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[chapter:5]

[chapter:5]


「――あの人と一緒にいたい」

 聞こえる小さな声に、店長が薄く微笑んだ。

 ああ、と踏まれながら理はため息をつきながら体から力を抜く。終わった。これで全部終わりだ。終わって欲しい。

「ですってよ、師匠。店に戻らないとですね」

 店に戻って、願いを叶えれば終わる。所願成就で円満解決だ。

 理は脱力しながら、心底早く店に戻りたいと願いつつ、馬のりの師匠を見上げてつぶやく。

 あとそろそろ降りて下さい。そう言った理の顔を、店長はわずかに目を細めて見おろした。

 何か言いたげなその顔に眉をひそめる。

 まばたきをした次の瞬間、見上げていた先の天井が青空に切り替わって、目を丸くする。

「そうだな」

 店長が小さくつぶやいて、ようやく足を降ろした。

 まるで一瞬で違う場所へ移動したかのように切り替わった。一体どういう仕組みなんだろうな、と理は起き上りながら、歩き出した店長の背中を目で追う。

 その先、師匠の前には、白いワンピースを着た女性が店へと駆けてゆく背中が見えた。

 ウェーブがゆるくかかった長い髪が揺れる。日差しに照らされて少しまぶしい。

「なにしてるんだ、早く戻ってこい」

 店長が腰に手を当てて、呆れたように理へと声をかけてきた。

 ぼんやりと地面に座って、走る女性の背中を見送っていた理は、その声にのろのろと重い体を動かして立ち上がる。

「誰のせいだと思ってるんですか」

 心身ともになんだか満身創痍だ。重い足を引きずって歩く。上着はないし、そもそも素足で、小石を時々踏んで物凄く痛い。

「白都だろ」

「あんた自分が無関係だとでも思ってるんですかね」

「いや、あいつが全部悪い」

「そうやって責任丸投げですか」

 そりゃ白都も怒るでしょうよ。とぼやいて、歩幅をゆるめた店長とならんで店に向かう。

 半裸の高校生と怪我をした駄菓子屋の店長が店に到着するころには、孝史も恋人の姿に気がついて店の前で抱き合っていて、

「お熱いことだ」

 と店長がまんざらでもない口調で冷やかした。

「ご、ごめんよ綾、見つけられなくて」

「私もすぐにいけなくてごめんなさい」

 半べその孝史の頭を綾が撫でた。

 それから、綾が孝史の腕をみて「これはどうしたの?」と人形をみてつぶやく。

「そんなことどうでもいいよ。良かった、もう会えないかと」

 半ば呆れたように店長が小声でつぶやく。

「半日は軽くやってそうだな」

「独り身のやっかみですか?」

 と理が問えば、容赦なく尻に膝蹴りが入った。

「痛ってえ」

 そんな理のうめき声に気づいて、綾が孝史の肩をとんとん、と軽く叩いた。

 孝史はそれで店長と理の存在を思い出したのか、慌てて店長に向き直ると深々と頭を下げてきた。

「大変お世話になりました!!」

「――いや、こちらこそ迷惑をかけた」

 店長がひらひらと手を振って、そのまま綾へと手を差し出す。

「願いを聞き届けよう」

 その言葉と差し出されたてのひらを見て、慌てて綾はワンピースのポケットから当たり棒を出して、店長へと手渡す。

 店長はそれをてのひらの間に入れて、くしゃりと手を丸めて握り潰す。

 孝史は手首のヒモをほどくと、人形を綾へと渡した。こうしてみると人形と綾は似ていないこともない。

 そう考える理をよそに、孝史は着ていたカーディガンを脱ぐと「それじゃ風邪をひくよ」と理の肩にかけてくれた。

 久々に感じる人の優しさに感銘すら覚えつつ、理は孝史を見上げる。

「あ――ありがとうございます……!!」

「こちらこそ。僕にはもう必要ないから」

 その言葉に、どう返事をしていいのかわからずに口を閉ざす。そでを通していると、頭上から店長の声が降ってきた。

「礼にお前が結んでやれ」

 唐突に上から何かが降ってくる。慌てて両手を差し出せば、てのひらに流れるように落ちてきたのは、赤くて細い縄だった。

「これは」

 受け取って店長を見上げれば、あごをしゃくって寄り添って立つ二人を示す。

「ヒモは結んでやるもんだろ」

 優しい表情の二人は、右手組んで指を絡ませ、恋人繋ぎをして、理へと腕を差し出した。

 孝史が照れたように苦笑した。

「もう離れ離れはごめんなので」

 ふふふ、と綾が小さく笑う。

「目を離すとどこにいっちゃうかわからないから」

 ――結んでやれ。

 その意味を理解して、理は二人の顔と手首を交互に見て、――それから小さくうなずいた。

 理は、怖々と二人の手首に細縄をかけて、ぐるぐると回してゆく。

 どう結んでいいのかわからず、蝶々結びで締める。

「ありがとう」

「ありがとう」

 孝史と綾が穏やかな表情で微笑んだ。優しい言葉と声に罪悪感のようなものを感じて、理は少し委縮する。

 死出の旅路の手伝いであって、お礼を言われるようなことをしていない。

「この子はどうしよう」

 綾が抱きかかえた人形を見ながらつぶやく。

「君似でかわいいから、一緒に連れて行ってあげようか。名前をつけてあげようよ」

 そんな会話をしながら、二人そろって歩き出した。

 まるで細縄を結んだことで、用事が済んだかのように、目の前の理に興味がなくなってしまったようだった。

「そうね、どんな名前がいいかしら」

 店長が、ぼうぜんとする理の肩をとん、と軽く叩いた。

「最期だ。見送ってやれ」

 二度と会えない。その言葉に息を飲む。

「それじゃ、良い旅を」

 店長が慣れた様子で声をかける。

 二人は軽く会釈をして、後ろも振り返らずに歩いて行ってしまう。

 それを目で追って、どんな顔をしていいのか、声をかけてもいいのかもわからないまま、二人を見送る。

 二人はそんなことどうでもいい、という様子で仲良く談笑しながら、日差しの中を歩いてゆく。

「――……さようなら」

 迷いに迷って、理は小さく、別れの言葉を口にしながら頭を下げた。


+++


 駄菓子屋の店舗の奥、居住スペースになっているらしい座敷で着替える店長の背中を、カウンター前のスペースの丸イスに座ってぼんやりながめる。

 店に戻って店長の傷の手当てをしようとしたが、改めてみれば傷は消えてしまっていた。

 薄暗い室内で、やけに色白な背中は艶めかしくて、けれども温泉のポスターとかやれそうですね、などと言及しようものなら倍返し以上の制裁が待っていそうで口を閉ざす。

 店長は濡らしたタオルでごしごしと腕についた血痕をぬぐいながら、

「湯浴みしねーと駄目だな」

 と眉をひそめた。

 それにしても怪我が治るのは便利なもんだな、と理は腹をさする。蹴られた腹はまだずきずきと痛い。

「あの二人って、どうしてはぐれちゃったんですか」

 ふと気になった事を問えば、店長はタンスから新しい甚兵衛を引っ張り出しながら「あン?」と聞き返してきた。

「だから、あの二人」

 カウンターの前に腰かけて、座敷の中へ頭を突っ込んで繰り返す。

「ああ、心中。悲恋だな」

 こちらを見もしないで店長が平然と言い放つ。

 予想外の理由に、理は驚いて目を丸くした。

「とはいえ同時に死ねるとは限らない。だからはぐれたんだ」

「――なんで」

 あんな穏やかそうな二人がなんでそんなことを。店長は甚兵衛のヒモを結びながら、言葉にならなかった理のつぶやきの答えを口にする。

「天国で結ぶ恋、ってやつか」

「でも」

 納得いかなくて、思わず食ってかかる。

「なにも、死ななくても」

「さあな。俺ァあいつらじゃないから気持ちはわからん。わかりたくもないが、わからなくもない」

「……なんスかそれ」

 およそ全てをさすその言葉に脱力しながら呆れる。

 店長は理の目の前まで歩いてくると、しゃがんで視線を合わせてきた。

「お前がそれを語るには若すぎる、俺は人間じゃないからな、理解なんぞどだいできん」

「つまり、わかんないってことですよね」

 店長は再び立ち上がると、座敷の奥の廊下へと向かいながら、肩越しに振り返って軽く笑う。

「死ななくてもいいじゃないか、それには同感だな。大いに結構。ただそれは、」

 店長は前を向いたので、どんな表情なのか見えなくなる。

「――部外者の意見だ」

 湯浴みに行ってくる。と言い残して店長は部屋の奥へと姿を消す。

 その背中を見送って、納得いくような、いかないような、複雑な気分になって、理は視線を畳へ落とす。

 行動はともかく、気持ちに正解なんて、ないのだろう。

「いや、死なないに越したことはないよな」

 円イスに座ったまま仰向けに座敷に倒れ込んで、天井を見上げる。

 視線を動かせば、棚の上にわずかに見える牛乳ビン。中に入っている当たり棒の先端が少しだけ見えた。店長は客の願いを叶える時には当たり棒を使っている。あの当たり棒の持ち主は、願いを望まなかったのだろうか。

 そういえば、当たり棒が食い込んだ傷はどうなっているんだ。

 ボタンをしめたカーディガンに指をかけて引っ張って、見ないようにしていた胸を見おろす。

 食い込んでいたあたりはわずかに凹んでいるが、それだけだった。

「大丈夫そうだな」

 激痛だったからえぐれてるんじゃないかと思った。と実際に胸をなでおろす。

 呼吸に合わせて上下する胸の、心臓のあたりでふと手を止める。

「――……」

 心臓の上あたりに、わずかに感じる小さななしこり。昔からあって気にしたことがなかった。

 親は気にして、小さい頃は病院にも連れていかれたりしたが、検査の結果問題ないと言われてそのまま意識するのを忘れていた。たまたま手が触れて意識する。

 脱いでもさして目立つわけではない、触っていると、あれ、なんかあるな。程度のしこり。

 ふと気になってそこに触れてみる。

 忘れていた。その程度だった。

 硬くて丸いような、皮膚の下の感触。

 でもこれ、

 まるで、


 ――ビー玉みたいだな、


 胸の内側にビー玉みたいなものが入っていて、外側からはそのビー玉に少し触れる、みたいな。とその空想に思わず小さく笑ってしまう。


 ――『――駄菓子屋の硝子玉を持っていますね』


 ふと白都の言葉が脳裏をよぎり、理は手を止める。

「――はは、まさか」

 まさか。

 偶然だろ。


 そうして両手を座敷に投げだす。

 気になって聞いたところで、きちんと親切に答えてくれるひとなんていない気がして、それならいっそ気のせいだと思った方が楽に違いない。

 そうやって、理は目を閉じで、全部を偶然と妄想だと片づけた。


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