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第15話 処理施設

「その集団農場はここからどのくらい離れてるの?」

「北西に1時間ほどの距離じゃ」

「山を登るのね?」

「うむ。途中森がある。その先を開墾した。陽が沈むと、森は迷うぞ。どうやって行くんじゃ?」

「おじさん、高いところは苦手?」

「いや、山の上に住んでるから、高いところは慣れてるが」

「じゃあ、大丈夫ね」


 宿の外に出ると、農家の人たちらしき男女が取り囲まれた。


「ドウラ。その子、いや、その人がエルフ姫かい?」

「水引き、噂通りほんとに出来るんだろうな」

「便所と畑じゃ規模が違いすぎるだろ。間に合うのか?」


 口々に不満交じりに懸念を言うのは、待たせ過ぎたせいかもしれない。


「ちょっと離れてください、危ないですよ」


 とセシルが制すると()()()人の輪が後退し、周りが空く。そして。


(有人ドローン、出ろ!)


 出た。


 中央に人が立って乗る手すり(フレーム)付きの丸いステージ。その周囲に伸びる6つのアーム。6ローター式のマルチコプターであるが、ジャイロセンサーとマイコン制御で自律飛行するドローンでもある。

 フレーム上のジョイスティックで主に操縦するが、体重移動でも向きを変えられる。バッテリーが残り10パーセント以下になると自動で着陸する。


 昼間のジェットなスクランブル翼同様、実在しないものでも具体的なイメージさえあれば生み出せる。バッテリーフルチャージで2時間飛行可能。LED投光器付きで夜間飛行もばっちり。


「な、なんじゃこれは!? どこから現れた!!」

「細かいことは気にしないで。真ん中の丸い台に乗って」


 ほとんど押し込むようにしてドウラを円形ステージに乗せ、自らも乗り込む。


 その頃にはミーシャちゃんや王女をはじめ全員外に出てきていた。


「姉さん、一体何してるんですか? そりゃ祭のやぐらかなにかで?」

「ダガル、あんたこっち寄らないで! 皆さん離れてくださーい! 動きますのでー!」

「寄らないでって、そりゃあんまりだ、姉さん!」

「いや、単に危ないからだろ」


 マークスがしょげるダガルの肩を叩く。


 6つの翼端灯が赤く光り、ローターが回りだして風が吹き上がる。そばで見ていた全員が慌てて下がる。


「上昇!」

「おおおお! ななな、なんじゃ! なんじゃなんじゃ!?」


 ぶわん、とドローンが50センチほど浮かび上がった。ぐらッと揺れてドウラが手すりにしがみつく。


「あ、そこでじっとしててね。動くと傾くから危ないわよ」

「なんか、なんかこれ、浮いてないか!?」

「そうよ。じゃ、もっと高く飛ぶわよ!」

「ええええええ!!」


 ジョイスティックを引き上げて高度を一気に上げる。みるみる街が小さくなっていく。


「うぎゃああああ!」

「暴れないで、おじさん。かえって揺れるから」

「う、ううっ。なんじゃこりゃ、なんじゃこりゃあ……」


 ドウラはもはや涙目だ。


 地上は地上で星空に消えていくドローンを見上げながら大騒ぎになっているが、今はセシルたちを追おう。


「いわれたとおり北西に向かって飛んでるけど、分かる?」

「高いところって、こういう意味じゃったのか……。ううっ、あの黒いのが手前の森じゃ……。あれを越えたところじゃな……」

「このドローンだと3分も掛からないわね」


 最高速度100キロメートル。ドローンとしては高速の部類だ。

 夜目には黒い絨毯のように見える森を抜け、開けた場所に着いた。ここで一旦空中停止(ホバリング)する。


「灌漑の水路はどのあたり?」

「ちょっと待ってくれよ、ううむ? ああ、あれが組合事務所じゃから、ええと、あの角じゃな」


 ドローンが停止して若干余裕が出たのか、手すりから半ば身を乗り出して地上を眺めながら確認するドウラ。

 自分たちが開墾した農地とはいえ、空から見るのは初めてだから、2次元的な位置関係を把握するのが難しいのだろう。


「いやあ、しかしこれは。すごいもんじゃ。……どうせなら昼間に見たかったのう」

「おっ、余裕ね。もう慣れた? 機会があれば乗せたげるわよ、明るい時間に」


 お詫びかたがた、とは口に出して言わなかった。


 ゆるやかな速度で指示された位置まで移動し、投光器を点けてゆっくり降下する。


 光の中から何かがぎゃあぎゃあと鳴きながら飛んで行った。

 すぐ視界にARマークが表示される。

 ああ、あの美味しい肉の鳥か。岩山に住んでるとかいってたけど、夜はこのあたりまで飛んでくるのね。


「今のはロックバードね」

「嬢ちゃん、暗いのによく分かるな。そのとおりじゃ。あいつら夜獲物を狩りに飛び回りよる。小動物狙いじゃから、魔物の割にはあんまり危険はないがの。だが昔、人族の赤ちゃんが攫われたことがある。だからこの辺じゃ、赤ん坊のいる家は窓を閉めて寝る」


 いや、夜は窓閉めるでしょ普通。

 あそうか、この世界にエアコンがないか。

 夏場は開けて寝るのね。


「ああ、これよね」

「そうじゃ」


 明かりの中で水路に点々と白い物体……、溶けたトイレットペーパーの塊が数多く見えた。


 もう、ペーパー流し過ぎなのよ!

 一日分の量じゃないでしょこれ!

 そりゃ一晩で36ロールなくなるはずだわ。


 そして紙があるということは当然ブツもあるわけで。


 そういえば、この高さでもちょっと臭う……。


(ARマーカー、水源、地下水探知! 上下水路の最適解を示せ!)


 出来るだろう。出来るはずだ。

 どこかから持って来いという適当な指示でもここと黄金の止まり木亭を繋いだ力だ。より明確な指示をすれば。


 しばらくすると視界に大きな3Dワイヤフレームモデルが拡がった。設計完了!


「この上の山は未開拓?」

「ああ、もうここから先はマルチ山脈そのものの一部じゃ。これ以上高くなると魔族が急に増える危険な土地じゃからな、人は住めん。農地の北側に柵を張り巡らせてあるじゃろ。あれが魔族対策じゃ」

「ということは、使っていい場所よね!」

「はあ? 何に?」

「下水・浄水処理場、出ろ!」


 ばりばりばりばり!


 さすがに大規模開発、凄まじい轟音と、土地が変成するのに伴い稲光が走る。


「おわああ! かみなりが! なんじゃなんじゃ!!」


 大きさや重さはやはり制限にはならない。概念の明確さがそのものの複雑さを上回るなら創造出来る。


 セシルは何もふざけてジェットなスクランブル翼を作ったわけではなかった。生物の創造をしてみたように、ギフト『創造』の様々な可能性を試していたのだ。


 あの翼は推力重量比2.0のエンジンを積んでいる。エンジンのペイロードだけでセシル二人分を空に飛ばす力業的な代物だ。可変翼は、揚力を発生させるためではなく、エンジンを背中に背負う構造のため重心軸と噴射ベクトルがずれているのを空力的に補正するためと、空中での高機動制御のためについている。ついでにカッター性能も持たせてある。かっこいいので。てかオリジナルにあったので。

 という具合に概念を明確にした結果が某空飛ぶスーパーロボット風アタッチメントなのだ。

 そもそも、概念の元となったアニメでも推力重量比1を超えるミサイル用のロケットを使って主役ロボットが飛んだエピソードがあのスクランブル翼開発のきっかけだった。

 それを踏まえてセシルが生み出したものである。


 また、トイレットペーパーやタオル、鉄の剣や卵を完全な無から生み出したように、素材は必要ではない。

 一方、最初のトイレやホテルの部屋は、元あったものを変化させて作りだした。これは創造と再生の同時使用による『錬成』とでもいうべき(スキル)である。錬成の方が大規模開発には向いている。元になる素材があった方が完全な無からの創造に比べるとやはり疲れにくい。


 一方、錬成は元となった素材の概念にある程度縛られる。便所がトイレに、宿がホテルに変化したように。

 再生は、そのものの本来あるべき姿、概念形に戻すものだ。この時点では概念を純化するギフトだとセシルは解釈している。だから、黄金の止まり木亭の壁やカウンターデスクが新品同様になったのだ。

 ホテルの部屋が内側が近代化しても外がそのままなのは、概念の整合性が保持されるからだろうと推察した。

 そして、素材の概念を再生しつつ創造により新たな概念を付与する。それが錬成だ。


 また、錬成はセシルが生みだしたものにも適用出来る。生み出したものは消えないが、変化させることは出来るのだ。このことは、セシルをやや安心させた。


 例えばこのドローン。必要なくなったら、気球あたりに錬成し直そうと考えている。

 気球ならこの世界の文明の進歩にさして影響は出ないだろう。もしかするとどこかでもう誰かが作っているかもしれない。あのガレージに隠したバイクも、用が済めば子供用の三輪車にでも変えてしまったら害はないだろう。科学工学だけが異常に進化して倫理や社会のルールが置いてけぼりになったり、オーバーテクノロジーの奪い合いで戦争が引き起こされたりするのはまずい。


 自分のためにギフトを使うのは躊躇(ちゅうちょ)しないが、社会に変に影響が出るのはよくないとセシルは考えているのだ。


 だが今は悦郎がこの世界にいることが分かっている。一日でも、一瞬でも早く悦郎に会いたい。そのためならギフトは惜しみなく使う。ただし自分がコントロールできる範囲で。


 それが今のセシルである。だから、少々騒ぎになってもドローンを作り、また大規模開発を行い上下水道問題の早期解決を図ったのだ。


 山を大きく削り土砂をならし平たい地面を造成する。

 出来た地面を四角く掘り下げ、出た土砂は四方に積み上げる。そして積み上げた土を圧縮。堅く壊れにくいエンジニアリングセラミックに変える。メンテナンスフリーな防水素材だ。


 出来上がったのは巨大なプール。水槽だ。

 さらにその水槽を壁で仕切り分割、処理過程を加えていく。


 現代日本での一般的な下水処理は沈殿槽、生物処理槽、最終沈殿槽で構成される。

 また、浄水処理は水源の水質にもよるが、概ね脱臭槽、沈殿凝集槽、ろ過消毒槽で構成される。

 だが、セシルはメンテナンスフリーにしたかった。沈殿やろ過は清掃が必須だし、薬品は常時調達出来ない。それにこの世界の環境に与える影響が大きそうだ。


 そのための最適解である。造り上げたのはこうだ。

 一槽目と二槽目は生物処理・沈殿槽で、土中から大量に見つけた嫌気性細菌の一槽目と好気性細菌の二槽目でトイレットペーパーや有機物などを最終的に水と二酸化炭素に変える。砂利や金属など生物分解できないものは沈殿させポンプでくみ出す。が、これは微々たる量だ。溜まったら電気炉で焼却する。

 三槽目は水をイオン化する消毒槽。第四槽で再結合し最終処理水とする。

 また各工程はバクテリアによる生物脱臭装置と接続する。最終処理水は無臭の澄んだ水だ。


 水源であるマルチ山脈からの地下水は微生物が結構いるため三槽目に接続する。

 地下水脈をやや広げ、さらに地下を掘り下げて水量調整槽を作り、雨天時や春先の増水に対応させる。鉄砲水の跡がいくつも確認されたからだ。


 そして地下に水力発電機を設置、水源からの高低差で水車(タービン)を回し、処理場全体の電力を賄う。

 この電気を『黄金の止まり木亭』の電源として繋ぎ変えた。


 水をここからパクっていたんだから、電気もどこかから拝借してるはず、よねえ……。


 そう、セシルは知らないが、マルチ山脈の奥地。常に巨大な積乱雲に覆われ人族が決して近寄れない霊峰ガルダ。嵐が吹き荒れる雲の中に棲む空飛ぶ魔獣、全長100メートルに及ぶ長い体を持つ『雷龍』ライディマンダー。

 高位魔獣の彼は、昨晩から不思議な疲労感に囚われていた。

 なぜだが、常に体に纏っているはずの電雷が、時々スーッと消えるのだ。しばらくすると元に戻るのだが、そのたびに妙に疲れる。

 もう年かなあ。そういえば最近ちょっと腹が出てきたな。そろそろ節制しなきゃいかんのう。規則正しい食事と睡眠を心がけるとしよう。


 割と健康に気を使っている雷龍であった。


 もちろん、この日以降彼の不思議な疲れがすっかり取れたのはいうまでもない。


 下水・浄水一体処理施設がほぼ完成したので、処理槽に溜まっている下水を流し込む。処理する時間を早めて各設備がうまく稼働するか確認する。

 そう、創造や再生を使う際、時間が加速しているのが分かっていた。

 普通の工程だと数時間、数日、あるいは数年掛かることをほぼ一瞬で完了するのだから。


 上下水を黄金の止まり木亭に接続。浄水は農場の灌漑にも繋ぐ。地下水の採取量を調整出来るようにしているので、農場側が水不足になることはもうない。逆に洪水時の対策までおまけで出来てしまった。


「うまくいったわ、下水はここできれいな水に戻せた」

「あのでかい、四角い池で、そんなことが出来るのか?」

「ええ。問題ない。じゃあ蓋をするわ」


 カーボンナノチューブで強化したハイパーフレームで処理場全体を覆う。雨水の浸入防止もあるが、結構機械ものがあるので人目に触れない方がいいだろうと判断したのだ。

 そのフレームの上に1メートルほど土をかぶせ、平地にし、ぐるりと細い柵で囲う。柵もカーボンナノチューブ性だ。

 見た目は華奢だが、デスストライカー程度の魔獣では壊すことは出来ない。


 ところどころにある岩場は換気塔の隠蔽用だ。二酸化炭素が発生しているし、酸素が薄くなって嫌気性細菌が増えバランスがおかしくなったら困る。地下の処理場への出入り口も数か所仕込む。

 外から見たらただの岩だが、内部には螺旋階段があり処理場まで降りられる。もちろん中に照明も付けた。換気以外の空調はないが、地下になったので温度については大丈夫だろう。


 セシルは、新しく出来たその平地にドローンを着陸させた。


「降りるわよ」

「お、おう」


 投光器を外し、手持ちにして地下からの水路の出口を見に行く。コップを創造して水を汲んで飲んでみる。うん、美味しい。


「確認する?」

「生水は飲めんぞ……」

「大丈夫よ。この水は殺菌済み」

「いや、遠慮しておく。あんたが飲んでくれたから、信じるよ」


 生水に対する抵抗が根強いなあ。まあ、結構いたからねえ、バクテリアや菌類。仕方ないか。


「この平地、農場にしてもいいのか?」

「無理よ。深さ1メートルしかないから、すぐに土地が痩せるわ。雑草ぐらいしか生えないわよ。ああ、そうしておこう」


 セシルが念じるとにょきにょきと草が生えてきて一面が埋まった。

 土の中に元々植物がかなり交っていたので時間を加速して成長させただけである。創造をしたわけではない。

 多細胞生物の創造は出来ない。まだ。


「もう、わしゃ驚きを通り越してあきれるばかりじゃよ」

「うん、この地下の処理工場は()()()。汚水問題は解決したとだけ覚えててくれればいいわ」


 もちろん、ドウラは水処理施設のことを本当に忘れてしまうのだが、例によってこのおじさんも口が堅いいい人ねとセシルは思うだけだった。

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