花姫のお茶会
乙女の花園は、神の世の香り高き所にある。
最上神たちがおられる上層に、補助をして世を回す神々がいる中層、庶民的な神がたくさんいる下層に分かれているうちの「中の上くらい」だそうだ。
直接お茶会の入り口に連れてこられた美咲は、そのように説明されても、神々の世の地図を頭に描くことはできなかった。ゼロからイチをイメージするのは苦手なのだ。また、沖常に教えてもらうとしよう。
それよりも目の前の光景のなんと美しいこと。
春夏秋冬の花々が咲き誇っている。
ここには肌にきびしい熱気もふきつける冷風もなく、ただただ天上からの光がここちよく眩しい。
花の極彩色も穏やかな色もすべてが振り袖の模様のように調和して、葉の緑が全部くるむようにまとめあげていた。
むせかえるような花の匂い。
紫陽花姫がくれたぷにぷにの飴を舐めると、気にならなくなった。
粉を練りあげて作るきな粉飴に似ているが、もっと舌触りが繊細ですうっと吸収されるようになくなった。
「これは?」
「外の女子を誘うときにはアタシたちと同じ花姫になってもらうの」
「……神様になっちゃいました!?」
「胃袋で溶けるまではね。これはね、乙女の花園の花粉団子なのよ」
うかつに口の中に入れてしまった美咲は反省した。
沖常のように人と接する機会が多かった神と比べて、この花姫たちはよほど自由なのだ。
(一時的にとはいえ人を神様にしてしまうなんて、神様ってそんなに気安いもの?……気安いかもしれない。花の神に虫の神、妖怪から神様になった存在までいるんだから)
花姫に蚕婆様、猫娘やカマイタチなど、出会った面々を思い出していく。
それに【四季堂】の従業員ということで美咲はかなり贔屓されているのだろう。
(神様になったってことは、人の存在がひとつなくなっているんだから、神隠しと何が違うんだろう。緑くんはとっても叱られたらしいのに。……おきつねさんもこの花園に来たことがないって言ってたから、花姫たち独自の文化がある? 神様たちはお互いの文化をあまり知らない?)
沖常は、根掘り葉掘り聞かず、おおらかにかまえている印象がある。
それゆえに猫娘や彼岸丸のような、情報通で几帳面な存在が重宝されるほどなのだ。
美咲はさっそく、
(帰りたいかも……)
と思った。それを察したような絶妙なタイミングで、
「みんな〜出ておいで〜」
「!」
「お姫ぃさんが来なさったよ〜」
紫陽花姫の呼びかけで、咲き誇る花々の花弁がふわふわと揺れ始めた。
花びらを押しのけるようにして、とても小さな女児たちが顔を見せる。
(わ!)と美咲が声を上げそうになった。
まるで絵本で見る妖精のようだ。
そしてこれらを大変愛おしく思うのは、美咲が花粉団子の影響を受けているからなのだろう。
尻尾を得た沖常があのように変化したのも、分かるような気がした。
花姫の影響は、ふわふわと心躍るようだ。
「たんぽぽ姫です」
「カタバミ姫!」
「ネモフィラ姫ですわ」
美咲がしゃがみこんで、手のひらを上に向けた。そうするべきと思って。
そこに小さな花姫たちが乗り込んでくる。
「うわあうわあ……! なんて可愛らしいんでしょう」
「当然ですわ。わたくしたち花を現した姫君ですもの!」
ツンと答えたのは野薔薇の花姫。
薔薇科の花姫は気が強いらしい。
「あなたも〜花姫のように可憐ね〜」
にっこり褒めてくれたのはたんぽぽ姫、綿毛のようにフワフワ話す。
この余裕の有様はたんぽぽという花が周知されているからなのだと美咲は正しく理解した。
存在が危ぶまれている花ほど棘があり、認識が根付いているものはおおらかなのだ。一周回って絶滅しそうなものは、葉の下の影とだけ遊んでいて美咲に興味を示さない。
ここは生態系だ。
美咲は肌で感じ取った。
それを悲しく思わないのは、おそらく美咲が道理を胃の中に飲み込んでいるからだろう。
紫陽花姫に手を引かれて、美咲は乙女の花園の中心にゆく。
招待されたのはなだらかな丘の上、野原に唐草模様の敷物が広く敷かれている。
十二月の花姫たちがそこに座っていて、輪になった中心には菓子箱がいくつも置かれていた。
今月代表花の紫陽花をイメージした和菓子を中心に、色鮮やかなお菓子がぎゅっと詰められている。
感嘆してつったっていた美咲は、笹の葉で作られた小皿を渡された。
「これも【四季堂】で買うたのよ」
「花園の押し花と交換でネ!」
「わあ。さすがおきつねさん。ちょっと破れがある笹の葉も補修して、編みあげて、調和させていますね。うん、良いものです」
キャーーーー! と花姫たちがやたらと盛り上がるので、美咲はさっそく目を白黒させてしまった。
(か、帰りたい気がしてしまう……)
お茶会はまだ始まったばかりである。
読んで下さってありがとうございました!
花園ではどんな花も旬でいられます。




