第21話 三魔王出現
地図とプリンセス・アレー号のイラストを掲載します。
イメージしやすいと思いまして……。
↑この世界のマップです。
↑プリンセス・アレー号。
こんなもん描く前に小説書けと。ごもっともで……。
(ちなみにキャラデザインもありますが、またそのうちに)
「お姉さま、この『オムライス』という料理、はじめて食べましたが、美味しいですね! 卵がふわふわ!」
「でしょ! これはわたしがおかみさんに教えた料理なのよ!」
本当は昨夜食べる予定だったが、ごたごたで今になってしまったのだ。
使われている卵は朝出発前にセシルが大量に生み出したものである。サルモネラの心配もないから、常温保存可能だ。
「おりゃあ安定のロックバードだダガ。旨かったダガ」
「森林ボアがなかなかイケけましたーキー。さすが黄金の止まり木亭メニューでキー」
「ふむ、俺はオムライスに挑戦したが卵で飯を包むとは斬新だったック。けどちょっと物足りなかったック」
「おりゃあボアとロックバード両方喰ってやったでゴズ。ぐははははでゴズ」
は?
語尾が変だよハンターたち。
あ、セリフの区別がつかないなんて言ったから、あえて訛りを表現してるのね、自動変換システムが。
しかし、ダガルだからダガとか、無理があるというか頭悪そうというか……。
まあいいや。
「はい、食べた後の食器は返却棚に置いてね。生ごみとその他のごみは分別してゴミ箱にね!」
生ごみは艦内で使用する水にリサイクルする。残ったカスは肥料化する。農場のドウラに無料で渡す予定だ。
返却棚を閉めると、自動的に食器は黄金の止まり木亭に転送される。転送時に食器についた汚れはリサイクル過程に送られるので、おかみさん達が洗う負担は軽い。
ということで昼食も終わり、ほんとうにこれといってすることがなくなったので、自室に戻って休むもの、下部や艦尾の展望室でのんびりするもの、艦内を散策するものなどに分かれた。
マークス、コレクトの鍛冶職人ペアはしばらくタッチパッドをいじっていたが、今は艦内をうろうろしている。各所の機能や素材を調べている様子だ。
アレー王女とガリウズは自室。ジックとチョーキーの青銅ハンターは下部展望台に降りたようだ。海しか見えないが、時々鳥が飛んでいたり、魚影が見えたりとそれなりに変化はある。
セシルは艦尾展望室にいた。他にはシュバルとアントロの商人ペア。ダガル、ゴズデズの鉄ハンターコンビ。ダガル、ゴズデズはセシルの護衛のつもりかもしれない。
セシルはこの機会にシュバルらに聞きたいことがあった。
「シュバルさん、そもそも魔物、魔獣、魔族、魔人、魔王って、一体何なんですか?」
「なるほど、基礎的なことだが、難しいところをついてくるね。実はあいまいな部分がある」
「あいまい……」
「まず、その用語が、日常会話なのか専門用語なのか、専門用語としても国ごとの違い、ハンターギルドと軍隊においても微妙に意味するところが違うんだよ」
「生物学的にいえばどうなるんですか?」
リケジョとしては科学的定義がまず知りたい。
「生物学的には魔物は生物ではない。魔物という別の存在だ。そもそも研究する学問が異なっている。われわれ人族をはじめ魔物でない生物一般は自然生物学の範疇だが、魔物は魔物学になる」
「生物、鉱物のような意味で、魔物という別ジャンルということですか?」
「そうだよ。亜人、獣人は生物だが、魔物は魔物というものだ」
「でも、生まれたり、死んだりしますよね? 食事もするようですから新陳代謝もあるし、生殖だってするんですよね。生物……自然生物との違いが分かりません」
「そこが魔物の面白いところだ。たしかに生殖で繁殖するものもいるし、食事もする。新陳代謝もあるようだ。だけど、ダンジョンなどで自然発生することもある。死んでも復活することもある。また、そもそも死なない魔族もいる。そして歳を取らないように見える魔物もいる」
「見える?」
「老化がものすごく遅いだけなのかもしれないからね。そもそも生殖にしろ、食事にしろ、我々自然生物の真似をしているだけなのかもしれない。本質的には必要ではない事だろうと考えられている」
「どういう意味ですか?」
「魔物は、魔のエネルギーを直接取り込んでいる。魔のエネルギーによって魔物固有の魔法を使ったり、圧倒的なパワーを生み出したり、増殖したりするんだ」
出たよ謎のエネルギー。
「魔のエネルギーは、人間が使う魔法とは関係ないんですか?」
「魔のエネルギーは魔物だけが使える。人間の場合は精霊や自然のエネルギー、魔素といったものを利用する。魔のエネルギーを使えるのは魔物だけだ。でもね、人間が使う魔法のエネルギーを使う魔物もいるから、ややこしい。火魔法や水魔法を使う魔物はざらにいる。その場合も魔のエネルギーを混ぜて威力を上げているんだがね。それに精霊魔法や聖なる魔法を使う魔物すらいるんだ」
触媒みたいなものなのかな? 魔のエネルギーって。
「魔物は謎生物だということがだいたい分かりました」
「謎生物か。たしかに、物理法則や生物学の埒外にある」
「で、魔物、魔獣、魔族、魔人、魔王ってのはどう区別されてるんですか?」
「それは魔物学ではなくて、日常会話レベルでいいかね」
「はい、常識レベルで構いません」
今の話を聞いていても、学問的定義は相当複雑そうだもんね。
「一般に強さや賢さなどでカテゴリーを分けている。獣型が魔獣、二本足で歩いてたら魔族、知恵があって喋ったら魔人。魔人の中でも特に強い個体を魔王、全部ひっくるめて魔物と呼んでるね」
「ハルド王国でえっちゃん……人間に『東方の魔人』なんていう二つ名つけたのはなぜですか?」
「あの国はもともと山の魔王、海の魔王という二大魔王を荒ぶる神として祭っていた歴史がある。定期的に供物を捧げるなどもしていたからね。魔物と人類が共存している珍しい国だった。だから人並外れて強いものを魔人と呼ぶ風土があるんだろう。まさか二大魔王を討伐してしまうとは思わなかったがね」
「魔のエネルギーについては何かわかっているんですか? 物理的特性とか」
「魔のエネルギーについてはさっきも言ったようにダンジョンや、山奥、あるいはこれから行く魔大陸のような溜りやすい場所があることが分かっている。瘴気と呼ぶ学者もいるが、魔のエネルギー自体が毒や腐食させたりするようなものではない。ただ、毒や腐食ガスを産む魔物が大量に発生していることもあるので、瘴気だまりに魔のエネルギーが多く溜まっていることはある」
エネルギーが溜るってよくわからないな。重力エネルギーにおける空間の歪みみたいなものかな?
「魔王のような強力な魔物が急に湧くことがありますか?」
「魔のエネルギーの密度と出現する魔物の強さは比例する。ただ、一般的には魔王のような強力な個体が生まれるよりも低級魔族が多数現れることの方が普通だ。魔のエネルギーが拡散せず、純粋に圧縮される必要があるからね。狭いダンジョンのコアでエネルギーが連鎖的に圧縮され魔王レベルが生まれることはある」
「森や草原なんかで突如現れることは? 魔王三体同時! とか」
「そんなことがあったらアドセットやエルベットのような森の近くの街に住んでいられないよ」
「ですよね……」
セシルがシュバルに聞いたのは、実はこんなことがあったからだ。
話は昼食前に戻る。
◇◇◇◇
セシルには少し気がかりがあった。
軍師サムゾーが言っていた、エルベット街道周辺の魔物の活性化である。
城塞都市エルベットは駐留軍もいるし、そもそも城塞都市なんだからなんとかなるだろうが、アドセットの街に魔物が襲ってきたらまずい。主力の鉄ハンターのうち2人が今街にいないし、絶対防衛線の外だから、いざとなったら王国側から切り捨てられるかもしれない。
ということで、街道をマッピングしながら詳細を調べていた。
建物や地形だけではなく、町の住民や露店、軍の駐留地の行進訓練や騎馬隊、街道を往来する馬車、森の中の動物や魔物まで漏れなく記録されるからだ。
確かにエルベット街道周辺の魔族が多い。しかもかなり活発に移動しているのがわかった。
マッピングのセンサーがサーチする度にコマ送りのように動く魔族を見ていると、北部の丘陵地帯から街道のある南方向に向かって進んでいる。
真っすぐ進んでいるというよりは、扇状に散開している、という方が正しい動きだ。
何かから逃げている?
北に何か原因があるようだ。
センサーの解像度を下げ、そのかわりスキャン範囲を広げると、丘陵地帯のさらに北の大森林に強い魔族の反応があった。
その反応にフォーカスを合わせ、解像度を上げる。
『不死の王』『奈落の竜王』『始祖の獣王』
3体の魔族、いや魔王だった。名前からして強そうである。
マップ画面に表示される英語名が若干ちぐはぐだが、出自が違うのかもしれない。
不死の王は王がアンデッド化したもので、奈落の竜王は奈落生まれの竜の王、始祖の獣王は魔獣の最初の王という感じか。
また、それぞれ数体のお付きの魔物を従えているようだ。3体の強力な魔物の周辺に逃げずにいる魔族がくっついている。
なるほど、一般の魔族たちは魔王を恐れて逃げ出しているということね。
ということは魔王は突然現れた?
スキャンを巻き戻してみたが、魔王の場所はサーチ範囲外だったので出現時の詳細は不明だった。だが、現在の動きからすると、魔王たちはそれぞれ西、南、東に向かって別々に移動しているようだ。移動速度は極めてゆっくり。王の風格なのか、あるいは何か探しものでもしているのかもしれない。
西はともかく、南に向かっている『奈落の竜王』と東に向かっている『始祖の獣王』はアドセットの街に近づく恐れがある。その前に追い立てられている格好の一般魔族が到着するのが早いだろうが。
魔王たちが原因なら、3体ともやっつけちゃえば魔族の暴走は収まるよね!
セシルは3体の魔王の足元に空間転移を仕掛けた。マッピングとの組み合わせでこういう芸当も出来る。
転移先はすぐ隣にした。『奈落の竜王』『始祖の獣王』とその取り巻きは即死しばったりと倒れた。マッピングに死体と出ている。
転移恐るべし。
が、『不死の王』とその取り巻きは死ななかった。もともとアンデッドだから死なない、というか生物に含まれないのだろう。
(アンデッドなら転移に耐えられるんだ。これは興味深い!)
『不死の王』は西に向かっているから放っておいてもよかったが、蜘蛛の子散らす魔族がアドセットの街に流れるとまずい。
セシルは再び転移を使った。転移先は地下6千キロ。この惑星の内核だ。
『不死の王』とその取り巻きは瞬時に高温高圧で圧壊して蒸発した。
転移恐るべし。
この後、大規模討伐軍を用意していたエルベット駐留軍は空振りに終わり、駐留軍トップのケルゲル伯爵は戦費を王国に請求出来ず経済的な苦境に立つのだが、それはセシルの関知するところではない。
(でも、なんで魔王が3体も急に現れたんだろう? そういうものなのかな? 後で博識のシュバルさんに聞いてみよう)
◇◇◇◇
偶然じゃない。とすれば何者かが人為的に3体の魔王を送り込んだ。あるいは生み出した?
魔王を使役出来そうなのは、大魔王……?
今から行く魔大陸に住むという大魔王が仕掛けてきたということなのかしら。
なぜ?
アレー王女の依頼を感知した?
それともわたしの存在を察知した?
あ、もしかしてえっちゃんかな!?
もう大魔王と一戦交えた、とか!?




