第16話 指名依頼
水問題が解決したので再びドローンに乗り込みアドセットの街に戻る。わしの番じゃおじさんことドウラも二度目の空中移動では騒がなかった。さすがベテラン農夫、結構肝が据わっているのかもしれない。
黄金の止まり木亭前の道は人で埋まっていた。出発前より騒がしい。
「場所を開けてくださーい!」
空の上からセシルが叫ぶと、すんなり人が丸く広がった。ゆっくりと垂直降下する。接地。ローターを切ると、翼端灯が赤から緑に変わった。
「ドウラ無事かっ!」
「危なくないのかそれ!」
「どこに連れていかれてたんだ!」
「わしらの畑はどうなった!」
「姉さん、ご苦労様です! で、こいつら叩き出しましょうか?」
「ダガル、そういうのいいから。ええと、水問題は解決したわ! 苗畑にはもうきれいな水が流れているわよ」
「ああ、セシルのいうとおりじゃ。わしがこの目で見てきた。エルム麦は大丈夫じゃ」
「おお!」
「そりゃ助かった!」
「一段落ついたなら、その不思議な乗り物について詳しく教えてくれないか。エルフ姫」
「マークス、これはドローン。でも、魔大陸に行くときにはもっと驚くものが見られるわよ」
「え?」
「王女、じゃない、アレーお嬢様とガリウズさんはどこ?」
「書類を書きに宿に戻ったよ。シュバルさんも一緒だ」
「じゃあ、今からならハンターギルドに向かった方がいいかな? あっちで合流出来るわよね」
「そうだな」
「じゃあ、マークス、ダガル、一緒に乗って。ギルドに向かうわ」
「え、これに乗っていいのか? ほんとに?」
「姉さん、俺遠慮しときやす。高いところはちょいと……」
「ダガル、空を飛ぶことに慣れて。でないと指名依頼、連れていけないわ」
「うっ! わかりやした姉さん」
「まさか、エルフ姫。……そんなことが出来るのか?」
「えー、ミーシャも乗りたいー、神姉さまぁ」
「夜は危ないから、ミーシャちゃんはまた今度ね」
「えー、でも絶対だよー」
「わかった!」
マークス、ダガルを乗せてドローンが再び浮かび上がる。ダガルが悲鳴を上げるが、無視して加速。あっという間にギルドに着いた。入り口横に駐機する。
「こりゃすごいな。家の上を飛ぶから道なんて関係ない。当り前だが、早いわけだ」
「俺は目が回りやした……」
マークスはやけにテンションが高く、ダガルは足元がおぼつかなくなっている。
マークスは絶叫マシンお得意系かも。
ドローンのジョイスティックはタッチパネル付きだ。パターンロックを掛ける。これでセシル以外は起動出来ない。
「こんばんはー」
「おお、セシルさん、マークスも。今指名依頼の手続きが終わったところです」
シュバルさんが既にカウンターにいた。カウンターの向こうにはバララッド所長。
所長、残業?
なんだかんだでもう午後9時だ。
「セシル、さすがは金ハンター。といいたいところだが、いくら何でも護衛の指名依頼なんて早すぎるだろ! しかも同行先が魔大陸とは!」
「所長。とかいいながら妙に顔がにやけてるわよ」
「東の国の王族警護に前人未到の魔大陸上陸。なしとげたら、アドセットのギルドの株は一気に上がります。バララッド所長も優れた新人ハンターを見つけられましたな。さすがです」
「いやあ、それほどでも」
シュバルさんに持ち上げられ所長が照れている。ていうか、シュバルさんの対人対応能力がちょっと怖い。
「そしてこちらが商業ギルドと鍛冶ギルドの同行者リストです。こちらも警備対象ですのでハンターギルドの承認をお願いします」
「あれ、そういえば肝心の王女様は?」
「警護任務依頼に本人が来るわけがなかろう。警備態勢が整って初めてお迎え出来るのだ」
そりゃそうか。所長のいうとおりだ。
旅の貴族ではなく、ギルドへの依頼はハルド王国の正式使節としての第三王女という身分でのものだ。でなければエトアウル王国軍の魔物討伐協力の指名依頼に対抗できない。
「というわけで、セシル。この依頼をハンターギルドは受理する。ついては……」
「はい、了解しました。同行ハンターはこっちで人選します!」
「おい、まだ何も説明してないぞ!」
「大丈夫です。了解しました!」
セシルは依頼書をひったくるようにしてハンターカードをエンボスコピーした。
ついでにダガルも擦る。出発までにはゴズデズらにも擦らせる。それでパーティー受託完了だ。
正規にギルドでパーティーメンバーを登録しておけばリーダーだけの受託で済むが、今回は臨時パーティーなので全員エンボスコピーしておかないと報酬の分配を主張出来ない。
指名依頼はセシルだけなので、依頼契約自体は現時点で成立している。
「これで契約完了ですね。仲介したわたしの顔も立つというものです。今後ともご贔屓に、所長。そして将来有望なハンターさん」
「う、うむ。そうだな、シュバルトリウス」
話の終わりを見計らい、マークスがシュバルにひそひそと耳元でつぶやいた。
慌てたようにシュバルがギルドの外に出る。
と思ったらすぐに戻って来た。
「セシルさん、表のあれについて詳しく教えていただけませんか?」
にこやかな顔で丁寧な口調だが、目が笑っていない。
そういえば、出発時、黄金の止まり木亭前にシュバルはいなかった。紙とペンを取りに商会に向かっていたのだろう。ドローンを初めて見たのだ。
「ま、マークスにも聞かれたけど、あれはドローンという乗り物です。でも、出発の時にはもっといいものをお見せ出来ると思いますよ」
思わず敬語になってしまうセシル。
「シュバルさん、どうやらエルフ姫はあれよりすごいもので魔大陸へ連れてってくれるようだぜ」
「ほう。それはそれは。楽しみですね」
「ところで、こっちの準備は明日の朝までには終わります。王女様はどこに迎えに行けばいいのかしら?」
「『華麗なるアドセット』。宿通りの一番奥の宿に泊まられています。しかし明日の朝には準備が出来るのですか。普通なら信じられませんが、ドローンを見た今となっては、セシルさんはそういうことが出来る方ということですね」
あの時価だったホテルよね。やっぱり王族や貴族用なんだ。でもなんかシュバルさんの目が怖い。さっきから瞳のハイライトが消えているような気がする。そのジト目は一体何!?
「明日の朝出発なら、準備を急がないとな! 王女様にはどうする?」
「私から伝えましょう。どうせ、備品や携行品の用意は商業ギルドを使わないといけないですからね。ここから王都まで早馬でも4日。王都から海路で2週間。魔大陸側で何日掛かるかわからないので、往復も含め少なくとも2月分の食糧や水を確保しないといけません。ざっと同行10人として……」
「あ、そんなに長くはならないと思います。片道1日もあれば十分だと思うので、長くても全行程4、5日ってところじゃじゃないかな」
地図が正確じゃないから魔大陸までの距離が分からないけど、この『地球』の円周は計算出来ている。
昼間デスストライカー討伐に向かった時に正確な地図を得た。その際同一標高での太陽角度の差も分かったので、計算はすぐ出来た。約4万キロ。つまり、もといた地球と同じだ。地表の2点間の距離は最長でも2万キロ。なら、24時間かからない。
問題は魔大陸で悦郎を探す時間だが、セシルは楽観的に考えていた。
えっちゃんが近くにいて、わたしにわからないはずがない! と。
「ほほう。なんですと……」
「そんなに早く飛べるのか。ドローンは確かに速いけど、せいぜい馬車の2倍程度だと感じたが」
「ドローンはね。もっと速い乗り物で行くつもり」
「そりゃ一体なんなんだ」
「王女様の準備が出来れば、明日の朝には見せられる」
「わかりました。セシルさんがそういうのなら、そうなのでしょう。期待していますよ。マークス、急ぎましょう」
「あ、ああ」
じろりと再度セシルを見据えるシュバル。
そして、気が済んだのか一礼しマークスと一緒に出ていった。
シュバルの謎の圧力にうっすら冷や汗をかくセシルであった。これが商売人の眼力というものか……。
商業ギルド恐るべし。ハンターギルドより手ごわい。
「ところでセシル、魔大陸のことはどこまで知っている?」
今頃それ聞くの所長!!
「遙か西にある海の絶壁。300メートル級の崖に覆われた大地。人族を寄せ付けない天然の要害。それが魔大陸。大魔王が住む世界。でしょ?」
「ぬう……。指名依頼を受けるだけの覚悟は最初からあったということか。ハンターギルドとしてもそれ以上の情報はない。未踏のダンジョンが数多く残され、魔族が集めた財宝が大量に眠るともいわれているが、噂でしかない。何せ公式にはないとされている大陸だからな」
「それよそれ。なんで秘密にしてるの?」
「海を挟んでいるとはいえ、魔族だけの大陸があるなんて公表してみろ。パニックになる」
「そんなものなの? 魔族なんてあちこちにいるじゃない?」
「正確には魔物や魔獣はな。知恵を持つ魔人はそれほど数はいない。だが魔獣より遥かに強い。単騎で国軍と十分戦えるぐらいだ。ハルド王国の話は聞いただろう? もともと山の魔王、海の魔王という天災級の魔人を抱える島国だったが、古の山の神、古の海の神と讃え貢物を捧げることでなんとか折り合いをつけていた。それが、首都近郊に現れた一体の魔人によりバランスが一気に崩れハルド王国は危機に瀕した。そのくらい、魔人というのは危険な存在だ」
そんなのをあっさり倒しちゃったのね。えっちゃんやっぱすごいわあ!
「そして魔人たちを率いる大魔王が住む魔大陸。想像を絶するとてつもなく恐ろしい世界だ。そんなものが実在すると知れば、安心して暮らすことは出来ん。各国のトップたちが秘密にする理由だ」
偽りの平和かあ。なるほど、この世界に真なる平和を取り戻せ! それが異世界転移の目的ってわけね。
「セシル、くれぐれも無茶はするな。あくまで調査目的だ。魔人と戦えば死あるのみだ。のみならず、魔人の怒りで周辺国家に害が及ぶ可能性が高い。王女一行をお護りし、必ず生きて帰れ!」
「もちろんそのつもりよ」
「うむ。指名依頼の前受け金がある。必要な装備や備品はギルドで用意しよう」
「それいらないから成功報酬に積んどいて。それよりも、ゴズデズ、ジック、チョーキーが来たら護衛依頼受けるように伝言頼める、所長」
「あ、あいつらそろそろ黄金の止まり木亭に飯食いに来てるはずですぜ。てか姉さんにお祝い言いに」
「そうなのね。じゃあ戻ろう、ダガル」
「おいほんとにこっちで何も用意しなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫よ」
セシルはダガルを連れてギルドを出、ドローンで黄金の止まり木亭に戻る。
「ウーム……」
「所長、セシルが大丈夫というなら、大丈夫だと思います」
いつの間にかミルムがバララッド所長の隣に現れた。
いや、ずっといたのだが、存在に気付かず突然現れたように感じられただけだ。
「そうか。セシルの戦い方を生で見たお前がそういうのなら、そうなのかもしれん」
伝説のギフテッド。セシルなら、もしかしたら世界の脅威を取り除くことすら出来るかもしれぬ。
ここに至り、バララッド所長に残されたことは祈るだけだった。




