招待状
翌朝、学校につくと、美咲の靴箱には手紙が入っていた。
「……ここ女子校だけど!?」
「ぶはっ」
噴き出す音に振り返ると、ほのかが長身を折り曲げるようにして爆笑している。呆れたようにほのかの頭にチョップを落としているのは真里だ。
「おはよう美咲。あいかわらず珍妙なことに巻き込まれてるのね」
「私ってそんな認識なの……?」
「挨拶! 返してよ!」
「あっおはよう真里」
「真里〜情緒不安定すぎ。美咲はさ〜天然すぎ。私は笑いすぎだけどねっ」
「ほんとそうよ」
真里のチョップが一回分余分にほのかの頭に落ちた。八つ当たりだ。ほのかのショートヘアの髪先をまとめていたゴムが弾けるようにして解けてしまった。結構な威力のじゃれあいは、二人が親友であることを示している。
苦笑して眺めているだけの美咲はまだまだ新米友達だ。
「その手紙、誰から?」
「えっと、紫陽花姫。紫陽花姫!?」
どうやって学校に来たのだろうか。そしてこの下駄箱での渡し方が、彼女のトレンドなのだろうか?
「どんな優雅なお友達がいるのよあっはっはっはっはヒーーー」
引き笑いをBGMにしていると注目されてしまうので、美咲たちは屋上に移動した。
雨上がりの屋上には水たまりが所々にできていて、晴れやかな空の青を映している。屋上への扉のそば、屋根があって地面が濡れていないところに、三人が並んで座った。
「綺麗な手紙。紫陽花の花模様なのね。どんな絵の具を使っているの? 水彩かしらそれとも水彩色鉛筆のような素材なのかしら水墨画のような滲みもあるわ。写真プリントみたいに鮮明ではなくてこれは人の手で描かれたものよね出典をご存じかしらねねえ!?」
神の手であろう。描いたのは。
紫陽花姫とはそのようなやんごとなきお方だ。
どこまで言おうか美咲は迷った。
(手紙の作り方、書き方って言っていいのかな? 神様には独特のルールやタブーがあるし……すべては知らないから。助けてもらいますねおきつねさん!)
「【四季堂】の関係者なんだよね」
「「ああ〜」」
これだけで通じる名詞がありよかった。
助かる盾である。
真里もほのかも概念的に物事を考えられるタイプだ。たったこれだけでも納得をしてくれた。
「あの独特な場所の、ね……。雑貨も店内で作っているっていうし、私が探れなくても無理はないわ。放課後またうかがうわよ」
「近い、真里近い〜」
グイグイグイ、と真里が美咲に寄ってくるので、押しやられた美咲はもう少しで水たまりでスカートを濡らしてしまいそうだ。真里の顎がぐりぐり肩に刺さってくるのもイタイ。
「今日行くつもりは無いでしょ? 美術部があるし」
「先にバラさないでよ。美咲さんを脅……お願いするパワーが弱くなっちゃうじゃない」
「パワー」
爆笑してしまったほのか、ツボに入りすぎ!とあっちに飛びかかっていった真里。
美咲は解放されたのでこれ幸いと手紙を開けた。
和紙のさらりとした触り心地。描かれた紫陽花は薄紫色とピンク色、派手な組み合わせのはずだが振袖の模様のようにマッチしている。
これが手の技だと思えば、美術狂いの真里が食いついてくるのも当然と思えた。
『Dear 美咲さん。雨音がダンスして、晴れ間を遊ぶこの時期に、貴女はいかがお過ごしでしょうか。アタシたちは花姫のお茶会を開催することに致しました。美咲さんも招待させて頂きますネ。週末、雨上がりの午後に【四季堂】にいらして下さい。From 紫陽花姫』
(おお……さらにトレンディ)
週末、どっち? というのをまず美咲は考えた。土曜? 日曜?
花姫とのお茶会には「行く」と返事をしているし、着物まで用意してもらっているとなれば、あとネックになるのは時間だから。
「ほのか、スマホ貸してくれる?」
「いいよ。どしたの?」
「週末の天気を見たいの」
日曜日が、午前は雨、午後は晴れという予報だ。
おそらくこっちだろう。
ありがとう、と美咲がスマホを返した。
「天気予報見るだけ? それくらいのアプリ入ってないの?」
「私のスマホは電源切ってるんだよ。校則だから」
「それ守ってる子いないよ〜。いや私みたいに堂々と出して使ってるやつはさすがに注意されるけどさ。先生も注意してこないのに、美咲は真面目すぎでしょ」
「奨学生枠だし、ちょっとのことでも足元をすくわれないようにしたくって」
「ま、時代遅れの校則を早く変えろって話よね」
真里がため息とともに言って、やれやれと手を振った。
二年生になったら生徒会長を目指す? とほのかが茶化して、そんな暇ないって知ってんでしょ私は絵でほのかは陸上で……と反論する。
「美咲は? 生徒会長になったら内申点も上がるじゃん」
「進学する場合だよね。それは考えていないから」
「えーーっ!? こんなに頭いいのに進学しないの!?」
「就職する」
「「なんで!?」」
聞いてしまってから、二人はちょっと後悔した。わざわざ進学に強い女子校に入ったのに就職をしたいなんて、どう考えても複雑な事情があるに決まっているのだ。
「自分のためかな」
美咲は”からり”とした声で言った。
顔に影がかかっているのに、妙に活発な印象を受けて、
「「よいではないか」」
真里とほのかはニヤッと笑った。
「私だって自分のために描いてんのよ。家柄なんてクソくらえよ」
「真里お嬢様ってばお下品ですわ〜。わたくしほのかは馬車馬のように走るだけ……」
「お嬢様口調なのか下僕なのかケダモノなのかはっきりなさいよ」
「あ、美咲が笑った」
「そうね」
ふふふと小さく笑う美咲は、笑うときに口元を隠さなくなった。
それは写生しやすくっていいわ〜と真里は思うし、ほのかが(【四季堂】に校則違反を侵してでも行くなんてロマンじゃないの)とにやついた。正直、あの首元の噛み跡はもしかしてもしかすると……という不純異性交遊にまで妄想を馳せている。
「そうだ。お茶会に行くって実家に言い訳できるの?」
「うっ……」
美咲の家庭環境は複雑だ。
両親が亡くなっていて、引き取ってくれた叔母は辛くあたるばかり。かろうじて高校進学は認めてもらったものの、家事全てを美咲にやらせていて遺産も自分のもののように使っている。美咲は自由ではないからこそ、奨学金で高校に通い、就職して保護の下から出ようと考えているのだ。
現状、バイトでさえ、学友と勉強のためと偽ってごまかしている。
お茶会なんて遊びは認められそうにない。
「そこで一人で落ち込むから美咲なのよ。もっと私たちを頼りなさいよね。なんのために地位と技術のある私たちが友達になっていると思ってるのよ」
「真里、闇が深いから。これまで近づいてきた人たちがそうだったけど美咲は違うじゃん、そこ自分から闇落ちしないの大事だからね。とはいえ頼りなよ」
余分な情報が多いので、一瞬混乱した。
美咲は一呼吸おいてから、じわっと胸が熱くなった。
「ありがとう。じゃあ日曜日、真里たちと勉強をするからって話を合わせてもらってもいい?」
「いいよ」
「その言い訳をした後、私たちと本当に遊んだことってないからさ、また遊ぼう。嘘から出た誠だ」
「うん、是非……!」
美咲たちが肩を寄せて笑いあっていると、どこからともなく花びらが吹き飛んでくる。
「えーー!? 紫陽花の花びらはこんなふうに舞いこんでこないでしょ!?」
「不思議なこともあるもんだよねぇ……」
どう考えても緑坊主と紫陽花姫の仕業である。緑と雨の香りがする。
絆創膏がたくさん貼られた美咲の手に、鮮やかな夏の贈り物。
美咲は上を向いた。
空には虹がかかっていた。
読んで下さってありがとうございました!
都合のいい子でいたくないと気づいてきた美咲、勢いがありますね。
続きも楽しんで頂けますように♪




