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第10話 ギフテッド

 バイクは、丘の一部をくりぬいてガレージにしてそこに隠した。

 外は元のままだが内側だけ近代化という、『黄金の止まり木亭』で使った謎機能を応用し、外からはただの丘にしか見えないが、その一部が跳ね上げ式の扉になっていて、中はステンレス鋼板に覆われた四角いスペースだ。LEDライトやガスの換気塔、掃除用の給排水設備を備えた本格的なガレージだ。相変わらず電気や水がどこから来て、どこに捨てられているのかは不明だ。使えるのだから問題ない。


 というか、そういう『結果だけを作り出す魔法』だとセシルは理解することにした。考えてもわからないことは考えない。現に存在しているのだから、事実として受け入れる。数学の公理と同じだ。

 肝心なことは、公理を真としたときどのような命題が導き出されるかである。

 セシルは何が出来、何が出来ないのか。

 出来ることを展開・応用していけば、先はどうなるのか。

 それを考える方がはるかに有意義だ。


 ガレージの中には金属の(シェルフ)をしつらえ、整備工具、予備のタイヤやガソリン、オイルを用意した。火事がちょっと心配だが、24時間換気にしたからガスが充満して爆発するようなことはなかろう。ファンは静音タイプなのでガレージの存在に気付く者はいないだろう。


 ちなみにセシルは免許を持っていない。この世界では特に意味はないが。風圧は平気なのでノーヘルだし。


 スクランブルでダッシュなバックパックと一緒にバイクをガレージに預け、檻をリヤカーのように引いてアドセットの街まで戻った。

 金属製のリアカーが珍しいのか、中身が魔獣の首に翼なのが人目を引くのか、ギルドまでの間通行人たちの注目を浴びた。

 いや、彼らは可憐な超美少女が血まみれの肉塊を軽々と運んでいる光景そのものに度肝を抜かれていたのだが、そのギャップに気が付かないのは本人ばかりなりである。


「ただいま戻りました!」

「お、おお、セシル。早かったな」


 まだカウンターにいた所長が迎えてくれた。内心、ミルムはどうした!? と焦っているのだが、さすがにそれは顔には出さなかった。


「デスストライカー3体。1体は子どもだけど。それとサイバーンを3体ついでに討伐しました。翼は売れるってミルムさんに聞いたので、依頼はなかったけど持ち帰りました」

「お、おお。ミルムに会ったのか(あいつ、何バレとんねん!)。サイバーンの翼は常時採集依頼品だから、問題ない。ギルドで買い取る」

「はい、よろしくお願います!」

「うむ、リューリュー、査定を」

「承知いたしました」

「それにしてもこの短時間でデスストライカーにサイバーンもか。今日ハンターになったばかりとは思えんな……」

「あ、それとデスストライカーの生息地の地図と似顔絵、作っておきました。貰ったものはちょっと精度が低かったので、参考になればと」

「地図の精度? 大体の方向さえ合っていればちゃんと着くだろう? ……おおっとなんじゃこりゃ!」


 セシルが渡したものは、ARスコープで読み取った3D地形データを元にしたアドセットの街からガウゴーン渓谷入り口付近の精密なマップ。それにデスストライカー、サイバーンのフォトプリントである。


「わかりやすいでしょ?」

「あ、ああ。これはわかりやすい。わかりやす過ぎて逆に……」

「逆に?」


 逆にまずい、という言葉は飲み込んだ。


 セシルは一度見たものを精密に記録できる才能があるのだとバララッド所長は理解した。

 戦場の地図をセシルが書けば、敵の配置、方角、距離を全軍に正確に伝えられる。言葉での伝令に比べてその価値はいかばかりか。

 一方、砦の縄張りなども精緻にマッピングできるから、微妙に道に角度をつけ敵を迷わせる曲がり路などが意味をなさなくなる。攻城戦の手法自体が劇的に変わるだろう。

 それにこの本物のような写し絵。これが人相書きであれば犯人は逃げられない。写実的過ぎて絵画的価値がないのは幸いだ。もしもっと美化する才が有れば貴族から肖像画の依頼が殺到するだろう。


 実際にはフォト効果盛り盛り加工だって出来るのだが、まだ所長は知らない。


「いや、地図屋でも成功すると思うぞ。が、セシルはハンターギルド所属のハンターだからな! 商業ギルドに鞍替えするなよ! あっはっは!」

「そんな気はないですよ。所長」


 ぎりぎりごまかしたバララッドであった。

 商業ギルドはハンターと違って各国所属の商人の交流組織だ。セシルが特定国家に所属するのはまずいから、くぎを刺しておくことも忘れない。

 うん、グッジョブ、俺。

 バララッドは自分を褒めた。


「で、その地図と写し絵と討伐部位を運んできたその金属の荷馬車は、そもそもどうやって……」

「あ、鉄の剣同様、出ろと言ったら出ました」

「……やはりか」


 と、そこにようやくミルムが戻ってきた。帰りは迷わずバイクで下ったが、ガレージ造りやその後の徒歩リヤカー引きでそれなりの時間が掛かった。

 それを割り引いても、ミルムは健脚であるといえるだろう。普通のハンターならまだ山道を下っている途中だろう。


「戻りました」

「あ、うん。ご苦労」


 セシルの異常性を感じ取っている所長は、セシルに遅れをとったミルムを責めることはしなかった。

 その代わり。


「セシル。ちょっと話がある。ここではなんだから2階の事務所に来てくれ。ミルムも来い」

「え、でもわたし、査定が」

「時間が掛かる。その間に話は済む」


 そういえば、昼を過ぎてハンターたちが戻ってきていた。出て行った時には誰もいなかったが、今は十人ほどがギルド内をぶらぶらしている。採集品や討伐品の査定待ちなんだろう。

 セシル自身や、セシルのリアカーとその中身に興味津々なハンターもいる。


「わかりました」


 セシルは先を行く所長と後ろのミルムに挟まれ階段を上った。


 3人で事務所に入ると、所長はまずミルムに見たものを報告させた。

 セシルは特に何も言わない。ミルムが所長に報告すると既に聞いていたし、所長が話があるといいながら先に報告させたのは、その内容に関係があると思ったからだ。


「わかった。ミルム、お前は下がれ。ここからはセシルと二人だけで話をする」

「はっ」


 ミルムが出ていくと、所長は鍵を掛けた。


「自走する二輪車に、人が空を飛ぶための翼か。そんなもの、見たことも聞いたこともない」

「そりゃそうでしょうねえ」


 オフロードバイクはともかく、個人で空を飛ぶ機械は現世でもまだ試作段階だ。ましてやあんなアニメっぽいコンセプトのものは。


「セシル、お前は祝福者(ギフテッド)だ」

「ギフテッド?」


 なんか現世でもめっちゃ賢い子をそんな風に呼んでいたような気がする。けど、意味が違うよね?


「うむ。まれにこの世に生まれる、神の祝福により特別な力を得た人間。創成神話の時代から登場するが、過去に実際に何人かいた。教会中興の祖といわれるハイデ卿もギフテッドだった。俺も現物を見るのは初めてだが、間違いない」


 なんで初めて見るのに間違いないと断言できるのかは謎だが、自分の能力がこの世界の人々にとっても特別なものであることは既に気が付いていた。


 で、ハイデ卿って誰? え、スルー? この世界なら誰もが知ってる説明不要な有名人さんなの?。


「アルティメットギフト『創造(クリエイト)』と『再生(リジェネレート)』。さすがにこれは神話伝承の類だと思っていたが、実在したんだ。鑑定装置が振り切れるはずだ」

「『創造(クリエイト)』と『再生(リジェネレート)』……」


 何で英語に聞こえるのだろうどうせならラテン語とかエノク語とかの方がかっこいいのにと全くどうでもいいところに引っかかるセシルであるが、これも豪華な『初期装備』のひとつよね、と納得した。


 そして、もはや、これは夢などではない。どういうわけか、自分が異世界に転移したのは間違いない。

 セシルもついに確信した。

 こんな大掛かりな設定の夢があるわけない。


 であれば、異世界転移なんてことが人間に出来るはずがないし、自然現象でもないだろう。なんらかの上位存在の意思が介在したと考えるのが自然だ。ラノベでも大概そうだし。


 セシル自身は神の存在について否定も肯定もしていないが、それがいわゆる創造神なのか、はたまた超進化した宇宙人か、遥か遠い未来人か、わからないけれども人知を超えたそんなモノが、高性能な装備や結構な金銭、そして超常の力を与えわたしをこの世界に送り込んだ、と考えた。


 それはとりもなおさず、わたしにこの世界で何かを成させようとしているということだ。


 それならそうで最初から説明してくれればいいのに。

 事故か何かで急死して、気が付いたら真っ白な部屋で美形か美女の神に『勇者として旅立つ日が来た』とか言われてチート貰って颯爽と異世界に行くもんじゃないの? ふつー。

 えっちゃんが好きなラノベが大体そういう展開だったよね。えっちゃん自身が書いてる小説も毎回そんな感じで始まるし。


 セシルは悦郎が投稿常連なのを知っていた。なぜって? リモートデスクトップで丸見えだったからである。


 でもその辺何のフォローもないまま二日も放置ってどういうことよ?

 やる気あんのかな? 神様。


 皆様ご存じのとおり、異世界転移時に何の説明もないラノベもこの世にはたくさんある。それどころか転移の理由が最後まで不明な作品も数多いが、悦郎の好みのプロットではないため、悦郎バイアスが掛かっているセシルは知らないだけである。


 でも、とセシルは思う。


 これだけの”チート”を得て、わたしだけがこの世界に送り込まれたはずはない。むしろ本命はえっちゃんだろう。わたしはパートナーポジってわけね。

 だって、えっちゃんはこういう異世界、得意中の得意!

 きっと、えっちゃんもここにいるはず! いや、来ている。間違いない!


 結論は正しかったのだが、思考回路は破綻していた。異世界が得意な人間なんていないだろう。もはや意味不明である。


 ということは、わたしの当面のミッションはえっちゃんを見つけてパーティーを組むことだわ!

 そしてえっちゃんと共にこの異世界を救うのよ!

 何からどう救うのかわかんないけど!


 この時セシルは自分と悦郎のことばかり考えていて、ごっそり思考から抜け落ちていたことがある。

 つい先日『事故か何かで急死』した身内がいたことを。


「おい? 聞いているか?」

「あ、すみません。ちょっと考え事を」

「ギフテッドの自覚があるのか?」

「いえ……。ただ、ゆうべ気が付けばこの街の近くだった。その際に、その『ギフト』も貰ったのかも」

「なに? 生まれながらではないということか。そんな話は歴史書にはないが……。まあ、事実ここにいるのだから、伝説はしょせん伝説ということだな」


 バララッド所長も案外割り切りの早い性格であった。


「で、そのギフテッドだと何かあるの?」

「何かあるって? 神に祝福された能力だぞ! その気になれば……」


 『創造』と『再生』の力は『天地創造』と『不老不死』に通ずると伝えられている。まさしく神の奇蹟だ。さすがにそのことを自分の口から語るのは憚られた。

 所長、こう見えて教会の敬虔な信徒なのである。


「神にも悪魔にもなれる?」


 セシルが口ごもった所長に代わって引き継いだ。所長はちょっと青ざめる。


「ま、生ものだと卵を出すのがせいぜいなんで、そんなに凄くはないよね! 珍しい力なんだろうけど」

「そ、そうだな。あははは!」


 明らかに作り笑いである。が、セシルも一緒になって笑った。うん、ギフテッド、ちょっとやばそう。ほんとに軍隊からお誘いがかかりそうだ。君子危うきに近寄らず。

 せっかく所長が人払いまでして話してくれたんだし、これは秘密にしておいた方がいいわね。きっと。


(でも、祝福者か。ますますえっちゃん好みの厨二設定ね。きっとえっちゃんもすごいギフト持ちに違いないわ。今頃勇者になって大魔王でも倒してるんじゃないかしら?)


 さすがセシルであった。本人もそれがまさかの事実だとは思っていないが。


(えっちゃんが世界を勝手に救っちゃう前に、えっちゃんを見つけないと! わたしの活躍する場面がないと困る。アピールにならない!)


 あらためて、堅く決意するセシルであった。

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