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少し吹っ切れた!



もぐもぐと影の神がハンバーグを咀嚼している。よほど大事に食べている。ぱちぱちと瞬きをして、口を動かすのと同じリズムで膝もそわそわ動かして。ちょっと野良動物のような動きだ。そんなこと、上位神様には言えないけれど。


(微笑ましい……)


また“かぱり”と口を開けるので、美咲はハンバーグを補充してあげた。

大きな一口で頬張って、長く味わう。


「……ごくん。なくなっちゃった。ご馳走様でした……まだ口の中に味が残ってる」


「濃いめのソース味でしたから」


「それってどんなもの? ウソウソ知ってる、ソースって黒い調味料なんだよね。だって影はどこにだってあるんだから、物知りさ! いつだって太陽や光の下の黒くなったところから君たちのことを見ているよ。……見つめられるのは大好き〜!」


やたらと明るく振る舞うのは、食べ終わってしまった口さみしさをごまかしているのだろうか。

美咲もそういうタイプなので、わかってしまった。


「そうでしたか」


「目を逸らさないで!?」


「ちょっと……慣れない話の流れだったので。ふふ」


「どうしようか困ってしまった? でもなくて、あーっボクのことからかったでしょう!?」


「おきつねさんは『上位神に向かってこの反応、新鮮だから気持ちがいい』って表現をなさっていましたね」


「すーぐに彩りの神を呼ぶんだから。ねえ、君の世界は狭いねぇ……」


図星をつかれた美咲は、しっかりと目を開いて影の神を見てしまったので、あちらはにんまりとした。


「……ところでハンバーグのお代わり召し上がります?」

「何それ!? 聞いてないよお!?」

「私のお弁当に入ってるものを差し上げます。気に入ったようでしたから」

「わあい!」


なんだか嫌な予感がしたので、話を逸らすことには成功した。


ぱくり。もぐもぐ。影の神が噛みしめるようにして味わっている間は、静かになる。


じわじわと六月の太陽がコンクリートの床を焼いて、熱気を立ち上らせてくる。

セミが鳴き始めるのもすぐかもしれない。

今年はとくに熱くなりそうだ。と、沖常が言っていた。


(……結局また思い出してしまった……)


影の神の口に、最後のハンバーグをつめこんだ。


「美味しかった! ご馳走様」

「良かったです。お粗末様でした」

「それ人間が使う定型句だけれど、やめたほうがいいよお。ボクが食べたのは粗末でもなんでもない、立派な供物だった。こっちの感動を変えてしまおうとするなんて!」

「うわわ、すみません」

「言い換えてよ」

「…………眠い中頑張って作ったものを気に入って頂けて、大変嬉しかったし良かったです!」


からからと影の神が笑った。

美咲もちょっと嬉しくなったその気持ちのままに、微笑む。


「どうして屋上にボクがいるって分かったんだい?」


「影があるところにならいらっしゃるかな、と。あとは授業に遅れないようにという兼ね合いで、朝礼の前に屋上でお試しをすることにしました」


「えーそれだけかい? もっとこう、見つけたぞ!みたいな、君の神気を感じたかったなあ」


「そんなものはないですよ。っとすみません、私、言葉遣いが荒っぽかったですよね……」


「ボクは影だからさ」


影の神はふと美咲と目線を合わせて、そっくりに「ふわり」と笑った。


「自分を傷つけるのは得意なんだろうね、美咲チャン。気をつけていないとついボクにひどいこと言ったりしちゃいそうだね、美咲チャン。つい君がうっかりしても、ボクは上位神なんだから神様のルールが適用されちゃうよ。とんでもないことになっちゃうかもしれないね」


ざあああっと風が吹いた。

空を流れる雲が太陽を隠して、影の形を大きく変える。


ゆらぁりといびつに歪んだ。


「わかりました。もう会わないようにしますね」


「イヤだ!!!! そんなこと言わないで!?!?」


美咲はすがりついてくる影の神のつむじを、じいっと見つめながら考えてみる。


影の輪郭のゆらぎのせいで、ときたま美咲の髪を彩るリボンのような影にも見えた。

ふと、影の神が顔を上げると、あまりにもしょんぼりと眉が下がっているので、美咲はぷすっと噴き出した。


「会うのにはけっこう勇気が必要かもしれません」


「じゃあ偶然出会おうよぉ。それなら勇気も準備しなくてもいいだろう?」


「それってあなたが待ち構えているってことじゃないですか? うーん……」


「こわい?」


「もちろん……」


「しょうがないなあ。じゃあ彩りの神がいるときに現れるよ。それならこわくたって背中に隠れていたらいいだろう?」


「おきつねさんに、あまり会わないようにって言われていたのに、即バレてしまいますよ?」


「ううう努力する」


「叱られる方を……?」


「うん……」


「そこまでして会いたい、ですか?」


困ったように笑いながら美咲は問う。


(私は、私に会いたいとは思えなかったけど)


「会いたいなー! 君は?」

「会えたら楽しいだろうとは思います」


(影の神様と私は、似ていても違う存在みたい。私に会いたいと思ってくれているなら)


それとも、美咲は自分のことが好きになれたのだろうか。

影の元を使って、本物の影を呼んでいたら分かったのかもしれない。

けれどここに偶然とどまっていただけの屋上の影は、ただただニコリと微笑んでいた。


「ハンバーグ美味しかった! それじゃ……」

「あ。カゲクンさん。って今日まだ一度も呼んでいませんでしたね」

「……そうだよぉーーー! やあっと呼んでくれたぁ。やあやあ、お待たせ」

「はい。そしてさようなら」

「ひどいっ」

「またね」

「うん!」


名前を呼ぶと、影の神の輪郭がくっきりしたような気がして、美咲は首を傾げた。



チャイムが鳴る。






衝動でつい、朝の時間をつぶしてしまった美咲。

でもそれはいい気分転換になってくれた。



放課後になってもどこか足取りが軽い美咲に、ほのかと真里が左右から肩を組んでからみ、ねちっこく声をかけた。


「おーっとどうやら私たちとのデートが楽しみなのかな?」


「言い方なんとかしなさいよ、自主学習頑張ろうってことよね美咲?」


「あ、うん」


デートもとい自主学習、そんな名目を二人に借りて、美咲はこっそりと【四季堂】のバイトをしているのだ。

つまりはバイトに行くのが楽しみなのね? をとても遠回りに言われている。


でも実は、今日バイトはないのだ。

代わりに二人に相談しなければならないことがある。








読んで下さってありがとうございました!


台風近づいてきているからか、気圧おかしくて体調が変です〜〜(´∀`; ) みなさまもご自愛ください……!

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 日本独特ですかね? 八百万の自然崇拝で有りながらも無信心……。 祈れど称えず、畏れど信じず……。
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