。


 夢のことは覚えていた。


 ……『神』を名乗るモノに気を付けろ。


 どういう意味なんだろう。


 素直に考えると、あのどこか懐かしい女性がわたしやえっちゃんをこの異世界に召喚し、まだ現れていない『神』を名乗るモノが敵ということになる。のかな?


 えっちゃんを操っている『憑依者』こそが女性のいう『神』?

 それが倒すべき敵?


 でも、だとすれば、気を付けろと今頃言われても、もうえっちゃん乗っ取られてるし。ギフトも盗まれたし。

 あの女の人、出てくるの遅くない?


 それとも、これからもっと別の敵が登場するのかなあ?

 ラスボス?


 まあ、タダの夢ってこともあるわね。ギフトはないしえっちゃんはアレだし、わたし不安を感じてる? 気が弱くなってる?


 うーん。逆境には強い方だと思ってたんだけど。

 お葬式では泣いちゃうし。

 ダーメなわたし……。


 そんなことをぶつぶつと考えつつも、セシルはベッドを跳ね上げて壁に収納し、エレベーターを呼ぶ。艦長室内から操作したのでセキュリティチェックなしで扉が開く。


 展望食堂で降りると、アラデが一人でゼリーを食べていた。別のテーブルでマークスとコレクトが何か話している。それ以外のメンバーはいない。


「セシル様。起きたっすか。今日のゼリーは甘酸っぱくてうまいっすよ!」


 柑橘系の果物を使ったのだろう。セシルはまだこの世界の果物に詳しくないので、何のゼリーかはわからなかった。


「あんた、いつもなんか食べてるよね」

「健康第一っす!」

「太るわよ……。みんなは? 変わったことはなかった?」


 今どこにいるかはタブレットで位置情報を見たらわかるが、寝てる間に何かあったかという意味で聞いてみる。


「ハンターたちは昼飯の後自分たちも寝るって言って出ていったっす。王女はしばらくシュバルさんと話してましたが、ガリウズと一緒に出ていきましたから、今は自室じゃないっすか。シュバルさんとアントロは下部展望室(した)で打ち合わせみたいっす。明日が本番だとか話してましたし。で、マークスとコレクトはあそこに」

「アラデはずっとここに?」

「外に出てもいいんすか?」

「あ、そうか、『プリンセス・アレー号(ここ)で待ってて』命令まだ生きてるのね」

「ひどっ! 忘れてたっすね!」

「ごめんごめん。でも、まあそうか。明日の大魔王との話し合いがうまくいくまではあんまり勝手な行動されると困るか。待機で正解かもね」

「ちぇ。でもセシル様、だいぶ元気になったみたいっすね。ゼリー食べます?」


 アラデはまだ3つもゼリーの皿を確保していた。一体何皿食べたのかはわからないが、ゼリーの量産には着々と成功しているようである。黄金の止まり木亭。


「ありがとう。でも晩御飯近いしやめとくわ。……そんなにしんどそうだった?」

「うん。東方の魔人が消えてからこっち急に疲れてるように思えたっすけど、今はそうでもないように見えるっす。でも、さっきまで王女様がめっちゃ心配してシュバルさんに文句言ってたっすよ」

「そうなの?」

「シェゼン隊長やラルシオーグはまだセシル様の超パワーがなくなってることを知らないっすから格上相手の態度でしたが、大魔王ヴュオルズはそもそも自分の方がセシル様より上だと思ってるっすからね。そりゃフツーに危険っす」

「そりゃそうだけど、だからこそ()()作戦でしょ」

「でも結構危ない賭けっすよね」

「ヴュオルズはとにかくえっちゃんを倒したい。私のことは二の次。だから、作戦はうまくいくと思うけど」

「その点には同意っす。でも能力が奪われてることをばらした時が一番ヤバいっすからねえ」

「でも、それをヴュオルズに伝えることが前提だもん」

「だから賭けなんす。あたしは八割方大丈夫だと思ってるっすが、賭けは賭けっすからね」

「ダメだったら、その時は運がなかったとあきらめるわ」

「それ、王女様の前でゼッタイ言っちゃダメっす! 100パー大丈夫って言わないと、マジ作戦中止命令出されるっすよ! さっきもそんな勢いだったのを、シュバルさんがようやくなだめたんすから」

「ええ……。そうなんだ」


 たしかに依頼人にである王女に中止命令を出されたらクエスト終了ね。


「そっか。わたしがしっかりしてないから、シュバルさんにも迷惑かけちゃったわね」

「でもなんかすっきりした感じっすから、今のセシル様。その顔色なら、アレー王女も安心すると思うっす!」

「そうかな? なら、晩御飯の時にでもアレー王女に声を掛けてみるわ」

「それがいいっす! ゼリーあげましょか?」

「だから要らないって」


 あははと笑い合い、セシルはエレベーターに向かった。

 食事前に、下部展望室にいるというシュバルに会うことにした。


 セシル一人で乗ったエレベーターが居住ブロックで停まった。

 扉が開き、乗り込んできたのはゴズデズだった。


「おや、護衛もなしでこんな密室にひとりきりとは豪気だなゴズ。ただの人」

「あらゴズデズ。この艦の中で警戒することなんかあったかしら?」

「相変わらず強気なメスだゴズ。実にそそるゴズ」


 扉が閉まり、エレベーターが再び下降を始める。ゴズデズが展望室の一つ上、SCCと書かれたボタンを押していた。下部ブリッジピラーの基部にある各種センサーのコントロールルームがある階である。

 当然ながらゴズデズが何か用のあるフロアとは思えない。


「そんなとこに停めて、どうする気?」

「知らねえが、誰もいない場所だろゴズ。このチャンスを逃すわけがねえゴズ」


 扉が開いた。常夜灯がついているだけの暗いフロアである。ゴズデズはセシルの腕を引っ張り外に連れ出そうとした。


「はい、有罪(ギルティ)


 ワイヤーネットがエレベーターホールの床から飛び出し、ゴズデズの巨体を絡めとった。炸薬で音速で飛び出る不審者排除装置だ。ゴズデズがエレベーターに乗ってきた時に、念のためセシルがタブレットで起動させていたセキュリティのひとつである。

 リールでぎりぎりと巻き取られ、ゴズデズはぎゅうぎゅうに締め付けられ、エレベーター外に引きずり出された。


「おっおい、こりゃなんだゴズ!」

「艦内に警備システムがないとでも? ちょうどいいわ、そこでしばらく反省しなさい」

「おっ、おい、こんな真っ暗なとこで放置ゴズか! ちょ待てゴズ」


 わめくゴズデズを無視して、ぷしゅーんと扉が閉まった。

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