第36話 秘書対商人
「ラルシオーグさん、さっきぶり!」
シェゼン隊長に対してと同じ挨拶をするセシルである。事実別れて1時間程度しか経っていないからそのとおりなのではあるが。
「セシル様、東方の魔人を退けていただき、感謝いたします。それに、バズガドとウィーダの復活、大魔王はじめ一同の治癒と、どのようにお礼を申し上げれば良いのか。本当にありがとうございます」
「いえいえ、そもそもえっちゃんがご迷惑をお掛けしたせいなので」
「エッチャーン?」
「あっ、東方の魔人のことです」
「東方の魔人は自分のことを撃滅のエツロウと名乗っていたように記憶していますが」
「悦朗だからえっちゃんです」
「ああ、なるほど。エツロウだからエッチャーンですね。了解しました」
ラルシオーグのイントネーションが微妙に変なのだが、セシルは気にせず話を進めることにした。
「で、さっそくなんですが、えっちゃんはまたここに現れます。大魔王を倒すために」
「それは大魔王様も望むところです。エッチャーンとの決着を付けねばなりません」
「えっちゃんは、先ほどの戦いよりさらに強くなりました。大魔王は勝てますか?」
「大魔王様もさらに強くなります。大魔王様は大魔王様なのですから」
出たよこの世界の謎理論。
「えっちゃんから模倣した『破壊』の能力はさっきの戦いで失われたのに、ですか?」
「なぜそのことを!」
セシルの指摘に、背景に大きくガーンと書き文字が浮かび、ラルシオーグが白く固まったように見えた。
恐ろしい子! とは言わなかったが。
「いや、大魔王自身がガッツリそう言ってたじゃないですか」
「そうなのですか!?」
その時ラルシオーグは気絶していた。
そして大魔王は『ギフトで得た力を破壊するとは』と言っただけである。
ギフトや『模倣』、『破壊』について詳しくないものには意味が分からない。
「そしてえっちゃんの能力は『破壊』だけじゃない。能力を奪うことも出来るんです。模倣の能力が奪われたら、それでも大魔王は勝てますか?」
「それは本当ですか! なんということでしょう……!!」
「ラルシオーグ様」
シュバルが一歩前に出た。
「貴方一体誰?」
どこぞの中古車センターのCMのようなセリフをラルシオーグが言った。なまじ姿が妖艶なのでシャレにならない。
が、そんなことを知っているのはセシルだけなのでシュバルは淡々と話を進める。
「申し遅れました。私はシュバルトリウスと申します。セシルのチームの一員です」
「チームですか。ではセシル様がチームリーダー?」
「いえ、我々はあなた方のような会社ではありません。目的を同じくする小集団で、上位下位はありません。ゆえに、雇い主はいてもリーダーはおりません。チームで話し合って決めます」
「なるほど。そういう関係性というものが人族にはあるのですね。後ろにいるアラディマンダーもチームの一員ということですか?」
「さすがは大魔王の秘書様。お詳しい。アラデをご存じとは」
「名前だけですけれども。時々この上空を飛んで雨を降らせていますね。でも、アラデって? エッチャーンみたいに名前を崩すのが人族では流行なのですか?」
「いや、単に長いので……」
「危うくアラにされかけたっす!」
「じゃああたくしはラルかしら? それともオーグ? でセシル様はセ?」
「それは略しすぎで却って分かりにくそうですね。でも、私はシュバルでいいですよ」
「ではシュバル。アラデは魔族なのに、なぜ人族のチームに入っているのですか?」
「あのー、ラルシオーグさん、シュバルさんでお願いします」
セシルがひきつった笑いを浮かべてそう言うと、ラルシオーグはすぐに訂正した。
「あっ、はいっ。シュバルさん」
「私はシュバルで構わないのですが。まあ、それはさておき。確かにアラデは魔族ですが、我々のチームの一員です。お互いの得手不得手を埋め合い、そして結果を出してお互い利益を得ます。これが『協力』という関係です。協力によって双方得、つまりウィンウィンとなります。アラデと我々のように、人族も魔族も関係なく、協力し合えるのです」
「協力……。ウィンウィン……?」
「そのとおりっす! あたしには要らない毛や抜け殻が人間には価値があって、いっぱい買い取って貰ったっす。だからあたし今お金持ちっす。人間の街で買い物し放題っす」
「人族の街で買い物し放題……?」
「おおそうだ、忘れておりました。手土産をお持ちしていたのに、すっかりお渡しするのが遅くなってしまいました。お近づきのしるしにどうぞ」
シュバルはアイスボックスをドローンから持ってきた。激安で龍布と龍皮を買い取ったことはスルーする。
「これは?」
「我々人族のおやつ、シャーベットでございます」
「色のついた氷のようですね」
「ただの氷ではありません」
「毒見が必要ならあたしがするっすよ!」
「いえ、セシル様のチームからの贈り物なら、毒見は結構です」
「そのボックスから出すとすぐ溶けちゃうんで、すぐ食べる方がいいっすよ!」
ボックスの中には12個のグラスに小分けされた小さなシャーベットが入っていた。
「ではひとついただいてみましょうか」
ラルシオーグはグラスを一つ取り出し、立ったまま中身をごくんと口に入れた。
「んっ!」
「どうっすか! あたしも最初食べた時は驚いたっす! キーーンと来るけど旨くて病みつきっす!」
「これは、果物ですね。凍らせて削っただけでこんなに美味しいとは!」
「ただ凍らしただけじゃなくてシロップなども加えてあるのよ」
「どうっす? 人族の街に行けばこんなもの買えるんっすよ。それに服も、アクセサリーも! いっぱい!」
嘘である。シャーベットはまだ黄金の止まり木亭にしかない。そもそも冷凍技術がない。
だが、料理の文化はある。ファッションも田舎のエルベットではあれだが、都会に行けば。
「なるほど。そういわれてみれば、セシル様やアラデの服装はなんというか、新しい感じがしますね」
アラデはともかくわたしのはコスプレ感満載だけどね。
とセシルは内心思うがもちろん顔には出さない。
そしてラルシオーグの服は古いとか新しいとかいう次元ではない。
エロい。ひたすらエロい。
わたしはともかく、男性のシュバルさんがこんな女性を目の前にして平然としているのは凄い。さすが商人。さすが大人。さすがシュバルさん。
素直に感心するセシルであった。
「つまり人族のお金を持っていれば人族のモノが買えるということをいいたいのですね」
「いや、それももちろんですが、それよりも、人族と魔族は協力し合えるということです」
「協力……」
今までの会話の流れから、ラルシオーグは人間に近い感覚、感情を持っているとシュバルは思った。
そもそもセシルに対し感謝や謝罪が出来ている。
協力という概念が伝わらなくても、互いの穴を埋め合い共に利益を得る、ということは理解出来るはずだ。
シュバルは確信した。
「そして我々のチームと大魔王様の魔人会社が協力すれば、東方の魔人を打ち破ることが可能です。ぜひ大魔王様にこのことをお取次ぎいただきたいのです」
「ちょっと待ってください。セシル様はエッチャーンのご家族だったのでは? エッチャーンを殺してしまってもいいのですか?」
「今のエッチャーン、違う、えっちゃんは体を乗っ取られています。えっちゃんを操っている『憑依者』。正体はわかりませんが、そいつを退治したいのはわたしも一緒です。本物のえっちゃんを取り戻したいのです」
「エッチャーンが操られている!?」
ラルシオーグがまたガーンという擬音が聞こえるような表情で固まった。
「突然多くのことをお伝えして混乱されておられると思いますが、続きはぜひ大魔王様もご一緒に話をさせていただければと存じます」
シュバルがここぞとばかりぐいぐい押す。
が、ラルシオーグは目を伏せた。
「申し訳ありませんが、大魔王様は既にお休みになられました。治癒は頂きましたが、前回の戦いからの疲労がたまっておられたのです。大魔王様とのご面会はお約束致しますが、明日改めてでお願い出来ませんか」
「そうですか。それはやむを得ません。大魔王様が早くご回復されお目にかかれることを願います。ただ、東方の魔人はいつ来るかわかりません。明日のなるべく早い時間がよろしいかと」
「朝食後の朝8時ではいかがでしょうか」
「承知致しました。では明日8時にまたここに参ります」
「あっ、シャーベットはアイスボックスの蓋を閉めてれば明日の昼ぐらいまで溶けないっすよ!」
「そう、ありがとう。アラデ」
「ではわたしたちも船に戻ります。また明日」
「セシル様、また明日」
ドローンに3人が乗り、浮かび上がる。
そしてプリンセス・アレー号の格納庫に入るまで、ラルシオーグはバルコニーにずっと立って見送っていた。
◇◇◇◇
「うまくいったみたいっすね!」
「ああ、初手はあんな感じだろう。手ごたえもあった」
アラデたちが今いるのは上部展望食堂だ。昼食を取りながらの会話である。例によって黄金の止まり木亭から瞬間配達だ。
セシルのギフトは失われても、黄金の止まり木亭の厨房と展望食堂の取り出し口を繋いだ空間の穴はそのまま存在している。もちろん無線も繋がっている。
ちなみにアドセットの街は今深夜だ。ミーシャちゃんはぐっすり寝ているので、食堂はおかみさんとおやっさんが深夜残業で頑張っている。
アラデとシュバルだけではなく、全員一緒だ。ばらけて食事を取るとそれだけおかみさんたちの深夜作業時間が伸びる。
ブラック労働ダメゼッタイ。なので、昼食は全員一緒の時間に決めた。
朝食はそもそもビュッフェ形式だし、夕食は向こうも朝なので多少前後しても問題ない。おやつは向こうの昼間、すなわちこちらの夜中に作ったものをこっちの冷凍庫や温蔵庫にストックしている。
「けど、明日の朝まで寝てるとは、大魔王って寝坊助なのダガ。意外と軟弱なんじゃねーダガ?」
「いや、恐らくそうではあるまい。ラルシオーグは、我々の提案について大魔王と協議する時間が欲しかったんだろう。魔族のメンタリティにはない提案だったからね」
「シュバルさんの言うとおりっす。協力といわれても、魔族はピンとこないっす。むしろ味方のふりした罠と思う方が普通の考え方っす」
「それにこちらも肝心の、えっちゃんを操っている『憑依者』を倒す方法についてまだ何も説明してないしね」
「ああ、こっちのカードはまだ伏せたままだからね。切り札を見せるのは最後の最後だ」
「それでも、今の情報だけでラルシオーグは喰いついたってことっすよね。シュバルさん」
「うむ。大魔王と東方の魔人の戦力差は歴然だ。そのことをラルシオーグ自身よくわかっている。にもかかわらず勝てる方法があると目の前にぶら下げたのだから、乗ってこないはずはない」
「シャーベット効果もあったかもっす」
「そうだな。アラデの提案で持って行って良かった。あれを大魔王や配下の魔人も食べてくれれば、明日の態度が軟化しているかもしれないな」
「きっと大丈夫っすよ!」
そう言いながら、アラデは3皿目のボアステーキを平らげた。




