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[chapter:2]

[chapter:2]


 一通り飲み食いしたところで、

「一旦店に戻る」

 と、店長がその後の行動について一方的に宣言した。

 異論は出るはずもないというか、出せない状況で、それぞれ席を立ち、理が会計伝票を手にしたところで、店長から「よこせ」と言われて、会計伝票が上に引き抜かれた。

「あ、おごりですか」

「高校生にタカるなっていったのお前だろ」

「あざーす」

 やった、ラッキー。と先回りでお礼を口にしたところで、

「体で返してもらうから構わん。働け」

 平然と言われて理は沈黙する。

 夕食のまかないは食べていたのでそんなに空腹でもなく、飲み食いしたとはいえせいぜい飲み物やつまむ程度の揚げ物ぐらいだ。ずいぶん高くつきそうだな、と気分が沈む。

 一同で会計に向かう。悪目立ちするかと思いきや、不思議なことに店長の顔を二度見されることはあっても、甚兵衛を着ていることや、同行している孝史が腕に人形を縛りつけていることなど、どう見てもちょっと不自然なことは誰も気にならないようだった。

 見えているのに見えていない、そんな態度で他の客や同僚の店員たちは自然と孝史から視線を逸らしてゆく。

 店長が会計を一括で終えて、周囲の態度の変化に驚く理の耳元に囁いた。

「――人間は都合の悪いものは見えないようにできている」

 じゃあ俺は、その都合が悪いものが見えているのか、と視線だけ店長に向ければ、

「便利なもんだよな」

 そう言いながら体を起こして理から離れると、さっさと歩きだし、理と孝史を追いこして、エレベーターへと向かって行ってしまう。

 理も慌ててその背中を追う。店長が一階へと下りるエレベーターのボタンを押すと、まるでエレベーターの扉が待ってました、とばかりに扉を開いた。偶然なのか、そういう風に作用しているのか、判断がつかない。

 わずかに埃くさいカゴの中へ入り、店長はわずかに色が飛んだ飲み屋の貼り紙を一瞥してから、一階のボタンを押す。

「この男は店で留守番をさせる」

「え、でも……」

 この人いないと恋人が分からないんじゃ……、と言いかけるが、店長が理の言葉を遮って、小声で言ってくる。

「半端に願いが履行されてるせいで、だいぶ不安定だ。腕の人形を人形だと意識しているときもあれば、恋人だと思っているときもある。会話するのに面倒だからな」

「あ、店長、地雷踏んだんスか」

 もしかして、孝史が恋人だと思っている人形がらみで何かあったのだろうか。

 このひともそんなヘマをするんだな、と苦笑すれば、店長が苦い表情を浮かべて理を見た。

 その不自然な反応に理は苦笑を引っ込める。

「踏んでたのはお前だ」

 予想外の言葉に思わず目を丸くする。

「え」

「店に来たときに、お前に恋人を人形呼ばわりされたと憤慨してた。どうも今は忘れているようだが、記憶も不安定なんだろう。そんなめんどくさい奴を一緒に連れて歩くのは疲れる」

「――た、たしかに……」

 突然思い出されても困る。

「そんなに怒ってました?」

 小声で聞き返す理に、店長は重々しくうなずいた。

「思いだしたら殴りつけてくると思え」

「マジすか」

 いっそそのまま忘れて欲しいというか、俺が助けなかったらそのまま人形を恋人と思い込む羽目になったんだぞ、と考えながら、理は口を尖らせる。

 夢の中とはいえ、腕を折られてまで助けたというのに、あんまりだ。

 けれども今の孝史に言っても理解できるとは思えなかった。あの白都とかいうスーツ男のせいだ、と手をにぎりしめる。

 店長は懐に手を突っ込むと、何かを取り出してエレベーターの扉にびたん、と叩きつけた。

 目を向ければ、それは神社仏閣で見かけるような、長方形の一枚のお札だった。

 複雑な模様と文字が描かれているのが見える。

 店長が手を離すと、急激にそのお札が色を失って、扉に溶けるように消えた。

 そしてエレベーターが一階に到着し、わずかな振動ののちに、扉が静かに開いた。

 開いた先にあるのは、見慣れたテナント一階のエレベーターホール――……ではなかった。

 そこは、陽光に照らされる一面の草原だった。

 ザアアアとノイズのような音を立てながら、草が吹き抜ける風に揺られて、大きな波紋が広がるように風の動きをなぞってゆく。

 渇いた土と緑のにおい、かごの中まで差し込んできて照りつけてくる太陽は、じわじわと肌に刺激を与えてきて、皮膚の温度を上げようとしてくる。

 少し遠くに駄菓子屋の店舗が見えた。ぼーっとしていると、

「さっさと出ろ」

 と背中を押されて、つんのめるように外へ出る。

 驚きながら後ろを見れば、仏頂面の店長と、のほほんとしたおだやかな表情の孝史が立っていて、エレベーターのかごはなくなっていた。

「ええと、あれ」

「戻ると言っただろう」

 呆れたように言いながら店長が歩きだし、理と孝史はならんでその背中についてゆくように歩く。

 程なくして到着した駄菓子屋は、無人なのにドアも開けっ放しで不用心なほどに開放的だった。

「ちょっと向こうで待ってろ」

 そう言われて店の奥へとおいやられる。理は店長と孝史が話をするのを横目で見ながら、奥手のカウンターへと向かう。

 座って待つか。と前に来たときに店長が座っていた丸椅子へと腰かけて周囲を見る、顔を上げれば、横手の壁に直接取り付けられている小さな棚が見えた。その上に、小物がならべて置いてあるのが少しだけ見えて、気になって立ち上がる。

 商品なのか何なのか、小石や下手くそな落書きや、手縫いの小さなぬいぐるみ、そして、空っぽの牛乳ビン。

 その牛乳ビンの中には、アイスの当たり棒が一本だけ入っていて、理は思わず手を伸ばす。

 厚い硝子で筒状に形成されたビンは何の変哲もない。業者の印刷はほとんどかすれていて、角度を変えれば、長年のキズや劣化で透明度が減じている硝子越しに、中の当たり棒がくるりとまわった。

「――へー……」

 もしやこれが『客』が持参する当たり棒なのだろうか、と目の高さまで牛乳ビンを持ち上げる。

 中の当たり棒も古く、わずかに汚れていた。木の棒には噛み傷が見えて、小さな歯型に思わず笑みが浮かぶ。

 そういや俺もこういうの噛む癖があったなあ、と懐かしく思いながら、客の当たり棒を近くで見るの初めてかも、とよく見ようと顔を近づけたところで、がっと後ろから頭をつかまれて、びくりと肩がすくむ。

「お前は人様の物を勝手にいじれるほと偉くなったのか」

「――すみません、気になりまして……」

 肩越しにゆっくり振り向いて、ごまかし笑いを浮かべれば、店長はふん、と鼻から息をだして、アゴで棚を示す。

「いいから戻せ」

「すーんませーん」

 そっとその牛乳ビンを戻せば、頭から手が離れる。

「あれこれ触るな。まったく油断も隙もない」

 呆れたような声に、まるで小さな子どものいたずらを叱る親のようだ、と小さく笑う。

 小さく牛乳ビンを指差しながら、店長を上目づかいで見上げる。

「あれって『客』の当たり棒なんですか?」

「あ?」

「――すみません」

 機嫌が斜めになったところでまずい質問をしてしまった、と理は小さく質問と回答を遠慮する。

「さっさと戻るぞ」

「あ、あー、はあい」

 これ以上地雷は踏まないようにしよう、と考えながら、踵を返した店長の後を追う。

 店の中にある、ビールケースの即席イスに座った孝史は、腕を曲げて膝の上に人形を乗せると、「いってらっしゃーい」と緊張感のない笑顔と声で、人形の腕をつかんで上下に振ってバイバイの動作をしている。

 大半こいつのせいだけどわかってんのかな、と会釈をしながら店の外へ出れば、道の真ん中にドアが一枚ポツンと立っていた。

 不自然なそのドアは――

「――なんか俺んちの玄関っぽい」

 見覚えがあった。

「だろうな、お前の家の玄関だ」

 濃い茶色で、細い金属で四角く飾られたドア。

 店長は迷いなくドアの前に立つと、そのドアについている縦長の取手をつかんで引っ張る。

 枠を残して扉が開いた。

 枠の中は――家だった。

 草原の一部がドアの枠を境に理の自宅へと繋がっている。薄いベージュのタイルが並んだ玄関ポーチのすみには少し砂がたまっていて、サンダルが置いてある。

 戸惑う理の腕をつかんで、中へと引っ張られる。室内は暗い。

 正面に、廊下と二階へ繋がる階段。横手のリビングの方からはテレビの音がもれ聞こえて、夜に見ているバラエティ番組独特の音楽とサクラの笑い声が聞こえてきた。

 手を離したドアが背後で静かに閉じた。

 背中に感じていた陽光や風が遮断される。

「――これは……」

「扉は繋ぐものだ」

 まったく平然と言い放ち、店長が勝手知った様子で家へと上がる。

 パタパタとスリッパが床を軽く叩く音が近づいてきて、リビングから理の母親が顔を出した。

「帰ったなら挨拶ぐらいしなさいよ」

 びっくりするじゃない。いつもの小言に、放心しながら

「た、ただいま……」

 と返事をする。

「まったく、きちんとするっていうからバイト許したのに、ねえ?」

 平然と、普段とまったく同じトーンで、母親が店長を見上げて同意を求めた。

「そうですね」

 あっさりと店長が同意して、「ほらあ」と母親が口を尖らせた。

 まるで家族の一員になったかのような扱いに、理も戸惑いを隠せない。

「明日休みだからっていつまでも起きてるんじゃないわよ」

「う……うん」

 何がなんだか分からないまま理が返事をすれば、母親がきょとんと目を丸くした。

「なあに? いやに素直ね」

「疲れてるんですよ。休ませてあげましょう」

 さらりと店長が会話に割って入り、「そうね。早く寝なさいよ」と母親が小言を言いながらリビングへと引っ込んでゆく。

「さっさと行くぞ」

 リビングのドアが閉じたところで、愛想笑いを引っ込めた店長が、いつもの傲岸不遜な口調と態度で言い放つ。

 ……わけがわからない。

 理解が追いつかないまま理は店長の背中を追いかけ、二階の自室へと向かって行く。

「店の外だと能力が人間と同じになるんじゃなかったんですか」

「ほぼ、と言っただろう。ひとの話はよく聞け」

 あっさりと不思議現象を切り捨てられる。

 部屋に入ると、店長は勉強机の回転イスに腰かけ、「ああ疲れた」と背もたれに背中を預けてのけぞる。

 そう広くない個室、床に座って店長から見下ろされるのもなんだかしゃくで、理は奥のベッドに腰かける。

「――いくつか聞きたいんスけど」

「質問にもよるが。どうぞ」

 イスを少し揺らして体を動かす。わずかに視線が横に動いて、理の姿をとらえた。

「師匠は、なんで孝史さんの――いや、そもそも人の願いを叶えようとしてるんですか」

「考えたこともねえな、次」

 なんだその回答。マジかよ、と思いつつ、許可された次の質問を口にする。

「これからどうするんですか」

「恋人をみつけてあの男の願いを叶える。次」

「もう少し具体的にプランを教えて下さい」

「あの男はこの街に住んでいた。恋人も近くにいるはずだ。願いを成就させてしまえば白都も手を出せない。円満解決だ。あいつにドヤ顔できる。次」

 ――ドヤ顔したいんだ……。

 想像以上に仲が悪そうだ、と呆れて疲れた笑いがこぼれる。

 そして、ずっと気になっていたことをようやく口にする。

「――恋人を殺しにきたんですか」

 店長が、ゆっくりと理の方へと体を向けた。き、と回転に合わせてイスが鳴る。

 足を組んで、腹の上で指を組む店長から感情や表情が抜けて落ちた。

 その虚ろな眼光に、自然と理の体に力が入る。

 以前店長から聞いた、願いを叶える内容についての説明がよみがえる。


 ――『ここは、今際のものが来る最期の場所。たどり着けた者の願いをひとつだけ叶える駄菓子屋だ』


 ――『嫌いな奴を消すことぐらいはできるかな。あるいは誰かを引っ張ってくるか。ただし一回こっきり、願いは増やせないし、取り消し撤回もきかないな』


 ……恋人を引っ張りにきたのだろうか。

 気になっていた。けれども聞けなかったことを言葉にする。

 つまり、恋人、綾の命を、孝史の願いのために奪いにきたのか。

 表情をなくして動かない店長は、美貌と相まって人形やマネキンのようにすら見えた。

 物言わぬ迫力があるが、負けては答えが聞けないだろう、と理は視線をそらさずに店長の言葉を待つ。

 そして店長は、唇をきれいな三日月形につり上げて、楽しげに笑った。

「だとしたら、どうする」

 ――どうする。

 なかば、予想していた。けれども外れて欲しかったその言葉に、沈黙する。

「あの偽物の人形を与えて終わりにするか?」

 言われて、そうだ。と気付く。

 孝史はあの人形を恋人だと思い込んでいる。白都との願いが成立すれば、恋人は死なずに済むのではないか。

 ――でも、

 いいのかそれで。

 恋人の命は助かっても、孝史は人形を恋人だと勘違いしたまま、あの照りつける道をひとり歩いて行くことになる。

「んん?」

 店長に回答を促され、答えなど出ないまま床を見る。

 そのとき、

「理ー!!」

 階下から響いてくる母親の声に、はっとする。

「お風呂!! 早く入っちゃってちょうだい!!」

「――え、あー……」

 でもまだ、質問が、と理が腰を浮かせながらドアと店長を交互に見ると、

「さっさと行け」

 まるで、質問も、答えも、拒絶するように店長が淡々と言い放った。


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