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私説 龍造寺隆信  作者: 天羽賢治郎
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肥前治乱興亡記

 ※はじめに

 佐賀の武将と言えば鍋島氏が知られているが、その基礎を作ったのは、龍造寺隆信である。

室町時代の1467年の応仁の乱が起こってから日本は戦国時代へと移っていく。この物語は、一代で肥前の小さな一国人であった龍造寺を大友氏、島津氏と九州を三分する太守に登りつめた龍造寺隆信の話である。

 ここでは、本編を始める前に隆信が生まれる前の龍造寺家の置かれていた立場がどういうものかを話しておく。その頃の肥前と言えば、鎌倉時代に太宰少弐に任官された武藤氏が他の勢力を排除しながらもほぼ北部九州を束ねていた。この武藤氏は、その後、少弐と姓を変えるが、自前の兵は殆ど持たずに近辺の多くの地元国人を味方につけ、従わせていただけであった。

 大勢力を持たない少弐氏が治める北部九州は、応仁の乱の後 山口の大内氏や豊後の大友氏が幾度となく戦を仕掛けてきた。それをかろうじて防げたのは、少弐氏を支援する肥前の国人のお陰であった。


 ※ 第一章 隆信の誕生

 夏が終わり、日が暮れると虫の声が聞こえてくるようになった。。涼しい風もそよぎ、その夜は雲ひとつない空で満月が美しく輝いていた。ここ半年は、戦も無く、村では米の収穫も終わり、平穏な日々が続いていた。そんな夜 佐賀水ケ江城の龍造寺家兼は、本家の村中城に兄の龍造寺家和を訪ねていた。家和は、下働きの者に膳を用意させ、家兼を招いた。

「家兼よ、今日は何か用か?」

「兄上、今は戦国の世、弱者はより強い者の加護にすがるしか有りませんが、これから先は、どうなるか分かりません。それ故に二分する勢力に親兄弟が分かれて争っているような状況です。少弐様、馬場、千葉などが良い例です。少弐様は、別に置き、馬場や千葉などは、結局は、一族の力を落としているように思います。私は、亡き父上の望み通りに一族の結束が重要だと思います。それが当家がこの乱世で生き残る唯一の方法だと思います。兄上はどう思われますでしょうか?」

 家和は、酒を一口飲み干してから話しかけた。

「家兼よ、よう言うた。お前の言う通りだ。特にお前は幼き頃より智仁勇を兼ね備えた類いまれな武将の器であった。わしよりもずっと能力が有る。それ故に父上は五男であるにもかかわらず水ケ江城を創設しお前を当主にした。父上の目的は、この本家を守る備えにすることである。そしてお前はこれを理解し、よく本家に尽くしてくれておる。お前からしてみれば、わしなど老いぼれで、また跡取りの胤久は、まだ青二才、おまけに病弱だ。お前がその気になれば、いつでも本家を乗っ取ることが出来るのに、よく補佐してくれている。心から礼を言うぞ。本当に感謝しておる。」

「兄上、勿体ない言葉をありがとうございます。私は父上の教えが正しいと思いその通りにしているだけです。そして本日は一族の結束をより固くする為にお願いに上がりました」

「ん。何だろうか?」

「実は、春に一族の法要がありましたな、その折に孫の周家が清姫を見染めてしまったようなのです。清姫は類稀なる才色兼備な女子で、縁談話もさぞ多かろうかと存じますが、いかがでしょうか?分家の嫁には不相応かと、また周家では物足りないかとも思いますが、孫可愛さの為、清姫にせめて話だけでも兄上からこのことを伝えてもらえないかとお願い致します」

「周家が清を見初めたということか。確かに、あの器量なので多くの縁談話は有る。しかし清が全く乗り気でないのだ。また、政略結婚させるような相手もいない事だし、無理強いは、しておらん。まぁ、後で清に話してみよう」

「兄上、ありがとうございます。よろしくお願い致します」

(清姫というのは、(後の『慶ぎん尼』)家和の嫡男の龍造寺胤和の娘で、器量良しで評判で有った。幼い頃、父を亡くし、母と母と結婚した叔父に育てられた。家和も溺愛したが、早くに父を亡くしたせいか、しっかりとした芯の強さを持っていた。現在17歳だが、至る所から嫁に欲しいと話が来たが、全く乗り気でなかった。家和も別に嫁入りさせたいところもなく本人に任せている。)

家兼は、家和に深々と頭をさげた。

その後、少し思い出話をして家兼は、村中城を出て行った。

翌朝家和は、清姫を呼び昨夜の家兼の訪問の経緯を話した。

「それでのう 家兼は、お前を孫の周家の嫁に欲しいそうだ」と話すと、清は、長い睫毛を伏せてうつむいている。その仕草を見て、家和は、美しく育った孫娘を愛らしく思った。

「周家は、頭も良く剣の腕前は見事と聞いている。それに本家と水ケ江家の将来を考えても良い事だと思う。焦ることは無い。じっくり考えて後で返事をくれ」内心、家和は、少しおとなしくみえる周家を気の強い清が気に入るわけが無いと思っていた。

 すると清姫は 少し間を置いて

「お爺様 この縁談是非勧めて下さい。私が男ならば本来、父の跡を継いで、この龍造寺家の惣領となり、肥前平定 それ以上を目指した事でしょう。しかし女子の身としては何とも叶いませぬ。ならばせめて水ケ江に嫁ぎ周家様を支え、一緒に本家共々龍造寺家を盛り立てて参りたいと思います。それ故に他家に嫁ぐよりも私はとても嬉しく思います」家和は少し驚いたが、

「そうかそうか、実にめでたく有り難いことだ。よし胤久にはわしから話しておこう」胤久とは清の父胤和の弟で今の龍造寺家の惣領である。そして清の実の母の今の夫、つまり清の叔父だが継父になる。翌朝、清姫は、両親に水ケ江の周家に嫁ぐことを報告した。もちろん家和から事の次第を聞いていた為、二人とも喜んでくれた。また、その後には、父が違う弟と妹にも直接 話した。二人も姉の嫁入りを大層喜んでくれた。

 それから2ケ月後、二人は水ケ江の東館の天神屋敷で祝言を挙げた。およそ一族と家臣を呼んでの宴であった。この日初めて清姫を目にする家臣達は、清の美しさに驚きを隠せなかった。

「わしゃ あげん美しか女子を初めて見た」

「俺もたい。本家の姫さんが綺麗かという噂は聞いとったばってんが、ほんなごつお人形さんより美しか。若は幸せもんたい」

 時代は、まだ郷里が安定しておらず、他家を呼ぶのはある意味危険を伴った。しかし、それなりの御祝儀は届けられだ。

 さて、周家は、憧れの清姫が自分の嫁になり、今 新婦として隣にいることが夢ではないのか信じられなく、まさに雲の上にいるような思いをしていると清の方から

「周家様、いえ殿 、これよりは私 清をよろしくお願い致します。何よりお家の為 精一杯努めさせて頂きます」と話しかけてきた。周家は、とっさに夫として威厳を持たないといけないと思い

「そうか。こちらからもいさ久しく共に歩まん」と反応した。

 その夜は、遅くまで皆で酒を酌み交わし、また清姫も家臣らと語らい、周家の祖父家兼や父の家純や今の水ケ江家当主の家純の弟の家門は、行く末を安堵した。結局、その日は、朝まで宴が続き、しばらく別々に休んだ。そして次の日に、二人は初夜を迎えることになった。周家は清が待つ寝所に着くまで、今までずっと憧れていた清姫を抱くことを思い、心は小躍りするものの、緊張もすごかった。果たして 無事物事を成せるか不安でもある。今まで数人の女と関係を持ったが、やはり相手が違うと、こうも違うのかと自問した。部屋の前に着き 意を決して

「俺だ周家だ、入るぞ」と声をかけ障子を開いた。清は、布団の横に正座して周家に向かい、深々と頭を下げて

「ふつつか者ですが、よろしくお願い致します」と言った。周家は、愛おしく思い。まず優しく清を前から抱きしめ、清の帯に手をかけ、結び目をほどきにかかった。

 それから約一年が過ぎ、清は元気な赤子を産んだ。しかし女であった。周家も家兼も家純も皆大喜びであったが、清は、男子を産めなかったことで、申し訳ない気持ちと自分の夢が叶わなかったことで、一人だけ素直に喜べなかった。それを察してか周家は、

「一姫二太郎というではないか。次に男子を授かれば良い。仮に次も女子であればその次でも良い。我が家にとって子供は多ければ多いほど良い」と言ったが清は、自分の夢を果たす為には、出来るだけ早く男子を産む必要かあった。

 清は、それから、毎朝毎晩 近くの宝琳院に男子を授かるよう祈願詣りを欠かさなかった。

 それから間もなく、高齢で最近寝込んでいた祖父の龍造寺家和の訃報が飛び込んで来た。父 胤和が他界してからは、継父の胤久よりも家和の方が、より父代りになっていた。一昨日も清は、家和の見舞いに行って、正直 そう長くは無いと感じていたが、こうも早く亡くなるとは思いもしなかった。しばらく悲しみに明け暮れたが、数日経ったある夜、夢の中に家和が現れ

「清よ 清よ お前の事は、あの世で毘沙門様にお願いしたぞ 吉報を待つが良い」と言った。またあくる夜は、龍に跨った毘沙門天が清のお腹に飛び込んで来る夢を見た。清は、余程 自分の想いが強い為にこんな夢を見るのかしらと微笑んだ。その事を老女の木下覚順の妻の妙に話すと

「姫様 それはきっと吉夢でございます。そのうちに姫様は毘沙門天様のような男子を授かるということですよ」と答えた。

「そうでしょうか、それならば嬉しいのですが」と話しをしていると

「うっー」と呻き声を発し 戻しそうになった。

「姫様、もしやおめでたでは?」

「えっ。うっー」

「誰かっ 医者を呼んで下さい」

「そんな大声を出さずとも良い。大丈夫じゃ」と老女をたしなめた。しばらくして、医者が来て その見立てによると果たして清は懐妊していた。

「妙よ、本当に吉夢だったのかも知れませんね。でも男子かしら」と老女に呟いた。

「姫様 間違い有りません。夢のお告げ通りですよ。きっと毘沙門天様の生まれ変わりの若君がお生まれになりますよ」と妙は言ってくれた。清は周家に夢の話は隠して懐妊したことを話した。周家は、またも大喜びである。清が

「今度こそは、若君を産んで見せます」と言うと周家は、

「男なら有難いが、わしは男でも女でもどちらでも良い。元気に生まれて来てくれたらそれで良い。わしも清もまだ若い。子供は多ければ多いほど良い。いずれ男子を授かるだろう。」と答えた。すると清は、「お言葉は、有り難いのですが、武家の妻として跡取りを産むのは当然のこと。もし今度の赤子が女で有った場合は、殿 側室をお迎え下さい。そして、その子を私に育てさせて頂きとう存じます」すると周家は「何を言うか。わしは、そなたしか愛しておらね」

「それは、良く分かっておりまする。ありがとうございます。しかし子は宝と申します。多ければ多いほど良いというのは私と殿と同じ思いです。御家の為と思えば清は我慢出来まする。そう、次が男子か女子に関わらず、是非側室のことをお考え下さい。よろしくお願いに致します」

「それ程言うのなら、考えておこう」と周家は答えた。それからも清は、祈願詣りを毎朝毎夕欠かさず行った。また、周家は、そんな清をより優しくいたわった。清が言った側室の件は まるで頭から遠退いいるようだった。

 それから数ヶ月経った享禄2年の2月15日の明け方であった。昨日の夜から雪が降り続き、辺り一面雪化粧である。その積もった雪を吹き飛ばすように、東館の天神屋敷に一際大きな産声が響き渡った。

「おお!生まれたか」家兼、家純、周家の親子三代が清の産室にあてがわれた部屋に飛び込んで来た。そこには、清とその横に赤子が布団の中で横になっていた。家純の妻と産婆と他の付き添いの女子が世話をしていた。

「たいそう元気な若君ですよ」家純の妻が言った。家兼が赤子を覗き込むと

「おお何と立派な赤子じゃ。わしゃ こんな大きな赤子を見たことがない。見ろ この赤子の瞳を。これは大器じゃぞ。でかしたな周家、清」と家兼は孫に言った。

「はい ありがとうございます。清 よくこのような立派な男子を産んでくれた。礼を言うぞ」清は周家と赤子を見ながら

「ありがとうございます」と返した。顔には大仕事を終えた誇らしい表情が伺えた。そして、ゆっくり眠ることが出来た。

翌日、清は、周家に

「殿、お願いが有ります」

「なんじゃ」

「実はこの子の事です。 乳母を付けるのでなく 私の手元で育てたいのですが。私は、龍造寺の手で この合戦の時代を終わらせたいと思っています。その為には、それを成し遂げる武将が必要です。私は、この子をその武将に育て上げたいのです。この子には、私の思いつく最高の英才教育を施したいと思います。先ずは、教育係として私の老女であった妙を付けて頂きとうお願いします」

「妙というと一昨年 木下覚順と所帯を持った女子だの。女子しては幅広く物知りだそうじゃの」

「はい 妙は私の学問の師でありました。元々大伯父の澄覚様の孫で、私達とは親類にもあたります」

「そうか それはそなたの意見を尊重しよう。それと名前だが 大爺様から長法師丸が良かろうと言われたが そなたはどう思う?」

「良い名前と思います。どうじゃ長法師丸、そなたは今から長法師丸じゃ 立派な武将になるのじゃぞ」清は、隣に寝ている赤子の頬を撫でながら優しく呼びかけた。すると赤子は笑みを浮かべた。周家も清の肩越しに赤子の頬をさすった。


※第二章 鍋島氏参上

 一時 平穏な時も有ったが、少弐氏と西国一の武将である周防の大内氏の因縁の戦いは、肥前の郷士達にも影響が大きかった。そもそも大内氏と足利将軍家との繋がりは強い。将軍家が九州を統治する為に設置した九州探題と太宰少弐氏が反目した。大内氏は、九州探題を後押ししていたが、地元では少弐氏が優勢であった為、幾度となく任命された者が追い返された。しかし1400年前後に九州の豊前それから筑前守護となり掌握することが出来た。元々豊前、筑前の守護でもあった少弐氏は肥前に追いやられた。大内氏の次の目標は、少弐氏の滅亡と肥前の獲得であった。しかし大内義興の頃、豊後の大友氏や対馬の宗氏の計らいで将軍足利義稙が、大内氏と少弐氏の仲介役となり両者に和が成立した。

 しかし、義興が卒し、子の義隆の代になると、享禄3年、大内氏は、筑前守護代の杉興運に命じ少弐資元を攻めさせた。これは、義隆が将軍足利義晴に強請して許可を得て行ったものであった。興運は、肥前に侵攻して筑紫氏それから朝日氏を降して、両者に少弐氏の先陣を命じた。それで少弐資元は多久の城に隠居し、子の松法師丸は綾部城より神埼勢福寺城に移った。いよいよ大内勢が兵一万余で勢福寺城に迫って来た。これに対し少弐氏側は、譜代の馬場、江上、宗、出雲、姉川、本告、執行の面々で迎え打つ事になった。

 少弐氏側は、旗色悪く守り切れないと思い龍造寺に助けを乞うことになった。龍造寺は、少弐氏の譜代では無い、元々は千葉氏に仕えていた一国人だが、室町時代後期に少弐氏に被官した。以後少弐氏より一部領地を任されていた。そこで息子の政員が家兼の孫娘を娶っている馬場頼周が龍造寺水ケ江城に向かった。本来ならば、宗家の村中城に行くべきところだが、家和が亡くなり日も浅く、跡を継いだ胤久は、病床の有様だった。今や龍造寺家は、家兼が支えていたと言っても過言ではない。頼周が家兼に松法師丸の書状を渡すと家兼は、頼周に

「少弐様には我が龍家もご恩がございます。承知しました。すぐに兵を整え、戦場に向かいましょう」

「かたじけのうございます。」すぐさま、子の家門に申し付け約一千の兵をもって佐嘉を発した。その時、周家も同行することになり、清と赤子の長法師丸に

「出かける。後は頼んだ」と短めの言葉をかけた。清は

「ご武運を祈ります」と返答した。お互い武将時その妻ということで、覚悟は出来ていた。急に編成された龍造寺軍では有ったが、途中 高木氏や小田氏、犬塚氏と合流して進軍し、神埼の田手畷で敵の大内方と対峙した。ついこの頃稲刈りが済んだばかりだが、残暑厳しい日であった。

 家兼は、陣を構え血気に逸る敵群に対し矢を放たせた。戦 始まりの合図である。両軍は、共に前に進み、戦闘が始まった。矢が飛び交い、槍や刀の鍔迫り合いで地面が血で赤黒く染まった。。それでも龍造寺軍の攻勢は 先陣、二軍と前に突き進み、俄か大内軍となり戸惑い気味の筑紫や朝日の兵を蹴散らした。しかし後に控えた本流の杉軍は、闘志溢れており強かった。これまで進軍していた龍造寺軍が押し返される。

「下がるな、押し返せ、下がる者は切るぞ!」

後方から声がかかる。それでも龍造寺軍は、劣勢となる。家兼が、一度軍を引かせる号令をかけようとしたその時であった。杉軍の横合いから笛、太鼓の音が聞こえてきた。と同時に赤熊に扮した100人程が浮立に見せかけ杉勢に突撃してきた。驚いた両軍は一時動きが止まった。そして我に返った家兼は、自軍に、

「今じゃ、突っ込め 好機を逃すでないぞ」とあらん限りの声を上げた。

 一気に杉軍の態勢が崩れた。前の者が逃げて来るのを見て、後ろの者も訳がわからず退却する。「神の祟りじゃぁ!」

「化け物じゃ、妖怪じゃぁ」と逃げて来る者は、口々に叫んだ。この時大内軍の先陣は、ほとんどが急に駆り出された農民で、その赤熊の一団が武士の仮装とは思わなかった。そして龍造寺軍は、逃げ惑う敵兵を容赦なく後方から攻撃した。家兼は、

「もう良い、深追いは、するな。味方兵を皆引き上げさせろ。」と下知を出した。その時、少弐氏側が討ち取った敵兵の首は八百余に及んだ。その中には、大内に寝返った、筑紫尚門や朝日頼員も含まれた。そして杉軍を主とした大内勢は、敗北を認め太宰府に引き揚げた。そして家兼は、窮地から救ってくれた赤熊の一団の方へ向かって行った。

「わしは、龍造寺家兼と申す。そなたらは、どこのお人ぞ?」老体に似合わない大声で叫んで、前進した。すると傍から周家が走って来た。

「お爺様、あまり前に出ては危険です。あやつらが、味方と限りませんし」と声を上げた。

「見てみい。一人がこちらに向かっておる。敵ならは、集団で向かって来るはずじゃ。敵では無いぞ。」確かに代表というのか一人が近づいて来た。そして家兼の前に来て赤熊の被りを外して

「龍造寺様、私は鍋島清久です。我が村が3年前の凶作の起こした時に、大事な米を分けて頂きました。龍造寺様は、我ら鍋島村の命の恩人です。ずっと、その恩を返したくて本日、龍造寺様が、近隣の方々を連れて、大戦をなされると聞き、二人の息子と一族を率いて馳せ参じました」

「おお〜、鍋島殿でしたか。あの時は、確か 大水で 御村の田畑がしばらく水に浸かり、全部の作物がダメになった。うちの村は、御村より場所が高い分、幾らか被害は少なかった。それで鍋島殿が近隣に助けを請うておられると耳にしたものだから、主だった者と相談して、御村に米を届けた。なぁに、困っている時はお互い様じゃ、そのお陰で今日は、鍋島殿から助けて頂いた」

「ありがとうございます。本当にあの時は助かりました。実は、龍造寺様から、米を分けて頂くまで 他の近隣の村にもお願いしに行ったのですが、剣もほろろに断われ続けていました」

「他の村も大変だったのだろう、兎に角、今日は命拾いした。鍋島殿とは、もう少しゆっくりと話をしたいので、今度、御子息と伴に、当家に来て頂けないかの」

「本当に有り難きお言葉、是非 後日に伺わせて頂きます」

 無事、大内勢を退却させた少弐松法師丸は、馬場氏他譜代の者と龍造寺氏や小田氏に礼を述べた。特に先陣として大活躍した龍造寺には、恩賞として川副庄千町の領地を加封した。

 龍造寺軍が、水ケ江城に凱旋した。主だった者は全員無事である。清も子供二人の手を握り夫を迎えた。連れて迎えた。この頃になって長法師丸は、ヨチヨチだが歩けるようになっていた。周家が「帰ったぞ。大勝利だ」と清に声をかけた。清も

「お疲れ様でした。おめでとうございます」と相変わらずの短い会話である。しかし、清の目には、夫が無事であったことで安堵したのか、涙に潤んでいた。そして、先ず、風呂で疲れを取った後、家族で簡単な宴が催された。清は、子供たちを妙に任せ、その宴に出て、男たちに酒を酌した。その時に、男たちが赤熊の一団の話で盛り上がった。それでも、今宵の宴は、一時ぐらいで散会となった。皆、疲れているのである。清は、その赤熊の話をもう少し知りたかったが、寝所で周家に尋ねることはしなかった。周家が疲れているのを気遣ったのだ。翌朝、朝食が終わり、時間が出来て

「旦那様、昨晩 皆が話されていました赤熊とは何でしょうか」

「ああ 赤熊の一団か、実は……」清は、話を聞いて、龍造寺が天に守られたと思った。

 数日経って、鍋島清久と二人の息子が水ケ江城を訪れた。家兼は、丁重に出迎え、広間に案内した。

 龍造寺からは、家兼、息子の家澄、家門、孫の周家が対座した。食事の膳を準備する間に、家兼は清久らの勇気と知恵を褒め称えた。そして是非とも我が一族となって欲しいと懇願した。

「清久殿、どうか我が孫娘を御子息の嫁に貰って欲しい。さすれば、我らは親族となる。いかがなものだろうか?」

「何を 勿体無い。私は、家兼様を尊敬しております。我が愚息に、大事なお孫様を嫁に頂くなど撥が当たります。そのようなことをなされずとも、我ら貴方様に付いて行きます」

「いやいや、わしは、人を見る目は 自信があります。我が一族の為にも そなた様とは是非とも より強い絆を持ちたいと思っております。長子の清正殿は、既に妻子がおられると承っております。さすれば、次男の清房殿にお願いしたい」

「おい、華をこちらに連れて参れ」と家澄に言った。孫娘の華は、器量良しで一族の誰からも好かれていた。すぐ華が挨拶に来た。

「龍造寺華です。よろしくお願い致します」

「華は、ここにおる周家の妹です。清房殿、いかがか」清房は、穏やかな表情で

「このような立派なお嬢様に対して、私などには不釣り合いでは ござりませぬか」

「その言葉は、良いという返事で良いのかな」

「あっ はい」

こうした経緯が有って、鍋島氏は、龍造寺氏の身内となり、以後、深く結ばれることとなった。



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