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第34話 チーム

 しまったなー。


 スクランブルなバックパックに緊急起動用の物理ボタンか、せめてパラシュートでもつけておくんだった。

 思考制御が出来ればそれで十分だと思ってた。

 思考制御自体に高次空間へのアクセス回路が必須だとは。もうちょっとギフトについて深く調べておくべきだった……。


 ギフトが奪われることがあるなんて。


 わたしの中にはもう『創造』と『再生』の力がどこにも感じられない。

 えっちゃんが最後につぶやいた『簒奪(ロブ)』。


 他人のギフトを奪う力。


 えっちゃんのギフトは『破壊』と『簒奪』だったのね。

 すごい。まるでラスボスみたいな能力。さすがえっちゃんね。かっこいい。


 そしてわたしの『創造』と『再生』とちゃんと対になっている。と思う。えへへ。


 でもあのえっちゃんは。


 えっちゃんの中身は。


 えっちゃんじゃなかった……。よね……。


 走馬灯のように思考が巡る中、セシルの体は重力に引かれ加速しながら落ちていき、あっという間に木々に覆われた地面が迫る。


 まもなく、セシルの体は枝で切り裂かれ、そして地面に激突しサイバーンのように粉々のミンチになるだろう。

 再生能力を失った今、そうなったら二度と復活出来ない。


 セシルの死はコンマ秒以下に迫っていた。


 何か大きな()()がセシルと大地の間を割った。

 セシルの体に強い逆Gが掛かったが、肉体が潰れぬ程度には減速され、やがて落下が停まった。

 軽く脳震盪を起こしたセシルは、早くも天国に着いたのかと一瞬誤解したが、すぐに自分が巨大な手の上にいることを把握した。

 しかも空気のクッション、というかコンパクトな上昇気流に体が包まれている。これで潰れることなく減速出来たのだ。風の魔法だ。


 全長150メートル級の天龍、嵐龍(らんりゅう)アラディマンダーが地面すれすれに浮かんでいた。


「アラデ!」

「$☆%#£▲∽♪&<>§∴★★☆§@*¢$≠」

「え、ちょっと待って。何言ってるのかわからない!」


 自動翻訳システム自体は脳内で動いている感じはする。が、アラデの言葉が日本語にならない。

 なんで?


 ……そうか、辞書がないから。


 高次空間にある全世界知識(アカシックレコード)

 それが翻訳システムの辞書データベースでもあったのね。

 辞書にアクセス出来なきゃ、翻訳システムが働かないのは当たり前か。


 あ、でも。


「アラデ! 人間体(あなた)はまだプリンセス・アレー号の中にいるのよね! そっちにはタブレットがあるから、わたしの言葉はわかるよね! 助けてくれてありがとう! 龍体(アラディマンダー)に命じて、わたしをプリンセス・アレー号まで運んでちょうだい!」


 そうセシルが大声で言うと、アラディマンダーがセシルの体を掴んだまま上昇した。


 アラディマンダーとアラデは高次空間で繋がっている。龍体のアラディマンダーに聞こえるように言えば、船の中の人間体のアラデにも伝わり言葉が翻訳されると考えたが、成功だったようだ。


 セシルが生み出したものは消えない。セシルに高次空間制御の能力が失われても、それを付与された機械は機能を失わない。

 その証拠に、プリンセス・アレー号は空に浮かんだままだった。

 高次空間を制御し重力を偏向する慣性駆動装置は今もちゃんと動いている。


(えっちゃんがいない……)


 悦郎の姿はもう消えていた。


 もしかして、船の中に?



◇◇◇◇


 そんなことはなかった。

 プリンセス・アレー号の下部展望台に、セシルを含め乗員全員が集まっていた。

 アラディマンダーの龍体は既に高次空間に帰った。


 セシルもタブレットを携帯し、内蔵された翻訳システムで再び意思疎通が出来るようになった。


 悦郎は、セシルを落とすとすぐにその姿を消したそうだ。

 セシルから奪った瞬間移動能力を使ったと思われる。

 消えた瞬間を目撃したガリウズとシュバルがそう証言した。アラデやアレー王女、ハンターらは落ちていくセシルに目を奪われていたため、悦郎がどうなったかわからなかった。


 ガリウズやシュバルは悦郎を敵と認識し、この船を襲ってくる可能性を考えて警戒していたのだ。決して彼らがセシルの墜落を軽視したわけではない。高所恐怖症のガリウズには下を見下ろしたくなかったという理由もあったが。


 艦内から見ていた彼らはラルシオーグやヴュオルズ、嗜虐の元帥(スローターマーシャル)ら、そして豹変した悦郎との詳しいやり取りはわからなかったため、セシルが全員に説明した。


 チーム内での情報の共有は大切である。


 故に能力が奪われたことも話した。

 が、それが『ギフト』であることは伏せておいた。

 正直、セシルには祝福者(ギフテッド)というものがよくわからない。

 ギルドマスターが人払いをして伝えてくれたぐらいのものだから、秘密にしておいた方がいいんだろうと思い今に至る。

 実際、ギフテッドであることだけは簡単に打ち明けてはいけないような気がする。


 なんせ神にも悪魔にもなれるという代物だ。今は奪われてしまったが。


「ごめんなさい。結局えっちゃんには逃げられちゃったわ」


 アレー王女に頭を下げると、手を取られた。


「とんでもありません。お姉さまがこうして戻ってこられたのが何よりです。それよりも、お姉さまは大変なことに」

「いや、普通にしてるにはそう大変ってわけでもないけど、ちょっと困ったかな。えへへ」

「何言ってんすかセシル様!」


 アラデが怒って割り込んだ。


「落ちて危うく死ぬとこだったのに! ちょっと困ったかな、じゃないっすよ!」

「ごめんアラデ、助かったわほんとに」

「そうっすよ! ここで待てって言われたからあたし出ていけないし、でも龍体なら元々外にいるからギリいいかって思って」

「あ、そうか。その約束守ってくれたのね」

「もちろんっす! それよりも」


 アラデがセシルの肩をとん、とついた。


「あっと、何?」


 セシルがよろめいた。

 ダガル、ゴズデズ、ガリウズが目を剥く。あり得ない光景だった。


「あ、姉さんが押されたダガ!?」

「ガザルドナイトの剣はどうしたっすか?」


 アラデが詰め寄る。


「亜空間に収納したままよ……」

「じゃあ、ダガルのバスターソード、持ってみるっす」


 アラデに促され、ダガルがセシルに剣を手渡そうとした。


 がつっ!


 セシルはダガルの剣を支えきれず、切っ先が床にぶつかる。


「おもッ。無理っ!」

「やっぱりっす。超パワーも消えてるっすね」

「そうね。多世界の重ね合わせがなくなったからよね。ということは、防御力も無くなってるってことね」

「今のセシル様は、はっきり言ってただの人っす……」

「ほう、セシル、今はただの女なのかゴズ」


 ゴズデズがにたりと笑った。

 アラデがセシルの前に立つ。


「ゴズデズ、おかしなこと考えてるんじゃないっすよね?」

「いーや、なんにもゴズ。確認しただけだゴズ」


 ゴズデズは睨むアラデに手をひらひらと振った。


「エルフ姫、ところでこの船は動かせるのかい?」


 シュバルが尋ねる。


「艦のコントロールは大丈夫。簡易的な操作はタブレットの管理者モードでも出来るし、艦長室に操船装置があるから」


 窓際で垂直に立つ舵である。

 某宇宙海賊船、あるいは某宇宙強襲揚陸艦の物真似が出来るように物理入力装置を用意しておいたのだ。艦長室が上部展望食堂の更に上、艦で最も高い場所にあるのはそのためだ。


「船を動かせるとして、これからどうする?」

「逆にシュバルさんはどうすればいいと思いますか?」

「私の意見で良いのだな?」

「俺の意見では魔大陸探索続行だ!」

「マークスには聞いてないんだけど」

「なんでシュバルさんはよくて俺は駄目なんだよ!」

「だって、シュバルさんの方が博識だし。信用出来るし」

「ひどっ! 商人を過信すると痛い目に遭うぜ」

「おいマークス」

「あっ、失言、失言」


 といいながらも悪びれる風でもなく頭を掻く仕草をするマークス。

 シュバルに全幅の信頼を寄せているのはマークスも同じようだ。


「さて、私の意見だが、マークスと同じく今しばらく魔大陸に留まるべきだと考える」

「シュバルさんも魔大陸の調査を優先ということですか?」

「もちろんそれもある。まだ私たちはここに来て何も得ていないからね。が、それよりも、東方の魔人が必ずまたここに現れるからだよ」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「東方の魔人が魔大陸に来た目的は、彼自身が語った通りだろう?」

「大魔王を倒す。ですか?」

「ああ、前回も、今回も止めが刺せなかった。三度目の正直。東方の魔人は必ずこの魔都にやって来る」

「大魔王ヴュオルズが危ない。そういうことですね」

「うむ。そして東方の魔人は大魔王よりもはるかに強い。そして今やエルフ姫の力まで奪い、更に強くなったはずだ。大魔王とその配下が束になってもかなわないだろう」


 高次空間操作。

 悦郎がどこまでそれを理解しているかわからないが、それらしきことを苦しみながらつぶやいていた。


『多世界操作……。全世界知識(アカシックレコード)……。高次空間制御……』


 簒奪直後に瞬間移動も出来ていたそうだし、最悪を想定していたほうがよさそうだ。


 多重化された破壊の力。

 10万人、100万人の悦郎を重ねたら壊せないものなどありえない。


 逆に攻撃はすべて防御し、万が一傷ついたとしても一瞬で再生する。


 まさに無敵だ。


「故に、大魔王に共闘を申し入れる」

「え?」

「おいおい、魔物と手を組むのか」


 さすがにマークスが慌てる。


「そこそも魔大陸に留まるには大魔王の許可を得なければならない。魔族は会社なんだろ? 社長から達示を出してもらわないと探索もままならないぞ。エルフ姫の力が失われた今、魔族に襲われたら全滅だ」

「あたしも魔族なんすけど」

「アラデはもうエルフ姫の仲間だろ? なら私たちのチームじゃないか」

「え、そう、そうっす! セシル様チームの一員っす! いいっすねそれ!」


 ちょろい。


「それに彼らはエルフ姫に救われた恩義がある。公式に魔人会社との交易権を得たいしな」

「でも、共闘したところで、こっちにもえっちゃんに対抗出来る力なんてないですけど?」

「二つある」

「二つ?」

「魔人たちは、そもそも組んで戦う、というか連携することに疎い。戦略や戦術を考えることもない。力任せでまっすぐだ。戦いというものは単に火力の差だけで決まるものではない。からめ手、罠、駆け引き、その他諸々。それを教えてやる」

「ああ、確かに。基本ごり押しですもんね」

「まあ、魔族はワンマンアーミーすっからねえ。早い話が全員お山の大将」


 アラデがしみじみ言う。


「東方の魔人に有効な作戦があるのか?」

「いくらでもあるさ、マークス。東方の魔人とて人間だ。食事もするし睡眠も必要だ。排便や呼吸だってね。だから油断も隙もある」

「なんかえげつないこと考えてないかシュバルさん?」

「例えばの話だよ。まあそれは大魔王と手を握れてからだがな」


 シュバルさんが怖い。

 えっちゃん大丈夫かなあ……。


 商人を信用すると痛い目に遭うって、こういうことかな? でもこれって信用するとっていうより敵に回すとって感じよね。


 でも、とセシルは思う。


「そもそもえっちゃんは大魔王を何で倒したいのかしら……?」

「魔王は二人要らないという理由じゃないのか?」

「マークス。えっちゃんは確かにそう言ってたけど、なんかあれ決められたセリフというか、そういう設定です、みたいな印象だったのよ」

「設定?」

「本当は、違う目的があるのかも」


 悦郎の中にいたモノ。

 悦郎を乗っ取ったモノ。


 あれは誰だ?

 あれは何だ?


 あれはなぜギフトを奪う?

 自分が強くなるため?


 いや、違う。

 簒奪は、むしろギフトを他者に使わせないためではないか?

 あれは、他者にギフトを使われると困るのではないか?


 だから悦郎を乗っ取り、悦郎にギフトを集めさせている?


 だとしたら、大魔王ヴュオルズもギフテッドなのではないか?

 悦郎の破壊のギフトをラーニングしたあの力。

 あれもギフトなのでは?


 セシルの推察は核心に迫っていた。

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