第12話 ハルド王国の王女
「わたくしは東方の魔人、撃滅のエツロウ様をお探している者です」
美少女が立ち上がってセシルに寄って来た。慌てて執事も追いかける。
「姫、……お、お嬢様! 今ここでそのお話は! 後で個室でと打ち合わせしたとおりに!」
「構いません。やはり撃滅のエツロウ様のお話は歪んで伝わっている様子。聞けばエルベットの商業ギルドに鍛冶ギルドの方々。わが国とも交易をなさっていただいているとのこと。この際、真実をお聞き戴き、広く世間に喧伝戴くことこそ撃滅のエツロウ様へのささやかなお返しとなりましょう。とても贖罪には程遠いですが」
「お嬢様……」
“姫”って言ったよねこのイケメン執事!
美少女も“わが国”って言ってるし。
それにそう“撃滅の”は付けなくてもいいんじゃないかな? 聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ。
美少女もセシルのテーブルに座る。執事は少女を保護するように後ろに立つ。
「だから次はわしじゃって!」
「なぜ貴女が知ってるの?」
「おいわしを飛ばすな!」
「わたくしが、ハルド王国から来た者だからです」
「だからわしが次なんだと」
「東方の魔人に直接会った?」
「わしの番だって」
「会った、といいますか、広間でお見かけした……だけです。お声も掛けけられませんでした」
「だからわしの……」
「ええと、こんな感じの人だった?」
セシルは悦郎の顔を紙にプリントアウトした(ものを創造した)。髪の色は赤く補正した。なお、セシルの脳内基準なので若干美化されている。パネマジ加工だ。
「どっから出した!?」
「これは凄い! 現実と見紛う写し絵だ。それにこのつるつるの紙は一体なんだ!?」
「わしは……。わし……」
マークスとシュバルは突然セシルが取り出したプリントに驚いた。
ちなみに若干厚みのあるインクジェット用光沢紙に印刷されている。高画質モードだ。
「はい、間違いありません、この方です! そっくりです!」
美少女がプリントを手に取るやそう言った。パネマジ加工が異世界で若干イケメン化した悦郎とベストマッチしていた。そう言った後も食い入るように見ている。
「そう」
セシルがひょいと取り上げた。あああ……というように美少女がセシルの手に戻ったプリントを見ている。
「欲しい?」
「戴けるのですか!?」
「事情をきちんと話してくれればね」
「きちんとですね」
「ひ、お嬢様、当家の問題です。東方の魔人へのお気持ちはわかりますが、何もかもは!」
「いいえ、ガリウズ。わたくしは試されているのです。信に足るかどうか」
「いや、だから……わしの……」
ほう。さすがは一国の姫ね。
「わたくしはアレーラス。アレーとお呼びください」
「そうは呼べませんよ。アレーラス様といえば、ハルド王国第三王女殿下ではありませんか」
シュバルさんが床に膝をつき、首を垂れる。マークスもそれに倣う。
え、姫様ってそんな感じで対応しなきゃいけないの?
セシルはどうすればいいのかよくわからず椅子に座ったまま向かいのアレーラス王女を見た。
「今のわたくしはあくまでも旅の貴族アレーです。面を上げてくださいまし」
「ひ、……お嬢様のためである。そのような態度は無用だ」
「なるほど。これは失礼いたしました。ご身分が明らかになれば、かえって危険を招きかねないというわけですね」
「なんのことかわからんな」
「わし……もう、いい……」
シュバルさん、マークスが椅子に座りなおした。
正体がばれたら護衛が一人じゃ危ないってことかな?
わしの順番じゃおじさん、あっちのテーブルで一人固まってしまったわ。なんか大きな話になってきた感じがするもんね。
「わたくしはハルド王家をよく知る貴族の一人とご理解ください。さて、では改めて撃滅のエツロウ様についてわたくしの知る全てをお話ししましょう」
◇◇◇◇
ハルド王国は島国であり、国土の八割が山地だ。海岸部の平地に都市が発達し、漁業が盛んだ。また四季があるおかげで多彩な作物が採れ農業も発達している。だが資源が乏しく鉱物は輸入に頼っているため、工業化は遅れている。そのため、金属製の装備が必要な兵士は少数で、魔法使いの部隊が中心だった。
「魔法使いの軍!」
「ええ、魔法軍です。ただ、武技以上に天賦の才が優劣を決めるのが魔法。エトアウル王国でもそうでしょうが、魔法の才を持つ者を早期に見つけ育成することが肝要です。軍の基準に足る才を持つ者は決して多くはありません。ですが、ハルド王国は国土が狭く人口密度が高いのが逆に幸いし、才を持つものの大半が魔法学校に入学し研鑽に励んでおります」
「ハルド王立魔法学校は有名ですからね。奨学金制度も充実しているとお聞きしております」
「卒業後魔法軍に入れば免除となります。それでも、絶対数は足りません。シュバルさん」
ハルド王国魔法軍は実力主義で、魔法の能力さえあれば出自を問わない。地方の貧農出身や、奴隷の子どもから成りあがった者もいる。
それでもわずか2万5千人程度の規模の軍だ。剣と盾の兵士軍1万5千人を合わせて4万人がハルド王国軍の全容であった。
エトアウル王国軍が20万人、デガンド帝国軍、バッハアーガルム法王国軍がそれぞれ100万人規模。少数精鋭といえば聞こえがいいが、弱小軍隊であった。
そのため、都市防衛が主たる任務となる。
他国軍のように、領地拡大のための国外出兵や国内新地開発のための魔族討伐などに割く兵力はなかった。山の多い島国という地形的な事情もあるが。
ハルド王国の山間部には古くから多数の魔族が棲みついており、また海に面していることから大型の海棲魔族も回遊してくる。
林業や農業、漁業、水源開発、港湾開発等に際し、魔族の被害が発生することが多かった。
魔族から見れば、テリトリーを人間が侵したのだから撃退しただけ、ということなのだが。
それが、少し前から明らかに一部の都市周辺の魔族が減少していた。
狭い国土である。情報の伝達は他国に比べれば早い。それから数週間後には軍の精鋭により調査隊が編成され、該当地域に派遣された。そしてうち1チームが悦郎を発見したのである。
彼は街に入らず、森で暮らしながら魔族を撃退していた。これは後に王宮で悦郎自身が国王らに語った話である。
悦郎自身に魔族を駆逐するとか、人類を護るとかそんな崇高な理念があったわけではない。人間の多いところは苦手なので山に籠っていたら魔族がちょっかい掛けてくるのでポイポイしていただけである。途中からは完全にゲーム感覚になって1分間で何匹仕留められるかにもチャレンジしたりしてみた。でもすぐに飽きてその後は範囲攻撃で殲滅し、あらかたいなくなったら別の場所に移動して同じことを繰り返した。
ゲーム機もスマホもなかったからだ。異世界に転移したらチート能力があった。なら、魔物相手に無双するっきゃない。
転移の理由も目的もわからない。知らされない。目の前には多数の魔物。やっつけていればそのうちなんかフラグが立つだろう。そんな場当たり的な考えにすぎなかった。
そして王国から来た調査隊との邂逅。
フラグは立ったと、悦郎は思った。
いろいろあって、本当にいろいろあったが今は割愛するが、その実力を認められた悦郎は王都に招聘され、国王に面会した。
国家元首との直々の会談。がちがちに緊張するかと思ったら、案外リラックスしていた悦郎であった。
壮大な王城。壮麗な謁見の間。居並ぶ国王、王后、王妃ら王族の面々にずらりと整列した近衛騎士隊。
そんな、ゲームのような非日常な光景はむしろ好物であった。日常生活がうっとおしくて面倒なだけで、異世界大好きな悦郎にとっては夢のシチュエーションだったからである。
そう、いよいよ国王からこの世界に来た目的、つまりクエストを受注すると高揚していたのだ。
国王は言った。極東の国ニホンより来たれしエツロウ、ハルド王国首都を狙う魔人を討伐せよと。
首都付近に住み着いたその魔人により幾度も甚大な被害が出、その度に国軍は煮え湯を飲まされた。ははっと芝居ががった仕草で王命を拝した悦郎は、受注後たった1日で、しかも単騎で成し遂げた。
クエストキター! と喜んだ勢いで。同行するはずだった元調査隊の精鋭をほっといて。
国王は悦郎に勇者の称号と貴族位を与え、凱旋を讃えた。人々は悦郎を讃え熱狂した。見た目はイケメンで超強い。しかも王主催のパレードや祝賀会にすらほとんど姿を現さない神秘性。王都中の女性、特に年頃の独身女性がラブコールを送るようになるのにそれほどの時間はかからなかった。そしてそれは年長の二人の王女すらも。
「王女たちも?」
「年長の王女二人です。あっ、第三王女は結婚年齢に満たないので、違いますよ。ええと、二人の王女は政略として有力貴族に嫁ぐより、勇者と子をなす方が王家の安泰につながると、国王に持ちかけました」
「こここここここここ! 子!」
「なんでここで鶏の物まねをする?」
イケメン執事が残念な目でセシルを見た。
王は王女すら虜にする勇者悦郎のカリスマ性、そしていつもなぜか自室に籠っている姿に不安を感じた。身の回りを世話する若い女性たちを多数配置し、それとなく様子を探らせた。若い女性にしたのは悦郎が男性や年上が近くにいると落ち着かないと言ったからである。英雄色を好むというし、不安を与えないためにも若い女性を配置するのは国王もやぶさかではなかった。が、悦郎は部屋では読書や時に魔法の練習をする程度という報告しか上がってこなかった。
そう報告する子飼いのメイド長の頬がなぜか赤らんでいたのだが。
しばらくして、王は新たな課題を課した。
王都の魔人は倒した。しかしこのハルドには山の魔王、海の魔王といわれる災厄級の魔族がいる。民の安寧のため、二大魔王共々魔族を王国から一掃せよと。
誰もが無茶振りだと思った。娘二人を一人の男に取られてたまるかという父親の身勝手にしか見えなかった。だが、誰も国王を諫めようがなかった。間髪入れず、悦郎がまた受けてしまったからだ。
悦郎はクエストがまだ完了していないと思っただけだ。クエストをクリアするとフラグが立ちまた新たなクエストを受注する、そういうストーリー仕立てのミッションクエストだと理解した。
狭いとはいえ、一つの国である。全土の魔族を討伐し、その頂点にいる二人の魔王を倒すには2週間かかった。
いや、わずか2週間で魔族を一掃したというべきであろう。
魔王二人の首を取って元気に戻ってきた悦郎。さすがに長期戦のため一人ではなく調査隊改め勇者パーティーが同行したが、一緒に戻ってきた彼らの顔には驚愕と疲労がこびりついたままになっていた。一体どのような戦いがあったのか。
やがて、誰とはなく悦郎は勇者ではなく、『東方の魔人』と呼ばれるようになった。極東ニホン、すなわち遥か東方から来た魔人という意味である。
魔王よりも強い人間。もはや人間の領域ではない。まさしく魔人級のその力。畏怖と、歓喜と、熱情を以って今度は全土の王国民が悦郎を讃えた。
そして国民が熱狂すればするほど悦郎は表に現れなくなり、飢餓感から更にヒートアップするという悪循環となった。
そしてあの事件が起きる。
「あの事件?」
「二人の王女とともに眠っている勇者が発見されたのです」
「なんですとーーーーー!!!!!」
セシルの叫びが轟いた。
さあ、どうなる。というところですが、元日から毎日更新、ストックが追い付かれてしまいました。ここからは不定期更新となります。週1以上は更新するつもりです。
今後ともお読みいただければ幸いです。




