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第3話 獣人、亜人、差別はしない

挿絵(By みてみん)


 セシルの初期装備です。

 でかいネズミは、このお話が1月1日に開始したので、干支にちなんで描いただけで、深い意味はありません。

「ゴズデズか。俺たちゃ仲良く晩飯を食べてんだ。邪魔しないでくれるか」


 ダガルが若干からかうように言う。鬼はゴズデズという名らしい。


「すげえ美人の女エルフをダガル(てめえ)がここに連れ込んだっていうからよう、こりゃ俺もご相伴に与らねえとと思ってさ。ジックとチョーキーがいるのはともかく、テレスピンのおっさんまで交ってるとはな。まあしかし、たしかにエルフ(こいつ)(つら)見たら、おっさんといえどイッチョ噛みしたくなるわな。が、いくらなんでも歳考えろよ。さっさと若者に譲れ」

「へえ、イッチョ噛みしたいんだ。ゴズデズ。そりゃ、当のセシル姉さんに聞いてみないとな」

「セシル姉さん?」


 テレスピンは苦笑いしているだけだった。

 ゴズデズはいぶかしむようにセシルを見た。

 ダガル(こいつ)は何を言ってる?


「ゴズデズの旦那、さっきの見てねえっすか?」


 オーク族のチョーキーが尋ねるが、さっきのって何だと返された。ダガルが瞬殺されたことは知らないようだ。


「ええと、この鬼さん、誰?」

「セシル姉さんすんません。こいつはオーガ族のゴズデズ。俺と同じ鉄ハンターでさあ」


 ダガルのほかには数名しかいないという鉄ハンターの一人だった。


「またセシル姉さんって、ダガル、てめえ頭おかしくなったのか? このエルフの舎弟にでもなったつもりか?」

「おお、そうだ。俺はセシルの姉さんに惚れたんだ。舎弟ってのはいいな! 名誉な話だぜ!」

「惚れるのは勝手だけど、舎弟にした覚えないよ」

「そんなセシル姉さん。あっさり切り捨てないで!」

「ぶはは、女に媚びてんじゃねえよ。捨てないでだと? あほうか」

「ほう、俺をあほうというか。なら、ゴズデズ、セシル姉さんと勝負しろや。それでおつむの足りないお前でも全てが分かるぜ。万が一にもセシル姉さんに勝てたら、お前が欲しがっていたこいつをやろう」


 ダガルは背中に背負った大剣を指さした。


「ダガルてめえ、バスターソードを掛けるだって? ……舐めてんのか。こんな女と勝負になるか」

「ま、確かに勝負にならんだろうな。お前がな」

「頭沸いてんのか? とち狂っちまったのか? 哀れだなダガル!」

「いや、ゴズデズ。ダガルの言ってることは正しいぞ。お前は嬢ちゃんを見くびりすぎだ」

「テレスピンのおっさんまで……。お前ら全員おかしくなっちまったのか?」

「いやー、事実を冷静に把握できてないのはゴズデズの旦那の方っすよ」

「ああ、そうだな。戦況の分析がなってない」

「チョーキー、ジックまで! 貴様ら、知らんぞ! わかった! 女! 勝負をしてやる。そのきれいな顔がぐちゃぐちゃになっても文句言うなよ! 一応言っとくが、俺は筋力と持久力には自信がある。だから勝負の方法は(きさま)に選ばせてやる。どんな勝負でも、俺は負けないがな!」

「黙って聞いてたら勝手に話を進めてさあ。その剣、大事なものじゃないの? いいの?」

「かまいやせん。ゴズデズが勝つなんてことはありえないっすから」

「おいおい。何の冗談だ。てか、ダガル、もしかしてこんな細っこい女に負けたのか? うはははは! 表でなんかそんなこと言ってるやつがいたけど、あれマジ話だったのか! ありえん! ありえんぞ! うははは! ダガル、紙ハンターからやり直せ! うはははは!」

「後でそっくりそのまま返してやるよ。で、姉さんどうします?」

「筋力に自信があるんだってね。じゃあ、腕相撲しましょ」

「は?」


 ゴズデズが聞き返した。なんで筋力自慢に筋力で勝負する? この女狂ってるのか? あほなのか?


「え? 腕相撲わかんない? えーと、アームレスリングって言った方がいいのかな?」

「わかるわ!」


 空いているテーブルが二つくっつけられ、即席のステージになった。

 現実のアームレスリングには細かいルールがあるけど夢なのでそこは簡略に。

 右手同士組んで、肘をついて、レディ。


 倍近い体積と身長、そして倍では利かない圧倒的な筋肉を誇る赤鬼、じゃないオーガのゴズデズ。

 出るとこは出ているが、全体としては華奢なセシル。

 片方は小さく、片方は大きく、いびつなWの字を描いて握られた腕。

 その握った手に、なぜかおかみさんが上から手を添えた。


「レディ、ファイッ!」


 おかみさんが手を離した。


 瞬殺!


 ゴズデズはそう思っていた。この女の肩が脱臼するかもしれんが、圧倒することが何より大事。

 強い雄になびかない雌はいない。

 俺の強さを見せつけた後で、脱臼した肩を優しく嵌めてやればますます惚れるだろう。

 エルフの妾などオーガ族では初だ。族長候補になるのも夢でないかもしれぬな!


 そんなことを夢想したのも0.01秒。


 あっさり勝負はついた。机についているおのれの手を信じられないように見るゴズデズ。


「なんじゃこりゃああ!!!!」

「だから言ったのに。紙に格下げだな」

「いや、お前も嬢ちゃんに負けたじゃろ……」

「ふざけるなダガル! 今のは油断しただけだ! やり直しを要求する!」

「あんなことを言ってますが? どうしやすセシル姉さん?」


 テレスピンの指摘はスルーするダガル。


「うーん、プライド高い人のようだけど、大丈夫かな? 折れちゃったらどうしよう、心が」

「いい薬っすよ」

「あんたが言うなって気もするけど……。じゃあ、わたしはこの指一本で。指を倒せたらゴズデスさんの勝ちでいいわ」


 セシルは左手の中指を突きだした。ある意味、挑発のサインにもみえる。


「この女ああ! 油断してただけで舐めくさって! その指もぎ取ってやるぞ! うがーーー!!!」

「レディ、ファイッ!」


 ちーん。


 一瞬後、指一本でテーブルに押し倒されたゴズデズの姿があった。


「なんじゃこりゃああ!!!!」

「はい2回目」

「無様っすよ、ゴズデズの旦那」

「現実見えてないのう」

「ぐぬぬぬ……」


 がばと立ち上がり、憤怒の形相で迫ってきたゴズデズ。セシルはその額を指でちょんと弾いた。

 軽いデコピン一発にみえたが、その威力は凄まじかった。

 ゴズデズの首が後方に90度折れ曲がってのけぞり、直後巨体ごと吹っ飛んだ。ドゴンと食堂の壁に大穴が開き、壁の向こうでギャーという別の男の声がした。


「お父さん!」


 壁の向こうは宿の受付だった。


「あ、ごめん! やりすぎた!」


 慌ててセシルらも穴の向こう側、玄関に回る。

 ゴズデズはカウンターにめり込んでいたが、そこで止まっていた。宿の主人は間一髪難を逃れたようだ。ゴズデズは完全に気を失っている。ピクリとも動かない。


「なななな、なにが起きた!?」

「お父さん、大丈夫?」

「あんた! 怪我はない!?」

「おお、ミーシャ、お前、大丈夫だ。カウンターがぼろぼろになっちまったが……。それに壁も」

「それ以前にこの鬼さん、じゃない、ゴズデズさんが瀕死では!?」

「あ、そいつ頑丈だから。首の骨折れたぐらいじゃ死なねーから」

「マジ!? そんで扱い雑!」

「で、なにが起きたんだ……?」

「いや、ゴズデズの馬鹿が嬢ちゃんにちょっかい掛けて、返り討ちにされただけじゃよ」

「ゴズデズを返り討ち? このお嬢さんが?」

「あたしも見てたもん。嘘じゃないよ。凄いんだよ! エルフのお姫様なんだよ!」

「なん…だと…」

「いや、ミーシャちゃん、それ違うって言ったでしょ?」


 そんなやり取りの間に、ゴズデスはダガルとジックに肩を支えられ、外に連れ出されていた。まだ目を覚ましていない。チョーキーじゃなくてジックなのは、身長の都合だ。


「あああ、うちがぼろぼろに」

「おかみさんすみません! 今直します」

「え?」


 なんとかなるでしょ! 夢なんだから! てかなんとかなって!


「えーと、再生しろ! 壁とカウンター! ついでに綺麗に掃除!」


 セシルがそう言うと、壁のがれきやカウンターの折れた欠片が逆再生のように穴に戻っていき、すぐに元通り、いや、元よりもピカピカになった。


「よし!」

「ち、治癒魔法? 壁や机に? 無生物を修復できる? いやいや、こりゃ、びっくりだ!」


 受付のおっさん、もといミーシャのお父さんが目をぱちくりさせている。


「あ、やっぱり治癒魔法もあるんだ!」

「あるが、めちゃくちゃ貴重じゃぞ。嬢ちゃん、あんたこの魔法がありゃ平民でも軍人になれるぞ」

「え、そんなものなの? テレスピンさん」


 力が強いだけじゃだめなの?

 っていうか、騎士団とか軍隊があって、それは平民ではなれない?

 ということは階級社会なの? 貴族とかいるの? この世界?


 やけに設定の細かい夢だなあ。


 実はセシルは既に疑いを持ち始めていた。

 手を組んだり指をつかまれたりしたときのリアルな感触。

 食べたことのない料理の不思議なにおいと味。

 獣人たちのすえた臭い。


 夢にしては、情報量が多すぎる。


 まるで現実であるかのように。


 しかしそれを認めると、セシルはとても困った状況下にいることになる。


(まだよ! まだ焦る時間じゃないわ! これは夢、これは夢。だって、考えたとおりのことが何故か出来るじゃない!)


「がーーー!!!」


 雄たけびをあげながらゴズデズが戻ってきた。首があらぬ方向に向いていたような気がするが、もう治っている。

 綺麗になっている受付を見て一瞬ぎょっとする。

 後からダガルとジックも入ってきた。


「お、おお。これは夢か? 夢なんだな!? 悪い夢を見た……」


 セシルのようなことを言いだすゴズデズ。


「だから、現実を見ろと。往生際が悪いのう、ゴズデズ」

「ゴズデズの旦那、女神の顔も三度までって言うっすよ。三回負けたんすら、もう終わりっす」

「……あのう、まだ食事残ってるし、よかったらみんなで食べない? 鬼さん……、じゃないや、ゴズデズさんもどう?」

「え? それでいいんですかい? セシル姉さん」

「もちろん割り勘でね!」

「お、おお、俺も食う! そんで奢る、奢るぞ!」

「じゃあ決まり、おかみさん、ゴズデズさんの注文も聞いたげて。で、同じものを私にも頂戴。ゴズデズさん持ちでね」

「セシル姉さん、ちゃっかりしてますね」

「だって、ここの料理、ほんとにおいしいんだもん!」

「おっ、セシルさんとやら、嬉しいね! 直した…じゃない、受付を綺麗にしてもらった分、あたしも一品奢るよ!」

「おかみさんありがとう!」


 料理の旨さもあるが、セシルとしてはもっとこの世界の情報が欲しかった。聞ける相手は多い方がいい。

 万が一、これが夢じゃなかったら。

 いや、ほとんど夢じゃないだろうと確信しつつあるのだが、それを認めるのが怖いだけだった。


 この世界を知ることは、多少の安心に繋がる。


 一人増えて再開された食事会。テーブルを挟んで、様々な話が飛び交う。

 彼らは全員ハンター(一人()だが)なので、話題はもっぱらハンター稼業にまつわる話だが、それでもこの街、そしてこの世界の概略が見えてきた。


 ここアドセットの街は、エルベッド街道沿いにある中規模の宿場町だ。

 エルベッド街道は西のエトアウル王国と東のモーリス王国を結んでいる。どっちも小国だ。もっと南にデガンド帝国とバッハアーガルム法王国という二大国家があり、その二国を南北に結んでいるベルン街道がこの大陸最大の貿易路だそうだ。その周辺には大規模な宿場町、というか歓楽街が多数ある。

 小国は数多くあり、ハンターらもすべてを把握はしていなかった。小国同士をつなぐ街道も当然数多くあり、アドセットのような宿場町がそれぞれに貼り付いている。

 つまりこの街は、よくある郊外都市の一つだ。

 なお、農村は王国の中心付近に多い。水源の確保や魔獣対策、そして徴税の関係で王都に近いほうが効率的だ。

 歴史的には農業で発展した場所が都になったというのが正しいのだろう。


 アドセットはエトアウル王国の東のはずれに位置し、ここを越えるとすぐガウゴーン渓谷という谷に出る。

 渓谷といっても川はない。左右に切り立った崖がそそり立つ大地の裂け目だ。ガウゴーン渓谷の南北にはマルチ山脈という険しい山々が連なっている。

 これも歴史的には順序が逆で、マルチ山脈を巨大なナイフで切ったようなガウゴーン渓谷があったおかげで東西の通行が出来、街道が整備され、その東西で国が発展したのだ。

 マルチ山脈には手つかずの原生林が広がり、人は住んでいない。渓谷をさらに越えて東に進むと、モーリス王国領に入り、カミラの街という宿場町がある。

 アドセットの街とカミラの街は普通の荷馬車で3日掛かる距離だ。したがって、旅行者は通常ガウゴーン渓谷で二泊することになる。


 そこでハンターの出番だ。マルチ山脈に人は住んでいないが、魔獣や魔物が出る。ロックバードも魔獣の一種だ。それらから旅行客を守るため、馬車に同行する。銅や青銅ハンターの主たる収入源はこれだ。

 魔獣や魔物というのは、特殊なスキルを使う獣や怪物のことだそうだ。炎を吐いたり、人を眠らせたりする能力だ。普通の獣、熊や鹿や猪とは区別される。


(熊や鹿や猪もいるんだ……)


 鉄ハンターはもう少し依頼のレベルが上がり、商業ギルドの荷馬車隊の護衛が主たる収入源だ。実は渓谷周辺には魔物だけじゃなくて山賊も出る。貿易路の上、攻めやすく守りにくい地形だ。

 とはいえ、街道が整備されて既に相当の時間が経っている。山賊団の多くは討伐され、実際に襲撃を受けるのはごくまれだ。今では交易品を積んだ荷馬車といえど、むしろ魔族や魔獣の方が危険なくらいである。

 だから、馬車の数によっては鉄ハンターがソロで受けることも多い。このあたりの鉄ハンターは顔と名が知られているので、ソロであっても山賊は手を出さない。

 山賊など、まともな仕事につけず身を持ち崩した、素人に毛の生えたようなものだ。百戦錬磨の鉄ハンターには10人がかりでも歯が立たない。魔族や魔獣は群れを作らないので、こちらの対応はそもそもソロで問題がない。

 馬車の数が多いときはさすがにパーティーでないと護衛依頼を受注出来なかったりはするが。


「百戦錬磨ねえ」

「すいやせん!」


 ダガルとゴズデズが下を向いて小さくなる。


 この世界で圧倒的多数なのはやはり人間で、二大国をはじめ、国家元首や貴族などトップ階級は人間で占められている。

 トカゲ族やオーク族、ウェアウルフ族、オーガ族などは概ね人族より体力や魔力が優れており、かつてはかなりの勢力を誇っていた。が、人族の二大国家が台頭した今日では森や山などの僻地で細々と暮らしている。ひとまとめにして公式には亜人というカテゴリーに分類される。


 妖精族とも呼ばれるエルフ族だけは、括りとしては亜人だが、別格の扱いらしい。あまり他種族との交流がなく、どこに住んでいるのかすらはっきりわかっていない。女神の末裔とか、超常の力を持つとか、何百年も生きるとか、そういう噂だけが世間に広まっているが、実態を知るものはほとんどいない。美男美女ばかりともいわれているそうで、エルフに間違われたセシルはちょっと嬉しげだった。


 実は亜人は他種族の亜人とも、そして人族とも子を成すことが出来る。実際、異種族婚は結構あり、ハーフやクォーターも多くいるそうだ。外形的にはどれかの種族が色濃く出るので、見た目純粋種と区別はつきにくいらしい。


「まあ、親はともかく、爺さん婆さんが混ざってたのかどうかなんて、家系図が財産の貴族様ぐらいじゃなきゃわからん。人族同士だと思ってたら獣人の子が生まれて、ああ、先祖に血が混じってたんだなとわかるぐらいじゃ」

「それって家族問題とか離婚騒動とかにならないの?」

「なんでじゃ? 嬢ちゃんおかしなことを言うな。別に異種族との結婚が罪じゃないし、子供はかわいいしの」

「亜人と呼ばれてるから、てっきり人間より下に思われてるのかと!」

「まさか。奴隷じゃあるまいしのう」

「ああ、平民の下は奴隷なんだ……」


 王族、貴族、平民、奴隷。亜人は平民に含まれる。そういうことね。


「まあ、人間じゃないとなれない仕事や役職はあるっすけどね。その点ハンターはいいっす。腕さえあれば誰でもなれる!」

「そうだな、チョーキー。金もコネも学もなくても、鍛えれば誰でも成り上がれる! それがハンターだ! 目指せ金!」

「あんたたち、それで鍛えてるの?」

「「すんません姉さん!」」


 またダガルとゴズデズが下を向いた。


4話は明日21時に投稿します。

以降、毎日21時の更新予定です。

引き続きお読みいただきますようよろしくお願いいたします。

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