第20話 はじまりのクエスト
ええと、やっと20話まで来ました。そして、次の21話からがいよいよ本編です。
長い序章でした(>_<)
毎度設定話が長くてすみません。もう、癖ですね。
この空中船には、航空機のジェットエンジンのような噴射口が見当たらない。船尾は緩やかなアールを描く後部展望室になっている。そのことも、船に酷似した印象を与えているのだが、実は重力推進で飛んでいる。
セシルの時空を曲げる力を応用した推進機関である。機関内部の空間の歪み率を関数化し、重力ベクトルの大きさや向きをコントロールすることで、(この世界の)地球の重力とで合成される力の方向に飛ぶ。SF小説によく登場する慣性駆動である。
推進原理的には重力を振り切り、外宇宙航行も可能だが、この空中船自体はあくまで大気圏内専用で宇宙での生存設計はしていない。
時空を曲げられるという事実があるので、機械化は可能だった。原理は単純な力の合成だし、雑な指示でも概念さえ明確であれば形になるのはもう何度も実証済みである。
模型で実験し、夜中のうちに完成した実機を飛ばしてみた。完璧であった。
思えば、水源開発の時、既に地面の岩が浮き上がっていた。重力制御を無意識で使っていたのである。
なら、ドローンとか、ジェットなスクランブル翼なんていらなかったんじゃない?
全部重力推進でよかったんじゃない?
と、実機を飛ばす前は思ったが、実際にやってみると二つ問題があった。
一つは、重力を使った慣性駆動は小回りが利かない。サイバーン戦のような空中での高機動にはジェット推進の方が適している。
もう一つは、船は常に自由落下している状態なので、加減速が体感できない。
飛行機の離陸時のようにギューッとシートに押し付けられるようなワクワク感が全くないのだ。
なお、完全な自由落下だと無重量状態になるので、別の慣性装置で艦内重力を制御している。
どちらも、ゆったりとしたクルーズという目的では短所にはならないので、この空中船の動力源として採用することにした。セシルの心の中の決定だが。
原理的には無限に加速出来るので地球には現在存在しない超音速旅客機として設計した。リメンバー・コンコルド。燃費を無視出来る慣性駆動は実に便利である。ならば速いに越したことはない。
船体を全体に彩る複雑かつ優美な3次元曲線は、音速を超える際の衝撃波による造波抵抗を軽減しソニックブームを静音化するための形状だ。尾部の前進翼は、艦首から生じる衝撃波の消波装置だ。衝撃波を反射し膨張波で相殺する。さらに船体の下面が平たいのは、マッハコーンを船体下部に集め空力特性を得るウェーブライダー構造だからだ。
ソニックブームの轟音が発生しないサイレント超音速旅客機である。環境に配慮。持続可能性を追求している。
消音効果も模型を使った風洞実験ではうまくいったが、念のため陸上では亜音速まででしか飛ばないようにした。
海上に出ると速度を上げると言ったのは、超音速に遷移する、という意味だ。
だが、中に乗っている者は音速を超えようが何も感じないだろう。ちょっと残念なセシルであった。
(だって、『ライト・スタッフ』好きなんだもん……。音速の壁を破る! でも壁がっ! 圧縮波がっ! ないっ!)
とことん理系である。
客室は黄金の止まり木亭のセシルの部屋そのものである。コピペして増産した。一度創造したものは二回目以降は簡単に創造出来る。魔力切れもほとんど起こさない。今回乗員はセシルを含め11人だが、念のため20部屋造ってある。これを左右の舷側に並べるところから逆算して船体全長を80メートル級に設定したのであった。
4倍寸で造ったのは王女の部屋ともう一つある。悦郎のための部屋である。今は未使用だが、帰りに乗船させる準備は万端だ。
セシルの部屋は客室と違って、船体最上部にある。艦長室は一番高いところにあるべきだ。悦郎もそう言うだろう。ロマンである。愛の戦士だ。
「そういえば、お姉さま、この船『名前はまだない』号って、ちょっと残念ですわね」
これといってやることないモードになったので、ひきつづき乗員諸君は下部展望室で雑談中である。セシルもソファに座ってくつろいでいる。
「名前付けるの、苦手なのよ」
そう。セシルはバイクにも、ジェットなスクランブル翼にも、ドローンにも名前を付けていない。名前がいるのか? という気もする。そういえば航空機は機体番号だけなのに、なんで船は○○丸とか○○号って付けるんだろ? 昔の船乗りの迷信の類?
「はい!」
「はい、ガリウズ君」
突然ガリウズが手を上げた。その勢いにセシルがつい指名してしまう。学生だもの。
「『プリンセス・アレー号』はどうだろうか?」
「突然何を言い出すのですかガリウズ!」
「はい、採用」
「えええっ、お姉さま! そんな簡単に」
「いや、もともと依頼に合わせて造ったものだから、わたし的にはアレー王女で全然オーケーよ」
「えええ、オーケーなんて、そんなあ」
アレー王女が頬を赤く染める。何か勘違いをしているようだ。
「姫殿下、わたくしはこの船に乗った時からプリンセス・アレー号以外の名はないと考えておりました」
「そうよね。名は体を表すというし、王女様の依頼を達成するための船という目的にぴったり合ってる。……決まりでいいわね」
「お姉さまがそうおっしゃるなら、結構ですわ……」
「じゃ、決定。船名『プリンセス・アレー号』。はい登録!」
セシルがそういうと、各所のモニターが一斉に『プリンセス・アレー号』という表示に切り替わった。
その瞬間、これまで起きた出来事が、セシルの脳内でぴしりと音を立て噛み合った。
(っ! ……そうか! これ全部が豪華な初期配置なんだ!)
セシルは展望室を見渡す。そこにいる幼く美しい王女。その護衛のちょっとイケメンな騎士。ポンコツっぽいけど忠実なハンターギルド。博識なイケメン中年の商業ギルド。技術と知識にどん欲な熱血鍛冶ギルド。
王女様からの指名依頼の魔大陸へえっちゃんを探しに行くクエスト。
ギフト『創造』と『再生』。
その能力で生み出した空中船『プリンセス・アレー号』。
異世界に来てわずか三日で揃いすぎるぐらい揃ったカード。
偶然じゃない。わたしとえっちゃんを異世界転生させた上位存在は何も語らないけど、これは間違いなく世界の意志。お膳立てだ。
チートな初期装備。強くてニューゲーム。イージーモード。
魔大陸への旅が、本当のはじまりのクエストということね。
わかったわ。
待っていてね、えっちゃん。
今すぐ会いに行くからね! 超音速で!
魔大陸で悦郎が待っている、ということは単なるセシルの思い込みにすぎないのだが、今それを指摘する者は誰もいない。
「王都だ!」
アントロが叫んだ。彼は王都に何か思い入れがあるのだろうか。
飛行機から富士山が見えたらついうれしくなるようなものかもしれない。
眼下の景色はいつの間にか原生林から、細い道や小さな集落を含む農村地帯に変わっていた。
そして西に延びるエルベット街道の先に、海岸線と大きな都市が見えてきた。
王都エトアウル。
王国と同じ名を持つ都市である。
「この空中船……、失礼、プリンセス・アレー号の速度はとんでもないね。こうして見ている間に王都がぐんぐん近づいてくる。アドセットからだと早馬でも4日、馬車なら8日はかかるというのに」
「シュバルさん、早馬と馬車ってそんなに違うんですか?」
「ああ、早馬は夜しか休まないけど、馬車はそもそも荷車があるし、休憩なしで無茶をして馬を潰したら元も子もなくなるからね。セシルさん」
「なるほど。それにしても、これが王都かあ。さすがにアドセットやエルベットの比じゃないわね」
「わたくしも初めて見ました。というか、空から王都を眺めるなんてことがそもそも初めてですけれど。まるで立体的な地図を見ているようですわ。お姉さま。素敵ですね」
「……そうね」
傍らでガリウズが黙って眼下を見ている。
この船で空襲したらあっという間に占領出来る。そんなことを考えているんじゃないわよね?
んなこと、しないからね。
実は飛びながらセンサーで捉えた画像データを3Dマップに落としている。
精密な立体地図だ。
この世界全体の完全なマップを造ろうと思えば全周くまなく飛ばないといけないが、それはこの高度では非効率だ。だが、往路のデータは少なくとも復路で活用できる。
エルベット街道や街の精密マップはこの界隈の人にとってはかなり役立つはずだ。
ギルドで渡されたあのおおざっぱな地図がこの世界の基準なら。
紙にプリントして売り出したら結構儲かるんじゃないかな。
あっ、ここに商業ギルドの人がいた。
自分で売らなくても、卸しで商売出来るわ。
王都エトアウルの中央に大きなお城が見えた。王城だろう。当然か。
城壁の内側の建物配置もスキャンしたが、これは販売時には白塗りにしておいた方がいいだろう。
大きな通りが都市中心から港まで繋がっており、何隻もの船が行き交っている。帆船だ。
そして海に出た。
やがて陸地が東に消え、見渡す限りが海になった。
ずーっと海。
眺めが変わらなくなり、さすがにみんな外を見るのに飽きてきた。
「なんだかんだで、腹がすいてきたな」
マークスの言うとおり、アドセット時刻で正午を回っていた。
「食事はどうすんだ? 用意は全部あると聞いたから、非常食しか持ってきていないが」
「あー、もちろん大丈夫。準備してるわ。全員、食堂に行く?」
そのとおりになった。メインエレベーターで船体上部の展望食堂に移動する。20人が一度に乗れる大箱のエレベーターなので、部屋が移動しているように感じる。
「なんかもう、……すげえな」
「マークス、わたしもそろそろそんな感想しか出なくなってきたよ」
食堂は船体上部に突き出た涙滴型ドームの展望ホールだ。青空が明るいが太陽光をフィルターで減衰させており、まぶしいほどではない。日焼けもしない。
「食堂の使い方です。このタッチパッドに鍵をかざすと本人認証されてメニューが表示されます。『定食』か『単品』かをまず選びます。やってみますね。『定食』を押すと、『A定食・オムライスとサラダ・スープ』『B定食・ロックバードの煮込みとサラダ・スープ』『C定食・森林ボアのステーキとサラダ・スープ』が出ます。今日は3品か。まあ初日だからしょうがないか。ええと、あとはどれか選んで『確認』を押してください。間違えたら『戻る』で前画面に戻ります」
「なるほど。下に値段があるが、料金はどう払うんだ?」
「アントロさん、さすが商人。この旅が終了後精算します。そのための本人認証です。いちいち請求するのは面倒ですので」
「初日だからとかなんとか言っていたが、メニューは変わるのか?」
「たぶん……。そこは本人に聞いてみましょう。チェックメイトキングツー、チェックメイトキングツー。こちらホワイトルーク、ゴールデンクイーンにコール。オーバー」
少しの沈黙の後、食堂のスピーカーから聞き覚えのある声が流れてきた。
『チェックメイトキングツー、チェックメイトキングツー。こちらゴールデンクイーン、オーバー!』
「ミーシャじゃねえか! あいつらも乗ってるのか?」
「ゴズデズ、違うわよ。無線よ。ホワイトルークよりゴールデンクイーンへ。ミッションスタート。オーバー」
『ゴールデンクイーン、了解! オーバー』
「ってあんまりごっこやってると話が進まないわ。ゴールデンクイーン、今から注文が送られるのでよろしく。で、今後メニューはどうする予定? オーバー」
『ホワイトルーク、新しいキッチンの使い勝手はとってもいいよ。こっちでもメニューをきちんと揃えて、日替わり定食も作る予定。少なくとも一週間分は朝昼夕の予告が出来そうよ。オーバー』
おかみさんの声だ。
「ホワイトルーク、了解。オーバー」
『オーバー』
「……えー、ということで食事は黄金の止まり木亭からお取り寄せします。味は保証付きですから、皆さん奮ってご注文ください」
「ちょっと待て、突っ込みどころ満載だよ! 無線ってそもそもなんだ。んでどうやってアドセットの黄金の止まり木亭からここまで料理を運ぶ!? 空の上、海の上だぞ!」
「マークス、それはハンターの秘密よ」
「ぐっ……」
「マークス、私たちは輸送というものを根本から考え直さねばらならないようだ」
「まったくだな、シュバルさん」
「まあ姉さんすからね」
「旅は快適に越したことはない」
ダガルたちは思考停止しているし、ガリウズは王女の環境さえよければそれでいいのであった。
セシルの転送は生きている物は運べないが、料理は大丈夫だ。温度も鮮度も変わらないことが検証済みである。
トランシーバーについては、セシルは無線といっていたが、これも実は転送である。機械の中に転移空間を作って有線で繋いであるのだ。つまり実は糸電話である。内部スイッチで交信先を切り替えることは出来るが。
なので、距離による遅延はなく、また、電波が届かない地下や海中でも使える。
電波の中継器を作るよりも簡単だし、電波が飛行管制に影響があるかもしれない。




