第2話 通りすがりの一般人です
「なんだあ、てめえ、何ガン飛ばしてやがるんだよ!」
「喋った! トカゲが喋った! そんでもって意味が分かる!」
二本足のオオトカゲは胸当てとパンツ、編み上げサンダルというスタイルにでかい板のような大剣を背負っていた。セシルの1.5倍ぐらいある巨体だ。
その声は口の構造が人間とは違うのでかなり低く、もちろん日本語を発したのではない。
だが、セシルには意味が分かった。
「人をトカゲ言うな! この蒼髪! てめえエルフか? 喧嘩売ってんのか!?」
「あ、いや、そんなつもりじゃ。本当にびっくりしたんで。え? 蒼髪?」
前髪を指で伸ばして上目で見る。
たしかに蒼い。というか、ほとんど銀髪だが、多少色素が入っているので光の散乱で蒼く見えるのだ。青い瞳と同じ原理である。
「おお、ほんとだ。蒼い! うわあ、さすがファンタジーゲームのキャラクリというか、実にえっちゃん好みな感じ。厨二的で!」
「てめえ、なにすっとぼけてるんだよ! 舐めてんのか!」
「いえ、喧嘩売ってないし舐めてもいませんよ。トカゲ呼びして気分を害されたのなら謝ります。人間以外の人を見たのが生まれて初めてだったので」
「謝ってすむなら騎士団もハンターギルドもいらんわ!」
「騎士団とかハンターギルドとかがあるんだ! まんまゲームな夢よね!」
「てめえ寝ぼけてんのか! 起きて歩いて夢を見てるわけないだろ!」
「いや、どう見ても夢……。でも、お詫びしても許してもらえないとなると、どうすればいいでしょう?」
「そんなの決まってんじゃないか! 俺は雄でてめえは雌だ。詫びの仕方、わかるだろ? 俺の宿はすぐそこだしよ」
あ。
これ、あかん奴だ。一種の当たり屋ね。カモにされてるんだ。
差別用語的な発言をしたのだと思い、目の前のオオトカゲに本気で謝罪しようとしていたセシルだが、対応を変えることにした。
てか、このオオトカゲ、多分いつもこんなことをしてるんだろう。
まったく悪びれる様子がない。
なら、どうせ夢だし。少々荒っぽいことやってもいいよね? 痛くないだろうし。
「ああ、なるほど。そういうことね」
「おお、そういうことだ。素直な雌は好きだぜ。てめえ、顔もスタイルも俺好みだしな」
セシルがすっと前に左手を差し伸べる。その手をオオトカゲが掴んで、違和感を憶えた。
「ん!? てめえ!」
オオトカゲがセシルを抱き寄せようとするが、びくとも動かない。
オオトカゲは体力に自信があった。だから武器も大きく重い、相手を斬るというより粉砕する太い両手剣にしている。
分厚い腕の筋肉で華奢な雌を引こうとするのに、まるで巨大な岩塊を相手にしているようだ。
なんだこいつ!?
(あーあ、やっぱり夢じゃん。ま、そうだろうと思ったけど)
セシルは左手をくるりと回して、オオトカゲの腕を取った。そしてそのままぐいと持ち上げる。
オオトカゲが腕一本で宙に浮いた。
「お。おお、おおお!?」
「因縁つける相手を間違ったようね」
と言いつつ、ぶんぶんと振り回し始めた。
セシルの頭の上でオオトカゲがぐるぐる回る。
その異様な光景に、さすがに往来する人々が何事かと騒ぎ始めた。
「あ、皆さん、そっち開けといてください。危ないからどいてね」
セシルはそう言うと、人のいない方に向かってオオトカゲを放り投げた。
ひゅーんと放物線を描き、オオトカゲは大地に激突した。
どどーんと派手な音がして、オオトカゲは大の字に伸びた。ピクリともしない。
「女の敵、成敗!」
セシルは指でブイサインを作った。
「すげー、ダガルの奴が飛んでった!」
「一撃かよ!」
「あのエルフ、何もんだ!」
「ダガルが女にやられるとはなあ。これでもう大口は叩けんな。わははは!」
野次馬が口々に叫ぶ。オオトカゲ、ダガルっていうのか。
どうやら、荒っぽいのでみんなから敬遠されていた様子。
野次馬の一人が拍手を始めると、連鎖してすぐに拍手喝采になった。
「いや~、やりすぎちゃいました、か?」
「いや、ダガルにはいい薬じゃよ。最近調子に乗ってたからのう」
一番年配に見える人間のおじさんがそう言った。
いじめっ子に手を焼いていた感じだ。
二本足のオオカミとブタが、気絶しているダガルを足で小突く。君たち便乗しすぎだろう。
と思っていたら、そのケリでダガルが目を覚ました。
起こしてたのね……。
「がはあっ! いったい何が起こった!?」
「あの女にほうり投げられて気絶してたっす、ダガルの旦那」
「うっ、マジか……」
「エルフは見た目どおりじゃないからな。何があったか知らんが、どうせダガルから絡んだんだろ? 謝っといた方がいいぜ」
オオカミとブタは人間が出来ているようだ。人間じゃないけど。
ダガルは立ち上がり、セシルをしばらく睨んでいたが、意を決したのか近寄ってきた。
さっきのおじさんが腰を落とし、剣の柄に手を掛ける。いつの間にか拍手は止んでいた。
セシルは大丈夫、と左手を斜め下に出した。
ダガルはセシルの前まで来ると、膝をつき、首を垂れた。
「すんませんでした! 姉さん! 調子に乗りました! 反省してます!」
「え、いや、わたしの方こそトカゲなんて言っちゃって、その、ごめんなさい」
「いや、ダガルはトカゲ族だから別に間違っちゃおらんぞ」
え、そうなの? 差別用語じゃないの? おじさん!
でもまあそうか、わたしも『人間が喋った!』とか言われたら、ちょっとカチンとくるかも。
馬鹿にされたように聞こえるね。
「いや、そもそもは俺がわざと因縁つけたからで。ほんとーにすんません。勘弁してください」
「うん、わかった(やっぱりわざとか)。これからもうこんなことしないなら、この件終わりにしよう」
「へい、エルフの姉さんに誓って! もう誰彼構わず絡んだりしやせん!」
「じゃあ、これで円満解決ね。それと、わたしエルフじゃないよ。人間だよ」
「でえええ! 姉さんが人間!? 俺を片手で振り回したのが人間!?」
「そうだよ。それに多分わたし貴方より年下よ。まだ17だもん。姉じゃないよ」
おねえちゃんと呼んでいいのはえっちゃんだけ!
って、呼んでくれないけど。いつもセシル呼び……。くすん。
「二度びっくり! そんな小娘……げふんげふん、若い女性の方に負けたんか俺は!」
「おお、嬢ちゃん、あんた人間かい。わしもエルフだとばかり思とったよ。大したもんじゃなあ」
そりゃ夢だもんね、いくらでも自分の思うように強く設定出来ちゃうから。
そう、夢を見ている時、夢であることを自覚すれば自分の都合のいいように改変することが出来る。明晰夢だ。
この技で夢の中で何度悦郎とキャッキャウフフデートを楽しんだことか。
所詮夢なのではあるが。
「そうだ、姉さん、晩飯はもう済ませやしたか?」
姉さん呼びは結局そのままらしい。面倒なのでセシルもスルーする。
「いや、まだだけど」
そういえば、お腹がすいてきたな。こんなとこまでリアルな夢だなあ。
「じゃあ、俺に晩飯奢らせてくだせえ! 俺の宿、『黄金の止まり木亭』は食堂の飯がうまいんで評判なんです!」
「それ、ナンパだし。最初の俺の宿に来いと何ら変わってないし」
「え? えええ? あ、そうか……。って、目が笑ってないです姉さん! 手打ちしましたやん!? いや今のホントに下心ないスから!」
「わははは! ダガルも形無しじゃな! じゃあわしもついて行こうか」
「テレスピンのおっさん、あんたの分は奢らんぜ!」
「はじめっから期待しとらんわい。この時間ならまだすいてるだろうしな。いくら黄金の止まり木亭でも」
「俺たちも一緒に行くっすよ」
おじさん、オオカミ、ブタもなぜか同行することになった。
黄金の止まり木亭は本当にすぐだった。まあ、はなから連れ込む気だったんだから町の入り口すぐの宿にしたんだろう。さほど大きくはないが石造りのしっかりした建物だ。
受付はむさいおっさんだった。ホテルのロビーのように黒いスーツなんか着ていない。作業着のような格好で、頭に手ぬぐいを巻いている。ダカルがなにか言うとすぐに食堂に通してくれた。
料理を待ちながらお互いに自己紹介をした。ダガルはトカゲ族の鉄ハンター。鉄ってのはハンターのランクだそうだ。
ハンター登録したばかりの初心者が紙。次のランクが銅。その次が青銅。で、鉄、銀、金、白金、金剛と続くらしい。このあたりで鉄ハンターと言えばダガルのほかは数名しかいないらしい。ほとんどの者は青銅か銅だ。
オオカミはジック。青銅ハンター。正式にはウェアウルフ族というらしい。ブタはチョーキー。同じく青銅ハンターで、オーク族。ジックとチョーキーはダガルの青銅ハンター時代のパーティーメンバーだったそうだ。ダガルが鉄に上がってソロになったが、時々はパーティーを組んで依頼を受けたりしているそうだ。
おじさんことテレスピンさんは元・鉄ハンター。50歳を越え引退し、今はハンター時代に貯めた金で買った自分の畑で野菜などを作って細々と暮らしているらしい。畑仕事自体は主に奥さんがしているそうだが。働けよ! とセシルは内心思ったが、現役時代の無理がたたって長時間労働には耐えられないらしい。
4人曰く、ハンター稼業は結構大変だ。薬草収集や街道の雑魚魔物駆除など簡単な仕事は数をこなさないと儲けにならないし、報酬の高いハイレベルの魔物討伐なんかはそもそもこの辺りでは依頼自体が少ない。しかも危険度が高いから、勢い複数で装備を整えて、ということになる。準備に結構金と時間がかかるし、取り分も人数に応じて減る。
ハンターランクが上がるとソロになるのはその方が結局実入りがいいからだ。リスクは増えるが、それがハンター稼業というものである。
というような話をしているうちに料理が次々に出てきた。メニューはなく、その日のおすすめ料理になってるらしい。ダガルがオーナーらしいオヤジと話してたのは料理のボリュームなんだろう。奥の厨房から持ってきたのは丸々とした艶やかなおばさん。おかみさんだろう。
それに10歳くらいの女の子が皿の後片付けなどをしている。娘さんか。家族経営で宿と食堂を切り盛りしているようだ。
出てくるものは味付けや具材を変えた煮込み料理が多い。生は果物程度でほとんどない。衛生的な面からだろう。揚げもの炒めものも少ないが、パイ生地の包み焼は出てきた。どうやらオーブン料理がここの主たる調理法のようだ。
ワインのような色の酒も出てきた。
セシルは遠慮したが、他の4人は飲み始めた。ダガルがセシル用にジュースを追加した。女の子が持ってきてくれたそれは、ピンクと紫が混じった不思議な果汁だった。
「ほんとだ、おいしい!」
「でしょ! セシル姉さん気に入ると思ったんすよ!」
「これ、鳥? 何のお肉かしら?」
「そりゃロックバードの煮込みです。この先の渓谷の岩場に住んでるデカい鳥でさあ」
「へえ、そうなんだ」
「嬢ちゃん、お前さんどこから来たんだ? その口ぶりじゃこのあたり全く初めてみたいじゃのう」
「(夢だしまあいいか)ニホンって国よ。起きたらこの辺だったの」
「なんすかそれ? 人さらいにあったんすか?」
「違うわよ。眠ると別の場所に行ける……みたいな?」
「転移系の魔法ですかい!?」
「あ、やっぱりこの世界、魔法があるんだ!」
「いや普通にあるっしょ。俺も体力強化の魔法使ってるし、セシル姉さんもそうでしょ?」
「いえ。さっきのは自分の力」
夢で改変した能力が自分の力なのか? ちょっとわかんないけど、魔法じゃないと思う。
「嬢ちゃん、あんたいささか常識がないみたいなんだが。大丈夫なのか? まあその力じゃ大丈夫なんだろうが」
「テレスピンさん。それって心配してくれてるのよね。微妙にディスられてる気もするけど。うーん、大丈夫かどうかということでは、大丈夫だと思う……」
ま、夢だしね。
「亜人を知らない。魔法を知らない。まるでよその世界から来たようじゃからな。その割には言葉は普通、というより訛りのキツいウェアウルフやオークの方言も使えるしなあ。不思議な嬢ちゃんじゃて」
訛りがあったんだ。全然気づかなかったよ。
「セシル姉さん、普通の人間って言ってたけど、やっぱエルフか何か混ざってるんじゃないすか? 実は妖精族の隠れ里のお姫様だったりとか」
「ダガルさん、意外と乙女思考なのね! びっくり!」
「妖精のお姫様! やっぱり!」
急に乱入してきたのは宿の女の子だ。さっきからお手伝いをしながらセシルをきょろきょろ見ていたのには気がついていたが。
「そうだと思った! 天使か女神さまかと思ったもん! 妖精のお姫様だったのね!」
「いや、違う違う。このトカゲさんが勝手にそう言っただけよ」
「こら! ミーシャ! お客さんの話に割り込んじゃだめでしょ!」
おかみさんが厨房から出てきた。ついでに大きな皿をテーブルに置いた。まだ料理追加が出るんだ。このトカゲ、案外太っ腹なのかも?
「え、だって母さんもさっき厨房で超絶美少女キター! とか言って喜んでたじゃない」
「裏で言うのはいいんだよ! もう、この子は! すみませんねえ、お客さん方」
「え、いえ、そんな。恥ずかしいです。ええと、ミーシャちゃん、私は天使でも女神でも妖精でもないからね。その点よろしく!」
「じゃあ、なんなの?」
「え?」
そういえば、わたしの設定ないよね!
この夢、舞台やNPCはこんなにリアルに背景まで造形されているのに、主人公の役割ないじゃん!
仕方ないな。こういう場合は。
「わたしはセシル。ただの通りすがりの一般人です!」
「「「「ぶっ!」」」」
ダガルたちがいっせいに酒を噴いた。
「嬢ちゃん、あんたのどこが一般人なんだよ!」
半分涙目になって笑いながら、テレスピンが言った。その時。
「おう、ダガルよぉ。いい女連れ込んだらしいな。おっ、そいつかあ、確かにこりゃ、具合が良さそうだなあ。がははは!」
ダガルよりもさらに野太い声が響き、食堂入口に大きな影が現われた。
ダガルよりもさらに一回り大きな赤鬼だった。頭に二本角が生えている。
(幼女乱入に続いて鬼乱入!)
へえ、登場人物の多い夢だなあ。と感心するセシルであった。
第3話は、続けて本日21時に投稿します。
お楽しみに!