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第14話 生み出したものは消えない

「おやっさん、表の騒ぎは何だ? 駐留軍の一団にすれ違ったと思ったら、商業ギルドの連中が大勢取り囲んでるが?」


 トカゲ族の鉄ハンター、ダガルが黄金の止まり木亭に帰ってきた。セシルは腕時計を見た。もう午後6時前だった。


「って、姉さん! 金ハンター登録おめでとうございます!」


 セシルを見てびしっと最敬礼する。


「ああ、ダガル、もう知ってるのね」

「ギルドは姉さんの話でもちきりで、俺も鼻が高かったっす! 朝から吹聴してた甲斐があったっす!」

「あんたのせいかっ!」

「いやあ、姉さんの実力は底知れないっすねえ。あっ、ゴズデズたちもちゃんと噂バラまいてましたからね! これで姉さんの評価はますます鰻登り!」

「んなこと頼んでないわっ! あっ、所長やミルムさんなんか言ってた?」

「いや、ギルド職員からは何も。でも早帰りのハンターたちがあれこれ言ってたっすよ! デスストライカーはともかく、サイバーンの翼を斬らずにどうやって倒したんだろうとか。ほんと、どうやったんですか? あれは翼が貴重部位なのに、飛べないようにしないと倒せないという面倒な獲物ですからね」


 オーバーテクノロジーは秘密にする約束を守ってくれているのね。ギルドは信用第一だもんね!


「……企業秘密よ。それより今取り込み中だから」

「うむ? あっ、こりゃ失礼しやした。じゃあ俺も聞かせてもらいましょうか」

「は? あんた関係ないでしょ」

「これはしたり。俺は姉さんの一の子分ですぜ。姉さんが何人もに囲まれてて、どうして俺がほっとけるんですかい。そこに立ってる奴なんてアブねえアブねえ。俺はいつでも姉さんの盾になりますぜ」


 と、ガリウズを睨む。ガリウズもアレー王女を庇うよう少し前に出る。


「ああ、そういうのいいから。ほら、あんたが割り込むから話が進まなくなってるじゃないの。聞いててもいいからあっちのテーブルでおとなしくしてなさい! しっしっ!」


 わしの番じゃおじさんのいる方へ手を振るセシル。びしっとブロックされてすごすごと待ち合いテーブルに座るダガル。おじさんは横に座ったダガルまで『わしの番なのに』と訴えるような目で見た。


「ええと、どこまで話したっけ?」

「撃滅のエツロウさまとご親戚というところです」

「それはそれで興味深いお話ですが、その件はひとまず置いておきましょう。まず急ぐべきことは王女名での指名依頼です。格が違うとはいえども、先に出す方が無理がないです。ギルドも軍に対し先約ありを理由にスムーズに断れるでしょう」

「でも、軍師たちはもうギルドに向かわれたのでは?」

「いえ、軍からの正式な指名依頼ですから、軍師ではなく駐留軍のトップ、ケルゲル伯爵の押印が必要です。軍師は一旦エルベットに戻る必要があります。ですが、彼らの馬なら朝にはこっちに帰ってくるでしょう」


 ほぼアレー王女と商人のシュバルで話が進む。鍛冶屋のマークスが空気だ。


「そうか。わたしがハンター登録しているとは思わなかったから軍師が直接宿に来たのね。ハンターなら初めから指名依頼をギルドに出せばいいだけだものね」


 でも、そういえば昨日ハンターの話をしていたし、朝ミーシャちゃんにもそんなことを言ったような。


 ふと厨房の方を見ると、宿のおやっさんといつの間にか戻ってきていたミーシャちゃんが揃ってサムズアップしている。

 あ、分かってたのに黙っててくれたんだ。

 そりゃそうか、軍の一団が迫ってきてたんだもんね。あの軍師のおじいさん、ちょっと怖そうだったしね。危険がアブない感じだわ。


 ナイス判断。時間が稼げた!


「わかった。王女様、指名依頼出して。受けるわ。一緒に行きましょう、魔大陸に」

「本当ですね! お姉さま! ありがとうございます!」

「そうと決まれば、紙とペンを急ぎ持ってこさせましょう。この街の支店まで外の者に走らせます」

「ありがとうございます。シュバル様」

「礼には及びませんよ。その代わり、条件があります」

「条件?」

「私たちも同行させてください。行くだろう? マークス」

「おおさ! ニホンの情報は東方の魔人にあるかもしれないんだろ? 行くに決まってる! もっとすげえものがあるかもしれないしな!」


 マークス、空気脱出。


「お嬢様……、いやもういいです、姫。王国に関係のない者を同行させるのはいかがかと」

「いえ、シュバル様がいなければ軍を出し抜けませんでした。それに商業ギルドはこの国の正式な機関です。それでも異国のわたくしたちに味方をしていただいているのです。先ほども申した筈です。わたくしは信に足るかを試されているのだと」


 アレー王女が毅然と述べた。


「はっ! 誠に失礼いたしました!」

「わたしは王女様がいいのならいいわよ」

「よっしゃ決まりだ!」

「姉さん、俺を忘れてませんかい? 一の子分のダガル、もちろん同行いたしますぜ」

「ダガルは来なくていいわよ。危ないわよ」

「あ、姉さんが俺の心配を! これは一命に代えてもこの依頼成功させてみせます!」

「いや、そういうのいいから……」


 急にテンションが上がっているダガル。

 人の話聞いてないなあ、と半ばあきらめるセシル。


神姉(かみねえ)ちゃん、この話聞いたら、間違いなくゴズデズたちも来るよ」


 おやっさんが心配そうに言う。ミーシャちゃんもうんうんと頷いている。

 いつの間におやっさんまで神姉呼びに!? しかし、やっぱ連中も来るかな。


 まあ確かに護衛は多いに越したことはない。王女様にはガリウズさんがついてるけど、マークスやシュバルさんを護ってもらう必要はあるものね。

 うん、その分指名依頼料上げてもらおう。王女様だし、お金持ちだよね。


 取れるところからは取る。それがセシルクオリティー。


 でも大人数になりそうよねえ。船でもいいけど、ここから港まで移動しなくちゃいけないし。

 時間が掛かりそう。


 いっそのこと……。


「なあ! そろそろわしの話聞いて欲しいんじゃが!!」


 あっ、わしの番じゃおじさんがついに爆発した!

 横に座っていたダガルがびくうっと固まった。


「あ、ごめんごめん。忘れてたわけじゃないんだけど、ちょっとお腹いっぱいになってきて」


 そう、セシルはこの会話中ずっと食事をしていたのであった。奢りで。


「こっちの話はまとまりました。お待たせいたしました」


 シュバルがそう言って立ち上がり、「では一旦」と外に出て行った。


 おじさん、ようやく席を交代だ。マークスと王女がダガルの横に座る。ガリウズは相変わらず立ったままだ。ダガルを胡散臭そうに一瞥するが、ダガルは睨み返すこともなく涼しい顔だ。セシルの言いつけを守っているようだ。それにいつの間にか食事を始めていた。


 それ、わしの番じゃおじさんに奢らせてないわよね? ダガル。


「わしはドウラ。このアドセットの裏山一帯を開墾して集団農場をやっておる。その代表じゃ。外にいるのは各農家の主人たちじゃ」

「集団農場って、農家が何軒も集まって大規模農地開発する一種の組合よね?」

「そうじゃ。アドセットは王都から離れているので個人経営では輸送費だけでも高くつく。はじめは数軒が集まって共同でエルム麦栽培を始めたのじゃ。今では20軒ほどに拡大しておる」


 ああ、それで麦系の料理が多いのね。あれ、エルム麦ってなんだろ? 固有名詞でも鶏や鹿は変換出来るから、この世界にしかない種類の麦なのね。このあたりは綿も育たないっていってたわね。寒さに強いライ麦みたいなものかな?


「今は苗植えが済んだところだ。今の時期は雨が少ないので、灌漑水路を開いて毎日水を畑に流している。苗の根が張ったら止める、微妙な時期なんじゃ。エルム麦は根付きが重要じゃからな」

「へえ。そうなんだ。麦は雨で十分なのかと思ってたわ」


 気候が違えば育て方が違う。ましてやここは山地である。土中の水量が少ないということだろう。

 セシルは生物や地学自体は得意だが、農業は社会の範囲なので詳しくなかった。


「ところがな、昨夜から水が止まった」

「え?」

「完全に止まるわけじゃないんだが、時々水路の水がすうっと減る」

「ふうむ?」

「それどころか、今朝見たら白く脆い塊がびっしりあちこちにこびりついておった。石臼用の水車にも塊がこびりついて止められていた。さらに花のような匂いのする消えない泡も沸いてくるし、よく見れば糞尿が水路に浮かんでおる。そして白い塊や糞尿は水底から後から後から湧いてくるのじゃ。慌てて畑の水路を止めたのじゃが、このままだと今日明日にも苗が枯れてしまう。聞けばあんたここの便所に水を引いたんだろ? 便所に水を引くなんてことが出来るなら、水源に近い畑に水を引くのなんて簡単じゃろ? 頼む、この数日が大事なんじゃ。手伝ってくれんか!?」


 おじさんは一気にまくし立てた。そりゃこれだけ待たされたし、また邪魔が入ってはかなわんと思ったのだろう。切羽詰まった様子だ。


 そしてセシルはすべて理解し、冷や汗をかいていた。


(これはまずい……)


 この惨事の原因は、もちろん『黄金の止まり木亭』新名物温水洗浄トイレと、セシルの部屋のユニットバスのせいである。


 そうだ、あの時、水を()()()()()()()()()()といった。無から創造したわけではない。

 そしてセシルの創造したものは消えない。汚水はどこかに流す必要がある。


 やらかした!


 この近くの水源に繋がってたのか!


 セシルは考えた。わたしは『創造』により、無から有を生み出すことが出来る。だから、水や電気は、出ろと言えばその都度補充出来る。でもそれではわたしが念じた時だけしか使えない。いつでも普通に使えるようにするには、わたしがいなくても安定して供給される仕組みを作る必要がある。


 それに排水だ。環境対策は必須。公害問題だ。トイレットペーパー、水のリサイクル……。


「おい、姉ちゃん、何を考えてる? 手伝ってくれるのか、してくれないのか?」

「……」


 セシルは目をつむって考えている。


「おい?」


 セシルは目を開けた。


「それ、今すぐ解決するわ。一緒に来て!」


 ドウラの手を取って、立ち上がった。


「お、おお!?」

「姉さん!? もう日が暮れてますぜ!」

「お姉さま、どちらへ!」

「おいおい、夜にどうするつもりだよ」


 バタバタと出ていこうとするセシルに残されたみんなが慌てる。


「麦の苗木が大変なんでしょ!」

「街中じゃないんだ。月明かりじゃ山は登れんぞ!」


 手を引っ張られているドウラ自身も焦りながらそう言う。


「大丈夫!」

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