第33話 エクストラギフト『簒奪』
「ちょ、セシル、おまっ、なんで抱きついてっ! おいっ!」
「だって、だってさ! どこにいるかもわからないしっ、3日も会えなかったんだよっ」
「3日……?」
「ミサママもパパも死んじゃって、でこんな異世界で、えっちゃんもいないしっ、でも、良かった」
「かあちゃん、源とうちゃんが死んだ……? 異世界……?」
「だーかーらー、もう離さないもーん!」
「おいっ、またそんなっ、ぎゅうって! おっ!」
そうだった。かあちゃん、源とうちゃんが殺されて、葬式が終わって。初七日も済んで。
学校に行くはずが。
あれ? 俺、何してんだっけ?
このゲーム世界に閉じ込められた……?
誰かに、魔王を倒すクエストをクリアしないと元の世界に帰れないとかなんとか言われて。
……だったっけ?
あれ? 記憶が……。
「でね、5日前に大魔王と戦った時、側近二人を倒したでしょ?」
「5日前……。大魔王……。側近二人……?」
「その側近二人のことを思い出して」
5日前……。
ああ、そういえば。
『大魔王ヴュオルズ・ガフ・ゼーゲルガンプよ。この世に大魔王は二人要らぬ。ただちにその2つ名を返上し、野に下るがよい。逆らうなら命はない』
そんなことを言ったな。俺が破壊の大魔王・撃滅のエツロウだとかなんとか。
なんだそれその恥ずかしい二つ名。
ノリノリじゃねーか、俺。
まあゲーム世界だからな。そのくらいのノリでいいよな……。
ああ、そうだ、『超新星』ぶちかました時に二体の魔物が盾になってたな……。
「魔人バズガドと魔人ウイーダ……」
「バズガドとウイーダね!」
セシルは全世界記憶にアクセスする。
三魔王の時のような死体はもはやない。それよりも、未来から可能性宇宙を引っ張ってくる方が早い。魔物ゆえ、ある未来においてリポップするのは確定事項なのだから。
高位魔人のために、時間は掛かるが。何年先、何十年先かに再生する事実を、現在に置き換えるだけだ。
高次空間において時間も空間も同じなのだから。
いた。
百年後の未来。
その確定していた未来を量子化し、確率変数を書き換え、時間を現時点へ。
「うぉっ!」
「あっ!」
魔人二人がセシルの背後に出現した。
「これは?」
「あたしたち、蘇った!?」
空中に浮かぶ二人。黒の長髪と銀の短髪の女性型の魔人だった。黒いスーツを着たその姿はまさにVIPのSPである。
そして二人揃って180センチぐらい。ラルシオーグ並みの高身長だ。
ただラルシオーグと違ってスリムである。胸もつつましい。
黒髪がバズガド、銀髪がウイーダである。
彼女らはヴュオルズと直接契約している。まさに大魔王の側近であった。
「貴様は東方の魔人! なぜここに!」
「東方の魔人を抑えているのか、この女が!」
「バズガド、ウイーダ!」
セシルが強い口調で名を呼んだ。
「あなた達を蘇らせたのはわたし、ハンターのセシル。そしてそれはラルシオーグへの誠意です。ラルシオーグも大魔王ヴュオルズも、それにその配下たちも深い傷を受けています。嗜虐の元帥を手伝い、救助に当たりなさい!」
「なんであんたに命令されないといけないっ!」
「でも、あたしたちを復活させたのは確かにこの女ね。場の記憶の痕跡がある」
「おーい、バズガド、ウイーダ」
いささか緊張感を欠くイントネーションで嗜虐の元帥がバルコニーで手招きをしていた。
「今はセシルの言うとおりだ。セシルが東方の魔人を止めている間に大魔王を救助する。手伝え!」
「随一の知将、嗜虐の元帥がそういうってことは」
「ここは従うのが最善ね。大魔王をお護りするのがそもそもあたしらの役割だし」
バズガドとウイーダは互いにうなずくとバルコニーに降りて行った。
「これで全部水に流してくれればいいんだけどなあ。嗜虐の元帥、ちゃんと約束守ってよね」
その保証は全くないのであるが、セシルはまだ知らない。
「わたしたちも船に戻ろう。えっちゃん」
「で、何でセシル、お前もここにいるんだ?」
「へ?」
「俺はゲーム中にこの世界に取り残されたけど、お前もゲームなんてしてたのか?」
「ゲーム? え? そうなの? てっきり異世界かと思ってたけど!?」
「ゲーム世界も異世界だろ?」
「いや、確かにそうだけど、ここ、えっちゃんがやってたゲームの世界なの?」
「ああ、俺がやってた……」
……あれ? なんてゲームだっけ?
そういえば、UI出ないな。インベントリぐらい表示されないとアイテムや装備が確認出来ん。
そもそもよく使うコマンドも、ライフやHP、MPバーもないぞ。クソゲーかこれ。
「東方の魔人!」
バルコニーから声がした。ヴュオルズだ。ようやく穴から救出されたらしい。
悦郎を抱きとめながらセシルが魔王城の方を振り向く。
ヴュオルズはまた満身創痍になっていた。脚が折れたのか、左右をバズガドとウイーダに支えられ、右腕はだらりと垂れ下がっている。
その周りに不死の王、始祖の獣王、紅蓮大将軍が立っている。
ラルシオーグ、奈落の竜王、夢魔の姫騎士はその奥で倒れたままだが、嗜虐の元帥が手当てをしている。
嗜虐の元帥は治癒系の魔法が使えるのかもしれない。
「一度ならず二度までも! そのうえ、ギフトで得た力を破壊するとは! 大魔王の名に懸けて、貴様を必ず倒す!」
かろうじて動く左腕で悦郎を指さすヴュオルズ。彼に対し。
「ハルド王国勇者にして、人類最強無敵の男! 東方の魔人こと破壊の大魔王・撃滅のエツロウ! ここに推参!」
セシルに抱かれたまま、口上を述べ始めた悦郎。
あれ?
さすがにセシルも違和感を覚えた。
「大魔王ヴュオルズ・ガフ・ゼーゲルガンブよ。この世に大魔王は二人要らぬ。ただちにその二つ名を返上し、野に下るがよい。逆らうのなら命はない」
え? このくだり、さっきもやったよね。
これって、どういうこと?
ゲームで村人の話をある程度聞いたら同じセリフしか言わなくなる、アレ?
でもそれってNPCとかいう、イベント配置されてるシステム側のキャラよね。
えっちゃんがNPCなわけないし。てかどうみてもプレイヤーキャラだし。
「えっちゃん、それさっき言ってたよ。今回も勝ったし、もう終わりでいいんじゃないの? 船に戻ろうよ」
「勝った……? もう終わり……? クリアフラグ立ってないように思うが……?」
一方魔王会社の重鎮たちも、これ以上大魔王を戦わせてはいけないと感じていた。
東方の魔人を倒すなんて、無理。
よくあの女、東方の魔人を抱いてるだけで止めてるよな。
ヴュオルズ以外の全員が、素直に感心していた。
「ヴュオルズ様。おそれながら申し上げます。今は見逃しましょう」
ヴュオルズを支えているウイーダがゆっくりとした口調で言った。
まるで諭すように。
「あの女、セシルは東方の魔人を制し、あたし達を蘇らせました。そして彼らは無傷。こちらはヴュオルズ様をはじめ、かなりの深手を負ったものが多いです。加えて、あたしたちを含め、復活したばかりのものも多く、十分な魔力量がありません」
銀髪のウイーダは、痕跡をトレースし過去に起きたことを遡って知ることが出来るのだ。
「あ、そうだ、もう一つラルシオーグに誠意を見せる話をしてたんだった。再生!」
腕は悦郎を抱きしめたままなので、口で唱えただけだが、バルコニーにセシルから高次元の波動が送られた。
そもそも『再生』などと唱える必要もなく、脳内で思考するだけで高次空間の操作は可能なのだが、何となく物足りないセシルであった。
出来れば魔法陣とか、キラキラエフェクトとかが掛かってほしいと思う。
様式美である。
アラデが魔法を使う時はちゃんと魔法陣が出たりするのにな……ケチ。
誰がケチなのかわからないが、心の中で悪態をつくセシルであった。
それはともかく、効果は劇的だった。
ヴュオルズのけがは一瞬で治癒し、衣服も復元した。
気を失っていたラルシオーグらもパチッと目を開け、立ち上がった。
「治したわよー!」
セシルがバルコニーに向かって叫ぶ。
「セシルよ、恩に着る!」
嗜虐の元帥が笑顔で応えた。彼は特段恩義を感じたわけではないが、こう言っておけば角が立たないことは知っていた。ありがたく思っているよというポーズが大事なのだ。
「セシルさん、ありがとう。本当に誠意を見せてくれたのね」
ラルシオーグが手を振る。彼女は復活したヴュオルズを見て、結構本気で感謝していた。
「治癒というレベルではないな。再生と言ったが……、確かに。これはギフトか……?」
ヴュオルズはバズガドとウイーダを下がらせ、己の足でバルコニーを踏みしめ、右腕を曲げ伸ばししてみた。
前回、今回と累積で壊された四肢が、元のとおり、いや、下手したら元よりも快調に動くように感じられた。
「ヴュオルズ様」
「わかっているラルシオーグ。セシルには感謝の意を示そう。そのうえで、セシルに免じて今は見逃そう」
セシルはちょっと呆れた。
んー、どうみても負けなのに、見栄張るなあ大魔王。
まあ、社長だしね。ここは花を持たせてあげよう。
「ありがとうございます大魔王! 数々の失礼を水に流していただいて! では、これにて!」
「ん? おい、水に流すとは……」
「大魔王の、海よりも空よりも広い心にこのセシル感服仕りました! この次は良い友人としてお目通りしたいものです! 重ねてありがとうございました!」
セシルは被せるようにして一気に言い切ると、悦郎に向かって囁いた。
「さあ、本当に船に帰ろう、えっちゃん」
「ああ……」
悦郎を抱きしめたままスクランブルパックのジェットを噴かす。そのままプリンセス・アレー号へ戻っていく姿は、睦まじく抱き合う男女、というよりレッカー車で運ばれる事故車感のほうが強かった。
セシルは悦郎成分が超吸収出来てウキウキであったが。
「ううん? ギフト……? そうか、ヴュオルズもギフテッドだった。だから俺は奴を……。セシル……、も、ギフテッド……?」
「ん? 何? えっちゃん?」
「ああああっ、頭がっ! ああああっ、来るっ!」
「え、何、どうしたの! 頭痛いの!?」
あとわずかでプリンセス・アレー号に着くというところで悦郎が苦しみだした。
思わず腕を緩める。
悦郎は自身の力で浮いているので落ちることはなかったが、頭を抱えて悶え始めた。
「え、えっちゃん、どうしたの!? 船に医務室があるわ! 早く入ろう!」
「うぐううっっ! ギフテッド……アルティメットギフト……。『創造』と『再生』……。こんな……、まさか……」
「えっちゃん、大丈夫? しっかり! 再生! ええと、とにかく治れ!」
「多世界操作……、全世界知識……、高次空間制御……、これは……、なるほど、そこまで理解して……」
「えっちゃん、えっちゃん、しっかりして、えっちゃん!」
悦郎が突如動きを止めた。
苦しみが消えた。というより、表情がなくなった。
「えっちゃん? 大丈夫? えっちゃん……!?」
セシルを見つめる悦郎の瞳は、これまでセシルが見たことのないものだった。
鳶色の瞳の奥に、何か見知らぬものがいる。
悦郎ではない何か。
それが悦郎の瞳を通じてセシルを見ていた。
「ひゃひゃひゃひゃーーーーー!!!!」
突然悦郎が雄たけびにも似た笑い声を上げた。気でも狂ったかのように。
セシルは思わず空中でたじろいだ。
何?
何が起きているの?
えっちゃんが、変わった?
何か、別のものに。
「エクストラギフト、『簒奪』」
悦郎の姿をした何かがにやりと笑いながらそう呟き、セシルは己が重力に逆らえなくなったことを知った。
落ちる。
スクランブルなジェットパックが沈黙した。ただ重力に引かれて落ちていく。
悦郎は空中で黒い笑いを顔に張り付け見下ろしていた。
その悦郎がどんどん小さく遠くなる。
あ、これ、落ちて潰れて死ぬんだ、わたし……。




