初めての接客
初めてのことに、店内はざわめいていた。
「〜〜っお客様だ!? わ、わ、接客しなきゃ」
「落ち着くんだぞ美咲〜」
「よかったな美咲〜」
「そ、そう。嬉しいな……あ、看板見上げてる」
窓の風鈴がからりとした音を立てて、しらべに惹かれるように美咲たちがそちらを見ると、若奥さん風の女性が、【四季堂】に歩いてきていた。
おそるおそるといった感じ。
小道に迷い込んでしまった人なのかもしれない。けれど、興味深そうに看板などを見つめている目はキラキラしていて、きっと四季の雑貨を気に入ってくれるのでは……と美咲は思った。
雨上がりの晴れ。
雨粒が紫陽花の葉っぱの上にころんと乗り、綺麗に光って見える。
それを覗きに、どうか店先まで来て……と美咲は祈った。
(ここは素敵なところですよ〜〜!)
女性は玄関先にやってきた。
入ろうかと迷っていたようなので、美咲は”からり”と玄関扉を開けて、微笑んだ。
「いらっしゃいませ。どうぞお入り下さい。こちら、四季の雑貨をあつかう【四季堂】ともうしまヒュッ」
噛んだ。
かえって、よかったみたいだ。
緊張していた女性が、ころころと笑ってくれた。
「そうなんですね。たまたまこちらのお店を見つけて……ええと、あまりお金は持っていないんですけど」
ここ高いんですよねぇ? と女性の目が泳ぐ。
(わかる。格式高く感じますよねっ)
「見て下さるだけでもいいですし、無理に押し付けることはしませんから。雑貨が好きな人は楽しめると思います」
えーい!
とばかりに美咲は玄関扉を全開にした。
淡いグラデーションの敷き布に、こぢんまりとした雑貨がたくさん並べられている。
どれも、ひと目だけでは分からない工夫がある。
見た目が美しかったり、可愛らしかったり。
是非近くで見たい! と思うものばかりだ。
わりと近代風の内装だったのがよかった。
ほっ、と女性が安心したように胸をなで下ろす。
美咲は、よしよしと思いながら舌が痛むのをこらえて笑顔を作った。
「もっと入りづらいところかと思った」
「ですよね〜。私はバイトなんですけど、ここに初めて入店するときには勇気が要りましたもん」
「あはは。そのエプロン、素敵ね」
「これは従業員用の一点ものですけど、綺麗なエプロンだったらこちらに」
美咲はちょっとぎくしゃくしながらも、【鬼技!接客術】マニュアル通りに案内をした。
歩調はゆっくりめに、お客の方を振り返らずに、安心してよそ見をさせてあげる。さて、鬼の思惑通りに、エプロンコーナーまでやってきた女性はすっかり期待に目を輝かせていた。
「わあ。すてきね。こんなにも種類があるの?」
長年売れていなかったので……とは裏事情である。
古くさくならないように、布の形は最新のシンプルなエプロンに縫い直してある。蚕のあまり糸を使って、空中縫術のわざを沖常が使ったのだ。じつは、美咲を楽しませるためでもあったり。と、これは蛇足か。
「この紫陽花柄なんて、ハートが入ってる〜」
「風流な中にも遊び心を忘れない柄なんです」
「いいねぇ。そういうの」
女性は翳りのある微笑みを浮かべた。
風鈴が鳴り、からりとした影が店内を包む。
「……うちさ〜。結婚して夫の実家に住んでいるんだけど、わりとお家柄が厳しいの。今時そんな古いこという〜?みたいなこともあってぇ、ほら、ロングスカートで足首まで隠してって」
女性が軽く足を上げると、スカートの裾が持ち上がった。他にも、転ぶからかかとの低い靴がいいわよとか、体を冷やさないように上着を買ってあげるわとかが、あるらしい。
心配して下さってるのはわかるだけにね〜、と儚い愚痴を風にそよがせる。
「だからこの、風流だけど遊びがあって、形もきれいなエプロンいいなあって。……ちょっとお高くても欲しいかも。買えるか分からないけど、お値段を教えてもらっても……?」
美咲は慌ててチラシをとりだした。
見てもらえただけでも一歩前進と思っていたら、買ってもらえそうだ。
しかし、ここで一つ問題が露わになる。
(私、店番してるけど、お代に相応しいものの鑑定ができない……!)
「おねーさーん、いいものって持ってる?」
「おれたちのおもちゃになりそうなもの」
「「こうかーん」」
炎子たちがまるで狐のようにしなやかに女性の周りにまとわりついた。
「え、えっ? ああ……チラシにある”いいものと交換”って、子どものおもちゃでもいいの……?」
「「いいよ」」
「店員さんの方に聞かなきゃ。ごめんね、ちょっと待ってて。あの……」
「いいですよっ」
「あ、そうなんだ」
他ならぬ、店主の沖常から”わかれた”炎子たちが認めるのであれば、きっと十分いいものなのだろうから。
美咲は頭が落ちそうなくらいこくこくと頷いた。
あははまだ新人なんでしょ〜、と女性には笑われてしまった。
カバンから、新品のおもちゃを取り出した。
男の子用の、プラスチックで作られたミニカーだ。パッケージに入ったまま。
「コレ買ったあとでね〜、似たのあるよなあって、渡すかどうか悩んでたんだ。与えすぎも結局よくないからね。それはお義母さんが正しいしさ〜、私はつい甘やかしちゃうところがあって……」
「喜ばせたくて買ったんだから”いいもの”」
「ちゃんと子供向けのものを選んだんだから”いいもの”」
「「な? 美咲」」
「……はい。私もそう思いました。この子たちは店舗の手伝いをしてくれていて、十分いいものをお譲り頂いたので、このエプロンを差し上げますね。お買い上げ下さり、ありがとうございました」
「いいの? こういうシステムの会計って初めて。お金を払ってないけどお買い上げ、って不思議……」
「昔は、生活必需品のお米や布、塩などが『物品貨幣』として使われていました。その感覚をこの店では感じていただけたらと思っています」
「そういうコンセプトなのね〜」
しげしげとチラシを見る女性。
そして嬉しそうに、エプロンを抱えた。
「自分だけのものを買うのっていつぶりかしら! こんな気持ちになるのね〜。忘れてた。ありがとう、声をかけてくれて」
頬を高揚させてとっておきの笑顔を見せてくれた。
「こちらこそ。ご案内したお客様が、あなたでよかったです! 私も嬉しい気持ちにして頂きました」
「やだ〜店員さん〜、すごく人たらしって感じするわ。照れちゃうもん。あはは!」
「ひ、人たらしですか?」
「店員向いてるよ」
にぃ、と笑って女性が言った。
美咲ははにかんで、その表情はこれまたとても”いいもの”だった。
純粋に嬉しい回になりましたね♪
読んで下さってありがとうございました!
沖常は奥にいたときでした。




