邪魔者扱い(事故)
「お狐様へのお気持ちをもっと聞かせて!」
「えー!? えーっと具体的なお題をもらえますか?」
「白銀狐ちゃん、ごほんっお狐様のお仕事ぶりはどうかしら? 仕事を頑張る異性ってすてきって思う?」
「それはもう思います。【四季堂】の雑貨に惚れて通うようになったので、春のあけぼのの香水とか、夏の花火みたいな極彩色の絵の具とか、まさかおきつねさんの手作りなんてびっくりしました」
一度話しだすと止まらなかった。
これまで友達に言うには詳細を誤魔化さねばならず、本人に言うには表現を控えなければならなかったことが、この場所にふさわしいように花開く。
「四季を彩る感性がすてきだし、どの雑貨も丁寧に作られていますよね。作るのを手伝わせてもらった時に「なんて手間がかかるんだろう」って感じました。それだけ手の込んだ雑貨を、誰かが喜んでくれるならって分けてくれるところも、とても優しいです。おきつねさんは怖くない」
「ふむふむ」
「……それから白銀狐ちゃんって花姫様が呼んだとき、ちょっと羨ましかったです」
「キャーー!」
「蕾の心ね。花開くのはいつかしらぁ?」
「美咲さんも呼んだらええのに」
「えっとまだ狐姿のおきつねさんを見たことがなくって、遠慮があるっていうか。モフモフしたもの好きだから、また見てみたいなあって思うけど……」
「好き!」
「あっ、そこ拾うんですね。店長さんとして好意的に見てま……」
「キャーーーーーーー!」
騒がれすぎたため、美咲はちょっと正気に戻った。
顔が真っ赤になっている。
(私はいったい何を言ってしまったんだ…………)
六月だなあ、とまとめることにする。
梅姫がわずかに酒の香りを漂わせながら美咲の隣にちょこんと正座した。
「それならば梅舞いの儀式を楽しみにしているとええよ。うちが願い、お狐様が応える。彩りを与えてくれるために、お狐様は舞い服に九つの尻尾姿で舞うんやからね。さらに彩りを与える際には白銀孤の姿にもなる」
「白銀孤の!……楽しみです」
美咲はまだ狐という動物を見たことがないし、九つの尾を持つ獣がどのような姿なのか想像もできない。
もっと好きになってしまうのか、神様であることを実感して遠のくのか──
視界を霧に塞がれた。
一瞬で真っ白になってしまったかと思えば、粉雪のようにキラキラする。
夢から覚めたような、夢の中に引きずりこまれたような、不思議な心地で、ともかく花園からは完全に遮断されたのだとわかった。
「──美咲、無事か!?」
「おきつねさん?」
ふかふかとした霧は尾のように絡みついてきている。
沖常は周りを見渡してから、服の裾を払うような動きをする。
ぽかんと口を開けている美咲の頬を大きな男性の手が包んで、(あっ爪がいつもより鋭い?)と美咲は思った。沖常はそのまま美咲の頭をくいっと横に向けたり、後ろを眺めたりして、怪我がないかを確かめている。
「あ、あのおきつねさん?」
「……怪我はないな、よかった。少々神気が増しているが、これは?」
「花姫様たちがこのお茶会にいる間はと、花粉団子をくださいました」
美咲が説明すると、沖常はやっとピリピリ逆立たせていた白銀の毛並みをしっとりと戻した。
安心したようだ。
「はーーー……肝を冷やしたぞ。“白銀狐”なんて呼ぶから」
(そういえば危ないときは神名を呼んでって言われてた)とやっと美咲が思い出す。
「そういう理由できてくださってたんですか……!? うわーごめんなさい、花姫様たちとの会話の中でおきつねさんの話題が出たんです」
「なるほどな。これから気をつけてくれ」
「本当にごめんなさい」
上位神である沖常ならばルール破りも許されることがほとんどだが、破られた側からのお叱りは避けられないのだ。
「厄介な事情が絡むんだ」
やれやれと狐耳を伏せさせた沖常は、霧をほどいた。
花姫たちが後退して、距離を開けたままこちらを睨んでいた。
「お〜き〜つ〜ね〜さ〜ま〜。乙女の花園に雄花がいらっしゃるなんて!」
「品種改良は人の手でされるべきやわ」
つまり…………美咲は察した。
ここでは雄花と雌花のしくみが現れるのだろう。
まさかモフモフの花ができてしまったりするのかとちょっと考えて、面白いことを思っちゃダメな時だと首を横に振った。
「悪かった。従業員が非常事態かと思ってな」
「聞いておりました。うちらはこれくらい距離があったらおそらく問題御座いません。……おそらくね」
「どこぞの花で白銀の新品種が生まれてるかもしれんけれどねぇ」
「愉快やね?」
ころころと花姫たちが笑う。
毒気の混ざったじんわり肝が冷える笑い方だ。
ここでは花姫の性質がそのまま現れている。異物が入ってしまえば、はんなりと優美な理が崩れかねない。
「これで」
化粧品を沖常が見せる。
くれるの? と花姫たちが細い首をこてんと傾けた。
「対処ができる」
器から頬紅のような粉を指ですくうと、頬にすうっと線をひいた。
三本の線が横に走り、それだけでなにか沖常が変わったようだと美咲は気づいた。
「彼岸花の塗り粉……!」
ぱあっと顔を輝かせた花姫が、影の下からあわてて這い出てきた。真っ黒な髪とつり目だと思っていたが、光の下にやってくると鮮やかな紅色にみえる。
"彼岸花姫"だ。
「あああたしのお花を彩りの雑貨にして下さっていたんですか……?」
「とてもいい花を仕入れたからさ」
「うううう。いつもは僻地で群生しているですのに……」
「そういう場所も多いな。けれど彼岸花を好んで栽培している地もあるだろう。いいところを見るのが俺の仕事だ」
「はいっ」
(あ……髪がもっと紅くなった?)
距離を取りながらも、沖常が「払う」ような仕草をする。すると彼岸花姫の着物の裾がふわりと揺れた。さっきまではじとりと泥に塗れていたのに。
「彼岸花姫、近頃落ち込んでたもんネ」
「彼岸花を栽培していた神社、観光客に踏み荒らされちゃったんだって」
「自信折れちゃったところだったの」
「お狐様。彼女を救って下さってありがとうございました。今回は許して差し上げます」
「感謝する」
沖常が微笑むと、この花園の甘ったるい香りがいっそう濃くなったような感じがした。
美咲はそれを言語化しようとしたが、前提ルールのわからないものは定義に当てはめられない。
「おきつねさん。その彼岸花のお化粧品の効果って?」
「そのものの美しさのみに注目を集めるんだ。唇に塗ったり、頬に塗ったり、目に塗ったり。そこだけに惹きつけられる。そのため雄雌という要因も薄くなるんだよ」
「そうなんですね……!」
沖常はまた粉を指につけると、自らの頬を撫でた。
両頬に、赤い線が三本ずつ。狐のヒゲのようでもある。不思議な魅力だ。
「では撤退する」
「美咲さんは置いていって」
「美咲は花姫ではない。思い出してくれ」
「……花姫は仲間意識がつよいから。きっとうちらはついつい、美咲さんを絡め取ろうとしてしまうんよね。お狐様がきてくれてちょうどよかったかもしれんなあ」
リリリリ、と時計が鳴る。
ちょうど、帰る時間だったのだ。
読んで下さってありがとうございました!
花姫たちとは和解です。やっと名前を呼んだと思えば事故でしたε-(´∀`; )




