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[chapter:1]

[chapter:1]


「五番卓の客がかっこいい」

 ホール担当の女性の先輩が唐突に振ってきた世間話に、理は「三卓のリセット終わったんスか」と言えば、「終わってるよー」と軽い返事が返ってきた。

「かっこいいっていうか、すごい美人。理君も見てきなよ」

「え、女の人ですか?」

「ううん、男」

「男に興味ねーです」

 先輩はキッチンから出来上がってきた料理を受け取り、「それもそうだね」と笑いながら料理とカクテルを運んで行く。

 その背中を見送った時、噂の五番卓のチャイムのランプがついた。

 点灯したランプを見上げて、目を細める。

「――噂の美人のとこか」

 ごき、と首を鳴らし、腰を軽く叩きながらにぎやかな廊下へと出る。

 大衆居酒屋ではあるが、部屋はのれんがかかっていて半個室となっているので客の顔までは見えない。のれんの下から見える人の姿を見ながら、その半個室に挟まれた廊下を早足で歩く。ウエストホルダーからハンディを取り出すと、のれんを持ち上げて、マニュアル通りの挨拶をしながら、中の座敷へと膝立ちで入る。

「お待たせしまし……」

 中の客を見た瞬間に言葉が止まる。

「――なんでここに」

 そこには、濃紺の甚兵衛を着た、いつかの駄菓子屋の店長が、片膝を立てて行儀悪く座っていた。

 目が合うと、くわえタバコのまま、口角をつり上げた。

「よゥ」

 長い黒髪がさらりと揺れる。端正な顔は人形じみているが、中身は大分外見を裏切っている。緊張でハンディをにぎる手に力が入る。

 その向かいには、数日前に見た顔――夢で見た、黒フチ眼鏡の男性が座っていた。

 ――その手首には、赤い細縄でぬいぐるみの人形がくくりつけてある。夢の中の様子と寸分違わない。

「……アンタ……」

 理が思わずつぶやけば、その男性は理を見上げて「あ」と目と口を丸くした。

「店長さん、コイツです」

「やっぱりな」

 話は見えないが、ロクなことにならない予感がする。慌てて後ろに下がろうとする理の腕を店長がつかんで引っ張った。前につんのめってテーブルに手をつく。振動で食器同士がぶつかって固い音を立てた。

「い――いたいいたい」

「お前」

 うっすらと笑って店長が鼻先を近づけてきた。前に見たときには少し薄暗い駄菓子屋の中だったので気がつかなかったが、こうして明かりの下でみると文句のつけようがない中性的な色白美人だ。

 理はどこか人ごとのように考える。中身が暴力的なのを知っているからかもしれないが。

 有無を言わさぬ口調で問われた。

「上がりは何時だ」

 ――ああ。

 天にも祈る気持ちで理は天井を見上げる。

 嘘をつけば後が怖い。逃げられるわけもない。つまり、

「――二十二時です……」

 関わらない、という選択肢だけは選べない事を理解して、重い声で理は質問に答えた。


+++


 バイトを上がって、そのまま店長のいる座敷に合流する。

「何か食え、適当に頼め」

 店長は言いながら理の返事も待たずにワイヤレスチャイムを押す。

 ほどなくして注文を取りに来た先輩へ、理は気まずくなりながら「お疲れ様です」と片手をあげた。

 先輩は面食らったように目を大きく見開いて、店長の隣に縮こまるように座る理を見た。

「あれ? 知り合い?」

「――一応……」

 メニューからわずかに顔を上げながら理は小さくつぶやいた。

「生おかわり」

「まだ飲むんスか。バケツでお願いします。トイレのやつでいいです」

「じゃあ、コイツにツケて」

「なんで高校生にたかるんだ」

 そんなにぎやかな注文を終えると、理は目の前にある皿から焼き鳥を取って許可ももらわずに口へ運ぶ。

 ちょっと火を通しすぎのネギマを食べて、そしゃくする。

「てか高校生がこの時間にこんなとこにいるのバレるとまずいんですよ」

「なんとかなるだろ」

 あっさりと店長が言い放つ。

「つーか何やってんスか」

 理の質問に、ジョッキをかたむけていた店長が顔を上げると、短く言い放つ。

「人探し」

「この人の?」

 目の前に座った純朴そうな男性は、にこにこと笑いながら時折腕にくくりつけられた人形へ穏やかそうな声音で話かけている。

「綾、なにか食べるかい?」

 もちろん人形は何も答えないが「そっか、でも後でおなかすくぞ」と会話は成立しているようだった。

「そういうお前は何をしているんだ」

 孝史の奇行を気にした様子もなく、店長が理に聞いてきた。

「バイトなんス。だから年齢的にこんな時間にここにいるのバレるとまずいんスけど」

 本当に理解してんのか。と言葉を繰り返す。

「問題ない」

 店長があっさり言い切る。

 人間ではない店長がそう言い切れるなら、何か策があるのだろう、とサラダを引き寄せて、ワイヤレスチャイムの隣に備え付けてある箸箱のフタを持ち上げて、プラスチックの黒っぽい箸を取り出して早速口に運ぶ。そして気になっていたことを店長へと質問し返す。

「そんでこの人は?」

「客だ」

 つまり、やはり亡くなっている人か。と考えつつ、順を追って話を聞こうと顔を上げる。

「そんで、師匠はどうしてここに? なんかわけがわかんねーんですけど」

 先日の夢は夢ではなくて、孝史は店長の客で、そして恐らく――恋人を探しにきている。推測できても現実味がさっぱりわかない。

 気になるのは、あのフチなし眼鏡はどこかにいるのか、なぜ師匠と孝史がここにきているのか、だ。

 枝豆を口に運びながら、店長が横目で理を見た。

「――その前にお前が知っていることを全部吐け」

 切れ長の鋭い眼光で、偉そうな口調と態度で上から言われ、気分が委縮するのを自覚する。

 あの夢の話からするのか、信じてくれるだろうか、とどこから話をしようか迷っていると、おもむろに腕をつかまれて引き寄せられる。

 アザはどうしても目立つので包帯を巻いていたのだが、無理矢理包帯を引っ張られる。

「それに――これはどうした」

 包帯がずれて赤黒いアザがさらされる。

 どう答えたらいいのかわからずに口ごもっていると、じろりとにらまれる。

「ただのアザじゃないな、誰にやられた」

 理は仕方なく重い口を開く。

「ええと、夢を見たんです。その……そこのお兄さん……ええと、孝史さんが、黒いスーツの眼鏡の人から、その……腕につけてる……アレを恋人だと受け取っていて、当たり棒を渡そうとしてたから、渡しちゃまずいと思ってぶんどったんです。そしたら、その黒いスーツの人がすげえ怒って腕を折られる……夢を見ました」

「はァ!?」

 アザを見おろしていた店長が、勢いよく顔を上げた。

 あれ、やっぱ夢の話はまずかったか。と肩を縮める。

「当たり棒をぶんどった? お前何やってんだ」

 夢の話なんぞするな、と叱り飛ばされるかと思いきや、店長が引っかかったのはそこではなかったらしい。

「はあ、ええと、……まずかったですかね?」

 正直直観で動いてしまっただけに、状況などさっぱり分からない。

 何か失敗してしまったのかと思いながら聞き返せば、店長は理の腕を離しながらテーブルに頬杖をついて理をながめた。

「俺はお前を褒めるべきなのか。馬鹿にすべきなのか」

「――どっちもなんか勘弁して下さい」

 なるほどなア、と頬杖をついたまま、店長は正面に座る孝史を見た。

 正確には、その腕にくくりつけられている人形を。

「だからあの人間嫌いがこっちまで来てるのか」

「知りあいですか」

 『あの人間嫌い』とは恐らく、あのフチなし眼鏡の黒いスーツの男性だろう、と推測しながら、理は包帯のずれを直しつつ、つまらなそうな顔でテーブルに落ちている水滴をおしぼりでぬぐう店長の様子をうかがう。

「――『駄菓子屋の硝子玉を渡せ』って言われましたけど」

 ぴく、と指がわずかに動く、頬杖のせいで口元は見えない。

「それって、何ですか」

 さぐるように聞けば、店長が手を止めて視線だけを動かすと、理を見た。

「――心当たりあるのか」

「――……分かりません」

 視線が合ったのも一瞬だった。

 店長は視線を外しながらため息をつくと、腕を伸ばして枝豆を取り、ふくらみを押して口に器用に放り込む。

「からかったんだろ」

 重い声で返される答えに理は沈黙する。これ以上聞くな、という雰囲気を全開にして、質問を許さない空気を作られてしまい、理はそれ以上質問を重ねることができず、視線をテーブルに動かす。

 孝史は空になった皿を器用に片手で重ねて、出入り口近くに移動させていた。

 いい人だな、と感じつつ、平らげたサラダの皿もその近くに寄せる。

「――白都ってんだ、そいつ」

 え、と顔を上げる。店長が残り少ないビールのジョッキを一気にあおって、手の甲で口をぬぐいながら、空になったそれを理へと差しだした。

「はくと?」

「その黒スーツ。俺を毛嫌いしてて、ことあるごとに営業妨害じみた嫌がらせをしてくる」

 ジョッキを受け取って、サラダの皿の横に置く。飲み残った泡がゆっくりとジョッキの底へと流れてゆく。

 そして、店長は人形へと話しかける孝史をちら、と見てから、視線を理へと向けて、声をひそめた。

「人形も暗示だ。こいつにはあの人形が恋人に見えている」

「――それってありなんですか」

「その正誤を決める本人が納得してちゃ、もう誰にも止められん。お前が当たり棒を奪取したのは、俺から見れば正解だな。渡してしまえば願いは成立する。修正も撤回もできなくなるからな。今なら何とかしてやれる」

 行動を肯定されてほっとする。けれども、次の一言にぎょっとする。

「白都はお前を探すだろうな」

「な、なんで」

「当たり棒がないと願いが成立しないからだ。だからあいつはこの男を放り出した、で、こいつは俺の店までたどりついたわけだ。それでこいつから事情を聞いて、こっちまで出向いて恋人を探すしかないと判断した」

 そして軽いため息をこぼす。

「だが色々と都合が悪い。俺は事情で店を出ると能力的にはほとんど人間と同じになる。身体的にもそうなるから、怪我もするし死ぬことになる。こいつの恋人を探すにも足で探さにゃならんし――丁度人手が欲しかった」

 にやん、と笑う店長の笑顔に、はあ、このひとも死ぬんだ、とぼんやりしていた理は、ワンテンポ遅れて「えっ」と声を上げる。

 テーブルのはじに置かれたソフトケースの煙草を手にして、とんとんと指で叩く。少し頭を出した煙草をくわえて口で引っ張って引き抜く。

 次いでライターが飛んできたのを反射的に受け取る。

「火」

「それっくらい自分でして下さいよ」

 けれどもここで機嫌を損ねれば聞ける話も聞けなくなるかもしれない。理は口を尖らせながらもヤスリを強く押しながら親指でまわす。左手で灯った炎が揺れないように風を押さえれば、感心したように「ふぅん」と鼻を鳴らして目を細めた。煙草をくわえたまましゃべる。

「慣れてるじゃないか」

「ま、仕事柄?」

 手元へ煙草の先端を寄せる。巻紙に火が燃え移って、じじ、と鈍い音がかすかに聞こえる。

「吸ってる?」

「まさか」

「成長期はやめとけよ」

 成長期以外はいいのか、胸中でツッコミを入れながら、ガスのボタンから手を離して、テーブルに置いて店長の方へと押す。

「――白都も条件は同じじゃないんですか」

 気になったことを聞いてみる。店長が駄菓子屋の外で能力が減じるなら、白都もそうなのではないか、という理の質問に、店長は天井に向かって煙をふっと吐き出しながら、

「あいつにはその制約がないんだなア」

 と小さくつぶやいた。

「怪我もしないし、死にもしない……ってことですか」

「それ以外にも色々な、まったく不便なことだ。とにかく、この男からお前の話を聞いて、当たり棒盗んだ馬鹿か恋人が見つからないか探していた。まさかこんな所で会うとは思ってなかったが」

 俺当たり棒盗んだことになってたのか、と思わず乾いた笑いが浮かぶ。

 なぜ店長に制約があって白都にはないのか、具体的に何ができなくなっているのか、気にはなるが聞いて欲しくないのだろう。さり気なく話題が逸らされてしまった。

 色々ごまかされてしまっている気がして仕方がないが、この調子では聞いても素直に答えてくれそうにないな。と考えていると、話が本題に戻った。

「遅かれ早かれ白都はお前の前に来る。当たり棒をとられたらおしまいだ。お前もただじゃ済まない」

 その言葉に、理は視線を左腕へと落とす。

 白都は――腕を折るのに迷いも躊躇も容赦もなかった。現実に会ってしまうと何をされるか分からない。店長の言葉に背中に寒気が走る。

「戦線協定といこう」

 店長が顔を近づけてきた。煙草のにおいが鼻をくすぐる。

「俺がお前を守る。代わりに恋人を探すのを手伝え」

「――嫌だ、って、言ったら、どうなります?」

 仮に、と問えば、心底楽しそうに店長が微笑んだ。

「俺が白都より先に痛い目見せてやろう」

「――……選択肢はないも同然ですね」

 当たり前だ。と店長は鼻で笑う。

「弟子なら言うこと聞け。逆らうな」

 ――なんで俺、このひとのことを『師匠って呼ぶ!!』って宣言しちゃったんだろう。と、理は今更後悔していると、斜め向かいから、

「怖いねえ」

 と人形に話しかける孝史が目に入る。

 人形を恋人と勘違いして話しかけているあんたとどっこいどっこいだ。と喉元までせり上がったツッコミを飲み込んだ。


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