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第22話 嵐龍

(北の三魔王との通信線(パスライン)が消えた!)


 魔都ガデューラの私邸でラルシオーグは戦慄した。ショックで危うく悲鳴を上げるところだった。

 三魔王を使役するための精神の糸を連結したままだったので、消滅した際のノックバックをもろに受けたのだ。敵の出現を全く感知出来なかったため、完全に虚を突かれた。防御不能の衝撃だった。


(!? 三魔王と再接続出来ない! まさか、死んだ? 3人同時に!?)


 東方の魔人探索に出した矢先の出来事だ。魔大陸内はあまたいる魔族の目や耳をパスラインでリンクしてサーチしたが、東方の魔人の痕跡は見つからなかった。ハルドに戻ったか、大陸に渡ったかだろうと推察し、まずは大陸の北端と南端から同時に逐次探査を開始したところだった。


(そんな馬鹿な……。東方の魔人の仕業か? 他に考えられないな。追跡は許さないということかっ……。しかし、いったいどうやってあの三魔王を。一人は不死の王だぞ。死なない魔王をどうやって殺した!?)


 そう、不死の王とその配下たちは実は死んでいない。だが、惑星の内核という超重力・高温・高圧の環境下で再生する尻から再び圧壊を繰り返し全く動けずにいるのだ。脱出は事実上不可能である。


(はあっ、はあ、一旦落ち着けわたし……。南の三魔将は健在。しかし、東方の魔人の能力がさっぱりわからない。ヴュオルズ戦で近接戦闘をしていたのは、フェイクか? 実は長距離戦闘が得意だったのか? このまま放置すれば三魔将も探知され三魔王同様瞬殺されるおそれが強い。ここはやむを得ない、仕切り直しが必要だ。探査は打ち切りだ!)


 南端にいた三魔将『紅蓮大将軍(レッドジェネラル)』『嗜虐の(スローター)元帥(マーシャル)』『夢魔の姫騎士ドリマーズプリナイト』に帰還指示を出す。東方の魔人の索敵能力は侮れない。そして近接攻撃だけではなく、超遠距離の攻撃手段をも持っているようだ。


 この探索はヴュオルズの指示ではない。ラルシオーグの独断だ。

 三魔王を失ったのは弁解の余地がない大失態だ。ヴュオルズが東方の魔人討伐に飛び出す前に足取りを掴むつもりだったが、裏目に出てしまった。


 ヴュオルズの怒りを買うだろうが、事実を報告せねばなるまい。魔人が近接戦闘のみならず広範囲探査能力と不死の王すら殺せる恐るべき能力を持つことがわかっただけでも良しとせねば。


 先日は向こうからやってきたが、やつがその気になればこちらの攻撃範囲外から一方的に蹂躙出来る力があるということだ。姿を見せたのは自信の表れだろう。わざとだったのだ。

 なんとも不遜な人間(やつ)だが、それだけの力はあるということだ。


 うかうかこちらから出向けば、あっさり迎撃されてしまう。


 ヴュオルズを身を挺してでも止めておく必要がある。

 全快すれば待ったなしで飛び出していくだろうから。


 対策を用意するまでの猶予をいただかないと。


 ラルシオーグは盛大な勘違いをしているが、それを指摘出来る者はどこにもいない。



◇◇◇◇


「ところで、王女様はなんでわたしのことを『お姉さま』って呼ぶの? 本当のお姉さまたちがいるじゃない?」

「父に嵌められたとはいえ、エツロウ様にふしだらな行為をしたのです。二度とお姉さまなどと呼びたくはないですわ」

「お、王家の秘密をそう何度も繰り返されては……」


 ガリウズがひきつる。


「そんなことはどうでもよいのです。あの宿で『ぷらすてぃっく』を発見した時点で聖遺物(アーティファクト)と深く関わりのあるお方だと確信致しました。そしてお姿を見た時、わたくしの中でお姉さまはお姉さまとなったのです」

「若干、意味が分からない……」

「そしてあのエツロウ様とご親戚とは! もはやお姉さまをお慕いするこの気持ち、止められないのです」


 あー、何かこんな感じの反応、学校でもあったわね。

 そういえば後輩たちもよくお姉さまって呼んでたっけ。あれ、同級生からもお姉さまって呼ばれたような? あれはえっちゃんのクラスの子だっけ?


「この空飛ぶ船にも驚きましたが、エツロウ様とご親戚ならありうべきことと納得しております」

「えっちゃんの武勇伝、凄かったもんね」

「はい、わたくしは直接見聞きしたわけではなりませんが、王族の一人として報告は受けましたので」


 セシルは今何をしているかというと、展望食堂で黄金の止まり木亭新メニューの冷やしフルーツゼリーをアレー王女と一緒に食べながら、ハルド王国での悦郎の活躍を詳しく聞いていたのだ。


 お昼ご飯から3時間ほど経って、おやつの時間なのである。アレー王女が部屋から出てきて艦内を散歩する様子だったので、誘ったら二つ返事でついてきた。

 王女も小腹がすいていたようだ。


 なお、ゼリーはガリウズが最初に毒見をして、そのまま一皿食べてしまった。もちろん王女とセシルに断ってである。王女とセシルの分は別に届けて(転送して)もらった。都合3皿。本日分は売り切れである。まだ試作段階だが、かなり美味い。さすがは冷蔵庫パワーである。

(本当は5皿分作ったのだが、おかみさんとミーシャちゃんが自分で食べたため)


「それにお姉さま、わたくしのことは王女ではなくアレーと呼んでいただきたいのです」

「いやそれは無理だから」


 王女の後ろでガリウズが目を三角にして睨みながら唸っている。番犬かお前は!

 おすわり(ステイ)


「ところで、王女様は魔法が得意なのよね? 魔法について教えてくれる?」

「得意だなんてお姉さま……。そこそこの自信はありますが」

「(自信あるんだ)」

「で、あの、お姉さまは魔法についてどこまでご存じなのですか?」

「このせか……この国の人は誰でも少しは魔法が使えるってことぐらい?」

「ニホンには魔法が使えない人がいるのですか!?」

「いや、ほとんどの日本人は使えないから……」

「なるほど、魔法に頼らないから逆にこんな素晴らしい魔道具(マジックアイテム)が発達していたり、聖遺物(アーティファクト)に詳しいのですね!」

「まあ、そうかもね」


 あながち間違っていないかも。なまじ魔法という便利なものがあるから、科学技術、特に工学が遅れているのかもしれないわね。


「で、魔法の基礎的なところ、かいつまんで教えてくれる?」

「はい、魔法にはいくつかの属性があります。始原。系統。発動方法。効果範囲。魔力といったところです」

「始原って? 他はなんとなく想像つくけど」

「それは……」


 要約すると、始原とは魔法が発動するためのエネルギーの大元である。この世界の始原は火、水、土、雷、風の五大元素、精霊、光と闇の8要素があり、それぞれ火魔法、水魔法、土魔法、雷魔法、風魔法、精霊魔法、光魔法、闇魔法の根源となっている。

 系統は攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法、付与魔法、生活魔法、空間魔法という実務上の分類だ。

 発動方法は詠唱、魔法陣(マジックサークル)呪文(スペル)魔法石(マナストーン)(ジェスチャ)(フィンガースペル)(タトゥー)紋様(シール)など。

 効果範囲は自身の内部、自身の外部、味方、敵、第三者、単体、複数、域内、域外など魔法の対象となるものでの分類。

 魔力は必要な始原量、あるいは魔法の威力を示している。


 この世界の人は最低でも光の付与魔法で無詠唱で自身の内部が対象となる魔法、すなわち身体強化が使える。またこの結果、医療レベルの割に怪我や病気が少ない。もちろんその効果は人それぞれなので、わずかに強化されるだけのものもいれば、瞬間的に何十倍という力を発揮できるものもいる。

 ゴズデズが首の骨を折ってもすぐ復帰出来るのは、身体強化と自動治癒によるものだ。


「それって光属性なんだ」

「はい。神の祝福です。そして闇魔法で同様のことをしているのが魔族です」


 ああ、そういう分類も出来るのね。


「けれど、闇魔法が使える人間も多いので、闇イコール魔族というわけではありません」


 なかなか難しいわね。


「効果範囲の第三者と域外、域内ってのは?」

「第三者は敵でも味方でもない人に対して効果がある魔法です。変化とか、認識阻害とかですわ」

「そんなのもあるんだ」

「域外、域内というのは効果対象が選択範囲の中か外かということです」

「なるほど。域外の方は離れればだんだん弱くなる感じかな?」

「そうですね」


 それは選択範囲外じゃなくてドーナツ状に選択してるだけじゃないかなあ?

 そういうどうでもいいことをきっちり定義したくなる。理系脳である。


「いつの間にか、外が少し暗くなってきましたわ。お姉さま。夕方だからですか?」

「違うわよ。今のコースと速度だと、魔大陸に着くまで太陽は沈まないからね。単に雲が厚くなってきたみたい。嵐が来るかな? 」

「嵐!? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ」

「お姉さまがそうおっしゃるのなら、安心です」


 多少船体が揺れるかもしれないが、重力制御が効いているから艦内では感じないだろう。


 と、みるみる視界が黒く染まり、雨粒がドームに噴き付けてきた。バチバチバチというノック音が響く。


 ガシャーン!


 轟音と共に稲妻が光る。船体に雷が落ちたようだ。


「きゃ!」

「揺れないけど音はどうしようもないか」

「姫殿下、部屋に戻りましょう」

「い、いえ、嵐の中を直接このように見るというのはなかなか機会があることではありません。ここにいます」

「私は部屋に帰るわよ。見てて楽しいものでもないし」

「ガリウズ、部屋に戻りましょう」


 アレー王女、豹変。


『姉さん! 魔族の攻撃ダガ!』

『電撃魔法がゴズ!』


 タブレットにダガルやゴズデズのビデオ通話が映った。マルチ画面である。この短時間でビデオチャット機能を使えるようになったようだ。ハンターたちのハイテク化が進んでいる。


「ばかね、ただの雷よ。この船は無事だから安心して」


『そうなんですかいダガ』

『レーダーでは結構デカい雨雲だが、本当に大丈夫なんだな』


 マークスが遅れて画面に割り込んできた。ハンター以外もハイテクに慣れてきているようだ。特にマークスら鍛冶ギルドはプリンセス・アレー号の装備に興味津々でいろいろいじっているようだ。

 詳しく教えていないのに、タブレットの機能をいろいろ使っている。


 ん?


 と、セシルの足が止まった。慌てて窓際に引き返す。

 部屋に戻りかけていたアレー王女とガリウズも何事かとセシルの横に戻る。


(雨? この高度で?)


 そう、超音速のプリンセス・アレー号は高度5万フィート。約15キロの高空を飛んでいる。雲自体は高度15キロどころか80キロ付近までも達することがあるが、雨はおかしい。


 普通、雨粒が出来るのは高度2キロ程度である。それ以上の高度で雨が存在するには強い上昇気流が必要だ。

 高度15キロに達する上昇気流。それはもう台風である。


 プリンセス・アレー号は全く揺れないので気がつかなかったが、雨は猛烈な勢いで横殴りに降っているようだ。

 確かにこの暴風は台風といっていい規模である。

 しかし、今いるのは北緯55度辺りの海上だ。


 この惑星の地学的特性は地球とほぼ同じなのがセンサーとマッピングにより分かっている。

 台風がこんな高緯度地帯まで勢力を保っているのは不自然な現象だ。というかあり得ない。


 しかし、この世界には地球と異なる別の力がある。魔法だ。


 センサーの解像度を落とし、範囲を大幅に拡大する。はっきりとした目を持つ半径500キロに及ぶ渦巻き状の巨大な雲……。台風がモニタ画面にその全貌を現す。


「台風、よね。こんな寒い海で? って、やっぱ自然現象じゃないか!」


 センサーが台風の目付近に大型の魔物を捉えた。そこをフォーカスアップする。


嵐龍(らんりゅう)アラディマンダ―』


 モニターに紫のターゲットマーカーと共にそう表示された。


 まだ赤、すなわち明確な敵意を持つものではないが、危険な存在のしるしである。


『セシルさん! 不可侵の魔物(アンタッチャブル)だ! もっと早く! 逃げろ!』


 マップに嵐龍が表示された途端、モニターにシュバルが割り込んできた。

 センサーの操作はセキュリティ上セシルにしか出来ないが、マップ画面そのものは全員閲覧出来る。


不可侵の魔物(アンタッチャブル)?」

『われわれ人類が手を出してはいけない禁忌だ! いくらこの船でも嵐龍には勝てない』

「いや、勝つも何もそもそもこの船武装してないわよ」

『なんだと!』

「えっちゃん探しに行くための船だもん」

『お、おお、そうか。い、いや……。勝ち負けではない。嵐龍は倒してはならない。やつがこっちに気がつく前に早く!』

「それはもう無理だと思うわよ」


 マーカーの色が赤に変わっていた。嵐龍は台風ごとこちらに接近してきている。

 すでにロックオンされている。


 ……超音速で飛ぶ船に襲い来る台風って、よく考えるとすごい速度よね。よく雲の形を維持できてるなあ。魔法のおかげだろうね。


 でも、倒しちゃいけないって?

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