神の世の上と下
商店街の通りの先、はるか遠方に、天まで届いてしまいそうなほど長い、黄金の階段がみえている。
情報は雲の中にすっぽりと埋まってしまっていて、どこに繋がっているのか見ることもできない。
あまりに神秘的で、美咲は簡単の息を吐いた。
吐息は狐面の内側でわずかに花の香りを醸した。
どうやら花姫のお菓子の効果が薄まってきたようだ。
黄金の階段につい惹きつけられるけど、ずっと見つめていると目が痛くなってくる感じがした。
「あの先には上位神が暮らす神殿があるんだよ」
「神様の世も、広くて分かれているんですか?」
「そう。まず乙女の花園から語るとわかりやすいか。あのような固有の神がつくった空間がいくつも在る。それぞれを行き来できるように脇道をつなげていて、ちょうど中間地点にあるのがこの「中位神々のおわす世」だ。もっとも広くて治安もよい、上への常識をわきまえた神々がここにいる」
「安定していますよね」
「下には、下位神々の世があるな。」
「八百万もいらっしゃるんですもんね……」
「そう。道祖神や付喪神、妖怪に近しいものが住まうのは下の土地。人の世とも近くて、そこにいる神々は下方でしか息ができない。まだ浮上するための神気が足りないからなあ。現代にまだ在るものならなんでも混在していて、時代の流れに呑み込まれて神々の性格も顔ぶれもころころ変わるし、たまに西洋の神も迷い込んだりする。いつもどこかで喧嘩騒動をしていて、まあにぎやかで愉快なところだ」
「こ、こわいかも……喧嘩は苦手です」
「うむ、美咲は行かないほうがいいだろう。俺は、昔そこで育ったから慣れたものだが」
「おきつねさんの昔と聞くと、ちょっと行ってみたくもあります……」
「こらこら」
沖常はふうと息を吐いて、何やら袖を振った。
狐火が転がり出てきた。むぎゅっと掴んでまた袖口に押し込んだ。
「……。おきつねさん?」
「参の尾をつけたままだと、美咲のことを下位の世に誘ってしまいそうだったから取った。俺のいたずら心が疼いて困る」
「ふふふ」
「美咲?」
「いたずら心って可愛い響きです」
「そうだろうかなぁ?」
沖常はまったりと頬をかいた。動作は流れるようで、先ほどまでの少々せっかちな動きとはまた違う。
(ほんとうに影響を受けるんだなあ)と改めて思いつつ、九尾となった沖常は果たしてどんな存在なのだろうと想像が捗る。
(あっ。下位の世に住んでいたって聞いたから、喧嘩慣れしていそうな荒くれ狐が頭に浮かんでくる……ち、違うと思うっ)
ブンブンと首を振った。
元ヤンが更生しましたじゃないんだから。
「上位の世界になら行ってもいいよ」
「おきつねさんのこちらの住居はそこにあるんですか?」
周りをみてみると、神々ひとりにつき住居を一つ構えているようだから。
沖常にも神の世の家があるのではないかと思った。
妙に歯切れが悪い答えが返ってくる。
「……あるといえばある。けれど戻るつもりはないかな」
「そうなんですね」
無難に頷くだけにしておこうと美咲は思っていたのだが、
「鬼がな」
「ああ〜」
なんとなくわかってしまった。
沖常の住居に堂々と居ついた彼岸丸が、そこで炎子の伍〜玖と仕事をしているので帰りづらいのだろう、と。
彩りの神という概念的なものをつかさどっている沖常は、ずっと神殿にいなくてもいいらしい。
年に数回の神事をこなし、それ以外はもっとも感性が磨かれるところで人の世に彩りを添えてくれるのだそう。
沖常と美咲は、黄金の階段のゆくすえを見上げた。
その先には神による上の世があるのだ。
「また連れて行くから」
「あっ、聞いてみただけなので……恐れ多いので訪問はやめておきますね」
「梅舞いの儀は上位の世でやるんだ。招待状が梅姫から届くと思うぞ?」
「あとの祭りすぎましたね!? 私宛にも届くんですか?」
「花姫たちのお気に入りだからなあ」
「あ、ありがたいことでございます」
「風神も美咲に謝りたいそうだし」
「わ、忘れてたっ! 緑くんが縁結びしちゃってごめんね、って言われるんですっけ? 風神様に? 他の神様たちの前で!?!?」
「ははは。今の反応をしてやれば風神も満足だろうさ」
「お待ちください。目的はごめんねの方であって、私を驚かせることじゃないですよね……?」
「けれど美咲の反応は新鮮でとっても気持ちがいいんだよ」
「オモチャにされてるとは思いませんけど〜」
ガクリ、と美咲がうなだれる。
自由すぎる神々に心が折れそうだ。
またしても、先に約束をしてしまっているので断るという選択肢がない。
神様と知り合ってすぐの、うかつすぎた自分をちょっぴりつねりたくなった。
沖常が差し出してくれた手をつかんだ。
くるりと黄金の階段に背を向ける。
そして神の世を去るための細道へ。
このまま歩いていけば帰らなくてはならない。家に。家──
美咲は少しだけ気が重くなった。
「わぷっ」
清め雲がやってきてくすぐられた!
もみくちゃにされたら、着物がしっとりと湿っている。
「ああ、せっかく晴れの日を選んだのになあ。風邪を引かせてもいけないし、神気のにおいも薄くなっている。早く【四季堂】に帰ろう」
「……そうですねっ」
わずかに、足取りが軽くなったように美咲は感じた。
戻ったら座敷でひと休みをして、沖常が淹れた温かいお茶を飲んで、炎子たちと話すのだ。
そうしたらまた、頑張れるから。
読んで下さってありがとうございました!
次は美咲の家庭環境(暗いけど後味悪くはしないので、お付き合いください(。>ㅅ<。))
夏のおわりにはここを解決いたします。




