第27話 夜の侵入者
今回の誰得イラストは都合で後書きにあります。
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「お二人お揃いになったので、持ってきました~」
アラデがガラガラと音を立ててやって来た。キャスター付きのトルソーを引きずっている。
「ご注文の龍布の服です。トレンドを取り入れて、さらに近未来的なイメージも加えてみました!」
「えっ」
「まあ! これは良いものですね! デザインも斬新です!」
アレー王女は手放しで喜んでいるが、セシルは微妙な気持ちになった。
西洋ファンタジーな世界観に全く合っていない!
これアニメの超能力学園ものとか、魔女っ子戦隊ものなデザインだよ!
ウエストで切り替えがあり、一見ツーピースに見えるミニスカワンピースに半袖のボレロを組み合わせた服だが、光沢のある龍布のサイバー感もあり、実にアニメっぽい。
おまけにお揃いのデザインでアクセントカラーだけ変えたので、どこか学校の制服のようにも見える。学年で色が違うあの感じだ。
よく見れば大きなリボンとか、細かい意匠がアラデの服と似通っているので、この世界のファッションを反映しているのは間違いないのではあろうが。
実はアラデはこのプリンセス・アレー号のSFチックなデザインラインに合わせたのだ。テクノフューチャー感のあるデザインがセシルの好みなんだろうと配慮したのである。
プリンセス・アレー号といい、ドローンといい、ジェットなスクランブルバックパックといい、ことごとく世界観を無視しているセシルが今更文句を言う筋合いではない。
「あれ、セシル様お気に召さなかったっすか?」
微妙な表情になったセシルを見てアラデが慌てる。
「いや、そんなことはないけど、これ、コスプレというか……」
そこでセシルの頭に電球が点いた。そうよ! これはコスプレ! えっちゃん大好きジャンルじゃん!
そう、ネットでコスプレ物のアレをよく見ていた悦郎である。
もちろんリモートで知っている。
おお、これは! どストライクかも!?
「いや、うん、これいい。いいわ! さすがアラデ!」
「え? そうっすか? なんかちょっと無理やり臭いですが、お褒め戴いて恐縮っす……」
今度はアラデが微妙な表情になった。
「それはそうと、今トルソーごと亜空間から出したわよね?」
「転移先を高次空間にすれば収納しとけますからね」
「そっか。別場所に繋げて持ってくるよりその方が便利かも」
セシルもトルソーを高次空間に押し込んでみる。なるほど、通常の時空と切り離すので、時間経過をストップさせたり、加速したり戻したりも出来る。時間を戻すと服が龍布になった。
「あ、これ、再生だ……」
時間を加速させ服に戻し、そこで時間を静止する。時間操作も出来る亜空間収納を憶えたことは、今後かなり役に立ちそうだ。
それにギフト『再生』の仕組みのヒントも得た。詳しく調べないと断定出来ないが、高次空間の操作が関与しているのは間違いないだろう。
そう考えると、『創造』が無から有を生じさせるのも説明が成り立つ。高次空間のエネルギーを4次元時空に誘導し質量を得ているのだ。
物質を錬成する際に中性子線などが放射されないのも、高次空間へ繰り込みをしていると考えれば理屈がつく。
あいまいな指示でも結果が成功するのも、高次空間を使って事象の重ね合わせをしていると考えれば納得出来る。量子的には無限に存在する4次元時空。そこに存在する無限のセシル。それは単独では欠落した知識であっても、無限に重ねれば完全となる。
無限に続く円周率の中に全宇宙のあらゆる数列が含まれているのと同じことだ。
4次元時空では有限の時間内で事象を無限に重ねることは出来ないが、高次空間まで拡張すれば可能だ。無限を有限に繰り込むことが出来る。
なるほど。『創造』と『再生』はつまるところ高次空間の操作ということなのかもしれない。後でいろいろ試してみよう。
そう決めたセシルであった。分からないことはほっとくが、分かる可能性があるのなら分かるまで調べる。根っからの理系脳である。
「あら、お姉さま、お着換え召されないのですか?」
「え? 明日でいいかと思ったんだけど」
「では明日はアラデさんに戴いた服でお揃いですね! 間違いないですね!」
「う、うん」
「約束ですよ!」
アレー王女がにっこり微笑んだ。圧が強い。
「おい、アントロ」
「わかってますシュバルさん、タブレットで写真撮りました」
「明日も着ている二人をしっかり撮ってくれ」
「もちろんです。アラデのデザイン画、いくらになりますかね」
「うむ、これは新しい流行になる。早めに抑えておくべきだ……」
アラデのファッションセンスに気が付いた商人たちが黒い表情になっていた。
マークスはトルソーのキャスターに秘かに敵愾心を燃やしていた。
あんなに小さくて精度が高い車輪はなかなかお目にかかれないな、と。
そうこうしているうちに陽が落ちた。
各展望室や通路の照明を落とし、各自舷側にある客室の窓を閉める。翼端灯も意味がないので消している。音も熱も光も出さず高高度を飛行するプリンセス・アレー号を視認するのは夜に強い魔族といえど困難だろう。
セシルも含め、若干時差ボケである。安心できる個室で、寝心地の良いベッド。
護衛のハンターたちすらも、ボディシャンプーのフローラルな香りに包まれてぐっすり眠っていた。
プリンセス・アレー号の船尾、後部展望室の下。
小さな金属製の繭のような物体がくっついていた。
それは、プリンセス・アレー号が『創造』された時から貼りついていたのだ。
よって、船体の一部と認識され、センサーの警戒対象とならなかった。
繭の一部がぱくりと開き、中から人の形のシルエットが起き上がった。
片手を船体にかざすと、指先からほの暗い光の線が装甲表面に伸びた。その線が直角に折れ曲がりながら枝分かれして2メートル四方に伸び、大小の四角のひび割れを形成した。
ひび割れがぼうぅと輝きを増すと、切断された装甲板が押し出された。立方体となった装甲は落下することもなく、左右に退き、穴が開いた。
シルエットの人物が穴から船内に入る。立方体がすうっとそれぞれ元の位置に戻り、光がおさまると、元の装甲板に戻っていた。
嵐龍の攻撃にもびくともしなかったエンジニアリングセラミック装甲がいとも簡単に突破されてしまったが、センサーは沈黙し、セシルは寝たままで気がつかなかった。
陽が昇った。
朝7時。昨夜打ち合わせたとおり展望食堂に全員集合する。
まずは食事だ。
セシルとペアルックになっているアレー王女がほんのり頬を染めているが、セシルはあえて無視する。
これはコスプレ! えっちゃんのため! なんかカメコもいるし!
タブレットでカシャカシャ撮っているのはアントロとコレクトである。鍛冶師もアラデのデザインには興味があるようだ。
時差のため、黄金の止まり木亭はこの時間は深夜だ。昨夜のうちに料理してもらっていた朝食を亜空間からセシルが取り出す。
大皿を大テーブルに次々並べる。食堂の朝食といえばバイキングだ。サラダバーにドリンクバーも用意してある。料理は時間停止したので作りたてだ。
「バイキングとは?」
「自分の分を自分で取り分けて食べる食事の形式よ。種類は結構あるから、お好みで選んでね」
「トレーが小さいゴズ」
「2周、3周すればいいのよ。あ、取り分ける時は大皿に用意してあるトングやスプーンを使うのよ。自分のでは取らないでね。バッチイから」
「野菜がバラバラに盛ってあるのは何だ?」
「この専用ボウルに好みの野菜を取って、こっちのドレッシングをかけてサラダにするのよ」
「この鍋に書いてあるミソシルとは何かね?」
「ニホンのソウルスープよ」
ドレッシングやミソはセシルが用意した。酢や大豆を転移で取り寄せて錬成したのである。
「この機械、グラスを置いたら勝手に氷が出るのか!」
「飲み物はボタンで選んでね」
「これは……、麦酒のような泡が出るが」
「炭酸水よ。シャワシャワして美味しいのよ。あ、ホットが欲しい人は隣の電気ポットでお湯を沸かしてね」
バイキング、サラダバー、ドリンクバーという概念がこの世界にはないようなので若干手間取ったが、ようやく全員思い思いの料理を取り、食事が始まった。
「マッピングの方はどうだ?」
「全域のマッピングが出来ているわ。東西方向約3900キロ。南北方向約2100キロ。面積800万平方キロ。オーストラリア大陸ぐらいの大きさね」
「オーストラリア?」
「何でもないです、シュバルさん。センサーに引っかかった魔族は約22万匹。面積の割に随分少ないわね」
「本隊は地下のダンジョンにいるんじゃないか? 夜表に出てきたのがそれだけということではないかな」
「そうかも。あ、攻撃を受けた回数35回。寝ている間に飛行魔族が体当たりしたり魔法を撃ってきたりしたようね。思ってたより多いなあ。見つけて襲ってきたのか、たまたまぶつかったのかは分からないか。……まあ、プリンセス・アレー号は何ともなってないけど」
「恐るべき頑丈さだな」
「そりゃ嵐龍にもびくともしなかったし……」
そこでセシルはアラデが当たり前のように朝食を取っていることに気がついた。
「あら、アラデ、まだいたの。服のお礼に一晩泊めたけど、もう帰っていいわよ」
「えー、セシル様つれないっす。もっと一緒にいたいっすよ」
「は? あんた何言ってんの? 天龍でしょ?」
「いやー、ここ快適で。お風呂はきれいだし、ベッドはふかふかだし、食事は美味しいし。あっ、ただとは言いませんよ! お金は払いますし、いろいろ役に立ちますよ!」
「あんたがいないと嵐があちこち起きて困るって聞いたわよ」
「そりゃ大丈夫です。亜空間の龍体がちゃんと暴風雨まとって世界を回りますから」
「ふむ。せっかくのレア魔獣だ。まだ我々が知らない知識も持ってそうじゃないか。しばらくそばに置いてやったらどうか」
「シュバルさんがそう言うなら、いいですけど。アレー王女、このままアラデを同行させてよいですか?」
「お姉さまがよいなら、わたくしにはお断りする理由がございません」
「わかったわ。アラデ、一緒にいていいわよ」
「ありがとうございますっ!」
(やったぞ。アラデにはまだまだ商売の引き出しがある。こんな価値の高い魔物を逃してなるものか)
(もっとアラデさんにお姉さまとのペアルックを考えてもらわなければ!)
心の中でガッツポーズを決めるシュバルとアレー王女だった。
「大陸の西側、山脈の麓に大きな湖があるわ。その周りに魔族が特に多い。ここが魔都ガデューラかしら?」
「そうっす。ガルダ山脈の麓、ゼゼステ湖周辺のバルダロッゾ大森林を開発したのが魔都ガデューラっす」
タブレットに表示されているマップを覗きながらアラデが言った。さっそく役に立ったでしょと顔が物語っている。
「都会、なんだよね。道路や建物がないけど」
指先でマップを拡大するが、都市には見えない。ただの荒れ地のようだ。
「魔物は乗り物使わないので道路は不要っす。建物は人間にはわからないのかもしれませんが、このあたりのが全部建物ですよ」
「これ、ただの岩じゃないの!? これは判別出来ないわ」
「これが王城、こっちのは議会、これは病院、これは図書館、これは学校ですね。野外劇場にホールもあるっす」
なにその近代都市!
「撃滅のエツロウ様はきっと王城に行かれるか、行かれたかしたと思います」
「そうよね。ラスボス狙いなら一直線に魔王城に行くと思うわ」
ゲームにおいては効率厨な悦郎だ。最短最速クリアを目指すはずだ。
ラスボスをさっさと片付けてからやり込み要素をじっくり楽しむのが悦郎のいつものプレイスタイルである。
「じゃあ決まりね。食事が終えたら、さっそく魔都ガデューラに行って大魔王ヴュオルズに会いましょう!」
「そんな簡単に会えるとは思えないが」
「大丈夫! 策はないけど何とかなる!」
「策ないんかい!」
脱力しながらも『まあなんとかするだろう。セシルだもん』と考えるところまで全員共通だった。




