日曜日、参の影響
日曜日。
美咲は言い訳用の大きな勉強鞄を持って【四季堂】への細道を歩いていった。
なにやら道の脇に小さな光が並んでいる。
「鬼灯だ……?」
生物の教科書を取り出して、項目を探す。運よく鬼灯が載っている。旬は”六月から”であり、七月になる頃には鬼灯祭りも行われるそう。
赤く膨らんだ実はほんのりと光っている。
「これはなぜ明るいの……?」
「灯りをと相談していたじゃありませんか」
「うわあっ彼岸丸さん!?」
美咲の後ろに、気配もなく鬼が立つ。
驚くので控えめにいってやめてくれ案件だ。
「街灯や提灯を……と相談していましたが、雨によって植物が活気付くこの季節だから鬼灯がちょうどいいだろうと。風情がありますし」
「それはそうですね。だってこの先にあるのは【四季堂】ですもん。素敵なセンスです」
「いえーい」
「!?!?!?」
なんと彼岸丸の発言であった。
真顔のまま発せられたいえーい、威力がありすぎだ。
「ひ、光っているのはどうやって?」
「蛍ですよ。鬼灯の実の下方に穴をあけて、蛍を忍ばせています」
「そんなことができるんですね!」
「鬼が呼びかければ、なんとできちゃうんです」
「できちゃうんですか〜」
「いえーい」
来ると思っていた。美咲は今度こそ、和やかな笑顔で彼岸丸を見つめ返すことができた。
(傾向と対策は、大事……!)
「ところで美咲さん。その大荷物は?」
「友達の家で宿題をするからって言い訳をしてきまして」
なるほど、と言いながら彼岸丸が鞄を預かろうと手のひらを差し出した。うっかりそのまま自分の手のひらの方を重ねてしまったのは、美咲がふだんから沖常のエスコートに慣れていたからだ。
まあいいかと彼岸丸は歩き出した。
「そこはツッコまないんかいっ」
「あ、炎子ちゃん」
「美咲。鞄は俺たちが持っておくぞ」
「紳士だねぇ。ありがとう」
彼岸丸と炎子に連れ去られるようにして、【四季堂】にやってきた。
雨上がりの水たまりがキラキラ光っていて、光の中に佇むように紫陽花姫がいる。
紫の髪と着物の袖を振りながら振り返って、ぷぷぷ、と含むようににやついた。
「乙女の花園にふさわしいネ!」
「あ、ありがとうございます? こんにちは」
「ごきげんよう美咲サン」
ちんまりした体で、紫陽花姫は非常に洗練された礼をする。ぼんやり魅せられていると、美咲はその手になにか握らされた。
しっとりと雨に濡れた紫陽花の花。
これが乙女の花園にゆく切符だという。
「アタシが着付けてあげるからネ」
和室に押し込まれると、またたくまにパーカーワンピースを脱がされて、下着も剥がされて、さらしと和服用下着を着せられる。体は小さいというのにおそろしい身のこなしと、目の前の逸材をなにがなんでも可愛らしく仕上げるという執念の賜物だった。
紫陽花姫の足元には風が揺れており、ふんわりと浮くので上まで手が届いた。見ると蚕の成虫がふわふわとたたずんでいる。蚕婆様の手助けのようだ。
さいごに、美咲の髪の毛を整えると、着付けが終わった。
「どや!?」
「まるで自分じゃないみたいです」
紫陽花の花模様がにじむように描かれている布地は、にじみが混ざることで雨上がりの虹のようなグラデーションとなっている。たくさんの品種がある紫陽花特有の表現といえよう。
布地はしっとりと重みがあるけれど、そのおかげで雨期だというのに皺一つ浮かばずなめらかな直線を保っている。腕を動かせばやんわりと袖がついてくる。
髪の毛はお団子になっていて、かんざしで留めて、紫陽花の生花が飾られた。
「あら……この手は?」
「あ、家事のやりすぎで水荒れです」
「お狐様のハンドクリーム塗らなかったの?」
「暇がなくて」
気が抜けなくて、が正解だった。
美咲はなさけなく苦笑しているだけ。
紫陽花姫は絆創膏をそうっと剥がして、ひび割れたところに、紫陽花の花びらを精製したものをペタペタ貼り付けた。
綺麗な花には毒がある、毒と薬は紙一重、薬になって美しいならそれは【四季堂】に置くにふさわしい。
「もういいだろうか? そろそろ開催の時刻になってしまうよ」
「ハイハーイ、お狐様!」
紫陽花姫はもったいぶって、障子を開けた。
そのもったいぶった(じらした)時間の分だけ、沖常と美咲の仲が深まると思っているから。
やけに軽やかな笑みを浮かべた沖常が、ふかふかした狐の尻尾をひとつ揺らした。あ、と美咲が構えた。
(ツンデレが来るかもしれない……!)
「……綺麗だなぁ」
「ひえーー!? えっとおきつねさん、大変照れます」
「赤くなってしまった。ああ顔を隠さないで、もっと見せてほしい」
ひーーーっとか美咲が小さく叫んだり、彼岸丸が祝福のクラッカーを鳴らしたりしている。沖常が美咲に迫りゆき、顔を覗き込もうとしたところで、紫陽花姫は「ピーー」と笛を鳴らした。
みんなが行動を止めて、一斉に紫陽花姫をみる。
「もう開催の時刻だモン」
さっそうと紫陽花姫が、惹かれあう男女(と花姫たちは確信している)の間に入りこみ、奪還よろしく美咲の手を取って走り出した。
もったいぶった(じらした)時間の分だけ、沖常と美咲の仲が深まると思っているからね!
神の庭にゆき、印を組んだ。
読んで下さってありがとうございました!
ちょいちょいしんどい暗い!
夏の終わりにはいったん解決させますので(。>ㅅ<。)




