花姫のお茶会2
好きなお菓子を小皿いっぱいにとるように、と勧められる。花姫たちはぎゅっと華やかなものが詰まっているのが好きだ。
美咲は他の花姫の皿をちらりと眺める。
花々を模したお菓子と、緑のお菓子が並んで、まるで花畑のようだった。
(なるほど)
傾向はわかった。けれどどのお菓子も美味しそうなので、迷いながら、さくらんぼの大福と、練り切りで作られた紫陽花、ふわふわのベビーカステラに、胡麻の入ったミニ煎餅を皿にとる。そして緑色の落雁と金平糖をパラパラとおいた。
「はい」
紫陽花姫が渡してくれた器には、見事な抹茶。フワンといい香りが漂っている。
これを作ってくれたのは……と見渡すと、桜姫がほんわり手を振っていた。
いつ、どのように飲むべきか、と知識をたぐり寄せている間に、紫陽花姫がぐいっと一気飲み。
(作法を気にせずいただいてもいいみたい?)
花姫たちはいかにも自由に、気まぐれな順番で抹茶を点てたり配ったり、飲んだりしている。
「抹茶は作りたてが美味しいからネ、早く飲んで。今日を楽しみにしていたの!」
「お待たせしてすみません」
「あらーそのものの言い方は、紫陽花姫に泥がかかっちゃうわ?」
「ああっすみませんー!」
「もう薔薇姫、言い方がトゲトゲしてるネ。美咲さんはみんなに楽しみに待たれていたってことなんだから。もっと自分の価値を自覚して、堂々と返しても良いのに」
よしよしと頭を撫でられるので、美咲は上目遣いに紫陽花姫を見つめてしまった。
幼女の姿をしていても、紫陽花は奈良時代から存在する花だ。
長きにわたり愛される花であるので、自信に満ち満ちている。
六月だから、特に。
やりたい放題なのだ。
「はい、アーン」
「アーン……!?」
「美咲さんてば素直ネ。愛いなぁ」
「「ねぇ」」
花がこうべを垂れるように、ふわふわと頷かれる。
無性に恥ずかしくなった美咲であった。
(花姫たちからすれば、16歳の私なんて、まだまだタネのようなものなんだろうな)
「美咲さんはどうして【四季堂】にいらしたん?」
「雑貨が好きで……。小道の近くの商店街にはお気に入りの雑貨屋さんが多いんです。そこで散策をしていたらたまたま【四季堂】を見つけて、あんなお店あったっけ? って覗きに行ってしまいました。今時珍しい木の扉で中の様子が見えなかったから、玄関先で立ち止まっちゃったんですけど、招き狐が「お入りなさい」って言ってくれたから入ってみようかなあって」
「ね、ね、お狐様の第一印象はどうやった?」
「えーと銀髪で狐耳のすごい綺麗な人だ! って思いました」
「分かるわあ」
「お狐様の銀の毛並みって、雨上がりの水たまりがお日様の光を映した時みたいにキラキラで」
「いえ。真冬の白雪のように繊細な輝きなんよ」
「秋の月のような青白さが一番ふさわしいと思いましてよ?」
花姫たちが競い始めてしまった。
正解はないし、決定してしまったら喧嘩になるに決まっているのだ。
「「「美咲さん!」」」
「彩りの神様だから時期によって銀色の光の反射がちょっとずつ変わっているみたいに見えていました!」
これには花姫たちも目を丸くした。
「……ふむ。そうかもしれぬ。夏の日差しと、秋の夜空の輝きは違うから」
「どのような光の下に佇むかによって見え方が違うのは当然ですわ」
「どれも綺麗ですよね」
美咲はバクバクしていた心臓を落ち着かせる。
よりにもよって口にしていたのは落雁だから喉がカラカラだ。
あわてて抹茶で潤す。
茶葉のこっくりと深い緑の香りが鼻を突き抜けて、ほんのりとした温かさが肩の力を抜いてくれた。
花姫たちはからりと話題を変えてしまっている。
影から出てきて、美咲の足元によってきた小さな花姫もいるのは、美咲の体がこの花園に馴染んできたからだろうか。
「白銀狐だった頃と比べて、私たちよりももっと上方の神様になってしまわれた」
「昔は野原の草陰でよく伏せていたもんねぇ。毛色が違うから林では目立ってしまうし、熊などに追いかけられないように影が好きな泣き虫坊やで。茅姫が長い草で体を隠してあげたっけ」
「風神の風があの白銀狐の毛並みを撫でてなぐさめてやっていたわ」
美咲は想像してみた。
日本の野原に白銀狐がそっと一匹、ひとりきり。
緑の中であの綺麗な白銀の毛並みを隠そうとしているところを。
発見されて祠が建てられた、人間が食べ物を与えて信仰してくれた、と沖常は教えてくれた。
こわがっているところを助けられたから、人間のことを好きになってくれたのかもしれない。攻撃をしなかった昔の人間に、美咲はそっと感謝した。沖常が人間のことを好きになってくれてよかったと本当に思う。自分はその恩恵を受けているのだ。
(もっとバイトのこととか根掘り葉掘り聞かれるのかと思った)
どちらかといえば花姫たちは自分たちのことを中心に話している。
白銀狐との思い出がある当時のこと、そして現代で続く梅雨のことに、どこの家の軒先で人が喧嘩をしていただとか猫が植木鉢をひっくり返したとか、小学生が可愛い手で花を愛でたとか。虫が葉をよく食べるのでくすぐったいとか。
花姫たちは現代を生きているのだ。
「あら、しもた」
「さくらんぼ落としましたよ」
はい、と美咲がさくらんぼをつまんで皿に戻した。
絨毯の上だったので大丈夫かと思っていたのだが、よく見るとさくらんぼの艶やかな表面に砂つぶがついている。
あっ、と美咲が思った時には、花姫はそれをパクリと食べていた。
ちらりと美咲を横目に見て、にいと口角を上げる。
「ああ美味しかった。いい土」
「いい土!?」
「そうよお。花姫が土を愛して土を食べるのは当然だもの。こんなことにもびっくりした顔をなさるの、美咲さんったら、まあなんて面白い方かしらぁ」
「神様の常識に詳しくないもので、すみません……」
「面白いって褒められてるのだから自信持っていいところネ。まあ薔薇姫は、言葉がトゲトゲしてるしつい構ってチャンするから勘違いされやすいんだけど」
「そんなことなくってよ」
華やかな真紅の縦ロールヘアーの薔薇姫は、プイッとそっぽを向いてしまった。
くすくすと笑っている紫陽花姫こそ薔薇姫に構って欲しいのではないだろうか、なんて美咲はおもう。
(あらネクタイが曲がっていてよ? なんて小説が昔流行っていたなあ)
「あら足先に土がついていてよ」
「ふうん払ってくださる?」
(現実に!?)
紫陽花姫の足先に粘着質な土がこびりついていた。この野原にこんな土が?……と美咲が思っていると、正解が話された。
「現世でどこかの花々がいっせいに根腐れを起こすと、このように黒い泥がいつの間にか現れる。瘴気とも言えるかもしれないネ」
「このように払ってしまえばよろしいわ」
薔薇姫がパッパッと手で黒土を払うと、煙のように霧散した。
なるほど「払う」は「祓う」なのだろうと美咲は思った。
紫陽花姫がふと立ち上がる。
「わずかに背が低くなったデショ? 根腐れをした紫陽花たちを切ったの」
「切った……?」
「花姫と現実の花の縁を切った。それくらいなら残りの健康な花々が「アタシ」として在るから、とくに変わらない。また花の株が増えたら身長も元どおりだモン」
「早く切ることが大切なのですわ。この泥にまみれてしまえば花姫は変質します」
「まあ憂鬱な話題はそれまでにしておこう。今日は茶会だもの」
「「「楽しくしなければならないわね!」」」
他の花姫たちがずずいと美咲に迫ってきた。
「お狐様へのお気持ちをもっと聞かせて!」
(あ)
美咲は”花姫として”理解した。
(花姫様はべつに私のことをタネとは見てないんだ。むしろ16年目の花として、そろそろ咲き誇ってもいいんじゃない?って思ってそう)
この時ばかりは、常識的で石頭なくらいの美咲の脳内は、みごとなお花畑であったのだ。
読んでくれてありがとうございました!
花姫は野生的な印象があります。
長年花姫でいることよりも、ワンシーズンで咲いて枯れるフレッシュさが前面にでているような。




