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第35話 憑依者(仮)

「東方の魔人が何かに操られていたのではないか、という話が本当なら、決められたセリフを口にするというのもおかしなことではない」


 シュバルが続ける。


「アラデが奈落の(ドラゴンキング)龍王(オブアビス)の呪詛を受けた時も、酔ったようになり理由なく殺意が芽生えたと言っていたね」

「そうっす。あたしの意識はちゃんとあるんだけど、『こいつぜってー殺す!』って考えで頭の中が埋まってたっす」

「ふむ。エルフ姫が抱き着いた時は東方の魔人は普通だったんだね」


 セシルの顔が赤くなる。


「抱き着いた……、って、あれは親愛のハグです!」

「うむ。ハグね、ハグ。で、そのハグの時は東方の魔人は普通だったんだね」


 大事なことなので二度尋ねるシュバル。


「はい、あの反応はいつものえっちゃん……、だったと思います」

「ふむ、するとその時は、というか()()までは、主たる意識はあるが行動や感情の一部が操られている状態だったのだろう。セシルのハグに普通に反応する程度に。アラデがエルフ姫との戦いですぐに正気に戻ったように」

「だけど、()()()わたしの能力を奪った時は、違いました」

「別人のようになっていた、ということだね。エルフ姫」

「別人のように、というか、あれはえっちゃんじゃなかった……、です。人間ですらない、何か別のもの……、に感じました」


 おぞましささえ感じた。あんなの、絶対えっちゃんじゃない!


「エルフ姫の能力を奪い、躊躇なく墜落させた。ぎりぎりアラデが救ったが、間に合わなければ即死だった。たしかに、親しい者に対する行動とは思えないね」

「……はい」

「だとすれば、その何者か……。仮に『憑依者』と呼ぼう。憑依者はなぜこのタイミングで一旦引いたのか。邪魔するエルフ姫は排除できたし、その能力も奪った。大魔王を追撃し殺める絶好のチャンスだったはずだ」

「それは……」

「理由1。東方の魔人イコール憑依者も大魔王との戦いで既に消耗していた」

「そんな感じは全くなかったです。むしろ余裕でした」

「では理由2。エルフ姫を倒して満足した」

「途中までわたしを無視してました。えっちゃんの目的は最初から大魔王でした」

「ふむ、では理由3。憑依者が表に出たことでなんらかの障害が発生した」

「それは、わかりません……」

「まあ、ここまでいくと推理とはいえない、根拠も何もない妄想に近い想像だね。その他に考えられるとしたら、能力を奪ってもすぐには使えないとかかな。体になじませるとか、練習しないといけないとか」

「そうですね。瞬間移動は使えたようですが。元々えっちゃんにその能力があったのかな?」

「いや、それはないだろ。あいつ、床ぶっ壊して出て行ったから」


 マークスが展望室の床を指さす。悦郎があけた穴は、緊急防護壁で塞がっていたが、床材の厚みの分だけ段差が出来ていた。

 再生が使えればすぐに直せるが、当面このままだ。


「そっか。もしかしたらおなかがすいたのかもしれないわね」


 ほのぼのしたセシルの推察にはシュバルも苦笑いだ。


「とにかく憑依者が一時的にせよ退却してくれたのは助かる。おかげで時間が出来た」

「そうですね、シュバルさん」

「あの、撃滅のエツロウ様が姿を現した時の毒はなんだったんでしょう?」


 床の穴の話になったのを幸い、アレー王女がシュバルに尋ねる。さっきから聞きたかったようだ。


「毒?」


 その話は初耳だったので、セシルが驚いた。


「猛烈な臭いで鼻や目がやられたっす!」


 アラデが嫌な顔で説明する。あの強烈さを思い出したのだろう。


「わたくしとチョーキーさんの清浄魔法で事なきを得ましたが……」

「その通りだキー」


 アレー王女の説明にチョーキーもうなづく。


 臭い?


 そういえば、えっちゃん臭くなかったわね。ハルド王国にいた時はメイドさんたちが世話をしていたらしいけど、王国を出てからは……。

 えっちゃんがあの性格でまめに洗濯したり、お風呂に入ってるとは思えない……。


 悦郎は洗濯物をまともにかごに入れることすらしない根っからのずぼらである。

 そして、プリンセス・アレー号の中でふと嗅いだ臭いを思い出し、王女のいう『毒』の正体にピンと来てしまった。


「ど、毒ねえ。邪魔されないように麻痺でもさせるつもりだったのかしらね、あははは……」


 なんかごまかした!

 とその場の全員が気が付いたが、セシルに突っ込む者はいなかった。まあ、大魔王との共闘話などに比べれば些細なことである。


 そしてセシルは、アレー王女らが清浄魔法なんてかけなければ激烈濃縮されたえっちゃん成分が吸収出来たのに! と心底残念に思った。

 こと悦郎に関してはド変態な性癖のセシルであった。


 そして、艦にいた際は存在を破壊していたんだと納得する。だからわたしも、みんなもえっちゃんがいることに気づかなかったんだ。


「続きを話していいかな」


 シュバルが話を打ち切るように言った。彼はあの臭いを思い出したくないらしい。


「はい、お願いします」

「そしてもう一つの理由だ」


 シュバルは東方の魔人に対抗する手段は二つあると言った。まだ二つ目を話していない。


「エルフ姫の奪われた力が取り戻せるかもしれない」

「え?」


 アラデが声を上げるが、セシルは特段驚かなかった。


「シュバルさん、それは……」


 そう。

 セシルの奪われたギフトを復活させる方法はある。セシル自身も既にその可能性に思い至っていた。


 『創造』も『再生』も、原理は同じ高次空間制御だ。

 そして高次空間や亜空間自体は純粋な物理現象としてセシルのギフトとは無関係に存在する。現に今もガザルドナイトの剣が亜空間に収納されたままになっている。

 制御する手段が奪われただけだ。

 高次空間に一瞬でもアクセスさえ出来れば、それを手掛かりに全ての多世界の可能性を手元に引き寄せられる。

 それは仮に『模倣』による劣化コピーであっても、だ。

 高次空間制御に慣れた今のセシルなら本来のギフトの能力全てを取り戻せる。


「それには大魔王の協力が必要不可欠だけどね」


 共闘は説得しやすい。東方の魔人は彼らにとっても倒すべき敵だ。

 だが、協力は……。


 シュバル自身が語ったように、連携とか協力というものが苦手なのが魔族である。そもそもそういう概念を持っていないともいえる。


 だから彼らの社会は()()なのかもしれない。


 指揮命令に基づく垂直分業。軍隊や官僚組織と同じだ。

 共同体(コミュニティ)ではなく機能集団(アソシエーション)


「そのためにはエルフ姫の能力を奪われたことを大魔王に伝えねばならない」

「そりゃダメだろシュバルさん! 大魔王たちはセシルに能力(ちから)があるから手を引いたんだ。タダの人間になってるとばれたら、セシルが無事で済むはずがない! 危険すぎる!」


 マークスが慌てる。


「そうダガ。ゴズデズですら危ない感じだったダガ。魔族や魔王にばらすなんてとんでもないダガ」


 と、ゴズデズを睨みながらダガルも同意する。

 さっきのゴズデズの物言いにはアラデ同様ダガルも思うところがあるようだ。さすが一の舎弟である。


「俺は確認しただけゴズ」


 しれっと答えるゴズデズ。


「マークス様のおっしゃるとおりです。ようやく無事にお帰りになったお姉さまをまた危険にさらすなんて、依頼者として認められません」


 アレー王女も頬を膨らませ抗議する。


「そうっす。なんか強さの基準が狂ってきてる気もするっすが、大魔王は無茶苦茶強いし、その配下の三魔王、三魔将もとんでもないっす。あたしでもやばいっす」


 さらにアラデもシュバルに食って掛かる。


「皆がこういう反応になるのはわかるよ。けれど、いずれにしろ大魔王と交渉はしなくちゃいけない」

「そうですね。シュバルさん。えっちゃんを取り戻すためにも、大魔王を護るためにも、わたしのギ……、能力(ちから)を復活させないと、どうにもならないわ」

「そうだ。それで、こんな手はどうだろうか」


 シュバルはある作戦を語りだした。



◇◇◇◇


 それから約1時間後。


 プリンセス・アレー号の後部ハッチが開き、ドローンが1機、空に飛び出した。

 ゆっくりと魔王城に向かって降りる。

 登場しているのは、セシル、シュバル、アラデの3人。

 セシルがジョイスティックを片手で持って操縦している。


 魔王城のバルコニーにはもう誰もいない。

 勝手に降りていいものかとセシルは少し躊躇したが、思い切って着地した。


 ローターが停まる前に奥から人影、ならぬ魔人影が現れた。


「あら。シェゼン隊長、さっきぶり!」

「おぬしか! 今度は何用か!?」


 力を失ってもあいかわらず軽いノリのセシルである。なお、タブレットを携帯しているので、魔族との会話には不自由しない。


「隊長だけ? 魔都直衛部隊の皆さんは?」

「溺死寸前、全身打撲、胴体貫通、魔力枯渇で治療中だ。今動けるのは(それがし)だけである」

「あらまあ大変」

「どの口が言うか! 某のムラクモ、ミカヅキもへし折りおってからに」

「そっちが話を聞かずに襲って来たからでしょ。隊長さん、武人なんだから負けて文句言わない」

「うむ。確かにそのとおりである!」


 ちょろい。

 魔族、ほんとちょろい。


「で何の用じゃおぬし。……そういえば名はなんと申すか」

「え、ラルシオーグさんとのやり取り聞いてなかったの?」

「某の担当は終わったのですぐに自宅(いえ)に戻ったからな」


 なんという縦割り社会。いや、会社か。


「わたしはセシル。ハンターのセシルだよ」

「ふむ、セシル。で何の用だ。後ろの二人は? 一人は人族、一人は魔族だな」

「彼らはわたしの仲間。ラルシオーグさんに取り次いでほしいの。大魔王に会いたいから」

「大魔王に会えるかどうかは秘書のラルシオーグ殿が判断する。某に出来るのはラルシオーグ殿を呼ぶまでだ」

「じゃ、それでいいわ。頼める?」

「ラルシオーグ殿もおぬしのおかげで休んでおられる。すぐに来るかどうかは保証出来んぞ」

「それでいいわ。けど、なるはやでよろしく」

「承知した」


 シェゼンは奥に引っ込んでいった。()()()()は伝わったようだ。魔族にもそういうニュアンスの言葉があるのだろう。


「ふむ、想像していたより役割分担がはっきりしている組織だね。魔人会社というだけのことはある」

「そうですね。全然融通が利かない気がします」

「融通を利かすってあたしにもよくわからないっすよ?」

「人間と一緒にいたいわがままな魔族に船の個室を与えたりデザートを食べさせたりすることよ」

「うえ、そうなんすかっ。あたし融通利かせてもらってたんすか!?」

「まあ、他人にいっても信用されないと思うけどね。嵐龍と一緒に旅をしたなんて」

「なんでっすかー! あたしらチームじゃないっすかー!」

「そうだな。アラデ。お前は魔族にしては頭が柔らかいのかもしれないな」

「いや、十分堅いっすよ。岩山ぐらいならオデコでがんがん砕きますっす」

「あはは……」


 セシルが苦笑いをしていると、奥から声が聞こえた。


「これはこれはセシル様。お待たせいたしました」


 艶然たる女性型魔人、ラルシオーグが揉み手でもしそうな勢いで姿を現した。

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