花膳のおすそ分け★
四限目の授業が終わり、美咲は机の上の教科書を片付ける。
(今日はお弁当が無いから……一食抜くことにしようっと)
迷いなく決めた。
片付けたばかりの教科書をまた机の上に置いた。勉強して過ごすつもりだ。
クラスメイトは遠巻きに美咲を見ている。
ふと、なにやら廊下がガヤガヤと騒がしくなり、教室にいた女の子たちが不思議そうにそちらに目を向けた。
教室の入り口に、子どもがぴょこんと顔を覗かせる。
「えっ!」
「か、可愛い」
とても愛らしい顔立ちの和服の子どもは、まっすぐに美咲の元へやってきた。
青みがかった白銀髪に狐耳が揺れている。
美咲はぽかんと子どもを見つめた。
真正面からくりくりの空色の瞳に見つめ返される。
「これ、お礼」
「…………お、お礼?」
机の上に包みが置かれた。薄紫色の風呂敷に包まれている。
子どもとは初対面なので、お礼をもらう心当たりなんてないのだが、美咲は格好を見てピンときていた。
「あなた、おきつねさんの所の子……だよね?」
まずこれを確認する。
白銀髪のキツネコスプレなんて沖常しか知らない。
やはり、子どもはこくりと頷く。
「そう。おれたちもいなり寿司を食べたんだ。美味かった。
美咲の昼食がなくなってしまったから、代わりに差し入れを持ってきた」
ずい、と包みが美咲に押し付けられる。
今朝、美咲が沖常に器を渡した時と同じくらい有無を言わせない様子だ。
(あれ、つげ櫛のお礼のつもりだったんだけど!? いや誤魔化したけど。お礼のお礼をもらってしまうなんて……!)
美咲は困ったが、子どもからの純粋な好意となると、跳ね除けることはできない。
「えっと、お弁当をくれるの?」
「そういうこと。これは無理して用意したものではなくて、おすそ分けみたいなものだから、遠慮しなくても大丈夫」
美咲は面喰らう。
この子どもの気遣いは、まるで沖常のようだ。
(一緒に住んでいるのかな? すごく似てるもんね)
「それなら、頂こうかな。ありがとう。……どうしてこの場所が分かったの?」
尋ねると、
「匂い」
「に、匂い」
子どもは美咲に顔を近づけて、ひくひくと鼻を動かしてみせた。
あまりにも野生的な回答だったので、どう返事をしようか美咲が悩んでいると、
「じゃ!」
用事を終えた子どもは手を振ってサッと帰っていく。
「あ……!」
詳細を聞く隙もないな、と残念に思いながら、美咲は手を振り返した。
子どもが教室を出るタイミングで、廊下からひときわ大きな歓声が上がる。
なんと沖常がひょっこりと美咲の教室に顔を出した。
「……お、おきつねさぁん!?」
「おお、美咲。それはうちからのおすそ分けだ。遠慮なく食べるように。いてっ」
子どもが沖常の足を蹴っている。赤くなった鼻を押さえながら。
いきなり進路を塞ぐように登場したので、思い切り足にぶつかってしまったようだ。
「なにをする」
沖常が文句を言う。
「沖常様よ……。おれが全部美咲に伝えたのだから、わざわざ同じことを言いに来なくても良かっただろう?」
「ちゃんと言えたか心配になったのだ」
「姿が見たかっただけのくせに」
「うるさいな」
沖常の最後の言葉は、子どもの正論への気まずさと、女の子たちの騒がしい声への言及である。
とても見目がいい二人は女子高で注目の的だ。
「それでは」
沖常は一瞬げんなりとした表情を取り繕って、美咲に微笑みかけて、子どもを抱えると足早に帰って行った。
二人がいなくなった教室では、美咲に注目が集まる。
気まずく思いながら、美咲は風呂敷をそっと開いた。
自分が今朝渡したお弁当箱だ。
蓋を開けると、
「わあ……! なんて綺麗なの」
華やかなちらし寿司が入っている。
桜でんぶのピンク、卵の黄色、絹さやの緑、人参は桜の形。
美咲が思わず声を上げたので、クラスメイトが寄ってくる。
「うわ、すごいお弁当!」
「凝ってるね」
別段仲がいい友だちというわけではなかったが、好意的な発言なので、美咲はにこやかに返事をする。
実はクラスメイトたちは、勉強ができる美咲と話してみたかったけど、きっかけがつかめずにいたのだ。
「ねぇ、一緒にお昼ご飯を食べない?」
お誘いを受けて、美咲がはにかみながら頷く。
「さっきの子、すごく可愛かったね!」
「お兄さんはかっこ良かった〜! どんな関係なの?」
この質問には困らされた。
美咲はなんとか苦肉の策で「し、知り合いの子」という下手な回答をする。
クラスメイトは不思議そうに首をかしげた。
しかし怪しい言い訳へのしつこい追求はなく、好奇の目もすぐに逸らされたので、美咲の方が驚いたくらいだ。
初めてクラスメイトと一緒にご飯を食べた美咲は、楽しい時を過ごした。
「着物を着た黒髪の男の人っていいよねぇ」
「分かる〜!」
「………………えっ!?」
クラスメイトによると、沖常たちの狐耳が見えておらず、髪も黒かったらしい。
美咲は認識の違いに頭を悩ませることになった。