友人と夕暮れの図書館
相談するなら図書館がいいかな、と美咲は思った。
(うん、そうしよう)
けれど親友ふたりはとっても忙しいので。
「ねえ、放課後の予定は?」
「私は陸上部の練習があるけど、早く終わってあげましょう」
「美術部も早めに切り上げるわよ」
「……好き……!」
美咲のために時間を作ってくれるという、優しさに触れてつい本音が口から転がり出た。
パッと口元を押さえたけれど、もう遅い。
(雨季でウキウキ……くう……)
だじゃれだって考えてしまう。それくらい美咲は真っ赤になったし、ほのかたちもからかうことも忘れて照れたのだった。
教室で三人を対象にした噂が生まれたのは予期せぬ出来事だった。
「だ、だってテストが終わったあとなんだから、復習をしないとね。あたしが美術部を切り上げるのはそのためよ。そうそう……」
真里が、ストレートヘアの毛先をくるくるしながら唇を尖らせてつぶやく。
「名門女子校で成績をキープするためには、それくらいの学習が必要だよねー。うん……。うへぇぇぇ」
ほのかは机にだらんと伸びた。
二人の望むものがわかったので、美咲は"正解"を笑顔で話した。
「じゃあ放課後、図書館で待ちあわせるのはどう? 二人が来るまでにノート作っておくから」
「「本当?」」
勉強成績一位の美咲がノートを作ってくれるというのは破格に助かる。二人の目がキラリと光った。
けれど(今日はバイト行かないんだ?)と視線で問いかけて、二人とも首をひねっている。
「んー……勉強のサポートする代わりに、二人からのお礼期待してます。なんて……」
「ふーんなるほどー?」
「なにかお願い事があるってわけね。対価上等よ。乗ったわ!」
──放課後になり。
美咲は図書館で静かに自主学習している。
夕焼けの明かりが本の背表紙を薄黄色に染めている。影はそっと濃くなってきた。
六月には夏至がある。
昼の長さが一年でもっとも長いのがこの季節。
十八時であっても、まだ電気がいらないくらいに室内が照らされている。
美咲はこのような自然光が好きだ。最近は、とくに。自然の中にはいつだって彩りの神の技がある。
「……美しいわ~~」
「ぎゃっ」
じわぁり、とにじむような声に驚いて振り返ると……大きなスケッチブックから顔を半分だけのぞかせた真里が、美咲を熱く見つめていた。おそるべき速度でシャッシャッと鉛筆を動かしてスケッチをしている。黒目の位置が微動だにしない。
それは動く前の光景を、ガッツリと網膜に焼き付けていて忘れないうちに描き切ってしまおうというのだ。
(なんという美術への執念! こわっ……)
「──できた!」
「「真~里~」」
前からは苦言。後ろからチョップ。
美咲とほのかがスケッチを待ってから声をかけてあげたのは、友達としての温情だといえよう。
真里は変態級の不審者であった。
「なによう。そんなに怒ってさあ!」
「ところで美咲、話って?」
「無視すんな」
ギャーギャーと小声で器用に騒ぐ真里の頭を、大きな手のひらで軽々と押さえて、ほのかが美咲に尋ねる。
座っている美咲の前に長身のほのかが立ちふさがっていると、大きな影が美咲に覆いかぶさるかのよう。
「あのね……。まずはノートをどうぞ」
「対価は先にってこと? まいどあり♡」
「ずるいわよほのか。ねえ美咲、私にだって協力してほしいんでしょ? ん!ん!」
「はいはい」
小さなノートを美咲は渡した。
コピー用紙を四つ折りにして、真ん中をハサミで切り、ノートのように細工してある自作のもの。要点を押さえた勉強のポイントが書かれている。
「おきつねさんに教えてもらったんだー」
「「へえ」」
友達二人はやけに意地の悪そうな、にやりとした顔になった。
あっこの雰囲気は花姫様そっくりだな、と美咲は悟る。とっても面白がられている……。
これは慎重に話さねばなるまい。その沖常に関わることなのだから、うかつなことを言うと話が横道に逸れまくるだろう。
「近々、お休みの日に出かけたい用事があってね……。【四季堂】関係で。その時のいいわけに二人を使わせてもらいたいの」
「大胆に言いよったね」
「ええほんとそうよ!」
「「いいよ」」
「ふふ、ありがとう。いつも本当に助かってる」
「まあ先に賄賂もらっちゃったしね」
「あたしたちを頼るしかないってのはどうかと思うけどさ」
真里は余計なひと言が多い。
とはいえこれはいただけない。
苦笑するだけの美咲に言わせることはできないから、ほのかが鉄拳制裁した。真里のような口が立つタイプには言葉で分からせるよりもちょっと痛い目見てもらうのが一番効くのである。
「嬉しいんでしょ?」
「殴られて嬉しい人みたいになってるじゃない、やめなさいよ!?頼られて嬉しいのよ!……くうう!」
ほのかが過剰に真里にかまうのもわかるなあ、と思う美咲であった。
「話を戻すわよ! あたしたちとの勉強会って言いつつ、本当に一緒に勉強したことって実際にはないじゃない? そりゃあ美咲は教えてもらう必要がないくらいだっていうのは分かっているけど……」
「一度くらいマジでデートしたい」
「そうそれよ! アッッッッ」
恥ずかしさを真里になすりつけて、本心を伝えてみせたほのかであった。
その気持ちが嬉しくないはずはなく。
美咲の頬がふにゃりと緩む。
また約束ね、と指を差し出す。
それぞれ少しずつ不器用なまま女子高生になった三人の、どこか幼い約束が結ばれた。
「それで、今回の事情はなに?」
なんとここまで騒いでおいて、肝心の内容についてほとんど進んでいなかったのである!
話し合わないと、すぐさま下校時間になってしまう。
「帰宅時間とか、いざという時の連絡の取り方とか、いつも合わせてくれてるもんね。ありがとう」
「内容を知っておかないと話を合わせられないからさ~」
この連携にいつも助けられている。
美咲は安心して打ち明けた。
だって、さっき言われた通り、頼る友人は他にいないのであるし。
ちょっと言い回しは変えておいた。
神様には秘密が多いのだ。
「今回は──【四季堂】を利用してるお客さんたちがパーティに招待してくれたから、私も行くことにしたの。
朝靄が残っている早朝から出かけて、夕焼けが世界をオレンジ色に包むときまでが、滞在時間。場所は枝垂れ梅の離宮だよ~」
「ちょいちょいちょいちょい、予想外が過ぎたわ!!」
「ファンタジープリンセスだ……!!」
「それはまあ……言われても仕方ないかも? プリンセスというか、お姫様みたいな子も一緒に参加するし」
「そこじゃないのよ問題は!」
(問題?)
時間と、連絡が取れることと、身元の証明をしたつもりだったが……真里とほのかはさっきまでとは打って変わって、目尻を吊り上げてしまった。
どう伝えたら協力してもらえるだろうか。美咲は途方にくれた。勉強はできても、人付き合いの正解を導くことはあまり上手くないのだ。
とりあえず真里たちの主張に耳をかたむけることにした。
読んで下さってありがとうございました!
価値観それぞれ。
美咲はわりとズレてそうですね〜




