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第1話 メテオフォール

挿絵(By みてみん)


 あけましておめでとうございます!


 えーと、ボーイミーツガールもおっさんミーツガールもやっちゃったんで、今回はブラコン対シスコンのお話です。

 冒頭やや重く始まりますが、基本コメディというかギャグ路線なので、お気軽にお読みください。


 では、開幕!


<2021.12.12> いただいた感想を参考に、本話の構成を少し変えました(設定紹介的なプロローグを廃し本文中に挿入)。ストーリーそのものは変更ありません。

 田村(たむら)セシルと田村悦郎(えつろう)


 ともに17歳、同じ高校に通う姉弟(きょうだい)。2年生である。クラスは1年から別だ。そういえば、中学校も小学校も別のクラスであった。

 学校教育では姉弟は別々にするというような暗黙の了解があるのかもしれない。


 二卵性双生児というわけではない。そもそも誕生日は別々だ。

 そして、血は繋がっていない。


 どういうことかといえば、ともに伴侶を亡くして再婚した親どうしの、それぞれの連れ子である。


 セシルは父である田村小源太(こげんた)の、悦郎は母である田村美沙希(みさき)の。

 美沙希は小源太と結婚前は片山(かたやま)姓で、もともとの旧姓は河野(こうの)であった。


「たっだいまー! あれ、ミサママー? いないのかな? お買い物?」


 部活から帰宅したセシルは、電気が点いておらず人の気配もないリビングをいぶかしんだ。

 平日、美沙希は午前のパート勤めから戻り、昼食をとった後、掃除や洗濯を片付け、帰宅部の悦郎が帰ってくる頃に夕食を作り始める。セシルが部活が終わって帰宅する今頃には8割がた出来上がっており、玄関を開けた時の匂いで献立を当てるのがセシルの日課なのに。


 台所は片付いたままだ。料理をした形跡もない。


「うん……?」


 ふるふる(メッセージアプリ)には何も書き込みはなかった。

 美沙希はどこに行っているのか? そして夕食はどうしたらいいのか?


 電気を点けながら、洗面台に向かう。玄関に見慣れたスニーカーが無造作に脱ぎ散らかされていた。悦郎は帰ってきて自室にこもっているのだろう。


 洗面台横の洗濯カゴ付近に制服のシャツとハンカチがこれまた無造作に脱ぎ捨てられていた。いつものことだが、カゴの中に入れるということを知らんのか。


 セシルはひょいとシャツとハンカチを拾い、顔に押し当て息を吸い込んだ。


 むふー。


(ああああ、えっちゃんの匂い! 汗臭くてツーンと来るこの匂い!)


 誰もいないことを確認してのこの行為。

 親や悦郎に見られたら、即人生終了である。それはわかっているのだが、あらがえない。


 セシルは小源太と亡くなったフランス人の母、田村・エレオノーラ・カリスの間に生まれたハーフだ。

 スタイリッシュな美人女優だった母親の形質を強く引き継いでおり、女性的な曲線がはっきりした体つきで手足が長く背も高い。肌も白く瞳の色は深い藍色。ただ、髪の色はブロンドだった母とは異なりほとんど黒で、面立ちはややふっくらとして愛嬌がある。美しいというよりも可愛い。クールというよりも癒し系。美女というよりも美少女。洋風というより和風。そんな顔立ちである。


 よって抜群のプロポーションながら外人に間違われることはあまりなく、フランス語はさっぱり話せないし英語をはじめ語学があまり得意ではないセシルにとってはある意味助かっている。

 高校では女子バスケットボール部で活躍する一方、クラス委員長もこなし、また学業も学年5位辺りが定席の才色兼備。ちなみに5位辺りなのは英語と国語が足を引っ張っているからで、理科・数学系に関しては1年からずっとトップをキープしている。とはいえ決して天才肌というわけではなく、負けず嫌いの性格で人知れず努力している故の結果だ。


 性格も明るく、笑顔がトレードマークのセシルの回りは常に花が咲いたようにキラキラ輝いている。男女問わず友達も多い。男子の取り巻きたちからのは純粋な友情とはいえないかもしれないが。

 ただ、あまりにも眩しすぎるのか、男子同士がけん制し合うのか、残念ながら彼氏いない歴イコール年齢である。

 明らかにモテているのに、当人にはその自覚がないようだ。むしろ自分はモテないと思っている節さえある。

 そんな恋愛音痴なところが一部女子に受けている部分でもあるのだが。男子なんかに染めさせない! セシルお姉さまラブ! 的な百合ライクな意味で。

 うっかり宿題を違うページやってくるとかの天然ポカも多い一方、試合やホームルームなどで決めるところはビシッと決める。そんな硬軟のギャップが萌えポイントでもある。

 男女それぞれに自称・セシル親衛隊が組織されているのを知らぬは当人だけである。


 数回スーハスーハと深呼吸で匂いを吸い込んだ後、おもむろに洗濯カゴに直した。

 顔が上気し、目じりが下がっている。セシル親衛隊が見たら卒倒するような弛緩しまくった表情だ。


 しばらくそのままデレ顔でいたが、突如再起動してほっぺたをぺちぺちッと叩く。


 いつもの、いやいつもよりもややきりりとした表情を作り、2階に上がる。階段を挟んで東側の部屋。その扉の横で、壁にもたれて立つ。


(てれっててれっててれって~~。ててててれって~~)

(ざす! ばきゅ! ずばむ!)

(ぱぱーっ)


 部屋から漏れてくる音楽と効果音。

 うん、今なら大丈夫!


「えっちゃん、今話しかけていい?」

『聞く前に話しかけてるじゃんか! ま、今ならいいけど』

「ミサママ知らない?」

『知らん。帰ったらもうかあちゃんいなかった』

「そう。わかった。ありがと」


(うっひょー! 今日は怒らずに話してくれた! ラッキー! ま、音楽と効果音でゲームのイベントが終わったとこだったのは把握できてたけど! それにしてもえっちゃんが帰ったときもういなかったって、3時頃よね。もう7時前なのに……。ミサママどうしちゃったのかな?)


 とりま着替えようっと。西側の自分の部屋に入るセシルであった。


 一方、東側の部屋では。


(あー、もうちょっと優しく言えばよかったなー。でもなー、あんまり喋られても困るしなあ。どう受け答えしたらいいかわからんし。セシルが喋るたびに心臓バクバクするし喉は乾くし)


 コントローラーを握り画面を見つめながら、悦郎は思う。


 ハイスペック過ぎる姉。いや、同い年だから悦郎的にはあまり姉という意識はない。セシルの方はお姉ちゃんポジ全開であんたは弟! 的オーラマシマシなのだが。

 それはともかく、いろんな意味で苦手なのは間違いない。セシルを見るたびにオドオドとドキドキが混ざった気持ちになる。


 何でこんな超美人でスポーツ万能でめっちゃ賢い女が家族なんだよ!

 無理ゲーだろ!

 毎日一緒に飯食って、一緒に登校して。それだけでも心臓バクバクするのに。


 たまに部屋から下着だけで出てきたり、風呂からバスタオル一丁で上がってきたりするし。

『あら、ごめんね~。変なの見せちゃったね』だって!


 朝歯磨いてたら後ろから抱きつくようにして歯磨き粉取るし。

 当たってんだろ! でかいのが! しかも、それ、ノーブラ!


 誘ってんのか!? ……んなわけないか。天然ボケか!?

 まったく!


 ……焦るぜ。


 学校着いたらセシルの周りにはすげー人が集まって、俺はぼっち、というわけでもないが、まあ人が多いのは苦手だから、それはそれで静かでいいんだが。

 たまにセシルのことを聞いてくる女子や男子がいて、これもまたうざい……。


 悦郎は亡くなった父、片山(かたやま)浩一郎(こういちろう)と美沙希の間に生まれた。プロテニスプレイヤーだった父に似て、背丈があり筋肉質な体格のため知らない人からはスポーツマンに見られるが、実は運動は苦手。というより体を動かすのが面倒くさい。暇があれば横になってごろごろしているタイプ。一日寝たまま過ごせれば最高と本気で思っている。


 よって趣味はネットゲームとアニメと物書きという超インドア派。実は投稿サイトに異世界系創作小説(ラノベ)をペンネームでアップしている。ブクマが少しずつ伸びていくのを確認するのが目下の楽しみ。いつか作家デビューできればいいな、と思っている。といいつつ、寝ながらタブレットで執筆するという超グータラな作業環境なので作品の(クオリティ)は推して知るべし。努力しないで有名になりたいだけ、といわれても正直否定出来ない。


 ネトゲとアニメの消化と(一応)創作活動の邪魔なのでクラブには入っていない。学業では国語と社会のテストでセシルを上回ることが多いが、それは小説を書く上で漢字はもとより背景(バックグラウンド)設定などを史実から丸パクリしたりしているうちに自然と憶えたから。勉強そのものにはほとんど興味がなく、赤点を取ると追試で自分の時間が無くなるのが嫌なので、そこそこのレベルで流している。とにかく出来る限り手を抜くのが身上であった。

 ゲームとアニメと物書きだけでも続いているのはある意味奇跡であった。まあ、なんだかんだいって好きなものは好きなんだろう。


 一生寝て暮らせたら最高と考えている一方で、俺はまだ本気を出していないだけ、とも思っている。

 ()()()はいいし、語学の成績からみても地頭は悪くなさそうなので、本気を出せば確かに化けると思われるのではあるが。

 父親が有名人だったことは特に周囲に話していない。テニス部に勧誘でもされたら面倒だという防衛本能が働いたからだ。まあ知ってる人は知ってるが。


 意外と友だちは少なくはない。オタク仲間が結構いるし、SNSやゲームチャットで繋がっているのも友だちに含めるのならば、だが。

 セシルとの足掛かりを作るための、まず堀から埋める派の男子や女子も友だちの中にはいる。

 まあそういう者は、朝は確かに一緒に登校してくるが、その後は姉弟の接点がほとんどないことに気がついてだんだん離れていくのである。


 数人、セシル関係ない友だちはいる。いわゆるオタク仲間だ。アニメやゲームの傾向が合う男子3人。トモアキとユウジとカネオ。でも、さすがに彼らにもネットに小説を投稿していることは話していない。

 さすがに今のレベルでは恥ずかしくて言えない。もしか、いつか書籍化されたら『へっへっへ、実は……』とカミングアウト。なーんちゃって。

 そうなったらいいなあ。

 そうなったら、セシルにも自慢できるかなあ。


 『そう、俺は【やれば出来る子】。だがあえてやらない。やらなければ、いつまでも【やれば出来る子】でいられるが、ガチでやって出来なければ【やっぱりやっても出来ない子】になってしまう。そんなことになったらヤダヤダ! 認めたくないよヤダヤダ!』というのが悦郎の思考パターンであり本音であった。


 人、これを甘えという。


 そして目の前には【やるし出来る子】がいる。

 ひそかに『さすセシ』とまで呼ばれている、セシルが。


 実は家ではグータラでだらしないとかだったらまだ救われるが、セシルは家事も卒なくこなすし、休日は母親と一緒に買い物に出かけたり、地域のスポーツ行事に参加して小学生の面倒をみたり。

 めっちゃ性格いい。俺とは真逆だ。


 (げん)とうちゃんとも仲いいしなあ。オレが忘れてた父の日のプレゼント、俺の分まで買っておいてくれたっけ。後で金はとられたけど。

 まあ実の親子だし。セシルは亡くなったエレオノーラさんの面影もちょっとあるし。

 え、出演作見たよ。ネットでこっそり。すげえ美人だった。源とうちゃんと国際結婚した時は結構世界レベルで話題になったらしい。

 一緒に暮らしている俺から見ても、セシルは恋人にしたい候補ナンバーワンだ。

 何でそんな奴と姉弟なんだよ……。いつかセシルが誰かの嫁に行くのを弟として祝福しなくちゃいけないのか? なにそのハードプレイ。


 と、心の中でため息をつくのだが、部屋に引きこもっている悦郎は知らない。その『さすセシ』が、実は汗臭いシャツを嗅いで悦郎成分を補給していることを。


 エレオノーラと浩一郎が亡くなったのがふたりが小学校1年生の時。小源太と美沙希が再婚したのはふたりが小学校4年生の時だった。


 エレオノーラと浩一郎は、欧州から帰国する時に偶然同じ飛行機に乗っていた。映画がクランクアップしたのと、ヨーロッパツアーからの帰路である。

 その飛行機が着陸に失敗し、滑走路上で爆発炎上したのである。脱出する間もなく乗客乗員533名全員死亡。わが国航空史上有数の大惨事だった。

 機体故障と操縦ミスが重なったとされているが、現在に至るもテロや謀略説などさまざまな噂が引きも切らない。

 その遺族として幾度となく会ううちに、同い年の子どもを持つ小源太と美沙希は惹かれあい、やがて新たな夫婦となったのであった。


 5月生まれのセシルが姉、12月生まれの悦郎が弟になって以来8年。

 もともと早熟で陽性なセシルはしっくり姉ポジに収まり、陰性な悦郎が不本意ながら弟ポジに収まって現在(いま)に至る。


 さて、自室で着替えを終えたセシルである。いつもはジャージのような部屋着にするのだが、もしかしてこの流れは外で食事かも? と思い普通の私服を着た。


 ふるふるにはまだメッセージがない。

 着替える前に『いまどこ?』のスタンプを送っておいたが、既読がつかない。


 おかしいな……?


 と、スマホに着信。ミサママ? と思ったが、知らない番号だ。

 一瞬ためらったが、出てみた。


「もしもし……」

『警察です。田村セシルさんですか?』

「間に合ってます!」


 即切った。

 ひどい詐欺電話だ。まったくもうこんな時に。出るんじゃなかった。


 またスマホに着信。同じ番号だ。しつこいな。


 しかし、10回、15回コールしても相手から切らない。

 仕方がないので、出た。


「もしもし……」

『田村セシルさんですね! 警察を語る詐欺ではありません。ネットでこの番号を調べてもらってもいいですから!』

「あ、はい、そうします」


 電話を繋いだままブラウザを立ち上げ番号をコピペ。


 あ、ほんとだ。近くの警察署だ。


「もしもし……」

『用心深いのはいいことです。が、それはともかく、今は落ち着いて聞いてください』

「はい?」

『ご両親、田村小源太さんと、美沙希さんが、亡くなられました』

「やっぱり詐欺!」

『違います! 現実逃避しないで! これは警察からの連絡です! 冗談ではないです!』

「え?」


 パパと、ミサママが、死んだ?



◇◇◇


 ダンダンダンと東の部屋のドアを強くノックするセシル。


「ごめん! えっちゃん! すぐ出てきて!」

『………』

「イベント中なのはわかってるけど! 警察に行かないといけないの!」

『……。……警察?』

「パパとミサママが、死んだの!」

『は? ……』

「嘘じゃないの! 警察からの連絡! 免許証やスマホから間違いないらしいけど、本人かどうか家族が確認しないといけないの!」

『……』

「お願い! 一緒に来て! 怖いの!」


(どたっ! がしゃ! どんがらがっ! ごん)


「どうしたの!?」

『足が痺れて……。こけた』

「大丈夫!?」

『大丈夫……。40秒で支度する。ちょっと待て』


 35秒後にドアが開いた。


 ジャージ姿の悦郎が出てきた。着替えたわけではないので何を支度したのかはよくわからないが、多分ゲームの電源を落としたのだろう。


 悦郎はセシルが目に涙を浮かべているのを見た。


(やべっ! これはマジであかんやつだ! もっと早く出てくれば良かった……かも!)


「ありがとう……。えっちゃん……」

「お、おお。で、今の話、ほ、本当なんだな?」

「それを確かめに行くの。行こう、一緒に。嫌だけど……」


 イヤだよなあ。俺もイヤだよ。

 でもセシルが、あのセシルが泣いてる。


 ここで頑張らないで、いつ頑張るんだよ!


 悦郎はセシルの手を掴んだ。


「で、どこへ行けばいいんだよ!」

「び、病院……」


 セシルの頬がさらに赤くなったのは、涙がこぼれたせいだけではなかっただろう。



◇◇◇◇


 病院の地下安置室でシーツにくるまれていた二つの遺体。

 刑事が顔の部分をめくると、それは小源太と美沙希に間違いなかった。


 平穏な顔をしているのだけが、救いだった。


 二人が亡くなったのは午後1時過ぎ。連絡が遅くなったのは、二人のスマホのロックを解除するのに警察が手間取っていたからだ。今時の指紋認証なら遺体がここにあるんだから簡単だったろうが、二人は指紋でも、パターンですらなく、昔ながらのパスコードでロックしていた。


 ロックが外れて、セシルらの連絡先も、二人の今日の行動履歴もわかった。


 小源太はごく普通のサラリーマンだが、会社が自宅に近いので、時々昼飯を食べに家に戻っているのはセシルも悦郎も知っていた。

 今日は給料日明けだったので、美沙希を駅前のレストランに呼んだらしい。

 一緒に昼食を食べようと。


(パパとミサママ、結構ラブラブだったんだ)


 自分の前ではそんなそぶりは見せないので、はじめて二人の距離感を知ったセシルだった。


 一方帰宅部の悦郎は、しょっちゅう美沙希が小源太を会社まで迎えに行くのを知っていたので、そんなこともあるよなと思うだけであった。


 そしてレストランを出て、小源太が社に戻ろうとした時に、通り魔に襲われたのだ。


 正確に言えば、通り魔は二人のそばを歩いていたおばあちゃんと孫の女の子を狙ったのだった。

 誰でもよかったとか言いながら、自分より明らかに弱い者を狙うのは通り魔の習性である。


 いち早く不穏な動きに気付いた小源太が二人を護り、さらに小源太とともに美沙希が通り魔を抑え込んだ。

 しかし、その時すでに通り魔が持っていた2本の包丁が小源太と美沙希の腹に刺さっていた。


 二人は負傷しつつも老女と少女をかばいながら通り魔を抑え、周囲に向かって警察を呼べと訴えた。


 そして救急車とパトカーが到着し、通り魔の身柄を警官が確保するのを確認すると、二人は崩れるように倒れたのだった。


 二人とも失血死だった。

 一見無事に見えた二人に、現場到着後すぐ医療的な対応をしなかったことを警官も救急隊員も悔いた。が、後の祭りだった。


「通り魔……、犯人は未成年のフリーターでした」

「おばあさんたちは二人のおかげで擦り傷程度で無事でした」

「まさに英雄的行為です。しかし、みすみす……。申し訳ありません」


 なんだよそれ。


 悦郎ははけ口のない怒りに囚われた。


 なんでそんなわけのわかんねえことで、源とうちゃんやかあちゃんが死ななきゃなんないんだよ!

 英雄? 知るかそんなの! 死んでどうなるんだよ!

 ふざけんな!


 セシルは一言つぶやいた。


「バカ……」と。



◇◇◇◇


 身内だけの葬儀が終わった。


 浩一郎とエレオノーラの時は、事故の合同葬に加え、二人とも国際的な有名人であったため、後にホテルでお別れの会も行われるなど大層であったが、小源太と美沙希は有名人の元伴侶というだけの一般人であった。


 親戚も双方わずかだった。


 残された子どもだけでは大変だろうと、小源太の会社の上司が葬儀を取り仕切ってくれた。

 精神的に参っていたセシルと悦郎にとっては助かった。

 そもそも、何をどうしたらいいのかすらよくわからなかった。浩一郎とエレオノーラの時は小学生だったし、小源太も美沙希もいた。


 セシルは葬儀の間親戚や会社の人や町内の人に丁寧にあいさつし、御礼を述べるなど気丈に喪主として振る舞い、悦郎はただ黙って頭を下げているだけだった。


 出棺の直前、遺体に花を添える時、それまでずっと涙を見せなかったセシルが、限界を超えたダムが決壊したかのように突如号泣した。


 膝をついて、子どものようにあんあん泣いた。


 悦郎はその姿を見て、歯を食いしばりながらも、一筋涙をこぼした。

 参列者の多くも、もらい泣きしていた。  


 それから1週間。

 二人は忌引きでずっと学校を休んでいたが、明日月曜日から登校する予定だ。


 親が死んでも、二人は生きていかねばならない。

 幸い、当座の現金や貯金はそこそこあったし、保険金の手続きも済んだ。

 犯人が未成年だから、慰謝料がどうなるかはわからない。

 慰謝料と言えば、飛行機事故の時の賠償金があった。

 まだ遺産の整理は出来ていないが、多分手つかずで残しているはずだ。

 このまま、高校は卒業できるだろう。

 その後はどうするか。セシルも悦郎も普通に大学へ進学するつもりだったが、再検討が必要になった。


 高卒で就職するか、奨学金を得て大学を出、その後就職し返済するか。


 悦郎は初七日が終わると、また自室にこもってしまった。

 漏れてくる音からすると、ゲームをしている。


(わたしも、逃げたいな……)


 なにから?


 両親が二度も死んでしまうという過酷な現実から?

 いや、この世界から?


 セシルもまた自室のベッドで仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめるのだった。


(いや、だめよ! えっちゃんと二人きり! わたしが頑張るのよ! 葬式ではかっこ悪いとこ見られちゃったけど、わたしは姉にして親! これは運命! よし、明日から頑張る! えっちゃんとともに強く生きていく!)


 パンパンとほほを叩いてきりりと口を結ぶ。

 さすセシ復活であった。



◇◇◇◇


 その小惑星は、地球から20万キロの地点を通過する予定だった。

 宇宙スケールでは、超至近距離のニアミスだが、ただそれだけのことであった。

 現代の観測技術や軌道計算は正確だ。

 ましてや地球近傍である。間違えるはずがなかった。

 だから、ニュースにはなったものの、天文愛好家の間で話題になった程度で、市民生活には何の影響もなかった。


 そのはずだった。


 小惑星が地球軌道直前で突然3つに分裂した。

 月と地球の潮汐力に捉まったか、別の理由か。

 大きな塊は当初の軌道を描いたが、小さな欠片二つは地球の重力に引かれて加速した。

 二つ揃って、一直線に。


 異常に気がついた各地の天文台が警報を発信したが、それでも、このサイズなら外宇宙速度で大気圏に突入すれば溶けて蒸気になるはずだった。

 が、そうはならなかった。


 二つの隕石はガス化しながらもコア数センチを残し、地表に激突した。


 日本のとある家の屋根に大きな穴を二つ開けて。

 2階の東と西の部屋を熱と運動量で粉々にして。


 幸いにして、というか不思議なことに被害に遭ったのははその家一軒だけで、両隣は無傷だった。

 そして、ちょうど留守だったのだろう、破壊された部屋から遺体は見つからなかった。


 だが、いつまでたってもこの家に住んでいるはずの、両親を亡くしたばかりの姉弟は、姿を現さなかった。



◇◇◇◇


 気がつけば、林の中だった。草むらにあおむけに横たわっていた。枝葉の隙間から見える空はほの赤い。夕暮れだ。辺りも暗い。


(あれ、いつの間にか寝ちゃった? これ、夢だよね?)


 セシルは起き上がった。

 じゃらんという音がして腰が重い。見ると、チェーンベルトに西洋の剣をぶら下げていた。

 両肩に金属のプレートもついている。


(うわあ、これってあれだよね。剣と魔法が出てくるえっちゃんが好きなゲームのコスプレ。おかしな夢見てるのね、わたし)


 服も異国風だ。スカートじゃなくてパンツで、編み上げブーツを履いている。


(にしてもやけにリアルな夢だなあ。えっちゃんの趣味の研究を怠らなかったからかな? わたし自身はやったことないけど)


 万が一悦郎がネトゲ話をしてきた時に困らないよう、攻略本やゲーム雑誌はきちんと読んでいた。

 そこまでするなら他人のふりをしてログインし悦郎とゲームフレンドになればいいのだが、それは違うと思うセシルであった。


 ほかの人ならまだしも、えっちゃんをだますようなことは矜持が許さないのであった。

 そのわりにはこっそり汚れ物の匂いを嗅いだりしているが、あれは隠れてやっているだけでだましているわけではないのでセシル的にはセーフなのだった。

 謎理論である。


 立ち上がると、林の向こうに明かりが見えた。どうやらここは丘の上らしく、少し離れた場所に街があるようだ。


 装備の重さを感じるし、草木の匂いも強い。そして肌寒くなってきた。

 リアルすぎるでしょ、と思いつつ、まあせっかくだしという程度の気持ちで明かりの方に向かった。

 途中から道に出た。道といっても踏み慣らした土の道で、アスファルトはもちろんレンガすら敷いていなかったが。


 街の手前に灯篭があり、その横に木の杭が刺さっていた。何か書いてある。


 それは、文字なんだろうが、セシルが見たことのないものだった。

 手持ちの知識と照らし合わせると、しいて言えば地図記号と楔形文字の組み合わせのように思えた。

 しかし何よりも驚いたのは。


(読める……)


 『アドセットの街』


 の、要る? とどうでもいいことを気を掛けながら、街に入った。


 街を入ってすぐが市場になっているようで、まだ日暮れ前の時間ということもあり、結構な人数が往来していた。

 それは街なんだから当たり前だが、当たり前じゃないことが。


 行き交っているのは人間だけじゃなかった。二本足で歩くオオトカゲ。二本足で歩くオオカミ。二本足で歩くブタ。二本足で歩く鬼……。鬼はもともと二足歩行か。

 しかもそれなりに身なりを整え、中には鎧のようなものを着て闊歩している。剣や弓や槍を装備している者もいる。

 なんか治安悪そう!

 あ、オオトカゲに睨まれた。


(これ、ファンタジーゲームの世界だよねえどうみても! しかし、こんなおおっぴらに武器を見せびらかしてていいの? 銃刀法ないの?)


 自分も剣を吊り下げ軽装ながら防具を着ていることはスルーなセシルであった。

第2話は、続けて本日18時に投稿します!

お楽しみに!

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